剣帝?夢想 第十五話 |
黄忠の加入に伴い、兵力を増やしたレーヴェたちは、紫苑の城で休息をとり、同時に軍の再編成を行い、再び行軍を行っていた。目標は紫苑の薦めた巴郡。厳顔と魏延を仲間に引き入れようと向かっていた。
「…なにか後ろから聞こえてくるな」
「また麗羽のやつがバカ言ってバカ笑いしてるんだろ」
レーヴェは後ろから、誰のものかは言わなくても分かるであろう高笑いが聞こえてきたので、僅かに後方を見やって口を開いた。それに答えたのは白蓮だったが、皆それに同意するように頷いている。
「まぁ、まだ高笑いだけをしてくれているだけマシですが」
「愛紗の言う通りなのだ。万が一戦のことに口を以下略なのだ」
「鈴々、それは省略しすぎだと思うぞ。しっかし、どうやったらあそこまでお気楽に生きられるのかねぇ」
「袁紹さんには幸せ回路がついてるんだよ。すごいよね〜。……なに、かな?」
桃香の言葉に、皆が一斉に桃香に何か言いたそうに視線を集中させる。桃香はその視線にたじろぎ、恐る恐る口を開く。そして、その中で誰も何も言わないなか、鈴々が代表して口を開いた。
「お姉ちゃんとどっこいなのだ」
「ひどっ!私ってそんなにお気楽なんかじゃないもん。ご主人様もそう思うよね!?」
「…………すまない、その点については否定要素があまり見つからない」
「そ、そんな〜」
最後の希望であったレーヴェの言葉に桃香は首をうなだれて落ち込んだ。そして誰も慰める言葉を持たない。どう考えても事実だから。
戦の前であるというのに、緊張感の全く見えない様子のレーヴェたちを見て、紫苑は穏やかな笑みを浮かべていた。
「紫苑、どうかしたか?」
「いえ、心地よい空気だと思いまして。戦の前にこんな空気が流れている勢力は他にはないのではないでしょうか」
「恋と…同じ」
「ああ、それはオレもそう思う。戦を前にしてここまで緊張感を感じさせないところは初めてだ。これは桃香だからこそなせることなのかもしれないが」
レーヴェは、その空気を作り出しているのが桃香のおかげ、桃香だけの功績だというように言った。だが、恋はそれを、首を振って否定した。
「桃香だけじゃない。ご主人様、冷めたところあるけど、傍にいると安心する。それに優しい」
「…だから好き」
恋の言葉にレーヴェは僅かに驚いた顔をする。そんなことを言われるとは思っていなかったからだ。この世界に来て、自分が変わったということは自覚している。だが、自分が他人を安心させるような空気を持つようになっているなど全く思っていなかった。
「ふふ、皆ご主人様のことを愛しておるのですよ」
紫苑の言葉にレーヴェは何も言えないでいると、一人の兵士が走り寄ってきていた。
「申し上げます!前方に敵軍発見!その数、約八万前後!旗標には厳と魏の文字!」
「御苦労。下がって休め」
報告を聞いた愛紗の言葉に兵士は一礼し、下がっていく。そして愛紗は判断を仰ぐようにレーヴェの方へと視線を向けた。
「紫苑。厳顔と魏延がどういった武将か教えてもらってもいいか。影の報告でもどんな武将かは挙がってきているが、二人をよく知る紫苑の情報も聞きたい」
「はい。二人とも根っからのいくさ人。酒とケンカと大戦をこよなく愛する武人です」
「うっわ〜、また体育会系。体育会系なんてお姉様と華苑だけで十分だよ」
「「なんだとっ!」」
華苑と翠の言葉が重なる。蒲公英は首をすくめると恋の後ろへと隠れる。
「うーん、いくら戦好きっていっても籠城じゃなくて野戦を選ぶなんて戦術的には下策だろう」
「白蓮…違う」
「へ?」
白蓮の言葉に恋が首をふるふると横に振って否定した。
