燃える村の物語 |
歩くことをやめて、幾年経っただろう。もはやこの身体は歩き方など覚えてはいまい。
戦場で右足を失い。絶望の末に身体を支える杖までも捨てた。もはや生気を失った身体は、ベットに横たわりただ朽ちるのを待つのみ。
終わりは唐突に訪れた。賊による村の襲撃。傭兵崩れの盗賊達、彼らの襲撃を防ぐ手立てはこの小さな村にはなかった。これがもし物語だったならば、勇敢な七人の勇者が立ち上がることもあったかもしれない。しかし幻想は幻想。村は儚くも炎に包まれた。
そうして男は全てを失った。
足も。剣も。杖も。家も。
「神は……いないのか……」
その男の呟きは、瓦礫と共に炎に消えた。
しかし、男は気づいていない。
まだ男には、残された唯一つのものがあるということに。
その使い道に。
少年は雄たけびをあげた。
村が燃えていく。故郷が消えていく。
村人のほとんどは既に逃げ出していた。村に残った人間など、両手の指にも満たないだろう。彼らは勇敢にも賊と戦うために残った勇者というわけではなかった。病気や老衰などで、逃げることすら叶わなかった者たち。
しかし、少年はただ1人、義勇のために残ったのだった。
その手には、剣。
敵は食い扶持をなくした傭兵たち。襲われた村には何も残らない。人も、物も、家も。
眼前の地獄の様な戦場に、少年は自身の死を知る。
その手には、剣。
しかしその足は震え、ただの一歩すら踏み出せない。失ってしまうというのに。家も、畑も、村も。命さえも。だというのに、動けない。
少年の存在に気づいた賊の1人が、眼をギラつかせて上唇を舐めた。
――構えなければ、剣を。さもなければ。
斧を振りかぶって、賊が笑う。
そして、賊の身体を槍が貫いた。
損傷を理解できず、賊が下卑た笑いを浮かべたまま倒れる。
その槍は、男にとっての杖だった。支えを失った男が捨てた杖だった。
瓦礫と炎の間から、煤にまみれた男が現れる。失った右足の変わりに、一本の剣を杖にして。捨てたはずの剣を、杖にして。
「逃げろ、グラント……」
少年はその名を呼ばれて恐怖から現実に戻った。仲間の1人がやられたことで、盗賊達の意識がこちらに向いた。ここから先は、奇跡はない。
「ここは俺にまかせて……逃げるんだ、グラント……」
少年は無意識に頭を振った。苦渋に頬が歪む。義憤によって剣をとった少年にとって、ここで男を見殺しにすることなど出来ようはずがなかったのだ。それを知っていてなお、男は少年に呼びかける。逃げろ、と。
男には唯一つ残ったものがあった。それは、戦士としての魂。唯一つの命。
村が燃え、家が燃えてなお、男の側には剣があった。槍があった。そして眼前には自身が決して届くことのない遥か高みにいる勇者。
遥か昔の戦場で、勇者の存在をどれほど願っただろうか。常に勇者たらんとしていた自分は、どこにいったのか。全て、右足と共にあの戦場に置いてきてしまったのか。
失った。
全てを失った。
しかし、少年はまだそこにいる!
いつしか男は少年を背に笑っていた。右足を失った無様な姿だ。剣を杖に、ただ賊に蹂躙されるのを待つ身。
しかし男は笑っていた。
取り戻したからだ。その手にしたもの全てを。
これは、死者の語る物語。
ここから先に、希望はない。
しかし、男は満足だった。少年がどうなったのか、男にはわからない。やはり賊に討たれて死んだのか、または生き延びてどこか他の街へと旅立ったのか。それは、男には知ることの叶わない物語。
崩壊した村の隅に、突き刺さる槍。
それが、男の全て。
説明 | ||
この世界を、未だ数匹の亀と象が支えていた時代。 霧は濃く、森は暗く、神秘と信仰と迷信は絶えず、ただ空だけはどこまでも高かった頃。 忘れられた、彼らの物語。 |
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