僕の生活〜ラーメン三杯〜
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平凡で平凡過ぎる昼下がり……。

八月の真夏の日差しを受けてアスファルトには蜃気楼が浮かんでいる。そして,そこの前には一軒,看板の傾いた店の様な建物があった。看板はよく見ると定食屋である事を示す店の名前が書かれている・・・・・。しかし,今にも消えてしまいそうな字だ。

急に中からそのオンボロの壁を突き破らんばかりの大音量で響く。

「あんた・・・・・・・・・言っている事が分かんないの?」

この声と同時にその声の主はラーメンどんぶりの置かれたカウンターテーブルを両手で破壊しそうな勢いでブッ叩いて目の前に居る冴えなさそうな人を凶悪な顔で睨み付けた。

周囲は外装からは想像出来ないほど以外にも昼食を取る工事現場の小父さん達などでごった返していたが,一瞬でその気迫に沈黙する。今,一斉にその周囲の人々の注目を集めていたのは中高生ほどの男女二人だった……。

互いに恋人同士の様な空気は無く,親戚や幼馴染の様な感じの二人である。

立ち上がって異様な雰囲気を出しているのは少女の方で,睨まれているのは冴えない少年の方だった。

暫らくしてうんざりした表情の彼が周りを一通り見回してから口を開く。

「―――――なぁ・・・・・・・・五十鈴ぅ?それは分かったからさぁ,とにかく座ってくれないかなぁ……?これで今週は三度目だよ?こんな事ばっかりするんだったら僕はもう五十鈴の家でラーメン食べるのは嫌だからね……。」

周りは一言ずつ聞き漏らすまいと未だ沈黙を続けていた……。

その中で五十鈴と呼ばれた少女は丁度,探偵が犯人を示す様なポ−ズで彼を指で指して,

「―――――いい……?あたしの家であたしと一緒にラーメンを食べる以上は絶対に醤油以外は駄目なの!これはあたしのポリシーであり,あたしの作った規則であり,鉄の掟!」

と,鋭い目つきでこう言った。

「じゃあ,今度から一緒に食べなければいいね,毎週末自分の家の店でラーメンを一緒に食べようって駄々こね始めたのは五十鈴だし……」

彼は諦めにも似た,呆れ返る様な表情をした。

「―――――させないよ……絶対に……。」

「―――――言うと思った……。」

されど,彼女の返答に容赦はない……。

そんな時,彼に助け舟が出された。

「五十鈴……!もうよしなさい……他のお客様に迷惑だぞ……」

声を発したのはこの定食屋の店主で,五十鈴の父親である内藤 丈志だった……。厨房で仕事をしながら彼女に負けじと劣らない眼力で彼女を叱りつける。

「―――――ついでに僕も迷惑していますよ……おじさん……。」

他の客が再び元のように賑やかになった中で冴えない彼が更に付け加えるように言う。

「ちょっと!あんたは引っ込んでなさい!」

「―――――うぅ……ヒドイ。」

五十鈴は次に父親を睨みつけながらすかさず彼を黙らせる。

「ほら、亮太君も迷惑してるだろ……大人しくしていろ!」

「―――――オヤジは黙っててよっ!」

―――――こんな風に僕の毎日は過ぎて行く……休みになると毎週のごとく幼馴染の家に行き,ラーメン(決まって醤油以外は食べないが)を食べ,何事もなく楽しく過す。

でも,それは平凡だから高校を卒業した今は一つ一つあまり覚えていない。

まあ,仮に全部覚えていたら僕は相当凄い記憶力の人間だったといえる。

だけど,生憎,僕はそんな天才的な記憶力など無い凡人だ。

それでも,あのときの事は僕の記憶に鮮明に,あたかも映画のように残っている。

多分,それは大食いでラーメンしか食べないような五十鈴の唯一,カッコいい所を見たからかもしれない。

なにせ僕は彼女と会ってから今年で十七年になるが、彼女のやる事と言えば学校の無い日は一日中家でテレビを見るか,あるいは僕をカラかって遊ぶ事ぐらいだからだ。

だから彼女はてっきりドン臭い人だと思い込んでいた。そう,あの時まで―――――。

 

「―――なーに見てんのぉ……?」

突然彼女が後ろから覗き込んできたので僕は心底焦った。

手に持った物に気付かれるとまずいので僕は適当に誤魔化そうとして,

「―――え……高校時代の日記……だけど……」

そして,誤って思わず本当の事を言ってしまう。

―――――しまった。

「―――ふふぅ〜ん……正直でよろしい……」

彼女の口元が不適に緩んだ。―――――非常に嫌な予感がする。

「――貸して!何を書いてたのか見るから!」

そしてその予感は的中し,気の弱い僕は有無を言う前に彼女に日記を略奪されてしまう。

「――――あぁ……」

僕は古い日記帳を取られて情けなく呻く。

諦めて彼女の様子を横目に日記の発見で中断していた整頓を再開する。

すると日記をめくる彼女の手が数頁で止まった。・・・・・・あ―――――確かそこ等辺はあの時の……。

「ほほぉ……そう思ってたのね……」

高校時代と大して変わらぬ身長の五十鈴は自室の整頓で棚の前に座っていた僕を楽しそうな目で見た。

―――時折ページをめくる音がする。それと同時に彼女のふぅーん,と言う楽しそうな声がする。

日記の表紙にはごく,整った字で『豊橋 亮太』と書かれていた……。

 