「白蓮、相手は戦術など考えていないということだ。誇りを示すために野戦で堂々と決着をつける。それが相手の考えていることなのだろう。そして、それでオレたちを試しているということだ」
レーヴェの言葉に、愛紗たち武将は、なにか感じることがあるのか、静かに頷いている。
「そうでしょう。そして城内の混乱を気にする必要がないというのも大きいと思います」
「そう。ならば、彼女らのような人間に話を聞いてもらうには…桃香。どうする?」
「戦って、勝って、私たちの強さを見せつけないといけないってことだね」
「そうだ」
桃香の答えにレーヴェは頷く。そして雛里の方へと視線を向ける。雛里はそのレーヴェの視線の意味を理解し、頷いた。
「では、部隊を配置したあと、進軍を再開しましょう」
「了解。それじゃ、先鋒は紫苑さん、鈴々ちゃん、翠ちゃん、華苑さんにお願いするね。その補佐は雛里ちゃん、白蓮ちゃん、たんぽぽちゃん、影君にお願いするね」
「はい」
「了解」
「はーい」
「御意」
四人は桃香の言葉に頷いた。
「愛紗ちゃんと星ちゃんは左右に、恋ちゃんは予備隊として本隊で待機
朱里ちゃんとねねちゃんも同じく私の傍にいてね。ご主人様も一緒。まだ怪我が治っていないんだから」
実際は、あの華佗の腕前がよかったのか、かなり治ってきているのだが、桃香はレーヴェをまだ戦場にだそうとはしない。レーヴェも、今はまだ桃香の指示に従っていてもよいかと思い、頷いておいた。なにかあればすぐに飛び出すつもりではいたが。
そしてそれぞれが桃香の指示通りに部隊を展開させ始めた。
「桔梗様。レオンハルト・劉備軍を捉えました。前方約二里。兵数は約六万と言ったところです。そしてその本隊であろうところに、噂の深紅の部隊も確認しています」
「ほお。結構な数だな。そして噂の深紅の部隊、どれほどのものか」
桔梗、と呼ばれた女武将は、目の前にいるボーイッシュな女武将の報告を聞いて感心したような顔になった。
「元々結構な兵がついてきていたのに加えて、各地から志願兵をうまく組み込んでいるようです」
「ふむ、…天の時も人の和もレオンハルトと劉備に集まっておるか。それにひきかえ、我らには地の利のみとは…愉快な状況だと思わんか、焔耶?」
「地の利さえあれば如何様にも戦えます!我らの力、見せつけてやりましょう!」
桔梗の言葉に焔耶と呼ばれた少女は気合の入った顔で応える。桔梗はその言葉を聞いて、強い意志の籠った笑みを浮かべて頷いた。
「よお言うた!ならば焔耶よ、存分に戦の華を咲かせようぞ!」
「はい!では部隊を展開させます!作戦は…」
「作戦なぞいらん!誇りと共に進み、あの深紅の部隊めがけて突き進み、その喉笛を喰いちぎるのみよ!」
そう言い切った桔梗に焔耶も笑みを浮かべた。
「了解しました!それでこそ桔梗様!腕が鳴りますね」
「応よ。…だが、引き際を誤るなよ、焔耶」
「分かっております。…では!」
そう言って、焔耶は自分の部隊の方へと走り去っていった。桔梗はそれを見送ると、レオンハルトの軍がいる方向へと不敵な笑みを浮かべて視線を向ける。
「さてさて、大陸にその名を轟かす『剣帝』とその傍に立つ劉備。どれほどの強さを見せてくれるのか……。じっくりと楽しませてもらおうか」
桔梗はそう呟き、自身も部隊に指示を出し始めた。
「敵軍捕捉。皆さん、作戦通り部隊を展開してくださーい!」
「よし、鈴々たちは前に部隊を展開させろ!」
雛里の指示に応え、愛紗が皆に聞こえるように大きな声で指示を出す。鈴々たちはそれに応えて、前に部隊を展開させていく。翠も気合が入っているようで、力に溢れた様子で蒲公英を連れて前へと出、華苑も影を連れて出ていった。
