ジーザス
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 「―私を殺して。」

僕の愛する人はそう言って涙でかすんだ眼で此方を見据えてきた。

この光景に僕はきっと悪夢だと,そうであるなら覚めてほしいと願った。

ああ,何故このようなことになってしまったのだろう?

僕が何をしたというのだろう,神に問いたい。

「―くっ」

僕は悪態(あくたい)をついた。気づけば僕の見ている視界はとてもぼやけていた。

きっと足下が濡れているから雨が降っていて目に入ったのだろう。

腕が震える。僕は今,敵国の人間に銃を向けているのだ。向けているのだから当然撃たなくてはならない相手である。

だけれど人を撃つのは本当なら嫌だ。

この手で人を殺めるのはその人のあらゆるものを蹂躙(じゅうりん)し略奪(りゃくだつ)するからで,その罪を責任持って背負うことである。

そんな罪を背負うのはとても辛いことだ。

僕はそれを知っている。特に愛する人なら尚更だ。

以前もあった。その時は親友を殺した憎い敵だった。

僕はその時も今思ったことを考え,腕が震えた。そして撃つのを躊躇した。

でも一方で友を想うと復讐の炎が燃え上がり理性より激情が勝った。

そして僕は引き金を引けた。

でもどういうことだろう相手が違うだけでその仲間なのに何故僕はこうしているのだろう?なぜ引き金をひけないまま今も躊躇しているのだろう?

雨は相当ひどいらしく顔がずぶ濡れだった。

愛する人はそんな中同じ言葉を紡ぎ続ける

「早く私を殺して。さあ早く・・・お願い。」

ああ何故そんなことを言うのだろう。僕は死にたくはない。

だが愛する人はなんとしても護りたいのだ。

だが周囲は包囲されいつでも僕らを撃ち抜けるように身構えている。

命令に逆らえば蜂の巣になってしまう。そうなるのは言うまでもない。

僕は苦悩していた。

だがそんな迷える僕に愛する人は止めともいう言葉を口にした。

「私の言うことがきけないなら此処で信号弾を討つわ。そうすればすぐ私の味方の北部軍がここに駆けつけてくるでしょう?」

僕は愕然とした。そんな事をすれば撃たれるのは互いに分かっている。

だからこそ僕は決意した。

それと同時に覚悟を決めためらっていた引き金に指をかける。

そして,乾いた発砲音が空に響いた。

 彼女と出会ったのは昔だった。戦争もなく両国が協調していた頃である。

国は数ある大陸の一つに南北と別れる形となっていた。

これらの国は元々同じ祖先をもつ民族が長い時を経て互いに植民地から別々に独立したこともあり,言語が同じものの若干のなまりが南北にある。つまり歴史の差がある。

しかしそれでも両国はとても仲がよく移民もまれに行き来していた。

そしてある日僕の所にも北から移住してきた移民がきた。

僕は家族で挨拶しにきたその一家に挨拶した。こんにちは、と。

来たのは僕くらいの女の子一人とその両親で驚いたことになまりはまるでなかった。

しかし挨拶したのは両親だけでその娘は無言で頭を下げるだけだった。

何だか素っ気なかったがその流れるような漆黒の黒髪と黒曜石の様な瞳が僕は子供ながらにキレイだと思った。南部では見ない容姿で僕は一目でその姿引きこまれたのである。

それからというものの僕は道端や家の前で会うたびに彼女に声をかけていった。

だが彼女は最初のうちは頭を下げるくらいで相手をしてくれなかった。しかし僕のかいがいしい努力によりそのうちに彼女はようやく口をきいてくれるようになる。そして名前を教えあうぐらいの仲になれた。

最初の一声は,あなた名前は?だった。僕は聞かれたので喜んで答える。

「ぼくはジルバ,ジルバート・ギアローだよ。」

「ふーん」

彼女はいつものそっけない調子で僕をまじまじと見た。そして同じように名乗る。名前はルーアというらしがこの名前は愛称で,フルネームはルアリー・グローリアと言うそうだ。

