ビューティフル 14
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自宅への道を初音は急ぐ。ヒールを鳴らして、息を切らして。

まるで中学生みたいだ、と苦笑して歩に変えても、足は勝手にスピードを速めてゆく。

「ただいま…!」

息せき切ってドアを開けた初音は、しばらく絶句の後、そっと閉めた。

 

オオカミさんが手ぐすね引いて待ってらっしゃったよ。

 

「何をしておるんじゃ、はよぅ入れ」

「えっ! …ちょっと…!」

扉の隙間から伸びた腕にむんずと掴まれて、初音はそのまま部屋の中に引きずり込まれた。勢いで紙袋やカバンが落ちる。

当の初音は、直隆を避けるようにドアにくっついたままである。

「なにを怯えている」

「怯えるよ! 怖いよ! なまらびっくりしたよ!」

腕を掴まれたまま、初音は叫んだ。

「玄関開けたら暗がりの中にフリチ○男が立っているんだよ! 誰だって怖いよ!」

「そうか、では慰めて進ぜよう」

「いや、それはご遠慮…やっ」

いつの間にか両腕は頭上で抑えつけられている。そのままひっくり返されドアに押し付けられた。冷たい感触に鳥肌が立つ。

「ちょっとっ…!」

直隆は片手で初音の腕を抑えながら、もう片手でゆっくりと、憎たらしいくらいゆっくりと背中をなぞった。触れるか触れないかくらいのギリギリライン。

「や、やめ…」

口とは裏腹に体は全神経を背中に集中させている。男の手を貪欲に感じ取ろうとしている。

「やめてほしいのか」

その声はからかいを含んでいた。抗うはずがないと確信している声。

かり、と耳たぶをかまれ、小さな波が押し寄せた。

「やめて…」

嘘だ。やめてほしくない、単なる挑発にすぎない。

「この嘘つきめ」

勿論、とっくに見破られていた。

中心を捉えられて、もう立っていることすらままならない。

 

あたし、まだ靴も脱いでないや。

 

思考は次の瞬間、白くはじけ飛んだ。

 

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「ふく?」

「そう、あんたの」

いつまでも裸でいるわけにはいかないでしょう、だから買ってきたの。玄関に置きっぱなしだから…。

初音は心底疲れたように、言い終えると蒲団の中に隠れてしまった。

「貢物か」

「馬鹿」

殴る元気はまだあるらしい。

その玄関に散らばっている紙袋を持って、初音の元に戻る。

着てみるとどうも居心地が悪い。

「珍妙じゃ」

「…前後ろだよ、それ」

蒲団から顔をのぞかせた初音がクスクス笑った。

「直隆、肩幅が広いんだね。良かった、すごく似合う」

「そうか?」

「うん」

おいでおいで、と初音が手を振る。近づくと、愛おしそうに頭をなでられた。

「明後日、休みだからさ。一緒に美容室に行こうね。髪がグシャグシャなんだもの。それからいっぱいお買い物しよう。直隆の…」

そのまま、すうと寝入ってしまった。

本当は元の丁髷に戻りたいのだが、初音の嬉しそうな顔を見ていると、何とも言えなくなってしまう。

 

惚れた弱みというものか。

 

苦笑した直隆は、その考えに仰天した。

 

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店長、彼氏が出来たんだろうな、きっと。

そしてラブラブに違いない。

最近、初音は壮絶な色気を醸し出すようになった。

本人は普段通りにしていても、雰囲気で分かる。

演出される色気よりも、無意識の色気の方がより強烈なものだ。

その証拠に、しばらくご無沙汰だった柏木もちょくちょく売り場に顔を出すようになった。

あの不良親父め。

 

「こちらは色合いが控えめですし、一年中飾っていただけますよ」

 

接客をしている初音の後ろ姿を見ていた篤は、その首筋に赤い点があることに気が付いた。

 

店長ぉおお!

何ちゅうもんを付けてるんですかぁああ!