「私と紫苑さんは先鋒中央で相手の出方を待ちましょう。説得の方はお願いします」
「了解ですわ、可愛い軍師殿」
帽子を押さえながらの雛里の言葉に、紫苑は微笑ましいものを見る視線を向けながら頷いた。そしてその周りでは愛紗たちの指示する声と、兵士の応える声が飛び交う。
「関羽隊、趙雲隊は左右より敵を迎撃する!攻撃ばかりに気を取られるなよ!」
「押せば退き、退かば押す!柔軟な動きこそ、我らの真骨頂と思え!」
「応っ!」
「本隊は先鋒の後ろで魚鱗の陣を布いてください!戦況によってはそのまま前に出ますからねー!」
「了解!じゃあ、ご主人様!」
桃香の言葉に、レーヴェは剣を抜き放つ。
「全軍に告ぐ!これより我らは戦闘に入る!この戦、我らの再起に重要な一戦となる!気を抜くな!最後の一振り、その後にまで神経を研ぎ澄ませ!全軍攻撃開始!」
「おおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!」
レーヴェの号令を合図に軍が動き、同じタイミングで向こうの軍も動き出したようだった。そして、敵の先鋒と自軍の先鋒がぶつかり合った。
「ひるむな!数は我々の方が上だ!冷静に対処しろ!」
兵たちの先頭に立ち、焔耶こと魏延が武器を振りまわして敵兵を薙ぎ払いながら檄を飛ばす。
数は多い。魏延はそういったが、相手に圧されているのは目に見えていた。敵の先鋒の勢いは凄まじく、正面からぶつかりあっても、こちらの被害が増すばかり、そしてただ突撃するだけかと思いきや、いきなり引いて見せ、こちらの出鼻をくじく。柔軟な用兵だといえた。
そして左右の部隊の動きも目を見張るものがあった。関と趙の旗から見て、あれが関羽と趙雲の率いる部隊なのだろう。将らしき人影を先頭に烈火のごとく勢いでこちらの兵を蹴散らしていく。こちらの兵の士気は高く、練度も悪くない。だが、向こうの方が勢いに乗っている。
そして、もっとも目を引いたのは深紅に身を包んだ部隊だった。あの部隊だけは別格だった。先ほどからいくどか交戦しているが、個人個人の強さが他と比べ、明らかに違っていた。将、とまではいかないが、それに準ずるほどの実力を備えていて、こちらの攻撃を的確に防ぎ、流して反撃してくる。一般の兵士では太刀打ちできないだろう。恐ろしいのは元は一般兵だったかれらをここまで鍛え上げたレオンハルトか。
だが、その常に前線にて誰よりも前を駆け、剣を振るうというレオンハルトの姿が見えないということが気になった。
「魏延様!前線はもうもちません!」
「そうか…。桔梗様と合流する!退くぞ!」
兵士の報告を聞き、魏延は一瞬、悔しげな顔を見せたが、すぐに顔を引き締めて兵へと指示を出した。
「ご主人様!敵勢が崩れましたよぉ」
「分かった!敵陣へと追撃をかける!レオンハルト隊、ついてこい!」
「あっ!?ご主人様!?関羽隊、我が旗に続け!ご主人様はまだ怪我が治っておらん!孤立させるな!」
「応っ!」
とうとう戦場へと吶喊したレーヴェを見て愛紗は慌ててそれを追いかける。それに続く関羽隊の兵士たちも必死にレーヴェを追う。
「趙雲隊は敵の左翼に突入し敵陣を真一文字にひたすら突っ切る!攻撃はせず、駆け抜けることだけに集中せよ!」
「馬超隊は左手の兵を蹴散らす!たんぽぽは右手の方を頼む!少しは功を立てて来いよ!」
「当然!怪我してるご主人様に後れを取っちゃったら顔向けできないもん!」
星、翠、蒲公英も敵に更なる打撃を与えるべく、行動する。
「華雄隊はレーヴェ様の脇を狙う敵を殲滅する!ついてこい!」
「白馬隊も前に出るぞ!雛里、行くぞ!」
