恋姫無双 〜天帝の花〜 7話 |
空は青く。
地には死が満ちていた。
「美髪の関羽か」
彼女の戦う姿をに魅入られ、呟いた。
戦場の中に悠然と戦う姿は美しかった。
飛び交う血飛沫は穢す事もなく空に舞うだけだ。
ただその姿に釘付けになっていた。
「星さん達と出会ってから本当に楽しいですね」
いつものように笑う姿は、どこか違った印象を覚えた。
まるで、彼女達と死合ができるように歓喜するような妖しげな微笑だった。
栄花は本陣で待機し戦場を眺めていた。
前方には関羽隊が二万の敵に対して六千で対抗をしていた。
全面衝突でないため、今は苦戦をあまり感じないが時間が経つ事により数の暴力が押し寄せるだろう。
数では絶対的に負けているがそれが狙いであった。
偵察の報告によれば、酒宴を開きそれぞれにお楽しみ中のことらしい。
これは村が落ちたという事実が容易に推測する事ができ、絶好の機会だ。
敵は油断している。
勝利という美酒に酔いしれて、それを見逃す者がいることだろうか。
しかし、数ではほぼ互角のため下手をすれば相当な被害を被るかもしれない。
なので隊を分ける事にした。
関羽隊、張飛隊、趙雲隊の三つに。
作戦は簡単だ。
まず始めに関羽隊が前方から突撃をし、機を窺い反転し追撃する黄布党を左翼から張飛隊、右翼から趙雲隊の順で横撃を仕掛ける。それぞれ、六千の兵を連れ。
まさに無謀な作戦だった。
前方を突破されれば、瞬く間に本陣は落ちるだろう。
だが敵は勝利に酔っていて六千という数に怯えもしないだろう。
だから、その慢心の心に付け入れることができる。
これは敵が農民上がりの黄布党だけに通用する方法だった。
もし、これが正規の軍だったら違った方法を考えるに違いない。
「私は本陣で待機とは悲しいものですね」
それは当然の処置であった。
軍義にまともに参加していなかったのだから。
「そうは思いませんか? 劉備さん」
先ほどから背に立つ彼女に向かって声を掛けた。
「えっ?! 栄花さんは私に気づいていたんですか」
「そんな熱い視線で見られては誰でもわかりますよ」
さらに強い視線が栄花に注がれる。それは好感ではなく警戒している事が分かる。
「栄花さんはなんで、笑っていられるのですか」
「笑う? まさかそんな場違いなことはしていませんよ」
ククク、と言葉と態度が矛盾していた。
「ほら、今だって。栄花さんは笑っています。
なにか変ですよ………まるで楽しんでいるみたい」
段々に声が小さくなっていき最後のほうは聞き取れなかった。
「そうですか、私は笑っていましたか」
「………」
先ほどから笑う彼に劉備は不安を感じた。
普段の生活から笑顔が多い彼を劉備は良く思っていた。
街のみんなからは、真名で呼ばれ一緒に出かけるときは必ずといっていいほど声を掛けられ目的の物を買うまでによく時間がかかったものだ。
そんな時間が劉備は好きだった。
街のみんなと他愛もない話しをして、子供達と遊ぶ時間が。
だから、自然と彼と一緒に行動をするのが多かった。
彼は本が好きで色々な事を知っているせいか、よく稟ちゃんや風ちゃんと一緒に話しをしているところをよく目にする。
それだけではなくよく鈴々に、勝負するのだー、と追いかけられているところもみる。
一度も見た事ないけど、強いんだなと思う。
私は勉強が得意とも苦手でもなく、先生の下の生徒達よりも多少覚えが良いほうだと思う。
だけど、白蓮ちゃんには及ばなかったけれども。
武芸のほうは、口にすることさえ恥ずかしい。
愛紗ちゃんにいざというときのため、と言われているのでそれなりにやっている。
私に無いものを彼は全部もっていた。
そして、街のみんなには好かれている。
そんな彼を尊敬、またはそれ以上のことを思っていたのだろうか。
