真・恋姫無双 EP.1 猫耳編(1) |
暗い、禍々しい気配に満ちた部屋だった。窓が1つもなく、四方の壁には人々の阿鼻叫喚の顔が隙間なく浮かび上がっている。明かりも灯さず、部屋の中央にぽつんと置かれた、天蓋付きのベッドの上に少年が座っていた。
少年は、自分と同じ大きさほどの卵のようなものを、大事そうに抱えている。卵のようなものの中には、淡い銀色の光を放つ全裸の少女が、膝を抱えて丸くなり眠っていたのだ。
愛おしそうに、半透明の殻を撫でながら、少年はふと視線を背後に向けた。何もなかったその場所が、ゆらりと歪んで黒装束の男が現れる。
「また、やられたの?」
「申し訳ありません」
少年が呆れるような口調で言うと、感情の籠もらない声が男から返ってきた。
「曹操にしてやられるのは、これで何度目かな? 知ってる? 世間ではあの女のこと、『死天使』なんて呼んでるらしいよ」
「……」
「魔獣を手懐けて、少し調子に乗ってるみたいだね」
少年は視線を、抱えた卵の少女に戻す。柔らかい笑みを浮かべ、頬をすり寄せた。
「袁紹に任せている北征を急がせて。あと、賈駆にも目障りな『赤竜使い』を早く何とかするようにってね」
「はい……」
男は現れた時と同じように、ゆらりと揺れて消えた。
「ああ、僕の可愛い月……。そんなところに閉じこもっていないで、早く出ておいでよ」
うっとりとした様子で、少年が囁く。その目からはもう、正気が失われていた。
4度目の外史に、北郷一刀は降り立った。過去3回の記憶はなかったが、三国志の英雄たちが活躍する世界を、彼なりに想像していたのだ。しかし。
「なんじゃこりゃーーー!」
開口一番、一刀は思わず叫んだ。
「聞いていたのと、話が違う! あそこに飛んでいるの、あれって鳥じゃないよね? どう見ても、あれってドラゴンだよね? 映画やゲームで見たのに似てるよ?」
翼を広げ、「あぎゃー」と鳴きながら火を吐いていた。
(これは私たちも予想外なのよね。恐らく『奴ら』が無理矢理、この世界を再構成した影響だと思うわ)
「まじか」
(恐らくこの世界の人々にも、少なからず影響があるだろうな)
(とりあえず、ご主人様は私たちがみっちりと鍛えたから、ドラゴンに正面から挑まない限りは大丈夫よ)
「はあ……仕方がない」
一刀は諦めたように、肩を落とした。
(それとね、ご主人様。私たちは、力を蓄えるべくしばらくの間、眠りにつくから)
「え? それじゃ、剣は使えないのか?」
(それは問題ないわ。ご主人様が『伸びろ』と念じてくれれば、剣はいつでも使えるから。ただ、こうして話をすることが出来なくなるから、この先はアドバイスとか出来ないけど)
「ああ、わかった」
(寝てる間に、悪戯しちゃいやよ)
「するか!」
剣を地面に叩きつけたい衝動に駆られたが、出来ればあまり触りたくはなかったのでやめた。
適当に歩いていたら、それなりに賑わっている街に着いた。
一刀はいつもの制服姿だったのだが、妙な世界になっていた影響なのか、注目を集めることはなかった。とりあえず腹ごしらえをしようと、おいしそうな匂いを漂わせていた店に入る。
貂蝉から多少のお金は貰っていたので、しばらくは食べるものに困ることはないだろう。
(でも、節約しないとな)
ごま団子を注文し、考えたら1年振りとなる食事を堪能する。
「うまい。それに、何だか懐かしい味だ」
お腹も膨れ、お茶を飲み一息つく。さて、どうするかと大通りに出た一刀の前を、何やら商隊のような一団がやってきた。
「何だ、あれ?」
思わず漏れた呟きを聞き、そばにいた老人が教えてくれた。
「あれは奴隷商隊じゃよ」
「奴隷……」
「金さえ払えば、人の命も買える。新しい帝が即位してから、この世界はおかしくなってしまったんじゃ」
豪華な馬車の後ろから、檻の乗せられた荷車が続く。年端も行かぬ子供の姿もあった。
「あんな子供が……」
「口減らしに売られたんじゃろう。貧しい家は、そうして生き残るしかないからの」
一刀は拳を握る。持っている全財産を使えば、あの子供を一人か二人くらいは助けられるかも知れない。でも、それだけだ。砂漠に落とした一滴の水のようなものである。
(でも、何とかしないと……)
商隊を追うように一歩を踏み出した一刀は、だが一つの檻が目に入ったとたん、動けなくなった。
「あれは――!」
「ああ、猫耳族じゃな」
その檻には、一人の少女が怒りを滲ませじっと座っていた。栗色のショートヘアの頭部には、二つの猫耳がある。
「森の奥に住む種族じゃよ。ふらりと出てきたところでも、捕まったんじゃろうな」
一刀はどうしてか、その少女から目が離せなかった。じっと目で追っていると、ふと、視線がぶつかる。強い光を宿したその目は、「さっさと助けなさいよね!」とでも言っているかのように、一刀を凝視していた。
どうしてこうなったのか、猫耳の少女――桂花は考える。長老の言葉に逆らい、村を出たのが間違っていたのだろうか。いや、違う。彼女なりに世間を見て、強い憤りを感じた。あのまま村に居ては気付かなかった、残酷な現実を知ることが出来た。それは、とても大切で意味のある事だ。
弱者が虐げられる、今の世の中を変えようと考えた。そのために、これまで学んだことを生かすべきなのだ。しかし一人で出来ることなど、たかが知れている。仲間が必要だった。
街で色々な人を見た。信頼出来る者、同じ志を抱く者、そんな人を探した。けれど多くの人が、不満を漏らしつつも現状を変えようとはしない。他人を当てにして、自分は何もしない。そんな者を何人も見て、怒りが失望に変わるのに、時間は掛からなかった。
自分は、何も変えることが出来ないのか。諦め掛けた時、声を掛けてきた一人の男がいた。大望を抱き、世を憂いて義勇軍を結成しているという。
「軍師として、一緒に来てくれないか?」
そう誘われて、本当にうれしかった。だから、油断したのだろう。宿屋に戻って一息ついた時、全財産の入った財布が盗まれていることに気が付いた。
そうして宿代を払えず、奴隷商人に売り飛ばされ今に至る。
(男なんて、信じた私がバカだったわ!)
