堕落_四章:時構の神 |
あれから更に30分会話を交えた後、亜麻はショウと別れ家に帰ってきた。なんでも、ショウはショウで色々と準備があるらしい。靴を脱いですぐに冷蔵庫に向かうと、キンキンに冷えたビールを取り出して部屋に移動する。
矛盾であり、矛盾でない。
オミャリジャが時間を転移させ、魂や壁、いわゆる有機物を構成し、まるで時が遡ったかのような世界を築き上げる。
それは矛盾ではない。
亜麻自身の記憶さえも構成されるのだから、それを矛盾と感じるわけがない。
しかし、この世界には全ての出来事を継承させるショウがいる。よって、亜麻の思考さえも継承され、それを矛盾だと思い込ませる。
そう。つまりこれはそういうこと。
矛盾であり、矛盾でないのだ。
「・・・・・・ふぅ。」
亜麻はベットに横になると、己をゴギヌと認めたあとの話を思い返した。
「質問が五つあるわ。」
長らく喋った公園。一度休憩を取り、自動販売機で互いの手にコーヒーを握りなおして会話は再開された。
「どうぞ。」
亜麻はコーヒーには目もくれないまま自分の疑問を問う。
「一つ目。この戦いの勝者はゴギヌであると聖書には記されているものの、実際のところは睨み合っているというのが現状よね。」
「そうですね。しかし、それも今回で終わる。このアエリヒョウがゴギヌ様に忠誠を誓った限り、貴女様の記憶も継承される。ならば、オミャリジャは敗北を認める他ない。」
「二つ目。何故オミャリジャは何度敗れても敗北を認めないの?決して勝てない勝負を繰り返す意味。それは何?」
「オミャリジャは自分自身の記憶をさえも一度は破壊し、それを敗北する前から構成しているのです。つまり、オミャリジャ自身、自分がこの世界を幾度となく繰り返していることに気付いていないのです。負けたくないために敗北を繰り返す。本末転倒、ミイラ取りがミイラになるってやつですね。」
おかしそうにショウは笑みを漏らすものの、亜麻の表情に変化はない。
そう。ここまでは予め予想していた。
先ほどまで聞いた神話の伝説。
どれもこれも神話という内容にピッタリなほどあやふやであった。
しかし、こんな異常な現象を目の当たりにして、それをただの幻想世界と笑うことだけは許されなかった。
「三つ目。」
亜麻は、目の前で絶対服従しているショウを冷ややかに見下した。
「――――――何でアエリヒョウは私を三千年も放置したの?」
「・・・・・・!」
その質問の意図を察したか、アエリヒョウは表情を殺して唇を噛んだ。
「そ、それは―――、」
「いい。即答できないなら次にいく。」
それでも、ショウを拒絶してはいけない。
この話が本当ならば、ショウの助けは絶対であるし、
仮にこの神話が全て偽りでも、この異常世界を理解しているのはショウ以外には存在しない。
つまり、どちらにせよショウは亜麻にとって必要な人間なのだ。
「四つ目。私には神と呼ぶ力が無い。」
「・・・・・・それはつまり?」
先ほどと違い、ショウは本当にこの質問の意図は理解できないらしい。
「幸田亜麻からすれば普通だけど、欲望の神ゴギヌの力は備わってはいないわ。空を割ることも、海を砕くことも、大地を引き裂く力も持たっていない。強大どころか、人間としても身体能力では弱者の部類に入るわ。」
「ああ、それはオミャリジャによって力を抑えられているんですよ。でも、貴女は間違いなくゴギヌ様です。僕が幸田亜麻の命を絶った後も、ゴギヌ様は僕を認識できた。誰一人としてこのループに気づきもしない。しかし、それは仕方がないことです。いかにこのアエリヒョウがいようと、効力をもたらすのは同じ『神』だけです。」
「・・・・・・オミャリジャは自身の記憶さえも失っている。なら、私がゴギヌでなくオミャリジャという可能性は?」
ショウは、ゆっくりと首を左右に振った。
「確かに僕はオミャリジャとは接触していないから、オミャリジャは記憶を失っています。しかし、オミャリジャは、既にこの世界に存在しているのを僕が確認しています。」
「・・・・・・。」
つまり、そういうことなのだ。
21世紀。
科学の進歩であらゆる国が核兵器を用い、数百、数千という衛星が打ち上げられているのに何の違和感も感じないこの時代。
進化を超えた人間はもはや地球を崩壊させることも可能であり、遺伝子が通い過ぎるため神が近親相愛を封じたのも嘲笑うかのように、それ以上の遺伝子一致率で人間のクローンを生み出せる時代。
そう。キリストが誕生してから二千年以上経つこの現代。
地球が誕生して、56億年もの年月が経過したこの現代。
それらは、ラヌンアルが持つ聖書では未だ三つ目の時代。
オミャリジャの時代
そして、
「今から、」
そう、今から。
「ゴギヌ様の時代が始まるのです――――――。」
四つ目の時代が始まろうとしているのだ。
未だ到達していない新時代。
全ての歴史の変化には、何らかの変化があってから実行されるものであり、当然、次の時代ではその支配下の生活や生き方、ルールや常識までもが覆る。
「なら、私がゴギヌであるとして、もしオミャリジャに敗北を認めたら・・・・・・、」
「はい。」
ショウは亜麻の手を強く握る。
「もう、こんな堕落した世界から開放されるのです。」
その言葉を聞いて、亜麻が肯定以外できるはずがなかった。
「・・・・・・自己嫌悪。」
亜麻はベットに埋もれながら、ポツリと呟いた。
そう。この堕落した世界から開放される前に、亜麻は知らなければいけないことが多すぎることを自宅に着いてから悟った。
まず初めにオミャリジャの容姿と現在位置。オミャリジャに敗北を認めさせれば新時代が始まる。しかし、その肝心のオミャリジャの姿や場所が分からなければどうしようもない。それに、亜麻は亜麻である。どんなに強大な神であろうと、今はただの女性。現にショウが胸部を一刺しして亜麻は命を失ったではないか。ならばオミャリジャが仕掛けてこないと断言できるわけがない。
この戦いは世界を賭けた聖書に記される戦い。
即ち聖戦である。
こちら側が一方的に命を奪える戦いなんて、聖書に記されるわけがない。
「・・・・・・。」
ビールを音をたてながら喉に流し込む。缶が口元から離れると、どうしても答えが出ない問題が脳裏を支配する。
オミャリジャが死して―――この世界はどう変化する?