(八月×日月曜日)

―――部活の先輩に絡まれた。体育館の裏なんて現実には在り得ない変な所に呼び出された……。まさか少しだけ先輩に意見しただけでこうなるなんて、これも全部,あの役に立たない顧問のせいだ。あんな先輩を部活内に置いておくのがそもそもの間違いなんだ・・・・・。それにしても危うく気絶する前にたまたま通りかかった五十鈴が助けに来てくれてよかった。無謀だと思いながらも助けに来てくれるなんて最初は嬉しかった―――でも,まさか五十鈴があんなに強いとは思わなかった。だって……いつも食っちゃ寝している彼女がごつい先輩三人をノックアウトさせるなんて・・・・・・カンフー映画も真っ青だ。

今日は顔に青あざをつけて五十鈴に情けなく肩を貸してもらって帰った―――目茶苦茶かっこ悪い・・・・・・。

・・・・・・普通は逆じゃないのかな?

 

「そう言えば・・・・・そんな事もあったわね・・・・・」

彼女が日記を持って立ったまま不適で素敵な笑顔で覗き込む様に僕を見た。

(――――うぅ・・・・・・五十鈴の意地悪・・・・・)

僕は呻くのを止めて彼女を恨めしそうな顔で見上げた。

すると彼女は日記の方に目を戻す。

「・・・・・・あの時の亮太確かにかっこ悪かったけど・・・・・・遠くで見てたら本当に情けなくて・・・・・・思わず必死になっちゃったわよ・・・・・・。だから,ずっと内緒にしていた空手まで思わず使っちゃってさぁ・・・・・・。ま,亮太をボコしていた連中をボコしてあたしはスカッとしたからいいけど。」

そして独り言のように言った。

(・・・・・・)

僕は渋い顔をして彼女を横目に整頓を続ける。

「五十鈴ぅ・・・・・・?そう言えば,何であの時まで空手やってたの何で隠してたの・・・・・・?」

作業を続けながら僕は言った。と,同時に彼女が此方をふいに向いた。

「え―――――言わなかったっけ・・・・・・?」

彼女は少しだけ困ったような表情をする。

「―――うん」

僕は即,頷いた。

「えっとぉ―――だからね・・・・・・それは―――――」

 

(八月△日火曜日)

次の日の朝,登校中にそれとなく五十鈴に強さの訳を聞いた,そしたら五十鈴は,「―――――ひたすら食べて寝て,運動すればいいの」とか冗談めかして言った。嘘だ。絶対嘘だ。ラーメンだけ食べて寝て動くだけじゃあんな風にはならない。普通は。

でも実際にああなったのだから何か理由があるに違いない・・・・・・。僕は格闘技に詳しくは無いが多分,五十鈴は何か習っているんだ。今度一人で何処かに行くって言ったら―――――少し,いや可也・・・・・気が引けるけど―――尾行しよう。

・・・・・そう言えば五十鈴は最近,ラーメンを食べる時,三杯までしか食べないけど―――なんでなんだろう?

 

「―――――そう言う事よ・・・・・解った?」

彼女が日記を読みながら僕に聞いた。僕は作業を終えて彼女の話に先程から耳を傾けていた。

「はぁ・・・・・そう言う事かぁ・・・・・ずっとわかんなかったよ・・・・・・」

聞いたことに対してウンウンと頷く。

日記を見ている彼女は何だか嬉しそうな感じだった。

「・・・・・・ちょっと,懐かしいね」

そして一言短く言った。

 

(八月□日 土曜日)

今週末も五十鈴と醤油ラーメンを食べた。五十鈴は昔から異常な大食いなのに今日もやっぱり三杯しか食べなかった。数年前は胃袋に穴が開いているのかと疑いたくなる程の量を食べていたのに・・・・・・。(しかもそん時は五人前ぐらいだった)

その癖太らない・・・・・・。――――やっぱり何処か通っているんじゃないか?そう思って今日は午後から出かけると言った彼女を(物凄く気が引けたけど)尾行してみた。そうしたら案の定,着いた所が空手の道場だった。

しかも物凄く厳しいと有名な所だ。五十鈴は今ここに居るはず・・・・・・。

―――――これで謎は解けた。こんな所に来ていたら強くなる訳だ・・・・・・。

あれだけ食べても太らないのもこれで説明がつく・・・・・。

 

――――でも,ふと,一つだけ解らない事がある事に気付いた。

―――――なんでこんなキツイとか言われている所に五十鈴は入ったんだろう?

―――――食っちゃ寝しかしない五十鈴の何処にそんな気力が・・・・・?

