リリカルなのはstrikers if ―ティアナ・ランスターの闇― act.5
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 平和は、瞬時に破られた。

 

 病院にいるものは皆、歩くのもままならぬ重病人も、風邪薬をもらいにきただけの外来患者も、子供に付き添ってきた母親も、医者も、看護師も……、ただ偶然そこに いあわせたというだけで銃口を向けられ、命の危機にさらされた。

 テロとは そういうものだ。

 とある国の王様は、昔、『戦争をしていることを、民に気づかせてはならない』と言ったそうだ。

 それは、あくまで戦争というものは軍人や兵士がするものであり、戦争を職業としない一般市民の生活とは切り離されるべきだという理想論だが、テロは その理想に真っ向から反発する。テロリストが狙うのは、いつだって、戦争とは まったく関係ない一般市民なのだから。

 戦争の中にある暗黙のルールを破るテロは、明らかに それ以下の犯罪行為に過ぎなかった。

 

 

   *

 

 

 銃をもった凶漢なだれ込むミッドチルダ中央病院は、即座にパニックに陥った。

 その悲鳴を、混乱を、天井に向けられた威嚇射撃が ただの一発で鎮める。

 テロリストの集団の中から、リーダーらしい黒豹のような女が姿を現した。健康的に焼けて黒い肌、健康的に 艶めく黒髪、健康的に引き締まった手足。しかしそれらの健康さは、自身を徹底的に管理することで完成された、どこか不自然な神経質さも匂わせた。

 自分の生き方を、一分一秒までデータ管理させることで維持する健康さ。それを自分に強いれる人間は、他人にも同じものを強いる、データでは計れない人の感情を まったく無視して。

 黒豹の女は声を張り上げる。

 

メガイラ「我々は黄昏教団だ! 近くやってくる新・諸王戦争に備え、聖王オリヴィエと その走狗どもの一極支配に抵抗する者! 今回の壮挙は、権力者どもの不当な判決によって次元刑務所に収監される同志27名の、すみやかな解放を求めるためのものだ! その要求が通るまで大人しくしていれば、我々は諸君らの安全を保証しよう!」

 

 銃口を突きつけて保証する安全。

 黒い女は続けて言う。

 

メガイラ「占拠するのは病院本棟だけでかまわん。第二、第三棟は無視しろ、全棟をカバーするには人員が足りんからな」

 

 左右にいる、黒い目出し帽を被った男たちが頷いた。

 目出し帽で顔が隠れ、いかにも犯罪者というような風貌。上半身に羽織った防弾防刃防魔チョッキの各所には、手榴弾やら予備マガジンやら、物騒なものがいくつもブラ下がっている。

 そして手には、ウージーによく似たサブマシンガンが握られている。魔法全盛であるミッドチルダにおいて、魔法を使えない者でも簡単に戦力とするために、管理外異世界から違法に輸入されたものだった。

 

 そして、病院内でのテロリストたちの蹂躙が始まった。

 

 

   *

 

 

 本棟二階、仮設置 技術部出向研究室。

 

マリエル「ええっ? なに、なにッ?」

 

 突然 乱入してきた黒づくめの男たちに、マリエルは為す術もなく拘束された。

 元々戦闘員でもない、ただの技術面でのバックアップが本業の彼女にとって、この事態はあまりにもミッション・イン・ポッシブル。結局のところ他の一般人と同じように、なすすべなくテロリストの虜囚となるしか道はなかった。

 彼女が今まさに、パソコンに向かって没入していた調整作業も、手付かずのまま放置された。が、その作業を、調整対象そのものである魔法デバイスのAIが引き継ぐのを、テロリストたちも気づくはずがなかった………。

 

 

   *

 

 

 本棟一階、会議室。

 そこが、病院制圧の もっとも困難な侵攻ポイントとなることは、テロリストにとっても意外だった。

 何故なら そこには、医者でありながら、同時に総合AAランクの資格をもつ魔導師が偶然居合わせていたからだ。そんなことを誰が予想できるだろうか。

 

