双天演義 〜真・恋姫†無双〜 十四の章 |
黄巾党の叛乱は曹操が張角を討ったとして終結を見た。
砦の本城に翻った曹の旗を見た黄巾党の人々は、抵抗もほとんどなく投降していった。多少の混乱もあったようだけど、袁紹と孫策の軍の前になすすべなく鎮圧されてしまった。
そして左豐を連れた朱儁が率いる大軍があの砦に現れたことで周瑜が言った袁の文字についてわかることになった。袁術が官軍に働きかけて孫策に名声を取らせまいとしたんだろう。実際戦いが終わってから来たので特に実害はなかったが、戦いの最中であればかなりの混乱があったことは間違いない。
官軍というより左豊に韓忠を渡すときに、越ちゃんがこっそり何かを渡さなければ多分この功績も横から掻っ攫われていたことだろう。左豊に皮袋を渡した後の越ちゃんが隠れて布で手を拭い、その布を処分していたことを考えるに、不本意だったんだろうな。
そんなこんなで終わった黄巾党の乱だけど、ちゃんと功績は功績と称えられ、伯珪さんは太守から刺史に封じられ、劉備さんは平原の相に封じられた。
実りがさほど感じられない黄巾の乱が終わって、とりあえず小規模な盗賊討伐はあれど平和な日々を送っています。
そしてそんな平和な日々にオレは絶賛ホームシック中です。
自分でも鬱陶しいとは思うが、罹ってしまったものは仕方がない。
もちろん帰る方法は見つかっていないので帰りたいとかというものではない。もちろん帰れるならば帰りたいが、今回はそういうものではない。
……ファーストフードのハンバーガーが食いてぇぇぇぇえええええ。
というようにオレがいた世界の食べ物が食べたいというものだ。なんか知らないけどラーメンとか饅頭はあるけども、やっぱり他のものも食べたくなるのが人情というものだと思う。
ここで問題になってくるのがオレの料理に対する技術と、今現在手に入る食材が何かということになる。
自慢ではないが多少は料理は作れる。しかし、それは一般家庭で料理をするというくらいのレベルであり、そばうちができるとかパンを生地から作っていますとかそんなことは無理だ。
普通にスーパーで売っている食材でとか、適当に包丁で切り、フライパンに放り込んで炒めるくらいで料理がうまいというわけじゃない。
それにこの世界の食材というか調味料が少ないのも、数少ないレパートリーをというか料理を再現することを妨げている。
胡椒、砂糖は高いからそんなに使えないし、塩だって使いたい放題じゃない。このあたりだと岩塩を砕いて使っているし、海の近くでも塩田で大量生産はそこまでできていないだろう。
と愚痴を言ってみたところで始まらないので、今できる料理を考えてみる。
中華はラーメンとかその辺で食べればいいのでパス。
洋食か和食か……。気分的に和食を食べたいとは思うが、味の決め手の物が完璧に不足している。
出汁をとるための鰹節に昆布、調味料として日本酒、醤油、味醂に味噌、ちょっと挙げただけでもこれだけのものが足りない。これだけ足りない状態で作ったものは、きっと日本食とはいえないだろう。川魚の塩焼きができるだろうと言うかも知れないけど、大根おろしにポン酢もしくは醤油がなくて何が日本食の焼き魚だと私は言いたい。
おっと話がずれてしまった。
では何ができるのか考えてみる。
小麦粉がある。これは結構いろいろ作れるんではないかと思うが、それははっきり言って早計だ。
確かに小麦粉があればパンが作れる、うどんが作れる、お好み焼きにもんじゃ焼きが作れるし、たこ焼きだってできるかもしれない。しかしパンを作るためのイースト菌は?うどんの作り方は?お好みソースは?となってしまう。
あと天麩羅についても思いついたが、冷水を用意するのが難しいこと、タネにする魚介類がここで確保が難しいことでパスした。
「諏訪、こんなところで何をやっているんですか?」
厨房でうんうんと唸っていたオレはやっぱり周りから見るとおかしく映ったようだ。いぶかしげな表情の越ちゃんがこちらを胡乱げな視線を投げかけてきている。後ろに伯珪さんもいるが彼女は特に変わらず、挨拶してきた。