「はいっ!よろしくお願いします!」
白蓮も雛里を連れて前に出ていった。
どこかの外史では言ってしまった、死亡フラグを立ててしまうセリフは言わずに…。
「…ご主人様、大丈夫かなぁ。まだ怪我治ってないのに」
とうとう戦場へと出てしまったレーヴェの体を心配して桃香は本隊で顔を曇らせる。それに答えたのは恋だった。
「大丈夫。ご主人様、もう十分に戦える」
「…恋ちゃんがそういうのなら、そうなのかな?」
恋は桃香の言葉にこくり、と頷いて前線を見た。桃香もつられてそちらを見ると、一際大きく砂埃がまっている場所を見て苦笑した。
「ほんとに、大丈夫そうだね」
「焔耶ぁー!まだ無事か!」
「当然です。まだまだ喧嘩はこれからですから!」
「よぉ言うた!戦では不覚を取ったが、喧嘩ではまだまだ負けておらん!共に徒花、咲かせて見せようぞ!」
「はっ!どちらがレオンハルトを先に見つけても文句なしですよ!お先にっ!」
「おうよ!…誰かある!」
厳顔は魏延を見送ると人を呼んだ。
「わしらが前に出ると同時に軍を後退させい。これ以上の戦いは無意味である。これよりわれらは修羅道に入る。おまえたちまで付き合うことはない。これはわしらが好きでやっとる事だからな。後退の指揮は張任に任せる。…しばし、わしらの好きにさせてくれ」
厳顔の言葉に、兵士は自分もついていく、と言いたかったが、その言葉を呑みこみ大きく頷いた。
「了解しました!厳顔様、ご武運を!」
「応さ!貴様らも無駄に死なんようにせい」
「厳顔様にもう一度会うまでは何が何でも生き延びてみせます!ではっ!」
厳顔は兵士が去るのと同時に戦場へと視線を戻した。
「さぁて。我、遅咲きの竜胆の花とならん。覚悟せい、『剣帝』レオンハルト」
「どこだ、レオンハルト!出て来い!私と勝負しろ!」
魏延は敵兵を吹き飛ばしつつ戦場を駆ける。そして視界に深紅の部隊がこちらへと接近してくるのを確認すると、そこにレオンハルトがいるはずだ、と見当をつけ、自分からも接近した。そして、銀髪の男が目に入ると、口の端を笑みの形に吊り上げる。そして、男の顔がよくわかる距離まで来ると、魏延は体を硬直させた。
(太陽を反射する銀髪に、全てを見通しているような鋭い視線…そして全てを包むような大きな気。なんと…)
魏延はレーヴェを目にして衝撃を受け、我を忘れていた。だが、レーヴェの声にすぐに現実に戻る。
「敵の将、魏延とお見受けする。手合わせ願おうか」
「お、おう!我が名は魏文長!正々堂々とした一騎打ちを所望する!」
「我が名は劉備が主、レオンハルト。来い」
レーヴェの言葉と同時に、魏延は金棒を振りかぶり、レーヴェに向かって力一杯振り下ろした。レーヴェはそれを、体を半身にして避ける。魏延は地面に大穴をあけながら、体を捻り、遠心力を加えながら回転して横薙ぎに振るう。それを体を後ろに反らして紙一重で交わしたレーヴェは即座に踏み込み、剣の柄を魏延の体に叩き込もうとするが、それは咄嗟に引き戻された金棒で防がれた。
「なかなかやるな。だが、これが防げるか」
レーヴェは一度距離を取ると、一気に接近し、強力な一撃を金棒に向かって叩きつける。魏延は武器をもっていかれまいと、金棒を握る手に力を込め、一瞬、レーヴェから注意を外す。レーヴェはその一瞬で魏延の背後に回り込み、剣を一閃した。
「ぐ、あああああああっ!!」
戦士としての嗅覚か、なんとか振り返った魏延だったが、すでに振られている剣を防ぐことはできず、胴体を剣の峰で斬り抜かれた。
吹き飛ばされた魏延は、地面を転がり、武器を手放してその意識を手放した。レーヴェは構えなおしてしばらく様子を窺い、魏延が気を失っているのを確認すると、武器を下ろした。