シャマル「クラールヴィント! ちょっとキツいけど がんばってね!」

 

 シャマルの張る結界が、テロリストの放つ銃弾を いともたやすく弾き返す。

 機動六課やヴォルゲンリッターの中では、そのバックアップ能力の高さからチームを縁の下で支えることの多かったシャマル。こうして矢面に立つことは慣れていないが、それでも時空管理局内でトップクラスの能力者だ。素人に毛が生えたテロリストになどビクともせず、持ち前の防御能力で会議室を要塞化し、自分及び居合わせた医者たちを凶徒から守り通す。

 

シャマル「アナタたちが何者かは知らないけれど、この中へは一歩も入れないわ!」

 

 シャマルの所持するデバイス・クラールヴィントに膨大な魔力が注がれ、結界の色を濃密にし、テロリストが射程距離に入ろうものなら即座にバインド魔法で拘束する。

 これならば彼女の力でテロリスト排除も可能ではないかと思われた、そのとき………、

 

メガイラ「そこまでだ魔導師、これを見ろ」

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 テロリストのリーダーの女が、部下の不手際を見かねたのか、みずから会議室に踏み込む。

 しかも その腕の中には別の場所で捕らえたのだろう小さな女の子が抱えられていた。涙でグシャグシャの女の子のこめかみに、拳銃が突きつけられる。

 

シャマル「……ッ! アナタ……ッ!」

 

メガイラ「どういうことか、言わずともわかるな? 命を救うための医者が、我が身の方を大切にするのも自由だ。3秒 待ってやる……」

 

 3……、2……、

 無慈悲に刻まれるカウントダウン、シャマルは、その黒豹のような筋肉質の女が、暗く淀んだ目をしていること気付いた。歪んだ教理によって、心の在り方を 捻じ曲げられた人間の目だ。そんな人間にとって、人の命など何の価値があるだろう。

 従わなければ、本当に殺す。

 

メガイラ「1……」

 

 シャマルは急いで結界を解いた。バインドで拘束されたテロリストたちも次々に解放される。

 

シャマル「これでいいでしょう? その女の子を離しなさい!」

 

メガイラ「時空管理局の偽善者らしい、白々しい対応だ」

 

 黒い女は嘲るように言うと、少女に押し当てていた拳銃を捨て、空になった手を、グローブの はめられた手をシャマルへ向けた。そのグローブの表面に、水晶や電子回路のようなものが埋め込まれているのが見える。それは――、

 

シャマル「まさか、魔法デバイス――」

 

 グローブ型のデバイスから放たれた魔法弾が、シャマルの肢体に命中し、爆ぜる。

 

シャマル「きゃあああああああッ?」

 

 絶叫と共に床に崩れ落ちる。

 

テロリスト「殺したんですか?」

 

メガイラ「いや、意識を失わせるだけのスタン弾だ。……一介の医師でありながら この優れた魔法技術、どこのVIPかわからん。この作戦で、もっとも価値ある人質になるやもしれんからな」

 

 メガイラの指示で、部下のテロリストたちが気絶したシャマルや、それに守られていたいた医者たちをロープで拘束していく。

 

テロリスト「しかし流石は中央ミッドチルダですね。都市内主要施設を襲うだけで、Aランクの魔導師と偶然 遭遇するなどということが実際に起こるとは……」

 

メガイラ「臆したか?」

 

テロリスト「い、いえ! そんなことは……!」

 

 もし「はい」と答えていたら、女リーダーは その場で不甲斐ない部下を粛清していただろう。アナタが一番恐いですよ、と仲間に向けて思うテロリストたちだった。

 

メガイラ「だが油断するな。ここは中央ミッドチルダだ、偶然いあわせたA級以上の魔導師がコイツで終わりだと誰が言った? 気を引き締めろ、もし再びA級以上に出会ったら即座に殺せ。黒いチップは これ一枚で充分だからな」

 