・・・・・それだけが未だに謎だ。

 

五十鈴が満足気な表情で日記を閉じた。

僕はその時,丁度自宅の一階からジュースと菓子を盆に載せて持ってきたところだった。

「遅い!十五秒以内で持ってきなさいって言ったじゃないの・・・・・」

すると振り向いた彼女はフザケながら無茶苦茶な事を言った。

「無理でしょ・・・・・,第一そんな事五十鈴は一言も言ってないし・・・・・」

僕は苦笑してやんわり反論する。

お互いに一頻り笑った後,五十鈴が冗談,冗談と言って僕に軽く謝った。

僕はゆっくり小さなテーブルに盆を載せると彼女の前に適当に座る。

「それでさ・・・・・もう一つ質問があるんだけど・・・・・・」

「え・・・・・何?」

「聞いていい?」

「うん・・・・・いいわよ」

彼女は突然聞かれたのでキョトン,としていた。

「何で何時もラ−メンだけは三杯しか食べないの?―――他の物を食べる時は並外れた量を食べるのに・・・・・。」

「ん・・・・・う〜ん―――――」

五十鈴が珍しく苦笑いをする。

何だか僕にはそれが偉く滑稽に見えた。

「それは聞かないでおいて・・・・・」

そして小さな声でモゴモゴと言った。

僕にはこの地点ではこの言葉の意味が分からなかった。

 

(八月○日 日曜日)

今日も昼に食べたラ−メンを五十鈴と一緒に食べた。従って晩御飯も勿論例の『アレ』である。流石に僕の方は同じ味に飽きかけているが彼女の方は一向にそう言う事が無いらしく何時に無く調子に乗ってガツガツ食べた。でも,四杯目に突入してイキナリ店内で嘔吐し始めたので僕は正直,驚いて心配した。

その時,あの道場での疲労のせいなのかと一瞬,僕は考えた。

五十鈴の話だと今日は午前中に行っていたらしい。しかも昼を抜いてやっていた様で夕方には空腹だったようである。

多分,こうなるから何時もは三杯までにしていたんだろうと思う。

でも今日に限っては空腹に耐え切れず調子に乗ったんだろうと思った。

一つだけ疑問が消えた。

あと一つの疑問は何故ここまでしてあそこに通うのか,だ。

 

五十鈴が帰った後,亮太は彼女の言った事を回想していた。

『えっとぉ・・・・・・だからね―――――それは,ちょっぴり悔しかったのよ・・・・・・』

『へ?』

『本当に小さい頃は亮太の方が強くてあたしが守られていたじゃない?でもそれを見ていてあたしも亮太を守らなきゃと思ってさ・・・・・・守られてばっかりじゃかっこ悪いじゃない?―――ね?』

『うん・・・・・・』

『だから始めたのよ・・・・・・。それで何時か亮太の敵をぶっ飛ばして,亮太を驚かそう!ってね』

『そう言う事よ・・・・・・解った?』

『はぁ・・・・・・そう言う事かぁ・・・・・・ずっとわかんなかったよ・・・・・・』

『ちょっと,懐かしいね』

 

「そんな事もあったっけなぁ・・・・・」

亮太は彼女のように独り言で言った。

棚にしまった古い日記を取り出す。

そのあとにページをめくる音がした。

窓の外には夕日が赤々と輝いている。

 

(八月☆日月曜日)

今日は特別に内藤家に御呼ばれして晩御飯を食べに行った。もちろん醤油しか食べさせてもらえなかった。この日単刀直入に例のあの事を彼女に聞いてみた。すると彼女は隠しても仕方ないよね,と言って,小さい頃の思い出があそこに通う大きな原動力だと言う事を教えてくれた。何だか少しいい気分なった・・・・・・。

それと,この分だとこれからも僕は彼女に(今以上に)頭が上がらなくなるだろう,とおもった。

そう考えると情けない自分に笑えた。

それでもいいや・・・・・・。

 

―――――今週も僕は内藤家に呼ばれた。

僕はあの時と変わらない定食屋で,少し大人になった五十鈴と,少し老けた小父さんと店内でラーメンを啜る。

勿論,五十鈴の掟で醤油しか食べることができない。でも,飽きそうで飽きないこの味が僕は割りと好きだ。

隣ではお酒の入った性質の悪い彼女が喚いている。それを抑える小父さんがこれまた彼女を黙らせる。

こんな平凡な空気も僕は好きだ。何時までも何年経ってもこんなのが続いてくれればいい。

他人ならどうでもいい事だけど僕はおもった。

「三杯までしか食うなぁ・・・・・!」

また彼女が喚いている。

二十歳になってから酒が入るといつもこんな感じだ。

僕もつられて少し飲んだ。

 

(十月○×日)

五十鈴につられて酒を飲んだ調子に乗って飲んで救急車で運ばれたらしい。幸いなんとも無かったので酔いがさめるまで病院にいさせて貰って家に帰された。

今これを書いているのは翌日で―――――気持ち悪い・・・・・・。二日酔いしている。

でも五十鈴が心配をしてくれていたのが少し嬉しかった,何時もはそんな事無いのに・・・・・・。

明日も休みだから今日のところは寝てよう・・・・・・。

それにしてもかっこ悪いなぁ・・・・・・・僕・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    『ラーメンは三杯』―完―

 

説明
中学の時に描いた作品。思い出が詰まった一作
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