不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常 『ネクロノミコンsaint4-4』
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真白き少女と契約を交わした翌日。

本日行われる予定の試験のために、勉強会を開いた翌日。

朝。

リコは何時も通りに眼を覚まして、朝食を取り、学校へ行くための準備を女の子らしく長々と済ませていた。

学校へと出かけるまで、何時もの通り、まだ10数分の余裕が有る。ちなみに、この10数分の余裕というのは、隣に住む幼馴染を叩き起こしてトーストされた食パンを口に突っ込む時間は除外されている。性格だろうか。余裕を持った行動が好きなのだ。

全てが何時も通りの朝だが、決定的に異なる点が1つ。

ベッドの上で、未だに熟睡している少女の存在だった。

名はカレンとした。昨日、この使い魔自身がそれを切望したからだ。呼ぶ時に不便だからという事も有るが、一番はそれだ。何でも、必要な事らしい。

適当に付けるのもなんだし、犬や猫の様な名前を付けるのはさらになんだったので、正直悩んだ。子供を持つ事になった親の気分を一瞬味わったが、意外にもすぐに閃いた。

少女にその名を告げた時、少女はとても満足そうに頷いた。リコの意図した事が正確に伝わったからだろうが、何となく気恥ずかしかった。

「カレン。私、そろそろ学校行くけど」

声をかけて反応を見るが、微動だにしなかった。呼吸による運動すら無いので、一見死んでいるようにしか見えないが、そもそも生物では無いのだ。人間の形をしていても、人間の様な挙動を期待するのは間違っている。まさに、人形の様な少女だった。

さて、困ったものだ。このまま置いていくか、それとも連れて行くのが正しいのか。置いて行ってもカレンに問題は無いだろう。むしろ、問題になるのはリコの方だった。付いてきてもらわないと、不安だと言っても過言では無い。初めてのお使いに出される子供の様な心境だった。見た目的にはもちろん、絶対的な立場もまたリコの方が上位ではあるのだが。

さて、どうしたものか。リコが人差し指の腹を唇に当て、考えるポーズを取った時。

カレンが何時の間にか、ベッドの上で直立していた。

その突然の挙動に驚いて、心臓がやや跳ねた。

カレンは眼を見開いて、宙を見つめている。眠気が取れずにぼ〜っとしている、という風では無い。明らかに何かを見据えている様子だ。猫が何も無い空間をじっと見ている様な、そんな感じ。

「主様よ」

「な、何よ」

幽鬼の様な調子でポツリと呟いたのは、幼い方の人格では無く、やや大人びた方の人格…………リコが頼りにしている方のものだった。

「上手く行かないものだな」

「……………………?」

「この世界の神は、全て人間のために存在している。そして…………天使や聖人の様な、御使いもまた」

「いや、何が言いたいのよ」

カレンの瞳は憐れみを持っていた。その瞳はリコを視ていたが、しかし、別の何かを見ている様でもあった。

「人間の様で人間では無く、神では有り得なく、御使いの様で御使いでは無い。その様な存在がネクロノミコンであり、そして…………」

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眼の前に居るのは、正真正銘の化物なのだろう。ネクロノミコン。化物の名はそういうものらしかった。

久遠は内心で愕然とした。

それも、想像するのも困難なほど、理解の及ぶ範疇から、遥か遠くに離れた場所に居るほどの。そもそも、初めから不可能なのだろう。理解する事など、不可能に違いない。例えば、日本に居る普通の人間が、ブラジルの、とある場所に居る、とある人物の名前や性別や年齢や趣味思考行動パターンを、何の情報も無く理解する様なものだと。

あの男から聞いた話では、そういう事になる。

「見えて…………」

眼の前に居る『それ』が、声を発した。

「見えて、いるのね…………そして、その上で君は死んでいない」

眼の前の化物はそんな事を言った。まるで、『姿が見えているのに死んでいないのはおかしい』とでも言っているかのようだが、正にその通りなのだった。ネクロノミコンという存在が、そういうもので有るのだと、久遠は聞いていた。