でも戦場にる彼が不安でたまらなかった。
幾人も人が死んでいる中で笑っているのだから。
でもそれが、愛紗ちゃんに向かってのことだとは分かる。
私にはわからないけどなにか思うところがあるんだろう、と思う。
でもあの時の笑みは―――
「劉備さん」
気づけば彼は顔を覗きこむような姿勢をしていた。
「どうしたんですか? なにか考え事ですか」
「い、いえ。なんでもありません」
「………」
「ほ、本当になんでもありませんから」
あたふた、と手を振り答える彼女に栄花は可笑しそうに笑っていた。
「忙しい人ですね、真剣な顔をしたり驚いたりなどと」
「うぅ」
「何を悩んでいたのですか?」
「え、えーと」
左右に視線を動かし躊躇った様子だった。
「ふむ、劉備さん」
「は、はい」
「劉備さんの質問に答えましょうか」
「えっ?!」
突然の言葉を理解するのに、五秒ぐらい時間がかかった。
「この戦場をどう思いますか?」
「えっ……とても嫌です」
また彼の言葉を理解するのに時間がかかった。
「もっと具体的には?」
「わたしは、争いが嫌いです。みんなで仲良く平和に暮らしたいんです」
決して大きな声ではなかったが、その言葉には芯が通っていた。
なによりも、瞳が語っていた。
「だから、関羽さんや鈴々ちゃんと一緒に兵を上げたと?」
「はい」
今度はすぐに答えることが出来た。
だけど、彼は笑っていた。
「そんな平和な世界になるといいですね」
「なります。わたしたちが手を合わせればきっと」
そうですね、と頷き彼は改めて彼女の顔を見た。
「私は嫌いではありませんよ」
「………そ、それは」
「でも、好きでもありません」
「………」
彼は一体なにをいっているのだろう?
わからない。
いま起きている事が嫌いではないという事は好きということになる。
でも好きではないということは、嫌いという事になる。
いや、好きでも嫌いでもなければ普通。
普通。
このことをいま起きている事に当てはめれば、認めるという事になる。
目の前で起きている殺し合いを。
「栄花さんはいいんですか!? こんな争いが――」
「はい」
全て言い終わる前に阻まれた。
「どうしてですか?! こんな無益な争いがいいわけありません!」
「………」
彼は何も答えてくれない。
「だってそうでしょう! お互いに殺しあうなんて」
「………」
彼は何も答えてくれない。
そのかわりに視線を戦場に戻した。
「栄花さんはそれでいいんですか? 人を殺す事が」
「………」
彼は何も答えてくれない。
顔は見えないが、笑顔でないということは確かだ。
「劉備さんは――」
「栄花殿、最後の仕上げです。彼女達と合流してください」
走ってきたのであろう。少々息切れをしながら、額には汗が滲んでいた。
「いくらなんでも早すぎますね。なにか良い事でもあったんですか?」
「はい、曹操軍がこちらに共闘してくれたおかげです」
よく見てみれば、曹の旗以外にも旗が上がっていた。
「曹操軍ですか――」
「? 栄花殿は何か関係があるのですか」
「いえ、なんといったら」
戦場から一人の男が逃げ出す姿が視界の端に映った。
「稟さん、悪いですけど少し用を済ませてから向かいます」
「えっ? ちょっと、栄花殿」
停止の声を聞かずに、彼は走り去ってしまった。
「全く一人で行動するなどと」
そんなことを言いながら別にこちらのほうから、動く必要がなかったのか彼の行動を止めはしなかった。
「おや、桃花殿はここで何をなさっているのですか?」
「………」
「桃香殿?」
「稟ちゃん、栄花さんはどんな人なの」
「桃花殿からそんな質問をされるとは思いませんでした。
彼を一言で表すなら」
一度目を閉じ、眼鏡を元の位置に戻し。
