コールドスリープ
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 私は少し粘性のある液体の中から、倦怠感の残る体をゆっくりと起き上がらせた。

 

 久々に吸い込む乾燥した空気が肺に刺激を与え、私をせき込みませる。

 

 まずはゆっくりと重たい瞼を開く。次第に視線が定まり現在の状況が見えてきた。

 

 今まで私は棺桶のような真っ白い箱の中で眠っていたようだ。箱からは何本ものコードが伸び、

隣に置かれたパソコン画面には意味のわからないグラフがいくつも描きだされていた。

 

 なぜ私はこんなところにいるのだろうか?次第に頭が働き始め、以前の記憶が呼び起こされてくる。

 

そうだ、あの日いきなり主治医に残り数日の命だと宣言をされた私は、病院を飛び出し募集を開始したばかりの、このコールドスリープシステムのモニターに志願したのだ。

 

 いったいあれからどのくらいの月日が流れたのだろう?何よりこの時代、私の病を治す術はあるのだろうか。それが出来なければわざわざコールドスリープまでした意味がない。

 

「ゆっくりでいいですよ。なにせあなたは百年間も眠っていたのですから。急に体を動かすと筋肉が壊れてしまいます。大丈夫ですご安心ください、私は医者です。数時間もあれば前のように自由に動けるようになりますよ」

 

 右から落ち着いたトーンで男の声が聞こえる。この男が私を目覚めさせたのだろうか?

 

 私はゆっくり顔を向ける。そこにはぴったりとした銀色のスーツに身を包んだ男が立っていた。私のいた時代からすると近未来っぽいと言えなくもない。これが今の医者のスタイルなのだろう。

 

「わ、私は……」まだうまく声が出ない。かすれた発声しかできない私の声に医者と名乗る男はやさしく答えた。

 

「あなたの言いたいことはわかります。誰でも死は恐ろしいものです。あなたの生きていた時代から医療技術は大幅に進歩しました。今の人類に直せない病気はありません」

 

 その力強い言葉に、私は久しぶりに鼓動を再開した胸をなでおろした。

 

「じゃあ私は助かるんですね」

 

 まだはっきりしない声で尋ねる私に医者は手に持った資料に目を通し難しい顔をした。

 

「もちろん大丈夫です、と言いたいところなのですが。少々問題が……困ったことにあなたがなんの病気に侵されていたのかがわからないのです」

 

「え、ど、どういうことですか?!」

 

「あなたが起きる前にいろいろ検査させていただきましたが、あなたの侵されていた病というものが今の医術を持っても見つけることができないのです」

 

「そんなバカな!確かにあの時医者は『このままでは数日の命だ』って……」

 

 私はあまりの驚きにスリープポットから飛び出さんばかりの勢いで医者に詰め寄った。

 

「まあまあ落ち着きなさい。そうですね、あなたが眠りに就く前のことをゆっくり思い出して話してくれませんか。何かヒントがあるかもしれません」

 

 医者の提案に、私は遠い記憶に思いを伸ばした。

 

 

 

 そう、あの当時の私はバリバリのエリートサラリーマン。

体も健康そのもので、毎日昼も夜もなく働きづめだった。食事もろくにとらないほどに仕事が楽しくて仕方がなかった。しかしあの日、急に体に異変を感じた私は病院に行ってあの宣告を受けた。

あの時の医者は険しい顔をして確かに言った。『大変ですよ、あなたはこのままでは数日のうちに死んでしまいます』と……

 

 

 

「なるほど、あなたの病名が分かりました」

 

 私の話を頷きながら聞いていた銀色の医者は私の目を見て言った。

 

「え、それじゃ私は助かるんですね!?」

 

「ええ、でも治療の必要はありません。あなたはもう健康そのものです」

 

「え?でもあの時の医者は確かに、数日で死ぬと……」

 

 私の質問に今の医者は笑いながら答えた。 

 

「確かに、そのまま睡眠もとらずに仕事を続けていたらきっとそうなったでしょうね。もう十分眠ったでしょう?あなたの病名は、ただの《睡眠不足》ですよ」

 

 

END

 

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男はコールドスリープから目覚めた。
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