僕は彼女に何で急に話してくれるようになったの?と聞くと,

「あなたにきょうみが湧いたの。どうしてこんなに話しかけてくるのかって。だってわたしは何もしてないのに」

僕は言葉に詰まった。冷たくあしらってくる相手に何度も話しかけるなんて僕自身不思議だった。

僕は苦笑いしてなんでなんだろうね,とだけ言って別れを告げその場を逃げるように後にした。それが後日こんな状況になるとは思わなかった。

――戦争が始まったのである。南であらゆる工業に使う油田が優秀な学者の手で多く発見されたのである。すると南部の国は数年でたちまち豊かになり世界で屈指の輸出国家になった。だが,そこまでは良かった。問題は南部の国が一番の同胞である北部にほとんど輸出しなかった事である。理由は貧富の差,北部が予算をあまり多く持っていなかった為だ。

次第に北部国民の不満は募り,両国の緊張は次第に高まっていた。

そしてある事件をきっかけに均衡は破れ憎しみの炎が戦火として燃え上がった。

移民が南部で迫害され殺されたのである。

当然そんなことがあってはルーアの一家もこの国にはいられない。彼女はある日突然別れを告げずに北へ帰った。それが子供のころの僕と彼女の出会いだった。

それから両国の戦争は休戦と開戦を繰り返しながら延々と続けられた。それはもう沢山の犠牲を出して。そしてその戦争は僕が成人してからも続いている。

僕はこのころ軍に入隊した。戦死した父の遺言通り成人してから遺志を継ぐ為だ。

だが遺志を継ぐと入ったものの僕はまだ新米で実戦経験もないことから雑務ばかりさせられ,前線に出る事はなかった。

今回は捕虜収容所の看守を任された。しかしそれは最悪極まりないものだった。

そこでは尋問の悲鳴や捕虜の夜な夜な叫ぶ声など毎日のように酷いものを散々目の当たりにさせられた,そこで行われた上官のやる非道な行為も沢山見せられた。

当然軍規違反だが上官に口止めされているので僕らは何も言えない。仮に口を開けば隠密に抹殺されるであろう。よって彼等のストレス発散のための「娯楽」には誰も口をはさめない。それらによってここは大義も遺志もないただの地獄と化しているのである。

僕は精神的に徐々に追い詰められていった。

そんなある日,また一人の捕虜が連れられてきた。どうやら同僚の話によると今連れてこられるらしく敵の一部隊の隊長であるという。もちろんいつもの上官が付き添っている。

全く捕虜の方も運がない。また情報収集という名の拷問をされるのだから。

僕はうんざりした,しばらくして捕虜が連れてこられた。

連れてこられてきたのは士官風の長い黒髪の女性だった。が,数人の見張りのせいでその表情までははっきり見えなかった。

捕虜は上官とそのお供に連れられて一番奥の牢(ろう)につれて行かれる。

僕はそれを嫌悪の眼差しで見送った。

「何を見ている,お前の見張り場所は此処ではなかろう?わかったら早々に戻れ!」

すると上官に文句をつけられた。

逆らえば何をされるか分らないので渋々ながら僕は早々に管理部屋へと戻る。

その晩,例によって彼等の「尋問」が始まった。悲鳴は―驚いたことに上がらなかった。よほど我慢強い捕虜なのだろう,時折苦悶の声がするがあまり騒ぎたてなかった。

それは何十分と何時間と続きしばらくして終わったのか静寂が戻る。

それと同時に複数の靴音が近づいてきて管理部屋に上官達が入ってきた。

「おい,ギアロー二等兵」

「はっ!御用でありますか少佐殿」

「いま捕虜の尋問が終わった。何も口を割らなかったがこれから嫌でも話してもらうつもりだ。明日も同じ時間に来るからなそれまでは貴様にあの捕虜の監視を任せる。どうせ貴様もあの女が“気に入ったのだろう?”殺さなければ何をしようと好きにするがいい。」