「希薄な御仁だと思っています」
劉備は稟が彼を希薄といったか、分からなかった。
ただ、希薄という言葉が頭の中から消える事はなかった。
「桂花、あそこにいる部隊はどこかしら?」
「はっ、幽州の公孫讃の部隊かと思われます」
漆黒の馬に堂々に跨る金髪の女性は、微笑んでいた。
両髪を止める髪飾りは、髑髏のようだが妖しい雰囲気は無くむしろ彼女を際やかせていた。
「あなたもしかしたら、用済みかもね」
「そ、そんな華琳様………」
華琳―曹操の下に仕える猫耳のような頭巾を被る彼女が荀ケである。
肩まで伸びる茶髪に双碧の瞳は忌々しく地面を見つめていた。
「ふふ、冗談。
私は楽しいのよ。桂花なら分かるでしょ?」
「あぁ、華琳様」
と頬を撫でられ恍惚とさせ朱が差していた。
「さぁ、まずはあの獣共に躾をしてあげなくてはね」
「はい、華琳様」
桃色のように甘い空間は消えていた。
「我が兵士達よ。
人道を外れた者たちに恐怖というものを教えてやりなさい!
全軍突撃!!」
彼女の声と共に放たれる兵士は駆ける。
一人でも多く敵を駆逐するために。
男は走っていた。
脇には所々擦り切れている年代物を思わせる厚い本を抱えていた。
「くそ! なんでこうもうまくいかない」
額からは、ぽろぽろ、と汗が落ちる。
太平要術―持つ者の望みを叶える書。
それが、この男が持つ書物であった。
「あともう少しなんだ」
名のある城から盗み出し商人に売りつけ金を手にいれることが目的だったが。
どの者にも買い手はつかなかった。
当たり前である、中身は真っ白だったのだから。
しかし、これは売り物になる。
長年の盗人としての勘がそれを告げていた。
「もう少しで出口だ」
それほど長くない林道だが、とても長く感じた。
心臓は破裂しそうに悲鳴を上げているが、それも終わりになる。
色々あったが、また新しい街でやり直せばいい。
そう思えば口が緩む事が分かる。
だが、徐々に走る速度が落ちていく。
目を凝らせば、いつかみた紅い槍が見えたような気がした。
気がつけば、あの若者の近くにいた。
「……おめぇは」
破裂しそうだった心臓は落ち着いていた。
まるで動かす必要はないと、言っているかのように。
あぁ、出口はこんなにも遠い。
「太平要術、確かに受け取りました」
足元には髭面の男が倒れていた。
己を守るための甲冑からは一つの穴が空き、そこから地を塗るように赤く広がっていた。
「これで準備は整いましたね」
と懐に書を隠しながら茫洋な声で口にした。
「後は天命を待つだけですか?」
誰に質問するわけではないが答える者もいない。
とりあえず、私事を済ませ公孫讃の下に合流しようと考えていたとき。
馬に跨りながら颯爽と現れる薄青の女性と銀髪の女性がこちらに迫っていた。
「そこの者なにをしている」
声が聞こえた方に向けば馬に跨っていた薄青の女性だった。
髪は空のように澄んでいて、右目は隠すように伸び、すらりと伸びた背で気品さに満ちていた。
「このように天気がいいと、日光浴でもしたくなりますね」
「もう一度問う、そこでなにをしていた」
静かに淡々とした声で、質問ではなく命令になっていた。
「日光浴ですよ」
「貴様!」
惚けるように答える栄花に、銀髪の女性が声を荒げた。
背はそれほど高くはないが、体には幾つの傷があるがそれでも彼女の美貌を汚す事はなかった。
「やめておけ、凪」
「はっ、秋蘭様」
凪と呼ばれた女性は片手で制した秋蘭と呼ばれた女性の言葉に従った。
このことから、上下関係を栄花は把握した。
「そこに倒れている男は、貴重な書物を盗み出した賊として我々の中で探していた人物なのだが一冊の本を所持していなかったか」
「いえ、私が来たときはこんな有り様だったのでそのような本はありませんでしたね」
