双天演義 〜真・恋姫†無双〜 十七半の章 |
「一刀!」
軍議が終わり天幕を出たところで、曹操と一緒に出てきた一刀を呼び止めた。
曹操が一瞬怪訝な顔をするも、オレの事を思い出したのか納得の表情に変わる。
「久しぶりだな、晴信。ここに来ているとは思わなかったよ」
足を止めた一刀とそんな他愛のない挨拶から入る。だけどそんな今までと変わらない普段通りの挨拶をする自分達を省みて、お互いここが異世界だということに苦笑いを浮かべてしまう。それでもお互いが元気に顔をあわせることができたことは喜ばしい。
「一刀。幽州の御遣いに私を紹介しないのかしら?」
棘が多分に含まれていそうな声が一刀の後ろから聞こえてきた。その声にビクンと体を緊張させる一刀だが、体罰がくるとかそういったことはなかった。
「ところで一刀。そのさえない風貌の男が貴方の友だと言うの? そして諸葛亮に私の策を読んで見せた」
上から下まで探るように見る曹操の視線とその物言いに腰が引けてしまう。その様子に曹操は鼻をならすとオレにもう興味はなくなったとばかりに、踵を返してこの場から去ろうとする。
「一刀のほうがまだマシなようね。一刀、私は先に自陣に戻っているわ。ゆっくり旧友との友誼を温めてから帰ってきなさい」
曹操はそう言って立ち去ろうとしたのだが、すぐに立ち止まって一瞬考え込むように顎に手をやった後、顔を上げてこちらに振り向いた。
「麗羽のところの干吉、あれには気をつけなさい。あれは……貴方達の手でどうにかできる存在じゃない」
オレを真直ぐ見て言う曹操の言葉は多分正しい。あのときにそれをオレは気力が尽きるまで味わったようなものだ。オレも逃げられるなら逃げたいけれど、相手が逃がしてくれるような雰囲気ではないのが問題だと思う。
「ご忠告ありがたく受け取りますけどね、相手次第といったところですね」
「そう。なら精々気をつけることね」
ジッとオレの顔を見つめた後、曹操はこれ以上何も言わずこの場に一刀を残して去っていった。小さい体の割りに大きな存在感をその背中はオレに感じさせた。さすがは三国志の英雄、曹孟徳といったところか。
「そうだ、晴信。手紙ありがとな。久しぶりに日本語を読めて、なんか内容云々より感動したぜ」
曹操が去っていく背中をそのままジッと見ていたオレの背後で、一刀が思い出したように依然送った手紙について話を振ってきた。
黄巾党のゴタゴタがあったとはいえ、あの侍女さんの知り合いの商人はしっかり手紙を届けてくれたらしい。手紙の送り主と送り相手が相手だけに、なかなか信用されずに苦労したらしいが、たまたま一刀が通りかかって手紙を渡すことができたらしい。なんでも一刀は街の警備隊隊長をやっているらしく、その報告書を詰め所から城に届ける途中の出来事だというから運が良かった。
「返事は一応書いたんだけど、その様子だと届いてないよな」
「この時代なら仕方ないさ。オレたちのいた時代とは違うんだから」
やっぱり手紙の返事は出していたようだけれど、直接会うほうが早かったようだ。一通の手紙を届けるのにも結局は運んでくれる商人の都合が優先されるから、届くのに一年とかかかる場合もあるらしい。下手をすれば商人が賊に襲われて手紙が届かないとかもあるので、届いただけましだったのだろう。
「しかし、お前がいるなんて驚きだよな。てっきり幽州の城にいてこっちに来ないとばっかり思っていたからな」
確かにそれも手ではあったと思うが、すでにオレは黄巾党の討伐やら烏丸の討伐やらにそこそこの数出ている。ある程度、殺らなければ殺られることは理解できているし、この手で矢を放ち、直接ではないにしろ人を殺めていることは間違いない。
それを言ったときの一刀の表情は、少しの驚きと痛みを堪えるような沈痛な表情だった。
「なぁ、晴信。俺はお前から手紙が来るまでこの世界とオレたちがいた世界は胡蝶の夢の故事通り、互いの夢なんじゃないのかと思っていたんだ」
荘周の話のひとつである胡蝶の夢。
