堕落_最終章:世界の選択
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「幸田亜麻。いきなりだが・・・・・・貴殿は、世界というモノが何か解るか?」

 周囲の人間は飴のように溶け、空が割れ、突風が巻き起こっている。これがショウの話した欲望の女神、ゴギヌである。

 ゴギヌはそんなことは気にも留めず、デパートの屋上で、正確にはデパートの屋上だった場所で堂々と構えている。

 今、ここがどこか厳密に説明できる者などいない。仮にいるとすれば目の前のゴギヌと、今はもう消滅したオミャリジャの二人だけになるのだが、実際、そんな俗物な問いに意味を持たないことは誰よりも亜麻は理解していた。

「・・・・・・その前に、質問があるわ。」

 欲望の女神ゴギヌ。もし彼女にこんな口を聞く人間がいたとして、生きていられるだろうか? だが、ゴギヌは絶対に亜麻には手を出さない。彼女にとっても、亜麻は特別であるのだ。

「分かっている。アエリヒョウから吹きこまれたことであろう。」

 こっくりと、首を縦に振る。

「貴殿は我であるとショウは勘違いをした。それだけだ。」

「・・・・・・そう。私はアナタではない。けど、ショウの勘違いにはそれなりの理由があったのではないの?」

 ショウが言った言葉には、それなりに通じるものがあった。ショウ自身の考えが間違いだとしても、それが語弊の一言で済まされない問題だというのだけは分かる。

 仮にも、彼は『継承』の神。それは一族の中でも高位のランクに位置するアエリヒョウであるのだから。

「ショウから聞いたであろう。『輪廻転生』の真意。それは時を挟まないこの世の摂理に反する現象。」

「・・・・・・。」

「輪廻転生が発動する条件。それは何だ?」

 ・・・・・・輪廻転生の条件? そんなものがあるのか?

「難しく考えなくてもよい。単純に、輪廻転生とは死した魂が新たに肉体を挟む。そして、その現象。輪廻転生とは時間を一切挟まない」

「・・・・・・」

 ゴギヌは続けた。

「まだ判らぬか? 輪廻転生とは、時間という壁を破壊する。その作動条件は、”死”」

「―――あ、」

 繋がった。ショウが私がゴギヌと勘違いし、オミャリジャと私が似すぎていると思った感覚。それはつまり、

「左様。我はまだ一度として死しておらぬ。故に、輪廻転生が発動する条件を満たしてはいない。」

 ということは、つまり、

 冷ややかに、ゴギヌは告げた。

「しかし、それでも時間というのはちと複雑でな。どんなに我が生き長らえようと、死するのは必定。それが数万年後の話かもしれぬし、はたまた今日かもしれぬ。いずれにせよいつかは我も朽ち果てる。と、ならば、だ」

 つまり―――!

「そう。結局、輪廻転生は発動する。本当に”イデア”というものが存在しない限りはな」

 

 ――――――ゴギヌは死んでないのに!

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 いや、でも、そう・・・・・・そうだ。

 実際に、ゴギヌはまだ死んでいない。それでいて輪廻転生の条件には当てはまっていると口にしている。ならば、ゴギヌの転生の先の人物と直接会うこともなんら不思議ではない。

 つまり、幸田亜麻。

 私こそがゴギヌの―――

「……気付いたか。そう。貴殿と我。そしてオミャリジャは同じ魂。言い換えれば、すべて我であり、オミャリジャであり、幸田亜麻で―――」

「ま、待って! オ、オミャリジャって何?」

「貴殿は我と。そしてオミャジャと同じ魂を持つ」

 その言葉で、亜麻の視界は灰色へと変化した。

 ならば、この堕落した世界。

 これは私が生み出し、私が憎み、私が観戦していたことになる。

 ――――――絶望した。

「・・・・・・なんて、道化。」

 力なく膝が地面に吸い込まれるが、どうでもいい。

 小刻みに震える身体も興味ない。

 目頭が熱くなったがどうでもよかった。

 まさに一人芝居。

 一人(オミャリジャ)で(は)満ち、一人(亜麻)で(は)失望し、一人(ゴギヌ)で(は)眺める。

 それに何の意味があるのか?