「劉備が主、レオンハルトが敵将魏延を召し捕った!」
レーヴェは武器を下ろすと、声高く勝利を宣言した。そして魏延を抱き上げ、近くにいた兵に、彼女の武器を丁重に扱うようにと告げ、本隊へと足を向けた。
同じころ、鈴々は厳顔と相対していた。
「鈴々は姓は張、名は飛!字は翼徳なのだ!おばさんも名を名乗れー」
「おば…っ!?チビめ。目上の者に対する礼儀も知らんのか」
「まだ敵だから礼なんていらないのだ」
それは違う。敵には敵に対する礼儀も必要だ、と突っ込まれそうなセリフを鈴々は平然と言い放った。
「対する人間の立場によって態度を変えるなど、人間として下品の下品。レオンハルトの軍の将はその程度の人間ということか?」
「立場なんか見てないのだ。事実を口にしただけなのだ」
それはそれで問題があるぞ、とまたもや突っ込まれそうなセリフを口にする鈴々。厳顔は微かに顔をひきつらせながら口を開く。
「ふっ、ほざきよる。…しかしな、張飛。この厳顔、老いたとはいえ、この武に一点の曇りもない。侮っていては大怪我のもとぞ」
「侮ってはいないけど、負けないのだ!来るのだ!」
「よかろう!我が必殺の豪天砲、とくと味わうがいい!」
その言葉と同時に、豪天砲というらしい武器のトリガーを引くと同時に弾丸が射出される。鈴々は、それを驚きながらも軽く避けて見せた。
「その程度の攻撃当たるわけないのだ!お兄ちゃんの攻撃の方がもっとはやいのだ」
「ほう、ほざくか。だがその言葉、全部避けてから言うのだな!」
厳顔はそう言って、更にトリガーを引いて弾丸を射出する。鈴々はそれを次々に避けていく。
「見える!当たらなければどうということもない」
どこかの赤いエースやら白い悪魔のパイロットやらが乗り移っていそうなセリフを吐きながら鈴々は全ての攻撃を避けて見せた。
「もう、弾はないみたいなのだ。次は鈴々の番なのだ!うりゃりゃりゃりゃーーーっ!」
鈴々は蛇矛を厳顔に向かって叩きつける。厳顔はそれを正面から防ぐが、その攻撃の重さに顔をしかめた。
「重い…何たる重さだ!」
「当たり前なのだ。鈴々の蛇矛には、みんなの夢と希望と、平和を願う心が籠っているのだ!重くないはずがないのだ!力のある人間が弱い人たちを守る。そんな当たり前のことが出来ない人間が多いから、鈴々たちがみんなを背負って戦うのだ!」
自分よりずっと小さい、まだ幼いと言っても過言ではないはずの少女の言葉が厳顔の心を打つ。
「ずっと、死ぬまでずーっと!鈴々は皆の為に戦うのだ!それが鈴々の生き様なのだ!」
「…重いな。貴様の生き様も」
「重いと思えば重いのだ!軽いと思えば、簡単に背負えてしまうくらい軽いのだ!それが逆に悲しいけど…でもずっと背負っていくのだ!死ぬときまで、最期の時まで!」
鈴々は天高く届けと言わんばかりに声を張り上げる。ただひたすらに純粋な眼差しを厳顔に向けて。
「私はその覚悟に胸を打たれたのよ」
そのとき、場に割りこんだ声の方へと厳顔は視線を向けた。
「紫苑っ!この裏切り者め!よくもわしの前に顔を出せたな!」
厳顔の言葉に、優雅な仕草で口に手を持っていって笑いながら紫苑は口を開いた。
「その言葉は本心で言っているのかしら?」
「ふんっ。そうでも言わんとわしの気が済まんわい。まぁいい。もう気が済んだわ。このチビの蛇矛など効かんかったが、真っ直ぐな言葉の刃で魂を討ち取られたわ」
厳顔の言葉に鈴々は何を言っているのか分からないと首をかしげている。紫苑はそれを微笑ましく見ながら説明してやる。