人間である自分が蝶であるという夢を見たのと思い込んでいるがはたしてそうなのか? もしかすると蝶である自分が人間になった夢を見ているだけではないのかと、自身が蝶になった夢をみた荘周が考える話である。
夢と現、どちらが夢でどちらが現なのか区別がつかないことをこの故事から荘子斉物論というが、オレたちに今起こっているこの出来事、三国志の様々な武将たちが女性化した異世界にいるという出来事が誰かの夢であるとは思いたくない。
はっきり言えば、そんな理屈は今現在この世界で一生懸命生きている人々を馬鹿にしていると思う。
オレにはとてもじゃないが、一生懸命鍬を持ち田畑を耕して明日の実りを作っている人々に、オレの指示に従って賊を討つ兵士たちに、お前達は誰かの夢で実際にはいない存在だなどと口が裂けても言えやしない。
「わかっているさ。俺だってこの世界で親しくなった人たちがいないわけじゃない。その人たちが本当はいない人たちだなんて思いたくなさ」
曹操もこの故事を引き合いにだしたようだが、その意味はどういうことだろうか? ただ一刀の状況が荘周と似ていたから出しただけか、それとも何かしらの意図があったのかわからない。ただ曹操も何かしか一刀に感じたことは確かだろうと思う。
「この世界でしっかりと生きて、華琳を支えていきたい。今はそう思っている」
一刀は曹操の去った方向を見ながらしっかりとそれを口にした。
「一刀。それは歴史を変えるという決意か? それとも大陸を自分の代では統一できない曹操を慰め、支えるという意味か?」
一刀に聞き出そうと思っていた問いを切り出すタイミングが唐突に来たように思う。
一刀はどちらと答えるだろうか、そしてオレはその答えからどういった道を行けばいいのだろうか、実はまだ決まっていない。決まっていないというよりも選択肢自体が纏まってすらいない。
「実はさ、前に占い師に大局に逆らうな、逆らえば身の破滅といわれたことがあってさ……」
その話を詳しく聞いてみれば、曹操と街を見回りした最後に占い師が曹操を治世の能臣、乱世の奸雄と評されたらしい。その占い師が言った言葉が一刀の言った大局に逆らえば身の破滅。
「なぁ、その占い師ってもしかして……」
「月旦評で有名な許劭だろうな。子治世之能臣亂世之奸雄、訳としては子は治世の能臣、乱世の奸雄。君清平之奸賊亂世之英雄、訳として君は清平の奸賊、乱世の英雄と評したとも言われているけどな。ここでは有能すぎて今の漢ではその力の受け皿にはなれない。乱世に生きる奸雄と評していたな」
どうしてこうスラスラと豆知識というかなんというか出てくるかね。許劭なんて名ではオレ知らないぞ。許子將という名で覚えていたよ。つまり姓名が許劭で姓字が許子將なのか……勉強になったが、使い道がないな。
「一刀、お前はその占いをどう考えているんだ。そしてオレの問いの答えはなんなんだ?」
一刀はオレの問いに答えず、占い師の話を持ち出した。その占いへの答えがオレの問いの答えと同じだからこそ、そしてその占いが一刀と同じく異邦人たるオレにも言えることであるために、あえて一刀は占いの話をオレにしたんだろう。
大局が何を意味しているか予想はつくけど、合っているかわからない。身の破滅がどこまでの事を言っているのかもわからない。だけれどもオレたちのこれからの生き方に重要なことなだけは理解できる。
「“何某か選択を迫られたとき、その選択肢に良い悪いはない。選択肢を選んだ後の行動が良し悪しをつける” 爺ちゃんの言葉なんだけど、今の俺の気持ちを言っているような気がするんだ」
その言葉は一刀の占いの結果や歴史改変のことなど考えず、自身の気持ちを大事に行動するという決意の表れのような気がした。でなければ今このときにあいつの祖父の言葉を言うはずはないだろう。
「ということは一刀。オレたちの知っている三国志と違うことになっても構わないということだよな」
「そう思ってもらってかまわないかな。ただ……三国志演義なんて虚構八割と言われているけどな」