すう、と秋蘭の眼が細くなった。
「わたしは手に持っていなかったのか、と問うたわけだがその言葉から察するに探し出したようだな」
胸に空いた傷と槍に視線が注がれる。
誤魔化せるとは、思っていなかったが自分からの失態に悪態をついた。
「秋蘭様!」
一歩前に進んだ凪は戦闘体勢に取り掛かった。
左足を前に出し構える姿で無手だということがわかった。
まずいな、と背中から冷水が流れた。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「なっ?!」
とてもその体格から想像ができないほどの、速度で上段蹴りを放ってきた。
咄嗟の行動に回避するが、できるわけもなく槍を盾変わりにするが虚しく吹き飛ばされる。
「氣の使い手ですか」
「―――」
質問に答えることもなく、追撃を仕掛けてくる。
槍の長所である間合いの長さを臆する事も無く突き進み致命傷にはならないが確実に栄花の体を痛めつけていく。
「くっ……これほどの方だとは」
気がつけば汗は止まる事も無く滝のように流れる状態にして彼女は汗一つとして流してなかった。
それもそのはずである。
先ほど言ったとおり、長所である間合いの長さを外されては守るしかない。
最長の間合いに対して最小の間合い。
言葉だけで判断するなら、前者に分があるように思えるが得物が槍となっては限られてしまう。
致命傷を作る場所は、先端だけなのだから。
だとしたら、間合いは一点だけに絞られる。
それに対して最小ではあるが、自分の周りが間合いである無手は攻撃と防御が最小限の速さで切り替える事ができ完璧に近かった。
さらに籠手等を身につけ、運動能力を上げる氣の使い手とあっては器量が足りない栄花にとってはまさに天敵に等しい。
「私はただ………前進あるのみ」
ぐっ、と動きを止める彼女の姿に疑問を隠せなかったが
「まずいですね、なにかきますか」
頭で判断するよりも体が判断をした。
彼女の周りが、霞んでいるように見える。
これは――熱?!
「猛虎蹴撃!」
蹴り放たれる氣弾は標的を潰さんと迫る。
「ふざけるな! このようなところで!」
普段の彼から到底理解できないような、猛々しい声が周囲に満ちる。
氣弾と槍が追突した瞬間―――
周りは光と共に轟音に包まれた。
「おや、何気に似合うじゃないか」
「星さんにそういってもらえると、光栄ですよ」
皮肉を込めた言い方だったが彼女には通用しなかったようだ。
今回の遠征討伐は見事に勝利として手にした。
これは途中から参戦した官軍である曹操軍の影響が強かった。
武将は、もちろんのこと兵士までもがそれにも劣らないといっていいほどの強さを持っていた。
なぜ官軍が見方として現れたのかは不明だが、とりあえずそのおかげで予想されていた被害を良い意味で裏切ってくれた形となった。
星をはじめ彼女達が本陣へと戻ったときに栄花の姿が見当たらなかった。
それぞれ、最悪の事を想定してもよかったのかもしれなかったのだが、星・稟・風の三人はいつものようにお茶を飲んだりしていた。
不謹慎だと、と関羽が一喝をしていたがすぐに杞憂に過ぎなかった。
服はあちらこちら黒く擦り切れ、関羽並みの美髪としていわれた黒髪が土の色で変色し、顔には煤を被ったかのように汚れていたが、聖碧の瞳だけは深く輝く彼が帰ってきたのだから。
「栄花様、少し動かないでください」
「あぁ、それはすいません」
なぜだが分からないがそこには、専属の栄花の侍女の姿があった。
戦場に連れてくるとはあまりにもおかしいが、栄花様ですから、という彼女の言葉でそれぞれは納得したように頷いていた。
とりあえず彼女の御蔭で煤は全で取り払われ、髪は黒よりもさらに深く澄み、赤い外套を身に包み、深い聖碧の瞳をもつその姿は、威武を誇っていた。