「もう戦う気はないということよ。…いま、私たちの前に、強きものが弱きものを守るということを、当たり前の世の中にしようと命をかけている方たちがいる。その方に命を、力を預けてほしい」
「それはよかろう。わが魂から酔いは抜けた。だが、刃向かったわしらをそのまま受け入れるとは思えんがな」
「そんなこと心配しなくていいんです」
そのとき、少女の声が響いた。厳顔がそちらへ向くと、ほわほわした一人の少女がいた。
「なんじゃお主は」
「私の名前は劉玄徳!よろしくね、厳顔さん」
桃香の自己紹介に、厳顔は呆気にとられた表情になった。
「このお嬢ちゃんが劉備だと?」
「ええ、我が主のお一人よ」
「一人…ということはもう一人はレオンハルトという男か」
「ええ、もうすぐこちらに来ると思うわ。…来たわ」
そのとき、深紅に身を包んだ部隊が姿を現し、銀髪の男を先頭に、その後ろには武装解除された魏延が、ぽーっとした表情でレーヴェを見ていた。
「桔梗。こちらの方が私の主、レオンハルト様よ」
「ほう、レオンハルト。天の御使いにして『剣帝』と呼ばれる最強のもののふ、あの呂布スらも圧倒した男がここまで若い男だとはのう」
「もう二十はとうにすぎているのだがな。さて、オレがレオンハルトだ。何か聞きたいことはあるか?」
レーヴェの言葉に、厳顔はすかさず口を開いた。
「この大陸では今何が起こっている?董卓はどうなった?」
「董卓は敗北。それと共に各地で諸侯が群雄割拠を始めたが、すでに袁紹を始めとした半数以上の諸侯が領地を失っている」
「なにっ!?袁紹と言えば、確か三公を輩出した名門ではないか。その袁紹が滅亡したというのか!?」
「滅亡じゃないです。だって袁紹さんは私たちのところにいるもの」
「…不本意だがな」
桃香の言葉に、レーヴェは目を閉じて付け加える。いくらレーヴェがいくらか丸くなったとはいえ、袁紹のあの身勝手さは許容できないものだった。顔良にはいくらか同情もしていた。
「ふむ…あまり深くは聞かん方がよさそうじゃの。それで、袁術は?」
「袁術も呂布と共に我々の元へ攻めてきたが返り討ちにした。ちなみに呂布は今我が軍にいる」
「この大陸の猛者の一、ニがそろっているということか。恐ろしいものじゃのう」
厳顔はそうたいして思ってはいない顔で笑う。
「呂布だけではなく、公孫賛、馬超、董卓…皆自分の領地を失った後、ここに集い、その理想を手助けしているわ」
「今、大陸の趨勢は徐々に集約されている。北方をほぼ平定している曹操。東方で勢力を伸ばす孫策。そして安穏と、自分の利益のみを貪る劉璋」
「ふむ、あの坊主では国は守りきれんな」
「だからこそ、私は益州の、大陸の未来を劉備様とレオンハルト様にかけたの。あなたはどうする?」
紫苑の問いかけに、厳顔は即答した。
「曹操孫策など知ったことか。だが、刃を交えた劉備殿とレオンハルト殿の心底は分かっておる。知らぬ覇者より見知った王者を選ぶ方が、助けがいがあるというものだ。ならば、我が魂と剣。共に劉備殿とレオンハルト殿に捧げよう」
「ありがとう厳顔さん!」
「感謝する」
「ああ。我が名は厳顔。真名は桔梗。頼みますぞ、主殿」
「うん!私の真名は桃香っていうの。よろしくね、桔梗さん!」
桔梗が仲間になったのが余程嬉しいのか、満面の笑みで応える桃香。レーヴェはそれをしり目に一歩前に進み出る。
「オレには真名はない。…親しいものはレーヴェと呼ぶ。よろしく頼む」
「よろしく頼むぞ、お館様」
ああ、また新しい呼び名が…レーヴェは微妙に気を落としながらも頷いた。
「それで、焔耶よ。お前はどうするのだ?」
レーヴェが到着してから解放され、桔梗の傍に控えていた魏延は、放心モードから復活し、そしてレーヴェと、桃香を見てまた放心モードへと突入した。
