堕落_幕章:奇跡 |
この時、ショウは思った。
亜麻と出会えたことの意味を。
それはどんな奇跡よりも奇跡だったと、再確認した。
奇跡というのは、原因が判らない状況がプラスの方向に導くこと。そういう意味でも、これは紛れもない奇跡だったと自分の幸運に胸を張れる。
ショウは、この世界を廻り続けた。
それは、比喩でもなんでもない、そのままの意味だ。
ショウは亜麻に出会うまで、常に世界を廻り続けた。
この世界は、オミャリジャが死して終わる。
そう。世界そのものは終わる。しかし、決してピリオドは打たれない。
世界の始まりが何なのか?それはショウにも判らない。ただゴギヌがオミャリジャを殺し、それをオミャリジャが否定し、自らも構成して世界を創り、やり直す。
勝率0の、無限ループ。
しかし、それは無限ではなかった。
無限。それは数字という固定された数値でなく、数え切れないから無限というわけでもない。
1から10までしか数字が数えられない者は11以上が無限になるが、それが無限の筈がなかろう。
そう。つまるところ、無限というのは存在しないのだ。
始まり。
ショウはいつも、公園のブランコに座っている。
それから三日間、必死でオミャリジャとゴギヌを探す。手がかりもなければ、姿形、何もかもが判らない。
判らないまま死力を尽くし、それでも出会えない。
そして、三日という刻限が過ぎ、再び世界が創り変えられる。
その時、物質的に残せるもの等なにもない。
紙に何かを書くことも、人に何かを伝えることも、大地を削りメッセージを残すことも、全てがショウをあざ笑うかのように三日でリセットされる。
そこで唯一許されたのが、『継承』の神であるという位置付けのみ。
こんな物が無ければどれだけ楽か?
そう思わない日はなかった。
何も知らず、そこら辺に転がる人間という欠陥品は常に一分一秒を大切に生きるピエロ。もし、自分がそれと同じならどんなに楽か?
そう、思わない日は、なかった。
すぐに三日が経過し、再び公園。
そして何の進展もないままオミャリジャとゴギヌを探す。
その繰り返し。
それは数字では表れられない無限という言葉がピッタリと当てはまる。
記録するモノもないので、時間も忘れる。継承という神の能力を持つものの、ループすればするほど目的である二人の神の顔を忘れ、姿を忘れる。
不安はどんどん大きくなるも、決して諦めなかった。
否
そもそも諦めるということさえも許されなかった。
その世界全ては墓場。強制的に生を与えられる墓場である。
ショウは公園で気がつく。それは世界がリセットされたという堕落した事実なのだ。ショウは始めにジーパンのポケットを探り、一枚の紙を取り出す。
それはラヌンアルが持っていた聖書の1ページである。そこには5つの時代の流れと、その時代のショウの兄弟の詳細。それだけが記されている。
その紙は、まるで今から連鎖に繰り出されるのを知った前兆であるかのように思えた。
が、ショウはもうこの紙以外の出来事は殆ど記憶から削り落ちてしまった。
何千年生きたかも判らないショウが記憶を失うのは必然。
外見は14,5であるショウは、己の肉体を見て呟いたことがある。
「永遠の十代・・・・・・。」
それを自慢気に語れる人はどれだけ羨ましいか、ショウ以外の人間は決して気付かないだろう。この言葉の意味にどれだけの無力さと絶望さが交じり合ったか、誰にも分かるはずがない。
やがてショウは過去を眺めるようになった。
同じ兄弟で、何事にも何物にも縛られない欲望の女神ゴギヌ。それでいて実は無欲な彼女なら、この世界さえも縛られることはないのだろうか?
しばらく経ち、その疑問の前提からして間違えていることに気づく。
彼女は、この世界を受け入れることができるのだろうか?
どれだけの時間が経過したのだろうか?
それはまるで無期懲役で、いつまでたっても期日が決まらずに、決まるまで決して死ねない受刑者。・・・・・・それは、『まるで』等というたとえ話なのだろうか?
自害による肉体の崩壊。
―――時間という牢獄で修復。
その繰り返しによる精神崩壊。
―――永い時間での精神修復。
ともかく、そうした時間が流れた。
どれだけの時間が流れたか、偶然、ショウは遭遇することになる。
繁華街の人混みを掻き分けて歩いていると、悪魔に出会った。
青い瞳に金髪の西洋人の容姿。だが、それはあくまで入れ物。その中身は決して人間でないモノが混入していた。
そう。
オミャリジャだ。
ショウは手に合ったバタフライナイフですぐにオミャリジャの喉を切り裂いた。
周囲に、悲鳴。
すでに白目を剥いていたが、ナイフを胸に突き刺した。
何度も、何度も、何度も、何度も・・・・・・。
それでも怒りは収まることはなかったが、その最中。
三日経たずに、世界が暗転した。
「・・・・・・ふ、」
いつの間にか公園のブランコにショウはいた。
もっと失望すると思っていたが、予想以上に冷静でいられた。
オミャリジャとゴギヌを探していた自分だが、その目的は先には進んだものの、ショウの予想はオミャリジャを殺したことで確信へと変わった。
結局のところ、何も変わらない、と。
ならば、最後の希望はポケットに入っていた神話を現実に置き換えるしかない。
ゴギヌ様を捜し、継承して、オミャリジャを殺す。
もうこの世界に希望を持つ方法は、これしかないのだから。
それからどれだけの時が流れただろう?