 女リーダーは、意識不明のシャマルを一瞥したあと、自分の所定位置に戻った。

 ほどなく、本棟一階はテロリストによって完全に制圧された。

 

 

   *

 

 

 そして本棟 三階。

 そのほとんどが入院患者の病室で占められている このフロアにも混乱は伝わろうとしていた。

 

アレクタ「お姉ちゃん、なんか周りが騒がしくない?」

 

ティアナ「そう?」

 

 ティアナはベッドの横で、器用にリンゴの皮を剥いていた。

 

ティアナ「ほ〜ら、食べ残しはアナタにあげる〜」

 

 剥いた皮や、くりぬいたリンゴの芯などは、ひなフェリがキレイに平らげてくれた。うぅん エコロジー。

 

ティアナ「はい、リンゴ切り終えた。アレクタ、なるべく急いで お食べなさい♪」

 

アレクタ「急いで? なんで?」

 

ティアナ「23秒以内に」

 

アレクタ「だからなんで?」

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 わけもわからずアレクタたちが大急ぎでリンゴを食べ終えた後、きっかり23秒後に病室のドアを乱暴に開け放ち、黒装束のテロリストが踏み込んできた。

 

テロリスト「大人しくしろ! 我々は黄昏教団だ! この病院はわれわれが占拠した!」

 

 他の病室からも乱入してきたテロリストによって悲鳴が わきおこっていた。

 そして入院患者の一人としてアレクタも、悲鳴の一つも上げるべきところだが……。

 

アレクタ「……黄昏教団?」

 

テロリスト「そうだ、我々は、オリヴィエと聖王教会の横暴を罰する、ために……」

 

 テロリストの声が、だんだんと尻すぼみになる。なぜなら、この目の前の少女の態度が、他大勢と比べあまりにも異質であったからだ。

 普通なら、銃をもった男が眼前に現れれば、年端もいかぬ少女であれば悲鳴を上げるか、おののいて体が動かなくなるだろう。

 しかし この少女は、そうした物怖じの反応など少しも見せず、むしろ老婆のような落ち着きを払ってテロリストのことを観察しているのだ。まるで品定めするように。

 銃という武器で脅している以上、相手の命を握っているのはテロリストの方であり、少女ではないはずだ。なのに現実は、その立場がまったく逆であるように思えた。

 

アレクタ「黄昏教団、ね……」

 

 むしろ剣呑さを放つ、アレクタの口調。

 少女の寝るベッドの上で、烈火のように赤い羽根をもつ鳥が、愛玩動物とは思えない目の輝きを放ちながら、テロの男を睨みつけていた。まるで、毒蛇を飲み込む孔雀のような不気味さで。

 

テロリスト「ひっ、……」

 

 無意識のうちに喉が鳴った。

 何故自分が このように気圧されているのか わからなかった。

 無論、末端の構成員である彼は知るまい、今 目の前にいる少女が、かつて黄昏教団の巫女の地位にあり、そして散々利用された挙句に使い捨てられ、ティアナの救出がなければ死んでいたという過去を。

 

 ひなフェリが 喝ッ と鳴く。そのクチバシの横から、火炎が めろり と漏れた気がした。

 一体なんだ? なんなんだ? とテロリストは混乱する。自分は、無抵抗な病人の部屋に押し込んだのではなかったのか? それなのに いざ対面した病人の、しかも年端のいかぬ少女の威圧感といったら……。それは まるで、うずらの巣に 火喰い鳥がひそんでいたようなサギ臭さ。

 ……殺される、のか?