だが、大きな間違いが1つある。

それは、実際の所、久遠は明確にネクロノミコンの姿を目視していないという事。

 その姿は虚ろで、霞が覆い隠しているかのようであり、ただその存在だけが圧倒的だった。どうやら、少女らしき背格好であるという事だけが、辛うじて認識できた。

「君が死なないのは…………いえ、そもそも私に会いに来たのは…………ああ、そういう事。そもそも、私の姿も明確に見えているわけでは無いのね

少しガッカリしたニュアンスを含む声でそう言った。

どういう能力なのかは知らないが、こちらの事情を全て把握したらしい。

「……………………」

久遠は無言で相手を睨み付けた。なるほど、これは大層な化物だ。姿は少女そのものなのだろうが…………それも、恐らく敬愛するお嬢様とそう変わらないほどに…………眼の前に存在するのだという事実も含めて、信じ難かった。呼吸1つする事にすら躊躇いを覚えてしまう。

「お前は…………敵だ」

だがしかし、久遠はハッキリと断定した。

「だから、お前を殺す」

そして、ハッキリと宣誓した。それが可能か不可能かなど、問題では無い。単純な意思の問題だ。ともすれば逃げ出しそうになる心を、強い言葉で誤魔化しているのだった。それがどれだけの効果を生み出すのかなど、定かでは無い。久遠はしかしその効果を信頼していた。言葉は力になる。例えそれが妄信に近い自己暗示だとしても、確かに効果的なのだと、久遠は知っていたからだ。

それに対して、ネクロノミコンは微笑を浮かべた。自分に対して向けられた意思が嬉しくて仕方が無いのだと言わんばかりに、その笑みは柔和に染まっていた。

「そうね。厳密に言えば、私は君の敵では無いでしょうけど、君の大切な人を傷つける恐れがあるのなら、確かにそうなんでしょうね。…………でも、君に情報を与えた彼は、こう言わなかったかしら?」

 ネクロノミコンは臨戦態勢にある久遠から眼を離し、塀の向こうにある屋敷の方に眼を向けた。

その瞬間に久遠は発砲した。何の躊躇も衒いも無く。それも、9mm拳銃如きのそれでは無い。人間や、あるいは象ですら肉塊に、そして装甲車すら破壊しかねない威力を持ったハンドキャノンだ。

久遠がバックサイドホルスターから取り出したそれは、銃が身近で無い日本人が視たとしても、瞬時に異様で有ると理解するほどだった。視覚的に語れば、大きさがおかしい。銃身だけで人の頭部よりも長く、シリンダー部分は大人の握り拳を上回る。600ニトロエクスプレスという専用弾を使用し、重量は6キロを超え、バイポッドの使用が前提になるという代物である。普通の人間ならば、発砲時の衝撃に両手ですら保持不可能という、携帯銃の意味を問われるそれは、それ故に『砲』とすら呼ばれ、確かにその威力と反動を考えれば、相応しく他のハンドガンを圧倒している。

その凶悪な代物を、久遠は西部劇の早撃ちの様なスタイルで難なく発砲した。

大量の火薬が破裂する音は、轟音と表現してすら生温い。そして威力は前述の通りで、人間ならば掠っただけでも再起不能だ。

その兵器から打ち出された弾丸は、屋敷の方に眼を向けたネクロノミコンの頭部に対し、正確に直進した。

普通ならば、慣性の従うままに脳を、そして上半身の大部分を撒き散らしていたはずだ。

だが、当然の如く、そうはならなかった。

ネクロノミコンの脇に在る、大木が破裂した。

「……………………」

その結果に久遠は眼を細めた。

そして、役立たずのハンドキャノンを無造作に投げ捨てた。嫌な汗が背筋を伝う。

もちろん、久遠は先ほどの銃撃で、眼の前の化物を倒せる等とは考えていない。直撃しても、傷1つ付かないだろう事は初めから想定内であり、それ以上の現象も当然在るだろうと考えていた。そもそも、銃撃でどうにかなるのなら、超長距離から重機関銃で狙撃している。そちらの方がより高威力だし、確実だからだ。