「それにしてお主は何をしていたのだ」
栄花と同等の美髪を持つ彼女が問いただした。
「そうですね、とりあえずざっくりと説明しますね」
賊を追った事、そこで官軍と戦闘になった経緯を話した。
太平要術については、一切伏せながら。
「はぁ、なぜはじめからこちらのことを説明しなかったのですか」
呆れながら答える凛に
「ふふ、それにしてもそんな者がおろうとはな」
片手でお酒を飲みながら答える星に
「お馬鹿なのですね〜」
率直に言う風に
「やっぱり曹操さんってすごい方なんだね〜」
呑気に少しずれた事を言う劉備に
「もう少し、自分の立場という事をだな」
腰に手を当てながら説教をする関羽に
「鈴々も戦いのだー」
がおー、という感じに燃える張飛に
「全くお前という奴は」
額に手を当てながら答える白蓮に、視線を外せば、馬鹿なんじぇねーの、と唯一の味方と思った侍女の双蒼の瞳に射抜かれ、しばらく栄花は立ち直る事はできなかった。
「いつまでここに居座っているんですか?」
「ん? そういえば栄花はここにいなかったのだな。向こうの大将がこちらと少し話しがしたいと言う事でこうして待っているのだよ」
「なるほど、官軍のほうから出向くとは珍しい事もあるものですね」
「そうだな」
と酒を片手にメンマを口にしながら答える星。
「戦が終わったばかりだというのに、そんなことをしていていいのですか?」
酒とメンマを見ながら話す栄花。
「なに、新しいメンマが手に入れば仕方がないことよ」
「えっ?! 新作が出来たのですか?」
悪戯そうに、くくく、と星は笑っていた。
欲しそうに眺める栄花。
「そう卑しい目で見つめるな。ほら、こうしてお主の分もあるぞ」
「本当に星さんには、頭があがりませんよ」
先ほどの言葉は訂正いたします、と言いながらメンマを食べる。
「むっ?! 甘い……いや、微かに辛さがあり中々」
等といいながら、堪能する。
「ほう、栄花にはそれがわかるのか」
星は同士である栄花と今回のメンマについてあれこれと話していると、そこに
「風もお一つ頂きますね」
と参上し、いつの間にかそこにはお茶を啜りながらメンマを食べる空間が存在した。
そんな光景に頭を抱え込み、説教をしようと関羽が決意したときに使者の声が響いた。
「お連れしました!」
と、そこには三人の女性が堂々と立っていた。
「あら、盛り上がっているところに水を差してしまったかしら」
黒髪の女性と薄青髪の女性の真ん中にいる金髪の女性からの声だった。
「華琳様が自ら出向いたというのに、何だこの状態は!」
我が主人が馬鹿にされていると思ったのか、黒髪の女性は激情していた。
腰までの伸びる黒髪に燃えるような真っ赤な瞳、内からでる溢れる桁外れの氣に金髪の女性の片腕としての武人であるということが窺える。
「そう言うな、姉者よ。こちらのほうから無理をいって頼んだから仕方あるまい」
呼び方から察するに妹になるだろう。
姉とは違い、どこか落ち着いた声は森の中で出遭った女性だった。
「そうよ。もう少し冷静になりなさい、春蘭。それよりも、公孫讃という者に会いたいのだけれど?」
黒髪の女性―春蘭は落ち着き、今回の目的といった感じで質問をした。
栄花はメンマを食べていた。旨かった。
「それなら私だが」
「………そう」
頭の先から足の先まで視線を動かし、興味をなくしたように一言だけ呟いた。
だが視界に美しい黒髪が映る。
「あなたの名は?」
「礼儀としてそれはどうなのだ」
貴様、と春蘭は声を張り上げそうだったが止められた。
「我が名は、曹操。いずれこの大陸を手に入れる者よ」
「桃香様の一の家臣にて幽州の青龍刀の、関羽だ」