 名もなきテロリストの、恐怖と混乱にまみれた感情がドロドロに渦巻き、その一言へと届きそうになったとき、殺気に高ぶるアレクタを、同室にいる もう一人の女性が止めた。

 

ティアナ「やめときなさい、アレクタ」

 

アレクタ「お姉ちゃん?」

 

 ティアナだった。

 ティアナは、さすがと言おうかテロリストの乱入にも、フェリックスの巫女の静かな怒りにも、少しも心を乱していない。

 

ティアナ「無駄な抵抗はしちゃダメよー。相手は強盗さんよー。言うことに逆らうと撃たれて怪我しちゃうわよー」

 

テロリスト「…ッ! そ、そうだ! 無駄な抵抗をするな、ささ、さもないと撃たれて怪我をするぞ!」

 

 ティアナから盛り立てられるようにして気勢を取り戻すテロリスト。対してアレクタの方は、この状況を俄かに理解できなかった。ティアナにかかれば、こんな素人同然の犯罪者、袋の中にモノを入れるように縊り倒すことができるだろうに……。

 いつものことながら、この お姉ちゃんの真意は 一体何処にあるのか?

 彼女の顔を覗き込むアレクタは、そのとき 初めて気付いた。

 自分の隣に立つ姉の、“本物”に比べれば僅かに虚ろな瞳の色に。

 

アレクタ「……わかった、大人しくする」

 

 無言のうちに何かを察したアレクタは、急に神妙になって そう言った。

 ティアナは「うん」と頷き。

 

ティアナ「それで黄昏教団さん、私たちは どうすれば いいのかしら?」

 

テロリスト「あ? え、ええと……、お、お前たちは刑務所に捕まっている同志を解放するための人質にする! 全員一階のロビーに集合しろ!」

 

ティアナ「わかったわ、この子は脚が悪いから、車椅子を用意するの手伝って」

 

テロリスト「あ、うん……」

 

 こうして三階の病室から次々と患者が連れ出され、最終的にフロア内には誰もいなくなった。

 無論ティアナとアレクタと ひなフェリも、多くの人質と共に一階のロビーに連行されることとなる。

 そして無人の病室。

「もう いいかな?」という独り言とともに、ベッドの下から もぞもぞ這い出す人影があった。

 

 それはまさしくティアナ=ランスターだった。

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 太陽に透けてオレンジに輝く赤毛、大人の魅力たっぷりに熟れた肉体は、疑いようもなく21歳のティアナそのものだ。

 アレクタを伴ってテロリストの虜囚となったはずの彼女、一階ロビーへ連行されたはずの彼女が今、誰も いなくなったはずの三階病室に一人残っている。

 

ティアナ「アレクタは ちゃんと気付いてくれたようだし、とりあえず私一人は自由を確保できたわね」

 

 魔導師としてのティアナが得意とする幻術魔法。

 それは、虚空に自分そっくりのダミーを作り出し、敵等に『いかにも自分がそこに いる』ように擬態する魔法のことだった。アレクタと共に一階へ連れて行かれたのは、ティアナが魔法で作り出した自分そっくりのダミー。アレがテロリストの前で、あたかも本当の人間のように振舞う限り、本物のティアナの行動の自由は保障される。

 

 突然現れたテロ集団、占拠された病院、人質の患者や医師。

 その中でティアナ=ランスターただ一人だけが、自由に動き回ることを許された。

 

 

   *

 

 

 元々幻術魔法は、ティアナが半人前の頃から得意としてきた魔法だ。

 幻術は、管理局の中では使い手の少ない魔法の系統で、それを初心から学ぼうとしたティアナは、よく周りから「珍しい、渋い」などといわれたものだった。

 その魔法が、今まで何度も彼女の危機を救い、戦局を優位に動かす重要ファクターとなってきた。

 

 黒光りするほどに使い重ねられてきた技は、当人にとって もっとも信頼できる切り札となる。

 それはさておき、幻影に身代わりを任せて一人病室に残ったティアナは、そのアドバンテージを最大に活かすことにする。

 

ティアナ「さて…」

 

