真・恋姫無双 EP.7 偶像編(3) |
英雄の帰還、とはならなかった。明命から事情を聞いた桂花が大層ご立腹で、帰るなり一刀は宿屋の部屋で正座をさせられることとなった。
「何、わけのわかんない仮面を被って、正体隠してるのよ! せっかく名前を売るいい機会だったのに!」
「だって、正義の味方が正体バラしちゃダメだろ?」
「わけわかんないわよ! まったく……」
呆れる桂花を、地和がなだめる。
「まあ、許してあげてよ。一刀はお姉ちゃんを助けてくれたんだから」
「そうそう」
妹の言葉に天和は頷き、しょんぼりする一刀の腕に抱きついた。
「私を助けてくれた一刀は、とっても格好良かったよ」
「おお……」
柔らかなものが、腕を挟む込む。顔を近付けた天和の唇に、一刀は思わず生唾を呑み込んだ。
「あー! お姉ちゃんばっかりズルいんだ!」
対抗するように、地和が逆の腕に抱きつく。だが天和ほどの弾力は、残念ながらない。しかし両手に花の状況は、一刀の心を舞い上がらせるのに十分だった。
「天和姉さんにちぃ姉さん、一刀さんが困ってるでしょ」
そこに人和も参戦し、一刀を中心としたラブトライアングルが完成した。すっかり我を忘れた一刀は、汚物を見るような視線を向ける桂花と、なぜかイラッとしながら睨んでくる明命には、気が付かなかった。
「それよりも明命、あの話は考えてくれた?」
「はい……」
明命は静かに頷くと、一刀を視界の端に捉えて続けた。
「前にもお話した通り、私はある方にお仕えしています。なので、他の誰かにお仕えすることはできません。けれどお二人の志には共感しますし、今回の事も私ひとりだったらどうなっていたか……」
「明命ならちゃんと解決出来たと思うわ」
「いえ、自分に出来ることはわかっているつもりです。ですから、私は出来ることをしたいと思います」
「……」
「いつか戻らなければならない時が来ると思いますが、それまでご一緒してもよろしいですか?」
そう言って微笑む明命に、桂花も笑顔で頷いた。
「あなたが誰に仕えているのかはわからないけど、もしもその主君が敵として私たちの前に現れたなら、遠慮しないで戻って構わないわ」
「そう言ってもらえると、助かります」
「でもそうならないことを、祈るばかりね」
「はい」
明命の真面目で礼儀正しい立ち振る舞いに、桂花は好感を持っていた。そんな彼女が仕える主君が、暗愚だとは思えない。敵対するとしても、それは朝廷に対するものとは違う意味があるはずだ。
(人の思う正義は一つじゃないわ)
同じように民のことを思った行動だとしても、どこかで噛み合わない個々の主義がある。
(いつか、北郷の思う正義と私の思う正義が、すれ違うことがあるのかも知れない……)
その時、自分はどうするのだろうか。それほど固い絆があるわけではない。今は彼の想いに共感しているが、どこか甘いところがあると感じたりもする。
始まりは、簡単だった。終わりも、そうだろう。
(今は、目の前のことを考えよう)
首を振り、湧き上がる思いを振り落とす。どこか、違和感を残しながら。
別れを惜しむように、天和は一刀の手を握りしめた。
「本当は一緒に行きたいけど、私たちはやっぱり歌が好きだから。三人でこれからも、貧乏だっていいから歌い続けたいんだ」
「うん。それがいいと、俺も思う」
一刀たちがこれから向かう涼州は、戦闘が続く場所だ。旅芸人が安心して行けるような場所ではない。自分の身を守ることが出来ない彼女たちは、どうしても足手まといになってしまう。それは、全員がわかっていた。
「きっとまた、会えるよね?」
「もちろん。今度はさ、歌を聴かせてよ」
「うん!」
そっと手を離し、お互い手を振る。
「一刀! ありがとう!」
「ありがとうございます」
地和と人和も、笑顔で一刀に手を振った。両手を挙げて手を振り返しながら、一刀はふと思った。
(そういえば、天和って張角なんだよな……)
三国志にあまり詳しくない一刀だったが、序盤に登場するその名前は何となく憶えていたのだ。悪人のイメージがあったが、この世界ではそんな感じはしない。
だが、何となく連想してみる。
旅芸人を続ける……貧乏な生活……食べるのに困る……出来心で盗みを働く……なんだ案外簡単じゃん……盗賊に落ちぶれる……黄巾党誕生。
「わーっ! 三人とも待って!」
大慌てで、一刀は三人を追い掛けた。
「どうしたの、一刀?」
「何か忘れ物?」
真剣な表情で、一刀は三人の手を両手でしっかりと握りしめた。
「えっ?」
「ちょっと……」
「あの……」
頬を赤らめ困惑する三人に、一刀は真顔でこう言った。
「いいかい? もしも困ったことがあったら、俺たちのことを思い出すんだ。遠慮なんてしないで、助けを求めて欲しい」
「えっと、その……」
「お願い、約束して」
「うん。わかったよ」
頷く三人に、一刀はもう一度強く、それぞれの手を握った。そして今度こそ彼らは別々の道を進み、新しい地に向かって歩き始めたのである。
天和、地和、人和は、無言で歩いていた。三人ともどこか上の空で、時々、照れたように笑みを漏らす。胸が高鳴って、温かな気持ちと、切ない気持ちが同時に心をくすぐった。それは初めての気持ちだ。
(ふふ、一刀ったら……)
(一刀の手、おっきかったな)
(一刀さん……)
三人がそうしてニヤニヤしながら歩いていると、前から一人の男が近付いて来た。すれ違うかと思った男は、立ち止まって声を掛けてきたのである。
「あの、すみません」
何だろうと思い足を止めると、男は持っていた包みを天和に渡してきた。
「これを受け取ってください」
「えっと、何かな?」
「張三姉妹ですよね? 前に歌を聴いたことがあります」
「私たちの歌?」
「はい。とても上手で、また会いたいと思っていました」
深く被ったフードで、笑みを浮かべる口元だけが見えていた。
「もし再会できたら、これをぜひ渡したくて」
「これをくれるの?」
「はい。前の時はお金を持っていなくて、路上の端でこっそり聴いていたんです。だから事業で成功したら、その時の分も払おうって決めていました」
「そうなんだ。ありがとう。でも、本当にいいの?」
「はい。大したものじゃないけど、きっと三人には役に立つものです」
天和たちは顔を見合わせたが、せっかくの好意なのでありがたくもらうことにした。
「ありがとう」
去っていく男に礼を述べ、三人で包みを囲んだ。
「何だろう?」
「開けてみようよ」
包みを開くと、中からは一冊の本が出てきた。
「役に立つものって、本なの?」
「何ていう本?」
「えっと、『太平妖術』って書いてあるみたい……」
人和が中を開く。びっしりと隙間なく埋められた文字は、見たことのないものだった。
「……」
「……」
「……」
それを見た三人の瞳から、光が消えた。まるで生気のない顔で、呆然と立ち尽くす。そしてブツブツと何かを呟き始めた。
「……大陸をこの手に」
「……天下をこの手に」
「……我らのこの手に」
呪文のように繰り返しながら、三人はただ歩き続ける。続く道は遙か地平の先、青州に向かって。
説明 | ||
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 やや駆け足気味です。他の方みたいにおもしろい作品が書ければいいのですが、なかなか難しいですね。 そんな感じですが、楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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