互いに放たれる氣に二人の女性に空間を制されたように誰も声を上げる者はいなかった。
栄花はお茶を飲んでいた。旨かった。
「へぇ………あなたの主にも挨拶がしたいわ」
決して視線を外さずに笑みを作りながら問うた。
「わ、わたしが劉備です」
緊張しているのか少し声が高かった。
「初めまして劉備。先ほどいったとおり、名は曹操。そして、彼女達が夏侯惇、夏侯淵よ」
名前を呼ばれ黒髪の女性―夏侯惇、薄青髪の女性―夏侯淵が礼をとる。
栄花は張飛と一緒にメンマを食べていた。旨かった。
「劉備、こうして兵を上げたのなら何か望むものがあるのでしょ? それを教えてくれないかしら」
「わたしはただ、みんなと仲良く平和な世界を望みます」
静かに言葉に乗せ発した言葉には、覚悟があり両者の瞳が反れることはなかった。
「それでは劉備、今は私に賊を倒すためにその力を貸しなさい」
「えっ……あ、はい」
突然の言葉に驚いたが、確かに了解をした。
栄花はお茶を飲みながらメンマを食べていた。旨かった。
「それで、そろそろ我慢できないんだけど」
キッ、と視線で人を殺す事ができるというお手本のように睨んだ。
「あなたのような無礼な男ははじめてよ」
椅子に腰を下ろし、メンマを食べていた彼に向かって声を投げた。
天幕の中には死が充満していた。
誰一人として動くごとができず、護衛である彼女達も動く事が困難な状態になっていた。
それぞれの者は得物を持ちいつきてもいいように構えを取ろうとするが、動く事はできずにただ時間と汗
が無意味に流れた。
唯一動く事ができるのは、元である曹操だけである。
いやもう一人存在した。
死の濃度が一番高く収縮している彼の場所だった。
そんなものは構わないというように、死を受け入れる彼が悠然と振り向いた。
この時、初めて聖碧と聖蒼の瞳が交差した。
「……あなたは」
一瞬殺気が弱まったように感じたがすぐに満たされ、さらに濃く空間を廻った。
本人にしか分からないが眉がすこし、ぴくり、と動いた。
「………」
彼はただ彼女の瞳を見つめていた。
陽気な笑みはなく、彼女のような殺気を放つ事はなく身に纏いながらただ見つめていた。
それは異様な光景だった。
場を支配していたのは彼女のはずなのに、納めていたのは彼だった。
例えるなら、正と負のぶつかりあいだった。
両者の氣に当てられている者は、生きている心地がしなかった。
徐々に失われる水分に、それを取り戻せと心臓が高鳴る。
まさに、死の空間が出来上がっていた。
「………っ!」
苦痛に歪む彼女に対して彼は妖微した。
「貴様ぁぁぁぁ!!!!!」
二度目の主の侮辱に我慢できずと夏侯惇は駆け出した。
上段から放たれるのは剛一閃。
受けたら最後、すべてを押し潰さんと迫る。
「………」
相手は無手だ、そして動こうとする行動が見られなかった。
一秒もしないうちにその体は絶滅するだろう。
だが、そんなことはなかった。
体に触れる瞬間に金属音がぶつかり合うような甲高い音が鳴り響いた。
「くっ、おのれ」
左手を抑えながら忌々しく睨む夏侯惇。
「………」
彼の手にはあるはずもない、紅い槍を持っていた。
それも片手で横薙ぎをしたその姿は、優しい彼はどこにもいなかった。
その常識外れな行動に、両陣営から一つの答えを得る。
"化け物"だ、と。
「お止めなさい、春蘭!」
「しかし、華琳様!」
「わたしの言うことが聞けないの?」
それは命令だった、刃向かうのならあなたでも斬り捨てると、瞳がいっていた。
こうして、場には生の空間が出来上がった。
「失礼をかけたわね、部下の小事は見逃してもらえるかしら」
「ふふ、そんな事を気にかけるのですか」
自分の命が狙われていたのに、小事と言う彼は果たして馬鹿なのかそれとも―