少佐は立派に蓄えた口髭を弄りながら下品な笑みを浮かべて自分を部下想いだと言った。

「・・・・」

僕は沈黙した。

「二等兵!復唱しろ!」

「はっ!ジルバート・ギアロー二等兵少佐殿の命により捕虜の監視を致します。」

「よろしい。頼んだぞ」

僕はそう言って去っていく少佐達を敬礼しながら無言で見送った。

「やれやれ」

僕はため息をつきながら見送った後,早速言われたままに管理部屋の壁にある牢のカギを取った。用心の為に懐に麻酔銃を入れるのも忘れない。そして持物を一通り確認するとそのまま奥の方にある例の士官の牢へと進む。

目の前に行くと靴音に気づいたのだろう。膝を抱えてうずくまっていた捕虜が顔をあげた。

捕虜の容姿は驚くほど容姿端麗で(たんれいで)流れるような漆黒の長い黒髪に黒曜石のような瞳を持ち,全身に至っては彫刻で掘る女神のその物の姿と,それはとても美しかった。

だが今は髪や着衣の乱れあらゆる箇所に鞭と尋問の跡が残り,とても痛々しい状態である。

瞬間,何かが頭の中でフラッシュバックした。

黒い髪,黒い瞳。この顔立ち。一緒にいて転んであざを作った時の顔。微かに残っている面影。そんなはずはないが幼い頃の記憶と多くの出来事が被った。

だがもしかするとこの女性は―――。そう思いつく前に自分はその名を口にしていた。

「・・・ルーア」

その直後じっと大人しくなっていた捕虜が立ち上がっていきなりこちらに迫ってきた。

軽く音をたてて鉄格子に掴みかかるとこちらを注意深く観察する。そして問う。

「貴様なぜその名を知っている,何者――」

その声は澄んでいるようでとても冷気を帯びた冷たい声だった。だがその捕虜の女性は言葉を言いかけた途中で飲み込み態度を変えた。次に何をするのかと思えば突然鉄格子に掴みかかったままうな垂れて崩れるように座り込んだ。

「―――何て事。それにその顔・・・覚えている。」

そして独り言のように言った。

「忘れないわ,あなたはジルバート…そうジルバよね。きっとそうだわ,その金髪と私を呼ぶ時のその呼び方」

ああそうだ。と言うと彼女は自嘲気味に笑った。それが不運への嘆きなのかはわからない。とにかくこんなところで再会するとは。

僕は数年ぶりなので人違いでないか念のため確認を取る,

「君はルーアいや,ルアリー・グローリアで間違えないんだな?」

「ええ,そう――」

彼女はなまりのない言葉で言いかけて,

「いや,私は昔ルアリーと呼ばれていた人間だったわ。でも今は違う,今ここにいるのはグローリア小隊長だ。最も部下をあなたの味方に殲滅させられてからは生き恥を晒すただの捕虜だけれど。」

そういって戦死した味方への無念を振り払うかのように強い眼差しで僕を睨んだ。

僕はその瞳に畏怖するどころか思わず魅入られた。

そこには何もかもを背負う強い意志がその瞳に宿っていたからだ。

僕はその瞳に魅入られながら,心の中で奇しくも再会できたことを喜び,またこのような形で再会したことを呪った。

ああ,この地に神はいないのか,と誰にも聞こえないようにそう呟く。

だがひとまずこの奇跡をかみしめようと彼女に声をかけた。

「再会できて嬉しいよ。ルーア」

「―――んですって」

「え?」

「何ですって?」

だが,何がいけなかったのか彼女は鉄格子越しに僕に初めて怒りの表情を見せた。

昔は一切起こらないで微笑するか苦々しい顔をするか素気ない素振りぐらいしか見せなかったのに,だ。

「嬉しい?ふざけないでっ!私はあなたの味方にあなたの国に戦友や部下を奪われて,今もなお生きて辱しめを受けているのよ!」

僕はいきなりの剣幕に思わず目を見開いて後ずさりする。

彼女は鉄格子を大きな音で揺らして続ける。

「それなのにあなたはこの鉄格子の外で戦いもせずこうして生きている。私はもうじき死ぬわ!奴等が“口を割らなければお前に用はないから消す”と言っていた!私は戦いもせずしてのうのうと生きるなんて真っ平だわ,それくらいなら潔く死を選ぶ!」