 その先に何があるのか?

 当然、私(亜麻)は知らないが、私(オミャリジャ)は知っている。

「・・・・・・何やってるの。」

 その言葉が誰に向けられたのか、判らない。元々、誰に向けたところでそれに答えるのは己であるのあれば。

 壮大な一人芝居。

 そこには希望があり、絶望があり、未来があり、過去があった。

 だが、それはすべて脚本の上の話。

 己が作りだした希望や絶望をただ甘んじて便乗し、それに気付きもしない大馬鹿者。

もはや、救えない。

「あ、あは、あはははははははは!」

 笑えないし、下らない。失望していたのも、堕落していると感じるのも合点が行く。それらの負の源は、間違いない自分自身であるのだから。

 だから、亜麻は笑い続けた。そうすることで、全ての自分を笑い話で済むと。・・・・・・今は、そうやって己の愚かさを軽減させるしかない。

 ピエロである亜麻。それはゴギヌからしてみれば、未来の自分。

「・・・・・・我は欲望の神ゴギヌ。だが、我に欲しい物などなかった。」

 そんな崩壊した未来の自分を瞳に映しながら、ゴギヌは語った。

 この茶番劇のきっかけを。

「金も要らなければ、名誉も不要。愛も、地位も、我が力さえも関心を抱けなかった。そう。我は無欲だ。自然も愛さなければ、兄弟の親族も意味を持たない。そうなると――――――、」

 

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 そうなると、最後の要(かなめ)である己という命にさえも興味を持てない。

 それはオミャリジャも同じ。我らは二人で一人であるが、一人で一人。外見や能力は異なるものの、それは完全なる同一人物であった。

 だが、オミャリジャは世界という不透明で巨大な玩具を愛した。

 我らが母であるラヌンアルが残した最後の形見である世界。子としてそれを愛するのは当然だが、オミャリジャがそれに固執する姿は異常であり、それに全く興味を示せないゴギヌも又異常であった。

 ゴギヌは全てが価値のないガラクタだと独断で判断し、それを一つ一つ己の手で砕いていった。そして、ゴギヌは周囲から欲望の神と恐れられるようになる。

 その実態は異常なまでの無欲なのだが、だからこそ例外なく無情に破壊作業を行えた。

 それに民や他の兄弟が反発する。しかし、そんなものはゴギヌの足枷になるはずがない。だが、それにオミャリジャまでも反論する。興味を持つという根本的な感情が欠落したゴギヌであったが、もし自分がこうやって一つのモノを心から愛せるというのであれば、それに興味が無いと言えば嘘になる。

 そう。ゴギヌが唯一無二興味を持ったとしたら、それは自分が愛するモノであった。・・・・・・仮にそれが、不透明で理解しがたいモノでも。

 だから、ゴギヌはオミャリジャに逆らわず、この数千年、ずっと見守ってきた。

 しかし、それはゴギヌの目で見て失敗作である。

 繰り返しの毎日、無限ループだけの下らない世界。

 始め、世界を数千年と生物を通わすものの、それは弱肉強食の繰り返し。

 人間という世界の頂点に立った動物のみが失敗や成功を比較し、より高度で快適な世界を造ろうと努力するが、結局のところそれも繰り返しに過ぎない。

『ならば、いっそ微々たる変化など気にせずに永遠を創ろう。』

 その一言で堕落したイデアが完成した。

 だが、それこそ本当に失敗例。

 そもそも、世界を創るということ自体が失敗だとゴギヌは思う。

 元々、二人の神の両親は混沌から生まれた。なら、全ては混沌に還るべきではないのか?そうオミャリジャに志願し続けたが、オミャリジャは決して首を縦に振らなかった。

 そして、二人は話合い、次の自分に全てを託すことを決意した。

 その次の転生。それは人名『幸田亜麻』というその世界の標準的な一般人。

 彼女はどういうわけかゴギヌの影響を多大に受けていて、世界を拒絶し続ける。それが答えだとゴギヌは思ったが、それでも様子を見続ける。

 世界を拒絶し、自らの命を絶つ。 

 世界を拒絶し、自らの命を絶つ。

 世界を拒絶し、自らの命を絶つ。

 世界を拒絶し、自らの命を絶つ・・・・・・。

 その繰り返し。

 半永久的にこれを繰り返した幸田亜麻。

 このままでは文字通り無限に続いてしまう。本来、幸田亜麻の魂はオミャリジャよりもゴギヌに近い。ならば当然世界を拒絶し続けるだろう。

 それではオミャリジャの思惑通り、永遠不変の世界が構成される可能性が出てきた。それは遠い未来に生まれ変わるであろう幸田亜麻にとっても今という不明確な時間を生きるゴギヌとっても、双方とも強大な利害が一致する。