 そうしなかった理由は、もちろん重機関銃の狙撃で命を取れる等とは露ほどにも考えていなかった事は在るし、何よりも、ネクロノミコンが攻撃を受けた際に起こりうる現象を、間近で確認したかったのだ。

その様に考えての行動だったのだが、やはり全ては無駄だった。

『いや、対象は破壊できたのだから、問題は無い…………か。後はあの化物をどうするか、だが…………』

そこで、眉を寄せた。

自分があまりにも訳の分からない思考をしている事に、軽く混乱した。まるで、大木を対象と見定めているような思考をしている事に。

どうして、大木を破壊する必要があった? そんな当たり前の事に、今更気が付いた。

久遠は、発砲して大木が破裂した時に、こう思考した。

『自分は大木に向けて発砲したはずなのに、どうして少女に向けて発砲した気になっているのか』

などと、訳の分からない事を考えてしまっていた。だからこそハンドキャノンを役立たずであると判断したし、だからこそ捨てたのだ。現象の意味が分からなかったからこそ捨てたのだ。

だが、それは違っていた。現象にも問題は有ったが、最も問題とされるのは、ここでは久遠の思考だった。

発砲したのは少女に対してだ。問うべき是非や疑問が逆になっている。

久遠は混乱した頭で、それでも冷静に思考した。

少女の頭目掛けて発砲した。それは確実だ。自分は目の前の、少女の姿をした化物を殺すつもりでいたし、だから発砲した。

標的は分かりやすく眼の前にあって、久遠は射撃の腕に絶対の自信を持っており、外すはずは無い。だから、間違えるはずは無いし、間違えていないのだから木に命中して、対象は破裂した。

 

 何の問題も無いではないか。

 

得心して、次の行動へ移ろうとして…………久遠の頭はついに混乱を極めた。

「違う…………私は何を…………」

敵前にあって呆然としてしまった失態を、しかし、久遠は叱咤できずにいた。

思考が掻き乱されている。いや、これはもっと別の…………。

「どうしたの?」

ネクロノミコンの声に、久遠は歯噛みした。何も無かったかの様に振舞う、その平然さに苛立った。だが、実際にその通りなのだろう。起こった現象は、久遠にとってはあまりにも理解不能だが、あの化物にとってはあまりにも当然の事なのだろう。

眼の前に、悠然と佇むあの化物を倒すことなど不可能だ。認めたく無かった事を、静かに認めた。

これより先、何をしようとも、どんな攻撃を加えようとも、それは滑稽に過ぎるのだ。

しかし、久遠はそれでも攻撃の体勢を取った。右足をやや後ろに、左足を軸として、右腕を隠す様な構え。

ネクロノミコンまでの距離は10数メートル。久遠は右足に全霊の力を込め、飛び出した。そして、単純に右の拳を叩き込む。

それだけの単純な動作。路上の喧嘩でも行われているで有ろう、策も何も無い一撃。

だが。

その動作は全て、音速を超えていた。

右足の直下に有ったコンクリートは派手に陥没し、大気は軋み、炸裂音が轟いた。

その拳はネクロノミコンの心臓付近に直撃し、しかし彼女は微動だにせず、代わりに彼女の背後に広がる路上が、数10メートルに渡って破壊された。

そして、再び久遠を襲う、不可解な思考の混乱。あくまでも平然とした様子のネクロノミコン。

 ネクロノミコンは微笑を作り、久遠の右手を、自らの両手で優しく包んだ。久遠に対する愛おしさすら感じる。

そして、

「君の主を救うために、私に死ねと、君は言うわけね」

 何処か喜ばしげに微笑んだ。

 その調子に、久遠は絶望的な差を改めて感じ取っていた。意気すら挫けそうになる。

だが、

「そうだ。お嬢様のために、お前は死ね」

更なる強い言葉で無理矢理に意思を高め、無駄と知りつつも、自らの全てをかけて主を救うために、久遠はネクロノミコンによって包み込まれた右手を勢い良く振り払った。

その背後に、久遠が踏み込んで破壊した路上の辺りに、真白き少女…………カレンが立っていた。

説明
今更ですが、リコの漢字名は莉子と言います。漢字表記には絶対しないですけども。

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