「ええっと…魏延さん…だよね?私は劉備、真名は桃香。その…えっと…よろしくねー」
何の反応も示さない魏延に、桃香は躊躇いながら声をかけた。
「どうしたの?この戦うことしか頭になさそうな人は?脳筋だから動きが停止しちゃった?」
「誰が脳筋だ!!はっ!?」
動きを停止していた魏延は蒲公英の言葉で再起動を果たした。そして周りを見渡して、レーヴェと桃香を再び視界に収めた。
「え、ええと…レオンハルト様と劉備様であらせられる?」
「はい。劉備です」
「あ、ああ」
桃香は何も感じていないようだが、レーヴェはなにやら違う意味での不穏さを感じていた。
「桔梗様!」
「な、なんじゃ?」
桔梗もなにやらおかしなことになっているような気がしたのか、ためらいがちに口を開いた。
「ワタシは劉備様とお館様のシモベになります!」
「は?」
「いや、シモベにはならなくていいんだけど」
レーヴェは珍しく、口を半開きにして動きを停止させた。大抵のことには動じないレーヴェにも、この言葉は流石に予想の斜め上をいくものだったようだ。
「それは結構だが…どういう風の吹きまわし…いや、別に最初から渋ってもおらなんだな」
「いえ、別に変な気持ちではなく、お館様や劉備様に変な気持ちを抱いたわけでも一目ぼれしたわけでもなく、その憧れを感じたというか…」
(なるほど、一目ぼれか)
その場で、鈴々や桃香、レーヴェを除く全員の心が一つになった。そしてなおも言い繕う魏延を見て、これはかなりきているな、と判断した。
「…というわけで、このワタシをシモベにしてください!お館様!劉備様!」
「いや、シモベというかもっと別な関係を望みたいのだが…」
「そ、それは愛し合う関係ということですか!?だ、大丈夫です!ワタシは初めてですが、きっとお館様を満足させて見せます!さぁ、どこかの天幕で…ぎゃふ!」
「何をとち狂っておるのだ、このバカモノ!」
このままではどこまでも突っ走ってしまうと判断したのか、桔梗が肉体言語で魏延を止めた。本来なら嫉妬して最初に留めるはずの愛紗が呆気にとられているのだから、その暴走振りは凄まじかった。
「うう、すみません」
「ええと、それじゃ、仲間になってくれるのかな?」
「はっ!この命、この心、その全てを劉備様とレオンハルト様だけに捧げましょう!」
頬を紅潮させながら、桃香とレーヴェの腕をしっかりと握り忠誠を誓う魏延の姿に桔梗は頭を押さえて溜め息をついていた。
「脳筋…恐るべし」
「誰が脳筋か!ワタシをバカにするのか!」
蒲公英の言葉にまた魏延が反応する。この二人、馬が合わないようだ。ともかく、これでは話が進まないので、レーヴェは口を開いた。
「それでは正式な自己紹介を。オレは『剣帝』レオンハルト。親しいものはレーヴェと呼ぶ。真名がないのは勘弁してほしい」
「私は劉備。真名は桃香。よろしくね」
「は!我が名は魏文長!真名は焔耶!焔耶とお呼びください!お館様、桃香様!」
「ああ、よろしく頼む、焔耶」
「よろしくね、えと、焔耶さん?」
「ああ、もう死んでもいい…」
「落ち着けというに!」
またもや肉体言語で桔梗が焔耶をこちらの世界に引き戻した。
「さて、戦も終わった。桔梗の城に入城したいが…構わないか?」
「もちろんですとも。城の民のすぐに納得しましょう」
「そうか。桃香、城に入ろう。皆を纏めておいてくれ」
そしてレーヴェはその場に座り込んだ。
「ご主人様!?」
皆が一様に慌てた様子を見せるが、レーヴェは軽く手を振って問題ないと伝えた。
「久々の実戦だ。少し、疲れただけだ」