「んとな、オレのいた世界の料理ができないもんかなぁと……」
オレの言葉にさらにいぶかしむ表情が深くなる。そんなにオレが料理することって怪しく見えるのだろうか、心配になってきた。
「越ちゃん、いくらなん……」
「諏訪! 私は貴方に真名を許しました。にもかかわらず呼ばないのはなぜですか?」
オレの言葉に被せるように越ちゃんが怒る。ちょっと後ろの伯珪さん、何ニヤニヤしているんですか?そんなニヤニヤするような展開になるわけないでしょ。
「ほう、紅蘭は諏訪に真名を許していたのか。それは知らなかったなぁ」
しかもなんだ、それ。まるっきり棒読みで言いおってからに、まるっきり信じられない。伯珪さんの楽しそうな瞳が、子龍さんがからかっているときの瞳と同じ色をしていやがる。いつもはオレの前では真名で呼びかけないくせに越ちゃんを真名で呼んでいるしな、完全にいつもの逆襲でからかいにきている。
「えぇとですね。真名を許していただいたことは大変栄誉なことなんですが……」
それでも越ちゃんの迫力に伯珪さんへの仕返しをすることもできず、オレはしどろもどろになりながら言い訳を並べていく。
出会ったときにその名で呼んで、殺されかけた記憶があるから呼びにくいことや、すでに越ちゃんという呼び名がオレの中で定着していて、新たに真名で呼びかけることに違和感を感じることなど一生懸命説明した。こちらの世界では名前がたくさんといえるかわからないが姓と名以外に字と真名があるから呼び名を変えることに違和感はないかもしれないけれど、オレのしてみれば呼び名をころころ変えることに違和感を覚える。
「ふむ……。天の世界の感覚ですか。それなら仕方ないのかもしれませんが、納得しかねる部分もあります」
不承不承、凡そ納得してくれたようだけど、不満ありありという感じだね。
「まぁ紅蘭もいいじゃないか。そのうち呼ばせればいい」
ってまだニヤニヤ笑ってますが伯珪さん。そんなに楽しいですか?
「人をからかうって言うのも結構楽しいな、うん」
それを口に出しちゃいけません。
「従姉様、私をからかおうと言うのですか?」
ほら矛先がそちらに向かう。いつもながら詰めが甘い。ギャースギャースと伯珪さんにここぞとばかりにお小言を言う越ちゃんを眺めながら、ここはオレがいた世界とはやっぱり違うと再認識してしまう。もちろんオレがいた世界にも名前をたくさん持っている人はいるだろうし、名前を変えることに違和感を覚えない人もいるだろうけど、オレの周りにはそんな人はいなかった。だからこういったことで小さな疎外感を感じてしまう。
「な、なぁ諏訪。お前のところの料理はどういうものなんだ?」
越ちゃんのお小言を強引にかわそうとオレに話を振ってきた。墓穴とはいえ、さすがに仕返しとしては良いころあいかな。話に乗ってあげましょうかね。
「基本的にここと違いはないよ。ただ歴史の積み重ねや文化の違いで工夫や新しい技法、調味料や香辛料ができて、料理の種類、味の種類、その他もろもろが増えただけって感じかな」
天の世界とここで呼ばれているオレが元いた世界の料理を思い出してみる。和食に中華に洋食、エスニック、アジア料理にエジプト料理、様々な国で発展して積み重ねられてきた技術がたしかにある。だけどオレが知っている料理というのはごくごく一部だ。それに思い出されるのはファーストフードにファミレス、母さんの料理に寮での食事とごく庶民的なものばかり。
「しかし諏訪が料理ですか……本当に食べられるものができるのですか?」
ボソッと呟いた越ちゃんの言葉、それは本気で聞き捨てならない。
「その言葉、ちょっと待て。食べられるものができるのか? だって。今から作ってやるからそこで待ってろ」
指を“ビシッ”と越ちゃんに突きつけて宣言する。あんなことを言われて引き下がれるわけがない。絶対うまいと言わせてやる。
「諏訪、私はそこまで暇じゃありません。勝手にやってください」