ゴギヌを探す、という目的でなくただの旅行といった感覚で町を彷徨っていたある日、ふとコンビニに立ち寄り、水分を補給しにいく。
数百キロ離れた、初めて目にする街。
だんだんと自分がすべき任務など忘れ、どうしたら気が触れないように過ごせるかを考えていた。
幾度となく世界は造り変えられた。
幾度となく絶望し、それを受け入れていた。
そして、
ーーー奇跡は起こった。
他者を軽蔑し、この堕落した世界に激しい嫌悪感を持つ女性。
その容姿は美しく、神であるアエリヒョウが言うのもなんだがその姿はまるで女神だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!」
笑った。ひたすら笑った。まるで女神、ではない。彼女こそ、この世のピリオドを打つに相応しい御方。
欲望の女神ゴギヌ様であるのだから。
嬉しかった。嬉しかった。こんな幸せを与えられていいのかと、自分の幸運に不安を感じる程嬉しかった。
だから、手始めに彼女の前で一般人を殺した。
正確には、殺していないが、とりあえず殺した。誰であろうとどんな文句だろうと受けいれる。ただし、それは三日経ってからという条件付ではあるが。
そういう意味では、だれもショウに文句を言える者などいないのだ。
そして、彼女がゴギヌだという証。
目の前で同じ人間が死したにも関わらず、見つめる瞳の先に映し出されるのは自分。転がる死骸には目もくれないのに、犯人であるショウを睨み付ける。
それは、神という同属を嫌悪する欲望の女神ゴギヌの他ならない。
奇跡を、認識した。
その日は適当な宿を探して一夜を終えた。
翌日。
ショウは、亜麻の家から一番近い公園を目指した。
それはショウがこの世界のスタート地点に選んだ場所であると同時に、この世界がどれだけ堕落しているか確認できる場所。
赤子をベビーカーで押して歩く主婦達の会話から、不景気の象徴であるスーツ姿のサラリーマン。意味を持たないそれらの世界は、この世界を堕落していると感じさせるには最高の場所であるからだ。
ショウはこの時間にこの場所に来たことがあった。
ただの通行人だが、何度となく見慣れた光景だった。誰がいつどんな会話をするのか? それでいてどこを急ぎ足で歩き去っていくのか。
もうそんな些細なことさえも全て記憶していた。
その中に唯一ショウの記憶に刻まれていない異端な存在。
幸田亜麻。
次世代の神が人間界で生きる姿だ。
ただ、彼女自身は今まで生きてきた人間だと思い込んでいる。ならば自分の生活を壊すことなどないし、仕事を休むなど論外。
しかし、そんな大切な要素を全て放棄し、彼女は目の前に現れた。
つまり、彼女はこんな茶番劇には1円の意味も無いことを頭の片隅で理解しているのだ。
・・・・・・前日は、歓喜しただけであった。
このループから抜け出せる希望。同属を見つけた喜び。自分が祝福される感覚。それらに酔いしれるだけであった。
だが、今は違う。彼女の存在が、本当に心に響いた。涙を流した。声が出なかった。
感情を無理やり押し殺し、平静を装う。それは永遠とも思われる時間、人と触れ合うことができないショウなりの不器用さであり、優しさであった。
平然と挨拶を交わし、亜麻の隣に腰を下ろす。
前日から薄々感づいてはいたが、亜麻の記憶は継承されていないらしい。それでもこの世界が灰色であることに気付く嗅覚は、流石としか言いようがなかった。
だから、とりあえず亜麻の胸を刳り貫いた。
亜麻は、何もできず地面に倒れるが、抵抗の一つもしない。まるで、命という自己防衛機能が大前提として抜けている生物。
――――――それはまるでショウと同じ生物であろう。
しかし、それでもこの世界は未だピリオドが打たれない。
「あと、何度味わえばいいのだろう・・・・・・!」
そんなの、決まっている。
もう一度。
ゴギヌの居場所を把握したら、オミャリジャにも接触するのは確定。
世界がどれだけ繰り返されようが、確実に変化はしている。
それが仮にマイナスの方向でも、無限に続く感覚に陥った過去に比べれば、それは輝かしい未来の他ならない。
亜麻が息絶えたのを確認し、その遺体を抱き上げる。
世界が歪み、空気が凍り、空が落ちる。
何度も見た、この世界の終末だが、作動方法が異なる。
オミャリジャが死したわけでもなく、アエリヒョウである自分が死んだわけもなく、
そう。
最後の神が死んで作動する、世界の再構成。
「・・・・・・。」
死しても無愛想な亜麻を見つめながら、ショウは小さく呟いた。
「この時間の牢獄から開放されたら。」
胸の中にある暖かい彼女に視線を落とす。
「亜麻さんと暮らすのも悪くないですね。」
それが、ショウが新たな世界で見出した最初の希望であった。
先日、亜麻はこう口にした。
『――――――何でアエリヒョウは私を三千年も放置したの?』
……まったくもって、その通りだ。
自分は今まで何をしていたのか?
本当に愚かで、馬鹿らしくて、
―――それが誇らしい。
が、それは亜麻には語らない。語る必要もない。こんな苦しみ、継承したのも去ることながら安易に口にするのも気が引ける。
これは、ショウのみが味わっていい最高の絶望と最愛の幸福の三千年なのだ。
……そもそも、今までが三千年なのかどうかも、もはやショウには理解できなかったが。
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