堕落_五章上:崩壊 |
日曜日の繁華街。ギラギラ光を放つ太陽の下、道行く人は笑顔を浮かべながらその道を行き来する。主に若者が占めるこの街は、学生やカップル達が幸せそうに歩く。
そして、ここにも一組の男女が。
高校生手前ぐらいのあどけない男の子。彼は時計台の下で本を開いていると、彼女の存在に気がつく。それに明るい笑顔を向けながら大きく手を振った。
「―――腐ってる。」
それだけ呟き、亜麻はジーパンにカジュアルを身に纏うショウのもとへと歩み行く。
異常。この世界は異常だ。
私一人だけが狂っているのだったらどれだけいいか? そう考えなかった日はない。
世界の常識は、数で決まる。
人が人を殺す。在りもしない神を冒涜して命を奪われる。特定の人種を全て皆殺しにする。
どれもこれもその時代毎で善悪が覆る。過去の過ちを生かし、素晴らしい未来に向かって悪を消すと誓い、再びその過ちにループする。
大衆は何が正しいのか判断する力がない故、一部の権力者に上手く丸め込まれ、責任をたらい回しにする。が、それでもどれが正しいか、絶対的な意見も論理も原理さえもない。
そう。極論だ。
人が、人を支配することなど決してできないし、してはならない。
それは神にのみ許された絶対的な世界。
例えば、目の前にいる―――、
「ごめんねショウ君。少し遅れた。」
「いえ、大丈夫です。僕も今来たばかりですから。」
ショウは本当に彼女と出会ったくらい上機嫌で、傍目から見て亜麻もまんざらではないようにも見える。二人のその姿は、まるで付き合ったばかりの歳の離れたカップルに見えなくもない。
「近くにいい喫茶店があるんですけど、そこに行きましょう。」
「ええ。」
男の方が背が小さいアンバランスな光景。それは、どこにでも見かける幸せの構図である。
「亜麻さん、そういえば何か趣味とか興味のあることとかありますか?」
「……は?」
ショウは亜麻の手を優しく握りながら、信頼している笑みをこぼす。前日、ショウと別れた後、亜麻の意見でこれまで通りの呼び名での関係でいこうとのことであった。それに深い意味はない。ただ、これはもしショウの話が嘘だとして、亜麻が現実に戻ってこれる最後の綱というわけだ。
「趣味ですよ。好きなことや取り組んでいることですよ。博識なイメージがあったんですけど、趣味って言葉知らないんですか?」
「・・・・・・そうね。今度モウツの新作のビールが出るらしいから、是非試飲したいわね。」 そう、最後の綱。
亜麻の人生、これまで絶望と偽りのみで構成されてきた。そしてようやく、ショウと出会って微かな希望が見えたのだ。
もし、ショウが全てにおいて作り話だった場合、亜麻はもうこの錆びれた現実に戻ってこれなくなる。その保険として、互いを現世での名として呼び合うことにしているのだ。
そう、ただの名前。
しかしこれは、亜麻が現実世界で生きる最後の防御壁であったのだ。
「またビールですか。・・・・・・ホント、亜麻さんは昔から無欲ですね。」
昔から。
出会って一週間も経たないショウが言う、昔。
それが何を指すかはもはや言うまでもないだろう。
「昔の私って、ショウの目から見てどうだった?」
昨夜、亜麻が知りたかった最後の質問。それを平然な素振りでさらっと聞き出す。
「変わりませんよ。地位も、名誉も、あたりまえな幸せさえも、昔から亜麻さんは何も欲しがりませんでした。」
「・・・・・・。」
その答えを予想していなかったとすれば嘘になる。ただ、それでは欲望の神と称されたその名の真意は何処にあるのだろう?
「無欲なのに、欲望の神?」
鼻で笑いながら質問を投げかける。
「ええ。それが欲望の女神ゴギヌ様・・・・・・、ゴギヌの本性でした。あ、着きましたよ。」
二人はデパート系列の小さな喫茶店に足を運んだ。
店員の指示に従い、適当な席に腰を下ろす。
「・・・・・・へえ。」
ショウは席に着くなり、小さな含み笑いを漏らした。
それは今までに見たことのない鋭い目つきであった。
「・・・・・・ショウ君? さっきの話しの続きなんだけど・・・・・・、」
「ええ、いいですよ。確かテーマは昔の亜麻さんでしたね。」
何事もなかったかのように会話を再開する。それと同時に店員がオーダーを取りにきた。今となってはこの世界の生物は全て無意味なのだが、とりあえず無視だけはしない。
「とりあえず、ビールとお冷。」
かしこまりましたと一礼する店員を静かに見送った。
「・・・・・・亜麻さん。真昼間からビールですか。」
「私は永遠の20よ。法律上何も問題ないわ。」
亜麻は面倒くさそうに肩から流れる髪を後ろに持っていく。
何気ないやり取りの途中、ショウはゆっくりと目を瞑った。
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