 気合を入れなおしてティアナが使用した次の魔法は、空間把握魔法だった。

 これは、ティアナが機動六課を出奔してから身に付けた魔法で、精密射撃と幻術を得意とする彼女にとって、非常に相性のいい新技となった。

 空間把握魔法とは、言い換えれば感知魔法。

 自身の周囲360度にマナフィールドを展開し、それに触れた物質の形、質感、温度を感じ取り、術者にフィードバックする。それは自身の触覚を、体の外の空間にまで広げるようなものだった。この魔法のおかげでティアナは、周囲の状況を、目や耳を使わずに、手に取るように把握することができた。

 この能力の有効範囲は、前後左右上下 全方向、半径3km。

 ティアナは この能力によって、遠くのビルの中で飛んでいるハエの数を正確に数えることすらできた。

 そんなティアナにとって、同じビルの中にいる人間の数を調べることなど造作もない。

 彼女の空間把握魔法が奔る。

 

ティアナ「(142人……、いや、私のダミーを除けば141人か)」

 

 だが それは人質とテロリストを ごっちゃにした総数だ。それらを分けるために……。

 

ティアナ「(金属の質感と重量をもった、銃げな物体を所持する人間をピックアップする。それから人質は、犯人の指示なしに自由に動けないはずだから……)」

 

 ティアナの空間把握魔法は、そこまで正確に感知することができた。以上の条件で、銃をもった、忙しなくバタバタ動き回る人間を選別すると……。

 

ティアナ「(……38人、これがテロリストの総数か。……うひゃあ多いなー)」

 

 さすが都心部の病院一つを占拠しようというだけあって、動員数にも気合が見て取れる。

 犯人は、自分たちのことを黄昏教団だと名乗っていた。

 かつて“不死鳥の祝福の地”で激戦を演じた怨敵だったが、まさかこのような形で再び相まみえることになろうとは、偶然て恐い。まあ あちらさんが所構わず あちこちで事件を起こしているようだから、バッタリ会う可能性は高いといえば高いのかもしれないけれど……。

 

ティアナ「(もしかして私、少年探偵体質に目覚めた……?)」

 

 旅先で必ず殺人事件に巻き込まれるアレ、イヤまさか。テロリストの立てこもる修羅場でアホな物思いに耽る美女は、余裕綽々であった。

 

 ともかくも、この状況でティアナが今するべきことは何か。

 戦うか、それとも逃げるか。

 よく考えてみれば、今の彼女は時空管理局を退職した一般人であるし、いかな実力があるといえど犯罪者と戦ったり、一般人を守ったりする義務は これっぽっちもない。

 だから その気になれば、犯人から見つかっていないのを幸いと、逃げ出したって誰も文句は言えない。それも一つの選択だ。

 

ティアナ「…………」

 

 ティアナは、病室の開け放たれた窓を見た。魔導師の彼女なら、そこから飛び降りて脱出することも充分可能だった。

 一階でテロリストたちに捕らえられているアレクタ、マリエル、シャマルを見捨て、自分だけが安全な場所へ逃げ去るか。

 ティアナにとって それは、迷うまでもない決断だった。

 タバコに火をつける。

 

ティアナ「そろそろ来るかな、管理局の皆さんは……?」

 

 ティアナは窓から外の様子を眺める。ミッドチルダの治安を守る時空管理局、彼らも無能ではない、白昼に起きたテロ事件を解決するために集結を始めているだろう。

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ティアナ「手伝ってやりますか。内側からの協力者がいる方が、ヤツらも はかどるでしょーし」

 

 そう言ってティアナはブラリと病室を出て、散歩するかのような気軽さで階段を下りていった。敵の懐の、奥深くへ―――。

 

 

   *

 

 

 一方同じ頃、ミッドチルダ中央病院の前には、多くの装甲車と共に、時空管理局から派遣されてきた魔導師たちが集結していた。他の世界の治安維持組織と比べても、理想的なほどの迅速さだった。

 鳴り響くサイレンの音。

 立ち入り規制のために張られた黄色いテープ。

 周囲に群がるマスコミのカメラ。

 真剣さに満ちた魔導師たちの顔。

 病院の正面玄関、裏口、すべての出入り口は かためられてネズミ一匹逃がさぬ布陣となっている。

 その一触即発の事件現場へ、現場の指揮官となるべき敏腕魔導師が到着する。

 