「あなたを見るまでは、興味も持たなかったのけれども。ふむ、あなたの名を聞かせてもらえないかしら?」
「残念ながら私は真名しか名乗ることができません」
挑発するかのように話す栄花。
「おもしろいわね。我が名は、曹操で真名を華琳よ。私のだけでは、先ほどの行為には釣り合わないわね。
彼女達の真名を呼ぶことも許しましょう」
「そ、そんな華琳様ぁぁ」
「―――」
それぞれに思う事があったかもしれないが、彼女の死線には逆らえなかった。
「で、あなたの真名を教えてもらえるかしら?」
「栄花、といいます」
その言葉を受けなにを思ったのか彼女は、一度目を大きくし驚いていた。
しかし、すぐに微笑みに変わっていた。
まるで亡くした遊具が手元に返ってきた子供のように。
次に視線を絡めたときは、優しい時間がただ流れた。
曹操達が天幕から出た後は、静かな時間が流れていた。
誰も最初の一言を切り出せずにいたが、関羽が意を決したように話しかけた。
「まさか栄花殿が、あれほどの武人だとは思いませんでしたよ」
「いやいや、わたし自身が一番驚いて理解できていないのですよ」
手を顎につけ唸る様子は本当に分からないようだった。
ただ、これが個を持つということですか、と誰の耳に届かない声で呟いた。
その関羽の一言により、玉が破裂したかのようにそれぞれが栄花に色々な質問をし場は混乱していた。
「それでお兄さんは、これからどうするのですか?」
誰もが躊躇っていた言葉を風は、口にした。
「とりあえず、江東にでもと思っています」
不思議と反対の意見は無かった、彼はどこかに現れ姿を消す、まるで風のような旅人だと全員が思ってい
たからだろう。
「お兄さん、また会えますか?」
「いずれ道が交差するなら」
優しく呟く彼の言葉に、はにかむように風は微笑んだ。
「そういえば、栄花どこからあの槍を取り出した?」
誰もが思っていた白蓮の言葉に、全員の視線が栄花に集まる。
「うーん、それがですね」
と、視線を横に動かせば
「これも侍女の嗜みの一つです」
すっ、と後ろから栄花専属の侍女が現れる。
「「侍女すげー」」
それぞれの思いを乗せ、天幕に鳴り響いた。
「華琳様は、なぜあのような男に大切な真名を授けたのですか?」
「ふふ、あなたにはわからないの?」
主の顔を見れば、楽しいという事がはっきりと受け取れる。
しかし、春蘭にはわからなかった。
あのような、ましてや男なぞに真名を許す事が。
「いずれあなたも理解するはずよ」
「は、はぁ…」
「――」
曖昧な返事をする春蘭に、秋蘭は黙っていた。
「そういえば秋蘭は、反対しなかったわね? ずっと黙り込んでいるみたいだけど何を隠しているの?」
「は、はい。それが華琳様―」
とりあえず秋蘭は、賊の事、そして軽傷ではあるが手当てを受けている凪と戦闘した者があの栄花という人物だという事を。
「な、なに?! そうすると私は凪よりも実力が劣っているということか!!」
凪ぃぃぃぃ、と叫びながら春蘭は仇敵を見つけたような感じで走り去って行った。
「凪には失礼ですが、まさか姉者よりも強いとは私は思いません」
秋蘭がいうことは、正当な意見だった。
曹操軍で一番武がある者といえば、ほかの者を寄せ付けないぐらいの力を持っていたのだから。
華琳は目を閉じ、やがて目を開いた。
「秋蘭、凪と栄花と"あそこ"での栄花は、どう違った?」
それはまさしく、あの時の戦闘での比較を指していた。
「まるっきり、別人のように思えました。そして――」
口に出す事を渋るようにする秋蘭。
「あなたが思った事を正直に話しなさい」
主に促され胸の思いを告白する。
「あの時の姿は、その………華琳様にどこか雰囲気が似ていました」
その言葉に華琳の笑みは深くなった。