後悔しても遅い。彼女は檻の中から、値踏みするような目で見てくる男たちを睨み付けてやった。
街に着くと、その中に哀れむような眼差しが混ざる。すべてが憎らしく思えた。そんな時だ。
一人の男と目が合った。白い光る服を着た、どこか貴族のお坊ちゃんみたいな男。それなのに、目が離せない。強い悲しみと意志を宿した、今まで会ったことのない目をしている。何よりもその黒い瞳が……。
(きれい……はっ!)
何を考えているんだろう。
(バカ! 死ね!)
そんな気持ちを込めて、桂花はその男を睨み付けた。
一刀は迷っていた。
何一つ解決の糸口すらないのに、あの猫耳の少女を見てから落ち着かないのだ。結局、奴隷商隊の入って行った屋敷の前まで来てしまった。
「何とかして、助けたい」
そうは思うものの、いったいどうすれば良いのか。全員を解放できるほどのお金はない。
「ああ、もう! 当たって砕けろだ!」
意を決して、門番に近付く。
「あの……」
「ん? 何だ?」
「ここの主人に会いたいんですが」
一刀がそういうと、明らかに庶人とは違う格好を見て勘違いでもしたのだろうか、門番は口調を改めた。
「これは、失礼いたしました。お約束をされて、おりましたでしょうか?」
「いや、そういうわけでは……」
「取り次ぎを致しますので、こちらへどうぞ」
そう言って門番は、一刀を中に通してくれた。何やら屋敷の中から騒がしい声が聞こえる。何事かと思いながら待っていると、先程の門番が一人の女性と共に戻って来た。
「こいつか?」
「はい」
鎧をまとった、ショートヘアの女の子だ。
「あなたが、ここの主人ですか?」
「あたいは文醜っていうんだ。主人は姫……袁紹さまだ」
一刀は内心の驚きを、顔に出さないように気をつけた。
貂蝉から性別の違いや、真名についての情報は聞いていた。それでも実際にその事実を目の当たりにすると、驚いてしまう。
(この子が文醜。そして袁紹も、姫と呼ばれるくらいだから女性なんだろうな)
だが、もともとそれほど三国志の世界に造詣が深いわけではない。そういうものかと思えば、それほど違和感を感じることはなかった。
「袁紹さまに何の用だ?」
「実は、お願いがあって来ました」
「ああ、そういうのはダメだ。前もどっかの村長が、税がどうとか言ってしつこくてさ。姫……袁紹さまがすっごい怒っちゃって、大変だったんだ」
「いや、そういうのじゃなくてですね」
「あー、もう。面倒だから帰ってくれ」
軽く手を振って、屋敷の中に戻ろうとする文醜に、一刀はガバッとすがりついた。
「ま、待って! 話だけでも聞いてくれ!」
「ちょっ! お前、離せって! 斗詩にならともかく、男に抱きつかれるのは嫌いなんだよ!」
身をよじって引き離そうとするが、一刀も必死だった。ここで引き下がるわけにはいかない。
「うわっ! この変態! カタい変なものを押しつけるな!」
「いや、待て! 違う、これは違うぞ!」
さすがの一刀も、変態扱いだけは避けたかった。
「見ろ、これはただの剣だ」
「ん〜? 柄の部分だけじゃないか」
「あっと、ちょっと待ってて」
そう言って嫌々ながら剣を掴むと、心の中で『伸びろ』と念じた。するとあっという間に、黒光りする刀身が現れたのである。
「ほら、ほらね!」
文醜に見えるように、一刀は剣を大きく振った。すると……。
うっふぅぅぅぅぅん!
むっふぅぅぅぅぅん!
「……」
「……」
剣からは、呻き声のような嫌な音がした。
説明 | ||
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。どんどん、原作から離れていくような気がします。書いてる本人は楽しいですが、皆さんにも楽しんでもらえれば、幸いです。 | ||
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コメント | ||
別に非難したいわけじゃないけど、想像すると読む気なくす・・・・w(翠湖) ・・・・・・捨てることをオススメします(機構の拳を突き上げる) 汚いデルフリンガーW(ヒトヤ) い、いやだ。こんな剣は持ちたくない。売っても、追いかけてきそうだww(mighty) さ、最悪の剣だw(闇羽) 早く売り飛ばすんだwww(テス) 漢女ブレード…恐るべし。 おそらく相手が男に使うと掘――なんでもありません(汗) 怖くて続きが書けないっ(ヒィィ(かなた) ・・・おう 恒例のもにたーこーひーまみれに(よーぜふ) これは・・・貂蝉ボイスの剣かwww なんだか魔剣モルギフを思い出すなぁ。(ワカンタンカ) |
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