シャリオ「………あ、フェイト執務官! おつかれさまです!」

 

フェイト「ごめんシャーリー遅れた……」

 

 フェイト=T=ハラオウン執務官。

 現在 時空管理局の中でもナンバー1の能力をもつ、名実ともなった最強執務官だった。

 伝説の機動六課メンバーでもあり、その手で解決した事件、上げた武功は数知れず。

 本来であれば時空管理局の本局に所属する彼女が、地上で起きた立てこもり事件に出てくるには縄張りが違うのだが、それにも やもえぬ事情があった。まず今回の犯人が現在フェイトが追っている犯罪集団・黄昏教団であることと、ミッドチルダ本土を守るべき地上本部が、JS事件によって負ったダメージから いまだ立ち直れてないなどの理由から、変則的に彼女が現場の指揮を取ることになる。

 黒いバリアジャケットに身を包む凛々しいフェイトが、作戦本部の席に付く。

 

シャリオ「ごめんなさいフェイトさん、今日、本当なら お休みのはずだったのに……」

 

フェイト「事件は、管理局の都合で起きちゃくれないから仕方ないよ…。それより状況は?」

 

シャリオ「は、はいッ!」

 

 執務官補佐のシャリオ=フィニーノが答える。

 

シャリオ「犯行声明通り、犯人は病院本棟に立てこもり抵抗の姿勢を見せています。人質の数と、身元は不明、現在確認を急いでいます……!」

 

フェイト「犯人の数は?」

 

シャリオ「それも不明ですが、目撃者の証言では、50人はいるのではないかと……」

 

フェイト「50人か、今回も気合入ってるね、黄昏教団」

 

シャリオ「ええ、今年に入って、起こした事件は本土内だけで9件目。それでも勢いが衰えないのを見ると、組織力の底が知れませんよ」

 

フェイト「組織の全容解明も急務だけど、今は目の前の事件に集中しよ」

 

 と、フェイトが目前に意識を向けようとしたとき。

 

エリオ「すいませーん! フェイト執務官がおられるのは こちらですかーッ?」

 

キャロ「ごめんなさい通してー、通してくださーい!」

 

シャリオ「ええっ? エリオ君、キャロちゃんッ?」

 

 緊張高まる作戦本部に現れたのは、二人の少年少女だった。真紅の赤毛に、男の たくましさを備えつつある少年。そんな彼に庇われるように随伴してきた白いフードの可愛い少女。

 

 エリオ=モンディアルとキャロ=ル=ルシエ。

 

 二人とも、フェイトが保護者として引き取った子供にして元・機動六課のフォワード陣。現在は自然保護隊のメンバーとして他世界で暮らしているはずだったが………。

 

シャリオ「そういえば、休暇とって遊びに来てるとか……。ご、ゴメン二人とも! そんな大事なときに お義母さん呼び出したりしちゃって!」

 

 二人とフェイトの事情を知る補佐官のシャリオは、急に あたふたと頭を下げる。しかし若いエリオもキャロも、そんなことは一向気にせず、

 

キャロ「気にしないでくださいシャーリーさん。ちょうど出動要請を受けたときにフェイトさんと一緒にいて、それで無理言ってついてきちゃったんです、私たち」

 

エリオ「休暇で戻ってきたときだからこそ、フェイトさんやシャーリーさんの手助けがしたいんです! お願いです! 僕らを対策本部に加えてください!」

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シャリオ「そりゃあ…、元六課のフォワードメンバーが協力してくれるなら百人力だけど……」

 

 シャリオがチラリとフェイトを盗み見る。フェイトは観念したような苦笑を漏らしていた。

 

シャリオ「……うん、じゃ頼む! 二人には建物内への突入が始まったとき、実行部隊の指揮を お願いできる? 迅速第一の任務だから、エリオ君のスピードや、キャロちゃんのブーストスキルが大いに役立つと思うんだ!」