彼女は矢継ぎ早に言い続けると疲れた時のようにぐったりとうな垂れた。

たじろいでいた僕はその場で直立する。雷鳴を直下で浴びたような衝撃だった。

よもや幼いころから想い続けた相手にこんなことを言われるとは思わなかったのである。

「失礼した,グローリア隊長殿。」

僕はその強い意志に敬意を表して謝罪した。が,

「よして,貴方にまでそう呼ばれたら私はあなたを生き残った最後の昔馴染みとして見られなくなるわ。」

それは本人の希望によりうち消された。

そのあと会話は途切れる。長い沈黙の中,僕の少佐達からの命令は続いた。

途中他の同僚に交代したがその間ルーアは他の監視の声には耳を貸さなかったそうだ。

交代際に同僚に声をかけられる。

「おい,あそこの捕虜えらく美人だな?」

別に親しくない男だったが一応同僚であるし事実なので頷く。

「今夜上官殿が“お楽しみ”をされるそうだ。ええ?お楽しみが何かって決まってんだろうよ。くくっ,俺も混ぜてほしいぜ。ひょっとしたら俺達もおこぼれに混ぜてもらえるじゃねえのか?」

僕はそれを聞いて愕然としたと同時に根まで腐ったこの捕虜収容所というものに失望した。

と同時に心の奥隅にあった何かが一気に膨らみ全身を満たした。

「おい?どこに行く」

同僚の問いかけを振りきって僕は駆け出す。

まず管理部屋。幸い管理部屋が持ち場だったこともあって顔パスで部屋にはいれた。

そこで大量に持っていって怪しまれないように3丁のみしかない銃の持ち出し許可を得た。これは主に尋問の道具とするもので脅すときに使う。なお,3丁しかないのはこの収容所での反乱を防ぐためである。次に麻酔銃。これは捕虜が暴れた時の鎮静させる用途だ。これも持ち出す。最後に鍵。沢山あるうちのルーアがいる牢の鍵を取った。

それからもっともらしいことをいう。

「これから少佐殿のお言葉に甘え捕虜の“尋問”に向かう。異存はないな?」

「おいギアローわしも混ぜろ」

野次馬のように先ほどとは違う老初老の同僚が言う。

「駄目だ。少佐殿は僕と一部の者にしかあの捕虜の扱いを任せていない。あんたは駄目だ。」

心底胸くそ悪くなりながらも僕は冷たく平静を装っていった。そしてその場を後に牢に向かう。本当はこんなことは上官に逆らうことなので怖い。よってしたくなかった。

だが迷っている時間はない。

僕は僕の大義を全うしなければならないのだ。

「ジルバート・ギアロー二等兵任務を開始します。」

僕は独り言のようにつぶやいた。

 そして僕は行動を開始した。ルーアの収監されている牢へ足を運ぶ。

牢につくと彼女は僕を一瞥してまた視線を元の位置に戻した。

その度に長い髪は揺れ魅入られそうになる。だがそれを咳払いして払いのけ僕は彼女だけに聞こえるように要件を手短に言った。

「二度は言わないからよく聞いてくれ,ルーア。今から君をこの場で釈放する。」

彼女はそれを聞くなりこちらを見て絶句した。

「貴方・・・正気なの!?」

無理もない。敵兵を逃がす看守がいたらそいつはスパイか反逆者だ。

加えてここは上官が管理する地獄という名の箱部屋。多くの捕虜を生かしては返さない私刑執行場。だからこそここから出られるはずはない事を恐らく彼女は知っているであろう。仮にもし出るとしたらそれは内通者の助けを借りないとならない。それを知った上で彼女は僕の蛮勇ともいえる独断行為に驚愕しているのだ。