「ふっ。オレがうまいものを作れるとそんなにまずいのかな? 越ちゃん、もしかして料理が苦手? ん? ん?」
若干慌て気味にここを去ろうとする越ちゃんの背中を挑発してみる。ピクンと肩が震えたのは見逃さない。しかも伯珪さんの肩がプルプル震えて、笑いを堪えているし絶対に越ちゃんは料理ができない。
「そうかそうか。自分ができないからってオレまでできないと思われるのは心外だな」
立ち止まった越ちゃんの背中が大きく震え始める。これはかかったなとニヤリと笑ってしまう。
「そこまで言うなら食べさせてもらいます! ただし、私が不味いと言ったらどうなるか、わかっていますね」
くるりと振り返り、指を突きつけ宣言してきた。そしてズンズンと擬音がつきそうな歩き方で食卓まで行くと、これまたドカッと擬音がつきそうな勢いで席につく。
「従姉様。……従姉様にも公平な意見を言ってもらいます。座ってください」
ジロリと伯珪さんをにらむ越ちゃん。いい迷惑だろうな、きっと。
さて食堂の二人はとりあえず無視することにして何を作ろう。ざっと厨房にある食材を確認してみる。
肉があって、卵があって、きのこに野菜、あとは調味料といったところか。
おっと梅酢なんてものがあるじゃないか。ということは梅干があるはず。さっききゅうりとゴマを見つけたからこれで簡単なものでも作ろうか。
黒焼きにまだされていない梅干を見つけ、これの種を抜き果肉だけにする。
ゴマは洗いゴマの状態だったので軽く炒り、炒りゴマにしておいてとりあえずあら熱をとるために放置しておく。
炒りゴマの熱を取る間にもう1品のメイン料理のほうを決めてしまおう。
肉に卵があるんだからハンバーグが無難だろう。ステーキとか言って出せば越ちゃんにただ焼いただけじゃないかときっと難癖つけられるから、加工はできる限りしなくてはならない。
ブロック肉のままの牛肉と豚肉を薄くスライスして、それぞれを交互に重ねてまな板代わりの木の幹の上に置く。これを縦横細かく包丁を入れ、ミンチにするわけだけど、ここで多少粗めにミンチにすることで肉の食感が残って少し違ったハンバーグになる。
ミンチにする機械があれば楽なのだろうが、そんなものはここにはないので包丁で粗めに細かく切ってから、二本の包丁を使い叩く。叩いて叩いて叩いて、肉をミンチに変えていくわけだが、実は結構この作業はストレス解消になったりもする。ただ叩きすぎると肉の食感がなくなるのでそこは注意しておく。
出来上がったミンチに塩と胡椒をふる。本来ハンバーグは肉に塩を混ぜて焼くだけの料理だけど、それだと身崩れしやすいのでここに繋ぎとして全卵を投入する。ここで玉葱とか野菜を入れると甘味なども加わってよりおいしくなるのだが、玉葱が見つからなかったので諦めた。
そしてここからはスピード勝負!
手のひらの熱が肉に伝わり過ぎないようにすばやく練り混ぜていく。ただしっかりと練り混ぜないといけないので速ければいいというものでもない。
粘りが出てきて全体が纏まってきたら、適当な量に分けて形を整えていく。このとき中に入った空気を抜くために、手のひらでキャッチボールをするように叩くと中の空気が抜けて焼いたときの身崩れが防げる。
ここでオレは網脂―牛や豚の内臓を包んでいる網状の脂肪―をつかう。これは肉が赤身で脂肪分が足りないときに使うと脂肪分を補助してくれるので、食べるときのジワッとにじみ出てくる肉汁がより多く出て、肉を食べているという気分にさせてくれる。まぁオレの気分の問題なので、網脂は使わなくても十分ハンバーグは作れる。
形を整えたハンバーグを網脂で包んだら、さて、焼きに入ろうか。
ここの厨房は薪をくべて直火で料理する竃なのでとにかく火加減が難しい。火力が安定しないし、火が強すぎて焦げてしまうかもしれない。注意して焼くしかないが元いた世界のガスコンロが欲しいところだ。
手近にあった中華なべを手にとって見る。両手もち深いなべということで広東風の中華なべだろうか?