 

エリオ&キャロ「「わかりましたッ!!」」

 

 眩しい笑顔を見せる少年少女。

 それを確認してシャリオがフェイトへニヒヒと擦り寄る。

 

シャリオ「フェイトさんフェイトさん」

 

フェイト「な、なに…?」

 

シャリオ「お義母さん想いの二人ですねー♪」

 

フェイト「もうっ、からかわないでよシャーリーッ!」

 

 話がまとまったところで、とフェイトが静かに告げる。

 

フェイト「問題は、内部の状況を どうやって調べるか、だね」

 

シャリオ「そうですねー、犯人、人質、それぞれの人数と位置、それを正確に把握できないと突入作戦は実行できませんから……」

 

 通常、このような立てこもり事件を鎮圧するセオリーは、建物内に閃光手榴弾を放り込み、犯人がひるんだところで突入。犯人逮捕と人質救出を同時におこなう、というものだ。

 その際、求められるのは雷光のごとき迅速さ。何故なら、もし もたついて犯人の自由を許せば、その分だけ犯人は銃を乱射するかも知れず、手榴弾を投げるかも知れず、おびただしい人質の命が失われる恐れがある。

 立てこもり犯への鎮圧作戦は、絶対に傷つけてはいけない人質の すぐ隣で大立ち回りをするという、地獄のデリケートさが求められる作戦なのだった。

 だから理想を言えば、作戦開始一秒後には犯人全滅、となるような流れが もっとも望ましい。犯人に何もさせないうちに鎮圧するのだ。

 そのためにも、突入前に犯人の位置を調べておくことは必要不可欠なこととなる。

 

シャリオ「でも、今のところ内部の情報を知る手段がなくてねー」

 

フェイト「病院内の監視カメラも壊されて、人質の人たちがもつ携帯端末も全部 犯人に取り上げられたみたい。現在 外と中との連絡手段はなし、か…」

 

キャロ「私に、ルーちゃんのインゼクトみたいな召還獣があれば、簡単に調べられるんですけど………」

 

エリオ「……………」

 

 広げられた病院の見取り図を睨む対策本部メンバー。

 その緊迫感を破らぬよう気を配りながら、エリオが、シャリオに声を掛ける。

 

エリオ「(…シャーリーさん、シャーリーさん)」

 

シャリオ「(うん? どうしたのエリオ君そんな小声で?)」

 

 昔と比べれば背も伸びたエリオは、性格も垢抜けて大人らしさが目立つようになってきた。そんなエリオが声を潜めてシャリオに尋ねる。

 

エリオ「(フェイトさん、かなり疲れているようですけど…)」

 

 その言葉でシャリオは、エリオの問わんとしていることが すぐに理解できた。

 フェイトが ここ最近、殺人的な忙しさにあるのは事実だった。好き放題に暴れまわる新手の犯罪組織・黄昏教団。彼らが乱発させるテロ事件に、時空管理局も今のところ対応し切れているもののハードさは日増しとなり、現場の人間にも疲労が溜まっている。

 

シャリオ「(そのトップに立つフェイトさんは特にね、正直、今日エリオ君たちが助っ人に来てくれて、ホント助かったんだよ? フェイトさんの負担が だいぶ減るからね…)」

 

エリオ「(そんなに酷いんですか? 黄昏教団の犯行頻度って?)」

 

シャリオ「(それも原因の一つだけど、それより深刻なのは やっぱ、管理局の人材不足)」

 

エリオ「(…………)」

 

 その問題はエリオも知るところだった。

 JS事件で上層部の人間が少なからず死亡、失脚するなどして、穴だらけになった時空管理局。残された者は組織再編に奔走しているが、なかなか思うように進まず、その行動は鈍い。

 大ダメージを受けた管理局全体の人員補充も ままならず、特に自己の判断能力が要求される執務官には、そのレベルに至る新人はなかなか出てこない。

 その結果、高い能力をもつフェイトが何人分もの仕事をしなければならなくなる。

 