「ああ,正気さ―――そして本気だ。」

決意を込めてその一言を口にする。

「そう,馬鹿な人ね」

それに対して彼女は昔のままの素っ気ない態度で答えた。

なんとでも言ってくれと僕は思う。

「仕方ないだろう?長い間追い続けた影がようやくはっきりと君という姿になったと言うのに,それをあと一歩のところで掴めずに他人に奪われるなんて我慢ならないんだ!」

ルーアがこちらを凝視して目を丸くした。

「そう,貴方も――。」

「へ?」

「いいえ,なんでもないわただの独り言,それより脱出の件,了解したわ。」

そして何かつぶやいたがはっきりと聞き取れなかった。

そして彼女はそれから何故か涙ぐんでいた。

その後,僕らは脱出に首尾よく成功した。途中ルーアの所持品を回収するのに面倒があったが,そのあたりの警備兵は日ごろの平和ボケのせいで屈強なルーアと武装した僕の敵ではなかった。

しかしながら僕はこんな事をしたのは理由がある。

それはこんなところで腐敗した廃人になるくらいなら反逆者になってでも大義を全うするのが人の道だと考えた為である。それは収容所で彼女が教えてくれたことに他ならない。

僕らは追手をまくために近くの森へと逃げ込んだ。行き先は北部軍のキャンプ地。そこで僕は自ら進んで捕虜になるつもりでいる。彼女のためならその後の処遇はいとわなかった。

方位磁針の針が向くほうにひたすら走る。

やがてしばらくすると森がやや開けた場所に出た。

そこで先行して走っていたルーアの足が止る。さすがは軍人というべきかまあ,自分もそうなのであるのであるが随分長い距離を走ったものだった。

「ここで小休止よ」

「わかった」

互いに軽く息を切らしながら受け答えする。

しばらく静かな森に二人分の息だけの音が聞こえた。

自然に背中を合わせて互いに反対向きに座り込む,心拍音が背中越しに伝わる。

とても温かく僕は心を落ち着かせられた。彼女が口を開いく。

「あのね,ジルバ,どうでもいいから聞き流してもいいけど聞きたいことがあるの」

「なんだい?」

「どうして軍なんかに入ったの?将来は夢があるんじゃなかったの?」

彼女は前髪で隠れていない片方の黒い瞳でこちらを見た。

「ああ夢ね,それと軍人になるのは別だよ。あの夢は軍人であってもかなえられそうな夢だってことが最近よくわかったんだ。」

「へぇ」

「じゃあその夢って何?」

「秘密,でも叶ってないのは確か。」

僕がそういうと彼女はそう,とまた素気ない返事で返した。

「ところで―――」

ルーアがそう言いかけた瞬間草の茂みでかすかに音がする。

敵か,と彼女が言い隠れようとした時,反射敵に銃を抜いて立ち上がり銃弾を放つ。

辺りに乾いた轟音が響いた。そのあとルーアが警戒しながらその茂みのほうに行く。

すると彼女はそこにあるものを見て苦々しい顔をした。どうやら仕留めたらしいが,

「偵察兵よ。すぐそこまで追手が来ている。」

状況はかんばしくなかった。

「くっ・・・早いな」

「急ぎましょう」

僕らは再び走り始めた。

草を踏み,森をかき分けながら僕らは駆け抜ける。だが向こうは何かの乗り物で少しずつ追っているらしい。獣道をかき分けて車等で追われないようにはしているがいつまでも同じ道が続くばかりでないのも事実。追手は距離を置きながらも着実に近づいているのだった。