 

キスマークは独占欲の表れだと聞いたことがある。

自分の印を相手に刻むわけなのだから。

彼氏さんは独占欲の強い人なんだろう。そしてきっと初音はその男にメロメロなんだろう。

 

エッチだな。

 

素知らぬ顔をしながら仕事をしている初音の服の下には、男に付けられた印が無数にあるに違いない。

 

店長、滅茶苦茶エッチです。

 

面と向かって言ったら、初音はどんな顔をするのだろうか。

 

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直隆が普通サイズになってしまい、初音の日常のリズムは大きく変わった。

まず、裸同然でウロウロするのが恥ずかしくなってしまった。

ブラを脱いで挑発など考えられない、そんなことしたら、頭からペロリと食べられてしまう。

次に、食費の負担が大きくなった。これは致し方ない。それにしても、良く食う。

直隆は初音が仕事に言っている間、外を歩き回っているらしい。

テレビ三昧の生活よりも健全だと思わないでもないが、迷子になったらどうする。ろくに住所も言えない男なのだ。

「心配するな」

あっけらかんと直隆は言った。

「駅にさえ辿り着ければ、後は分かる。子供扱いするな」

「変な人に声かけられても、付いて行っちゃ駄目だからね。危ない人たちに絡まれたら、一目散に逃げてね」

「絡まれると言えば」

思い出したように直隆は、空を見た。

「渋谷というところでちーまーなる人種に絡まれたことがある。あれは一種の物乞いか?」

「……あんた、歩いて渋谷まで言ったの?」

何時間歩いたんだ。

「うむ。金など持ってないと言ったら、初めは疑っておったが、本当に持ってないと分かると、逆に同情されて、これをくれた」

ぺらりと見せられたのは、千円札だった。

 

直隆は直隆なりに逞しく日々を過ごしているらしい。

テレビのおかげか、情報も豊富だ。若干、偏りもあるが。

また、直隆は台所に立つことを極端に嫌った。

武士のする事ではないという。おかげで「お家に帰ったら温かいご飯が待っている、さあ直隆を教育しようプロジェクト」は夢と潰えてしまった。

 

生活は大きく変わった。

わずらわしいことだけではない。

自分の存在を認めてくれる人がいること。

自分を求めてくれる人がいること。

その人と一緒に過ごせること。

 

逞しい腕の中で、初音はうっとりとため息をつく。

色が付いていたらきっとバラ色だったろう、幸福のため息だった。

 

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この世界は、色で溢れている。

いつかの丘の上の公園で、コーヒーを飲みながら直隆は町を見下ろしている。

都心に出れば、どこから湧いて出たのかと思うほどの大勢の人がいたし(最初、直隆は合戦でもあるのかと思った)、髪の色すら取り取りだ。

 

初音が仕事に行くと、直隆は外を歩く。

近所をおおかた征服したあとは、テレビでよく言われる地名の場所に行きたくなった。

電車には乗らない。

人間、足という便利な物があるではないか。

勿論、最初の内は戸惑った。

道を尋ねても逃げられてしまったり、逆にどこぞの家に連れ込まれそうになったり(いい年した親父だった)。

喉が渇いたので、民家に茶か水を所望しようと思ったら、大騒ぎになってしまい、警察を呼ばれそうになったり。

直隆は一つ一つ、学習していっている。

飲み物は基本的に自動販売機といわれる箱で買うか、公園の水飲み場で飲む。

道を尋ねるのは、中年の婦人が一番良い。

 

この時代に来た当初の苛立ちや違和感は少しずつ薄れてきていた。

うららかな青空の下、町の隙間をぬって電車が走る。

民家の屋根は日に反射してきらきらと輝く。

少年と少女が手を繋いで直隆の後を通り過ぎて行った。

 

あの手を繋ぐという行為。

どうも気恥ずかしいが、今度初音にしてやろう。

きっと、嫌がるふりをしつつも、頬を染めて喜ぶだろう。

 

 

説明
ああ、バラ色の日々。
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コメント
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます。別名ピンクの世界です。ふふふ。(まめご)
嗚呼…薔薇色ですね。くくく。(天ヶ森雀)
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