このタイプは中央の底で強火、周辺部で弱火と熱伝導の違いを使って焼き加減をつけられるから、とても便利な調理器具だ。しかもハンバーグを焼く上でここにある道具の中では使い勝手がいいだろう。
中華なべに牛脂を落として満遍なくなじませる。
まずは中華なべの底の部分を使い、強火でハンバーグの両面を焼く。ここで一気に表面を焦げ目が多少つくぐらいに焼いておく。こうすると中の肉汁が外に逃げず、余計な旨みが逃げることを防ぐことができる。
焦げ目がついたハンバーグを周辺部に移して、弱火でじっくり中まで火を通す。
ついでに蓋をして蒸し焼き状態にするとふっくらとしかも早く中まで火が通るのでふたをする。
焼きあがったら一旦取り出して皿に盛っておき、中華なべに残った肉汁でソースを作る。
ハンバーグのソースといえばデミグラスソース、ケチャップなど思い浮かべるが、この世界にその二つがあるわけがない、ましてや赤ワインやトマトなどもない。
そこでオレは中華風の餡かけハンバーグにしてやろうと、中華なべの中にきのこを入れ、しゃきしゃきとした食感が残るようにすばやく炒めた。そこに梅酢と砂糖、塩、胡椒、白酒で味を調え、片栗粉のようなものを水で溶いてトロミをつける。
できた餡を皿に盛ったハンバーグにかけて、まず一品目が完成。
この間に炒りゴマのあら熱も粗方とれていると仮定して、もう一品のほうに移る。
きゅうりを適当な棒で叩いて割れ目を作り、一口サイズに切る。それを割れ目にそってきゅうりを割り、塩で揉む。
塩もみしたきゅうりと炒りゴマ、梅の果肉を和えてきゅうりの梅和えの完成と。
「さ、できたぞ。食べてみやがれこんちくしょう」
オレはできた料理を食卓に並べながら、二人の反応を見る。
二人とも出来上がった料理を見て感心しているようだ。結構いい出来のはずだから、作っている最中もいい匂いをさせていたはずだ。
「くっ……少しは料理ができるようですね」
負け惜しみ負け惜しみ。ニヤニヤと笑いながら悔しそうな越ちゃんを上から見下ろす。あぁ、いい気分。
「どうぞぉ、召し上がれ。越ちゃんのお口に合うかわかりませんがねぇ」
越ちゃんはプルプルと震える手で箸を持ち、スッとハンバーグに箸を入れる。
箸で割ったハンバーグの断面から、ジワッとしたたる肉汁が視覚的にも食欲をそそる。
ふんわりと香る梅の香りが網脂に包まれた肉のこってりとした味わいをさっぱりとしたものに変え、見た目よりも後口に脂っこさが残らないはずだ。
ハンバーグもミンチが細かすぎず粗くミンチにしているためところどころで肉としての存在感があり、満足感を演出してくれる。
「おぉ、うまいな。諏訪、これはなんていう料理なんだ?」
笑顔の伯珪さんに料理の説明をしつつ、越ちゃんの様子を伺う。
俯いたままもそもそと食べていやがる。その様子に本当に口に合わなかったのかどうか心配になる。梅にしろ、きのこにしろ嫌いな人は結構いる食材だ。無理して食べることはない。
「越ちゃん、嫌いなものあったら残してくれていいからさ」
オレの言葉にピタリととまる越ちゃんの箸。本当に嫌いなものがあったのか、しまったなぁ。
「……たが、りょ……です……んで……」
ぼそぼそと聞こえる越ちゃんの声がだんだんと剣呑な雰囲気を帯びていく。オレ、なんか地雷踏んだ?
「紅蘭、いっそのこと諏訪に料理教わったらどうだ?」
越ちゃんの雰囲気など知らぬ顔で伯珪さんの能天気な声が響く。さらにひどくなる越ちゃんのわなわなとした震え。空気は固まり、重圧が肩にのしかかる。ここで何かいったら絶対オレに被害が来る。そんな確信がオレにはあった。
「一時期、料理にはまっていたわりに全然うまくならなかったものな」
ピシリと空気の裂ける音をオレはたしかに聞いた。伯珪さんの言葉に越ちゃんの震えは止まり、重圧が増す。
「わかりました。……諏訪、勝負です! 一ヵ月後、どちらがおいしい料理を作れるか、勝負です! 審査員は従姉様と趙将軍。いいですね」
“バンッ”と食卓を思いっきり両手で叩き、突きつけるようにオレを指差すと越ちゃんは涙目でそう宣言する。
あまりの展開についていけないオレを残して、越ちゃんが踵を返して食堂から去っていく中、伯珪さんの言葉がとても気にかかった……。
「私の寿命は後一ヶ月……?」
伯珪さん、ご愁傷様です。
説明 | ||
双天第十四話です。 一回45kb書いて、話がそのあと膨らむ様子がなく全削除。はじめから書き直しましたので、いつもより時間がかかってしまいました。待っていた方いたかどうかわかりませんが、申し訳ありません。 料理っていいですねぇ……書いていて、その楽しさと味の表現が難しいと思い知りましたけど……。 |
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コメント | ||
gmail様コメントありがとうございます。双天では白蓮を応援しています。……が時々忘れるんですよねぇ、ちゃんと存在感あってよかったです(^^;(Chilly) 更新お疲れ様です。当時の大陸には無い文化の導入って、読んでて楽しいものがあります。にしても、パイパイちゃんの存在感が奇跡的なまでにある作品ですよね、この小説は。www(gmail) Night様コメントありがとうございます。拠点:越ちゃんでしたが楽しんでいただけたようで(^^(Chilly) お疲れ様です。ああくそ、越っちゃんかわいいな(Night) |
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