生死という要素に何の意味も持たない、イデアという言葉が当てはまり過ぎるほどのオミャリジャの支配。もし亜麻がオミャリジャを殺したところで、何も解らなかった堕落しているだけの世界に戻るのだとしたら、亜麻は戦う意味はあるのであろうか?
「・・・・・・ん。」
やはり亜麻にはイメージできなかった。亜麻には、戦う理由を持たない。当然それは人や神を自分の手にかけたくないというわけではない。ただ、これから亜麻が世界を自由に影響させても、この世界の根本的要素は変わらない。
なら、亜麻がやる事とすれば―――
世界に崩壊させ、完全に終止符を打つ。
「・・・・・・ってわけにもいかないか。」
ため息を吐きながら再びビールを呷った。
しかし、それができないのなら幸田亜麻、もといゴギヌが望む理想郷は、果たしてどういう世界なのだろう?
「それに最後の質問聞き忘れたし。」
亜麻が思う最大の疑問。
ショウは全ての物事や記憶、世界を『継承』させるアエリヒョウである。
・・・・・・それは、判る。だが、それならば亜麻はどうだろう? 強大な力を持つ、持たないはオミャリジャが影響しているらしいが、それは問題ではない。正直多少納得がいかない部分もあるが、ショウがオミャリジャが原因であると言えば、そうなのだろう。これら全ての話はショウの発言が一語一句正しいという前提の基での仮定なのだから。
ならば、亜麻は何故『欲望』の神なのだろうか?
この世界で欲しいものなんてない。むしろ何一つとして亜麻の心を躍らせるものなど無いと言っても過言ではない。
しかし、それでも亜麻は欲望の神と讃えられている。
前世では、今と全く違う人格で全く違った世界だったのだろうか?
「・・・・・・まあ、世界は違うでしょうね。」
それでも、これはいくら考えても答えが出なかった。
この世界は、堕落している。
しかし、それでも堕落していない世界をイメージすることさえもできない。
「・・・・・・!」
それはつまり、この世界を受け入れてからの発想であろうか? 本当はもっともっと面白く、輝かしい世界のはずなのに、こんな全てにおいて失望の色で塗り潰された世界に放り投げられた『美』という要素を知らない幸田亜麻だからなのか?
直訳すると、人間というのは自分の1ランク上下で比較する動物である。
生活も、金銭面も、異性も、人格も、境遇も、環境も、ペットに至るまでありとあらゆる要素を、人間は1ランク上下で比較するのだ。
『公正な世界の信念』という言葉がある。
簡単に説明すると人間は悪を攻撃する、という考えである。悪は、悪である。故にどんなことをされても文句を言えない。人は悪を攻撃することにより、ストレスを解消し快感を得る。しかし、善は攻撃しない。これは善である自分がもし攻撃されたら・・・・・・? という不安からくる。
それでも、その善悪はメジャーな出来事でなければその人間単位で善悪が決定される。 そう。ここで1ランクの比較が始まるのだ。
友達が簡単に大金を手に入れたのを自慢されたとしよう。それを、自慢された人間は憎悪する。[何で頑張ってる私よりも何もしていないコイツが金を得るの?]という風に。
そう思う人は性根が腐っていると思うかもしれないが、案外、これが人間というモノの本質であることに気付いていない人が多いのも現状だ。
さて、今挙げた話には続きある。
それは自分一人で比較を行ったときだ。
[あと財布に1万あれば・・・・・・][付き合っている人がもっと容姿が良ければ・・・・・・]
そういう例。それは、必ず今の段階よりも1ランク上を見るのだ。
しかし、ここでは他者を攻撃でないため自然にストレスが溜まる。一度に溜まるストレスの度合いにもよるが、それを続けた人物の精神状態はもはや言うまでもない。
「・・・・・・なら、」
なら、オミャリジャが構成した世界は幸田亜麻の中では1ランクどころか底辺にまで成り下がった。やりたいこと、欲望という言葉の間逆の今の亜麻は、
「・・・・・・オミャリジャが原因、とも言えなくはないわね。」
ドッ、とまだ半分近く入っているビール缶を床に放つ。いい感じで酔いが回ってきて、これ以上の思考がおこがましく感じる。
トポトポとゆっくりと毀れる液体は、この世界では元に戻るであろう。仮に戻らなくても、これから人、もとい神を殺すであろう亜麻には関係のないことであった。
亜麻自身は、オミャリジャに激しい憎悪を抱いていない。それは幸田亜麻という人物がこういう奇抜な性格なのか、オミャリジャの支配によって失望しているからかは判らない。
亜麻は一つの決断をした後、アルコールの快楽に身を託して眠りに就いた。
――――――オミャリジャを殺してから、考えよう。
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