そしてまたしばらくして開けたところに出た。すると一台の車があった。

僕は息が止まった。だがルーアは冷静で,

「―――こっち」

進路を変えようとした。

瞬間,何が起こったのか轟音が轟く。連動して目の前でルーアが激しく転んだ。

「ルアリー!」

僕は血相を変えた。

彼女は短く悲鳴を上げる。足から出血していたものの急所だけは免れたらしい。幸い命の危険に晒され(さらされ)はしなかった。

僕はひとまず安心して銃声がした方を睨む。

「おやおや?何かと思えば脱走とその手引きとはなんとけしからん。大人しく戻ってもらえないと手元が狂ってその心臓を撃ち抜いてしまいそうだ。」

発砲した元同僚と少佐が立っていた。車でここにきて待ち伏せていたらしい。

「ぐっ」

僕は周りを見回す何かこの状況を覆す方法はないか探る。

だがそれは全方位から向けられる無数の銃口に阻まれた。

「おっと,何かしようだなんて考えるなよ,貴様らの骸なんぞ埋葬したくないからな。」

どうやら逃げ道はないらしい。少佐は勝ち誇ったように言う。

だがそれは自分の収容所の秘密を守りきったということの事の安心でもあると僕は思った。

「ところでギアロー二等兵,貴様は友人を北部の連中に殺されたと聞くが本当か?」

少佐は急に奇妙な質問を問い始める。

僕はああ、そうだ復讐まで遂げたと答えた。最早こんなクズに敬語は不要だ。

「ならその機会を今一度あたえよう,いいか命令だ!その女を殺せ,そうすれば今回のことは帳消しにしてやる。できなければ貴様ら二人をまとめてあの世に送ってやるからな!」