シャリオ「(なのはさん や ヴィータさんが がんばって新人育ててるんだけど、執務官まで届くような逸材は なかなかねー。無理に量を増やして、質を落としたら本末転倒だし……)」

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エリオ「(せめてフェイトさんと同レベルの執務官が もう一人いれば、フェイトさんも随分 楽になるんでしょうけどね…)」

 

 そこでシャリオとエリオの脳裏に浮かんだのは、奇しくも同じ人物だった。

 フェイトを助けられそうな人材。

 執務官の資質があり、フェイトに迫る能力の持ち主。

 機動六課で大いに活躍した、かつての仲間。

 

シャリオ「(……ま、いない人のことを考えたって しょうがないんだけどね)」

 

 人知れず苦笑するシャリオ、そのときだった、彼女の通信端末にコールがかかったのは。

 

シャリオ「ひゃわッ? ……ええと、ハイハイもしもし、こちらフィニーノ執務官補佐。………えっ?」

 

 通話に出たシャリオは一度、顔から端末を離し、信じられないという顔をする。

 

シャリオ「…ふぇ、フェイトさん、フェイトさんッ!」

 

フェイト「…どうしたのシャーリー、そんなに慌てて?」

 

シャリオ「今、犯人の会話を盗聴できないかと動いてもらってる通信班から連絡がありまして……。その通信班が、病院内から外へと発信される通信を察知…」

 

フェイト「え…?」

 

シャリオ「その通信の発信者が、私たちへの協力を願い出ているそうなんです!」

 

フェイト&エリオ&キャロ「「「ええええええッ?」」」

 

 

   *

 

 

ティアナ「そうです、私です」

 

 ティアナは病院内を探検中、何故かやたらと電子機器の並んでいる部屋を発見した。

 どうやら技術部のマリーさんの部屋のようだ。

 元々病院関係者でないマリーさんだが、アレクタへの治療技術が、医研、技研の共同開発であったため、アレクタの施術に辺り出向してきたのだった。その際に、病院に居候する間の仮部屋として、病院側から この部屋を提供されたのだろうが………。

 ………それを独自に これだけ改造したということか。こんな機械だらけの部屋に。

 なんか部屋中に並ぶパソコンと…、パソコンと……。

 

ティアナ「一目見てわかる機械がパソコンしかない……(泣」

 

 それ以外は どういうものかも判断しがたい謎機械。

 それらが部屋中に散乱していると思っていただきたい。もう完全に「〜博士の実験室」だ。ここで草薙○子の全身義体が開発されてたってティアナは さほど驚かない。

 もう理系の考えることはわからない、アレは別の生き物だ、そう思うしかないティアナだった。

 まあ それぐらい不当なまでにマリエルによって電子化された部屋だからこそ、その施設を利用して外部と連絡を取ることができたわけだし。そういう事情で突発的に作られた部屋だからテロリストたちからもノーマークで極めて安全な部屋だといえるが……。

 

ティアナ「複雑な気分にならざるをえないわね……」

 

 流浪の身であるティアナは携帯端末をもっていないし、病院備え付けの電話類は、さすがに犯人側から監視されているだろう。

 この部屋を発見できたのは、ティアナにとって かなりの幸運だった、と思えるのだ。

 

ティアナ「……で、ここから送れた私のギフトを、外の人たちは どう役立てるかしら?」

 

       to be continued

説明
リリカルなのは のifモノ。ティアナを主人公に、strikersのラストから5年後のストーリー。ティアナが執務官の道に進まなかったとしたら? 放映当初の、他人を寄せ付けない彼女のまま成長したら? という仮定の下に妄想される話です。

 今回のお話の参考に本棚から引っ張り出したのは、トム・クランシーのレインボー・シックス。
 …なんでさ?
 だんだん、方向性が、怪しくなっていく。この分では なのはが登場するのはどれぐらい先になるか…?
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