確かに三国志演義に登場する地名・官職名・武器防具などは三国時代の時代考証からみて不正確なものも多い。関羽さんの武器である青龍偃月刀なんて本当に歴史に登場するのは宋代以降だし、張飛の蛇矛も明代以降の武具など演出を重視して虚構が多い。
「ならこの連合についてはどうするんだ? 曹操は惨敗するんだろ」
三国志演義において曹操・鮑信は消極的な袁紹らに業を煮やし、積極的に董卓軍に戦いを挑んだが、?陽の?水で董卓配下の徐栄に大敗し、反董卓連合軍の衛茲・鮑韜らが戦死した。そして軍の再編に多少なりとも時間がかかったはずだ。
「それに関しては、事前にやることは少ないんだ」
一刀が言うには反董卓連合の孫堅は水関にて、野戦で華雄の副将胡軫に勝利して関に攻め込むが攻めきれず一時退却。援軍と兵糧の補給を求めるが、袁紹は孫堅を陥れる讒言を聞き入れてしまい、援軍と補給を送らなかったことから連合は瓦解の兆しを見せるという。
「つまりこのときに援軍と補給をしっかり送れば、まず一つ目の空中分解の危機が回避できる。そしてなんとか水関を落とすことができれば、空中分解はかなりの確率で防げるはず」
確かにこの時代の戦争は兵士の士気が大きく関わってくる。難攻不落の水関を初戦勝利の勢いに乗って落とすことができれば、連合軍の士気は否応無くあがる事だろう。それに董卓軍の士気は挫かれ、如何に勇将猛将が揃っていようと連合軍に勝つのは厳しくなるはずである。
「水関を落とす策に関してはうちの軍師と話し合わないといけないけどな」
一刀も水関攻めに関してはまだ準備はできていないようで、すこし弱気な表情を浮かべている。
実際は難攻不落で有名な虎牢関と同じところであることから水関も同じく難攻不落であり、それに加え猛将と名高い華雄が守将として守っているのだから攻め辛い。
「孔明ちゃんにも聞いてみるわ、こっちは。ともかくこの連合が無事目的達成できるよう頑張るか」
オレと一刀はしばらく連合の今後について話し合い、この場は別れた。もちろんお互いに密に連絡を取り合い、うまく連合が目的を達成できるよう計らうことを決めた。
曹操の陣へと帰る一刀の背中を、オレはしばらくその場に留まって見送った。その背中がオレに語る言葉は、あいつの祖父の言葉も合わさってオレの迷いをつきつけるようで目を離せなかった。
説明 | ||
双天第十七.五話です。 今回は一刀の覚悟というか気持ちを書いてみました。しかし、あんまり書けているようには改めて読むと感じない。orz 許子將のことを一刀はあの占い結果で判らなかったのだろうか? 華琳と一緒に橋玄の墓参りするまで判らなかったとしたら本当に一刀は三国志に詳しいのか疑問に思ってしまう。 |
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コメント | ||
PON様コメントありがとうございます。う〜む、言われるとおり受身で現在書いていますからね(−−; 某名軍師の傍でその思考を……とは思っています。そのいろいろな意味での成長を描ければと思っているのですが、いやはや……。(Chilly) 晴信君もうちょっと積極的に動いて事態を動かしてほしいです。なんかもやもやして……あとでカタルシスはちゃんと得られるんでしょうか。(PON) gmail様コメントありがとうございます。晴信には白蓮が目立てるように行動してもらいたいんですけどねぇ( ̄^ ̄;(Chilly) 一刀は己が信じた主のために積極的な歴史改竄を行うようですが、晴信やいかに。(gmail) Night様コメントありがとうございます。あまり詳しくないですよね、原作一刀。いろいろスルーしてたりするし……。双天の三国志知識に関しては私の知識に左右されるのであんまり言えませんけどね。(Chilly) お疲れ様です。原作の一刀は実は三国志にあまり詳しくは無いですよね・・・双天の一刀君は、さてどう動くのか、晴信君は・・・今から楽しみです。(Night) |
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