僕の態度のせいなのか,それとも自分の娯楽を邪魔された私怨なのかその声は怒気をはらんでいた。

僕は頭が真っ白になった。そして,

「―私を殺して」

そんな声が聞こえた。ルーアが僕を助けようと身を呈して懇願しているのである。

「くっ」

「早く私を殺して。さあ早く・・・お願い。」

僕の腕は震えた。だが彼女が願うとおり僕の手は銃を構えていた

私の言うことがきけないなら此処で信号弾を討つわ。そうすればすぐ私の味方の北部軍がここに駆けつけてくるでしょう?」

僕は引き金に指をかける。

乾いた発砲音が響いた。

大きな悲鳴が上がる。

だがそれは少佐から発せられたものでルーアのものではない。

僕は捨て身の覚悟で銃口を少佐の心臓に目掛けて向けて打ち抜いたのだ。

それも運良く一発で当り憎き少佐は即死だった。

「悪いな,少佐殿。手元が狂って心臓を打ち抜いてしまった。」

「はっ・・・」

ルーアは一瞬驚愕した後すぐに冷静な目になってゆく。

一方で周囲はあまりにいきなりの出来事に混乱していた。

その瞬間を逃すまいと言わんばかりにすかさずルーアが強い閃光を放つ信号弾を撃つ。

上空に目が眩まんばかりの閃光が放たれて周囲の兵士たちは目をつぶされた。

同時に僕はルーアに押さえつけられて目をふさぐために伏せる。そしてすぐ立ち上がり

彼女に腕をひかれて少佐の乗っていた車に乗り込んだ。

ルーアの言うとおり無茶して所持品を回収していたのと彼女の冷静な判断力が功を奏したのである。

「運転は?キーはあるかい?」

「できるわ,それとキーは挿しっぱなしだわ。」

「オーケー脱出だ」

彼女は僕も車に乗り終えるのを視認すると車のキーを回し,思いっきりアクセルを踏んだ。

僕らはそのままその場を逃げおおせた。

それから数十分かけて北部軍のキャンプ地へと向かった。

無言でルーアの運転が続く。もう言葉はいらないだろうお互い助かったのだから。

  間もなくしてキャンプ地前についた。彼女がブレーキを踏んで車を停車させる。

「これでいいんだ。裏切り者でも捕虜でも何でもいい,大切なものを守れたのだから。」

僕は人を初めて,それも自軍の将校を殺めてしまったという苦悩を覆すほどとても満ち足りた気分だった。

僕はそう言ってルーアの方を見た。

ルーアは無言でこちらを見たあと,

「ありがと」

昔も今も滅多に見せないような満面の笑みを浮かべた。僕はその笑顔に目がくらむ。

彼女はそしてすぐに車を降りようとした。だが僕は引き留めて腕をつかんだ。

「ルーア・・・。いや,ルアリー」

「ん?何よ,降りちゃまずいかしら?それにルアリーって」

「それは――――――」

だがそれが運のつきだった。

僕はそこから数秒口をきくことなくなってしまったのだ。

理由はシンプル。おそらく僕は北部の連中にルーアを拉致したようにとられてしまい,撃たれたのだ。この距離だと周りに敵はいないのでおそらく長距離狙撃。くしくも僕が戦場でなるはずの兵科である。北部には優秀な狙撃主がいるらしかった。

視界が恐ろしくぼやけて目の前はそのうち見えなくなり,激しい痛みが体を襲う。

「ジルバ!?ジルバ!しっかり!しっかりして―――今手当てするから待っていて。」

彼女が泣き叫びながら手当てをするが,その甲斐も虚しく出血は止まらない。

「いつか夢を叶えるんじゃなかったの!?まだ叶えてないじゃない!?死なないで・・・。」

「夢?」

「ええそうあなたの夢よ。」

僕はそれを聞いてなんだ,そんなことかと,呟いた。そんなもの実はもう叶っている。

「僕のー――夢は――君と再会して――側にいること。本当はあれ―――嘘なんだ。」

「ええ,知っているわ。この・・・この・・・嘘つき」

彼女はもう見えないが無理に明るい笑顔をしているだろう声でわかる。

僕も目から熱いものがこみ上げてきた意識がかすれ逝く。

僕は意識が途切れていく中で最後に彼女にこう告げた。

「ルアリー・・・・。君が―――――愛おしい。」

「私も――――ジルバート」

そして僕の唇にそっと温かいものが触れて,長い髪がさらさらと僕の顔に覆いかぶさった。

そこで僕の意識は途切れた。永いまどろみが僕を包む

嗚呼,教えてくれ神よ。どうしてこんな幸せな悪夢を見せるのか?夢ならいっそ覚まして欲しい。

もしも,夢でないならさようなら,愛した大切な人よ。君への思いだけはきっと残る。

解説及び後書き。

読者の方本編を読んでないなら一ページ目から今一度お読みいただけると光栄です。

読破した方短い作品でしたがご一読感謝します。

さて,挨拶はこれくらいにして,内容解説とあとがきをします。いわば補足です。

今回「ジーザス〜この地に神は居らず〜」というタイトルですがベースになった作品がいくつかありほぼ引用だらけの作品です。(作品名はすぐ見当がつきます,はい)

それと今回の作品のテーマソング・及び,イメージソングは仮に日本のアーティスト,ガクトのなかで自分のお気に入りの曲「ジーザス」と「サヨナラ」からとっています。ぜひ一度聞いていただけるとこの選曲の意味がわかると思います。

続いて作品制作の経緯ですが僕の通っている学校の先生が10ページで物語を作ると勉強になるとおっしゃった為今現在制作中の短編小説「ネール」を途中で放り投げて制作しました。製作期間は実に2週間といままでの(例外を除いて)年単位の製作期間より遥かに急ピッチで仕上がりました。

それと学校の授業内では「主人公の葛藤がドラマを生む。」という内容を教わり,そこに重きを置いてみました。

最後ですが毎度の如く誤字脱字,妙な箇所が恐らく沢山あるので残っているので気づいたなら指摘してもらえると修正できるのでありがたいです以上,脈絡のない文ですがこれで終わりにさせていただきます。

 

2009年5月13日水曜日 一次完筆。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ジーザス”

〜この地に神はおらず〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             2009年,福沢希碧

説明
専門学校在学中に課題作品として作りました。つたない分ですが読んでいただければ幸いです^^
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