「…ならいいけど。城に入ったらちゃんとお医者様に診てもらわないと駄目だよ?」
「お館様?どこか怪我を?」
「いや、たいしたことはない」
「そうですか」
焔耶は素直に引き下がる。そして城に入城したレーヴェたちは各地に桔梗たちが降伏したとの知らせを周りに流したのだが、呆気なく、成都までの城は降伏の意を示してきた。レーヴェたちは休息を取り、膨れ上がった軍を再編成し、意気揚々と成都へと進軍を開始した。
あとがき
うう、ごめんよ蒲公英。唯一といっていいくらいの活躍の場を取り上げてしまって。
現在、落とし穴で生き埋め状態のへたれ雷電です。今回、ようやレーヴェが復帰しました。その代わり、蒲公英の出番が…。蒲公英好きの方には申し訳ないです。いつか埋め合わせは…
今回、ようやく焔耶が出てきました、原作で自分がみたいものは三つ、焔耶と思春が完ぺきにデレるシーン、呉ルートで雪蓮が生き残るシーンです。PSP版でそんなシナリオないかなぁ。
説明 | ||
お久しぶりです。へたれ雷電です。 今回は文の量でいえば長い!自分にしてはよく頑張った!とほめたいところです。 今回、蜀軍お気に入りキャラ登場です。…長かった。 |
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コメント | ||
2828様>ちゃんといますよ。出すの忘れてただけで…(へたれ雷電) 自由人様>報告ありがとうございます。焔耶の暴走っぷりは色々いじれて楽しいんですよね(へたれ雷電) 紫皇院様>焔耶はなんで普通の男が桃香様に…な感じではなかったのではと思ってこうしました(へたれ雷電) いつか埋め合わせはします。蒲公英にも出番を…(へたれ雷電) gmail様(へたれ雷電) ユウ様>普通にミスですね。だれなんだろう気宮尾って…報告ありがとうございます(へたれ雷電) ふと思った、璃々って居るの?名前すら出てないけど(2828) 御疲れ様です。いや〜、前回のコメントの返しで仄めかしていましたが…こんなにも壊れた…いや失敬。こんなにも激しい行動の焔耶だとは思いもよらずぽけぇ〜っとしてましたwそれに白蓮(や麗羽)にもスポットが当たっていたりと…これからの焔耶が見物ですね。(自由人) 御報告 7p:鈴々はの蛇矛には→鈴々の 8p:だって袁将さんは→袁紹 10p:何をとち来るっておるのだ→とち狂って 城の民のすいぐに納得→城の民もすぐに ですかね?仕様でしたらすみません。(自由人) こっちの焔耶は男嫌いではないのかw(紫皇院) こっ、ここにいるぞ!!(gmail) 誤字? 10p『気宮尾は頭を押さえて』、気宮尾って誰?桔梗のことかな?(ユウ) ヒトヤ様>誰であっても礼儀というのは必要だとは思うのですが。それに味方になってもらおうとしているのに、態度を変えすぎるのも問題があると思うので(へたれ雷電) 辰様>次はもう少し早く更新できるよう頑張ります(へたれ雷電) 明王様>訂正しました。袁紹軍のあの二人はなぜか名前が覚えられない…(へたれ雷電) ユウ様>まだ幼い鈴々が言うからこそ、さらに心を打つのかもしれませんね(へたれ雷電) 人によって態度が違うのは現代では学生、社会人関係なく当たり前、敵や見方への態度が一緒なら逆に変(ヒトヤ) 更新乙です、次の話も楽しみですがんばってください!!!(辰) 文醜じゃなくて顔良でしょ。(明王) 原作やってても思ったのですが、鈴々の一騎討ちの時のセリフはけっこう感動したな〜(ユウ) |
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