 そしてついに、ゴギヌはオミャリジャには相談せず初めて単独の判断でこの世界にアエリヒョウを招きいれた。

 しかしそう簡単に答えが出ては気に入らないのも事実。

 もう何千になるか判らない半永久的な時間。それを自らの手で、更にはほんの僅かな思考でこの結末の幕を閉じるという行為も癪に障る。

 そこでアエリヒョウにショウという人間の名を与え公園に召喚した。それも事が運ぶように母が記した聖書をも手中にあるならば、せめて最後の問題だけは二人に任せたかった。

 そう、結局最後までゴギヌは自らの意志を表示することなく、自分の転生であるという言い訳をして他者にこの世界の運命をゆだめたのだ。

 それからも数多という時間が過ぎ訪れた今。時間という牢獄に囚われ続けた今となっては、この日が早いのか遅いのかも判らなかった。

 だが、それは無限ではなく確実な時間の上で行われていた。

 

 ――――――そして、

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「そして自らの命を絶たずに見事この時間の牢獄から脱出した今――――――終にこの世界の価値を決める時がきた。」

 亜麻は立ち尽くす。

 二人以外の人間、生物は溶け、世界が軋み、大地が沈み、空が歪む。

 それが欲望の女神ゴギヌの圧倒的とも呼べる力。

 この世界を消すか、残すかの決断を亜麻に託した今。どちらにせよこの世界を残しておく意味がない。

 時間の牢獄。

 無限。

 果てしない因果に各々の思想。

 価値の判断。

 数千年による屈折が今、どんな結末を迎えようともここで終止符を打たれる。

「さあ、未来に生きる我よ。答えを出すのだ。」

 それはゴギヌが望み、オミャリジャが望み、亜麻が望む全員の私の答え。

 その答えはもう決まっている。

 亜麻は歪んだ世界を一度だけ眺めると、小さくため息を吐いた。

 次に、ゆっくりと大きく息を吸い込む。

 それは言葉を発するための行為。

 それは答えを導くための布石。

 半永久的に幸福を味わった時構の神。

 半永久的に苦痛を味わい続けた欲望の神。

 半永久的に道化を演じ続けた人間の女。

 その魂の応えは、一つ。

 

「・・・・・・私の答えは、判らない。」

 

 その答えに、ゴギヌの顔色が変わった。

「本当か?貴殿は我の意識の大部分を継承している。ならば、この世界を破壊したいという答えは明確であろう。」

 目の前に映るもう一人の私。それはもう亜麻の答えを確信しているかのよう答えを誘導する。・・・・・・元々、そんなせこい真似をしなくても亜麻の答えは決まっている。

「ええ。」

 何を知ろうと、何を失おうと、何を得ようと、何に失望しても。

 感性も、誓いも、道徳も、それらは亜麻が人間として生を授かった時点から答えは出ている。それを今から覆すというのはできない。

「だけど、私は一時でもこの世界を愛していたときがあった。だから、それも考慮して結論を出すわ。」

「・・・・・・。」

 4次元空間の不透明な鏡。その中にいるゴギヌはその答えに敵意を発する。だが、ゴギヌが何かを言う前に、私はこの世界の結末を決める最善の方法を口にする。

「なら、ここは多数決でしょ。」

 その言葉に、この世界で最後の二人は口元を緩めた。

 

 そうして今、ひとつの時代が幕を閉じた。

説明
創造、傍観ーーー人形。しかし全てがイコールなら多数決は成立する。
次へ→エピローグ『唯一の矛盾』:http://www.tinami.com/view/138386
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最初→プロローグ『リアル』:http://www.tinami.com/view/121970
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