「あなたは賢いわね、秋蘭」
「か、華琳様………このようなところで」
秋蘭は恍惚とした表情で頬を撫でられていた。
華琳は撫でながら空を見つめた。
「記憶、又はもっと本質のなにか」
誰が答えることもなく、言葉は風と共に流された。
「本当に楽しいわ」
聖蒼の瞳は空を映しさらに深くなり、雲の流れが速く感じた。
あとがき
大変遅くなって申し訳ありません。やっとの思いで某ゲームのファミリー計画をプレイし一週間近く、ぼ
ーとした生活を送ってしまいこんなことになってしまいました。
どうしても、激写ボーイを止めることはできませんでした。そんな心が弱い作者をお許しください。
さて今回のお話ですが、凪と栄花の尋常な強さが発揮されましたね。作者の中では、確実に鍛えれば凪が
最強なんじゃねーの? と思ったりしています。
だって変な意味、射程範囲無限でしょ? そんな凪をどうやって崩していこうかと考えております。
それにしても、量が多い割には全然進んでいませんね。どうなっているんでしょ?
今回の執筆に当たって頭の中で、黄布党を倒す→覇王様と再会→江東を目指す、と言った感じだったので
すがあまりにも長すぎました。
少しでも楽しいと思ってくれた方がいてくれたら幸いです。
さて次回の更新ですがこれから、一週間に一話といった感じでやって行きたいと思います。
出来上がったら即更新したいと思いますが、溜まっているアニメやラノベやらゲームと……たくさんあり
すぎて。一体どうしろというんだよ! という胸中です。
それにしても、萌将伝が決まりましたね。もう、うきうきが止まりませんね。
延期しないことを願い、発売日までには完結できるようにしたいですね。だって、やりたいから!
さて無駄な話しはこれまでにしておいて、どこに完結をもっていくわからないと思っている読者様もいる
と思いますが、アンケートをとりたいと思っています。
てか、楽しみに待っている方はいるのか?
とりあえず反董卓連合についてですが、どちら側の陣営でのお話しが読みたいですか?
董卓軍陣営か連合軍陣営ですね、ゲームだとここで選択肢を選ぶ感じですね。
期限は設けませんが一話書きながら上げているので、どこがギリギリだかわかりませんが、とりあえず先
のほうですね。コメント又はメールで連絡してもらえると助かります。
なにも反応が無かった場合は………その時の作者の気分で決めたいと思っています。
こんなところで、今日は終わりにしたいと思います。
またの機会にお会いしましょう。
これでやっと、他の作者様のssが読める。
説明 | ||
大変ながらくお待たせしました。 今回のお話しは、やっと覇王様との再会ですね。 少しでも楽しく読んでくださいましたら光栄です。 |
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コメント | ||
ヒトヤ様:コメントありがとうございます! 栄花は何かの目的のために、太平要術の書を手に入れました。そのため、こんなところでは死ねないということで口にしたと解釈してくれたら幸いです。(夜星) 結局「ふざけるな!こんな所で!」の意味や描写は?(ヒトヤ) sara様:誤字報告ありがとうございます! 所々間違えていたところを修正いたしました。(夜星) gmail様:コメントありがとうございます! 私も本当にそう思います。栄花のパートナーとして考えていたり考えていなかったりしています。(夜星) 春欄と秋欄の「らん」は「蘭」では?(cognac) この侍女さん、一家に一人欲しいですねwww(gmail) |
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