君と生きる君との約束
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 今日、僕は君を失った。

 爽やかな風が吹く、燦々と降り注ぐ太陽に照らされたこの場所で。

 僕が殺したんだ。

 君を愛していたから。

 君が望むから。

 そして僕は、君の命と共に生きる。

 

 彼女が転校してきたのは、夏休みをすぐそこに控えた頃だった。

 今日と同じくらい天気が良くて、今日と同じくらい暑い日。

 最初の印象なんて、特になかった。

 だって、彼女はごく普通の、どこにでもいる高校生だったから。

 それが塗り替えられたのは、夏休みに入ったある日。

 偶然にも、彼女は僕のバイト先のコンビニに現れた。

 とても目立つ黒尽くめの、ゴシック系のひらひらのワンピースに同じくひらひらのレースを頭につけて、分厚いソールの真っ黒な編み上げのブーツ。それに合わせたようにエナメル質のバッグをかけていた。

 誰もが振り返るような格好で、なのに彼女はどこか誇らしげな顔をしていた。

 最初は気付かなかったんだ。学校にいるときの彼女の面影は全然なかったから。

「…君、加納さんでしょ?驚いたな、学校のときと全然違うんだもん。」

 声を掛ける僕に視線だけで一瞥した彼女は誇らしげな顔を隠して、何も言わず、何も買わずに帰っていった。

 なんとなく予想していた反応だったから、僕はその後姿を見送り、そのままバイトに戻った。

 彼女がその後、店に現れることはなかった。

 

 

 

 夏休みが明け、また憂鬱な学校という名の檻に閉じ込められる。

 友達がいないわけじゃない。

 ただ、みんな子ども過ぎて、話していても退屈なんだ。

 その中で、彼女の存在だけが僕を学校に向かわせていた。

「……柚木君、今日の放課後ちょっといい?」

 突然の彼女からのお誘い。受けないわけがなかった。

 僕は放課後が待ち遠しくて、授業なんかそっちのけ。

 君は知らない。僕が君と帰るのを、どれだけ楽しみにしていたか。

 そう。コンビニで出会ったあの時から、僕の恋は始まっていたんだ。

 

「加納さん、どこ行く?マックか、ミスド、それともスタバ?」

 授業が終わって、さっさと帰る支度を済ませると彼女の席に飛んでった。

「…どこでもいいよ。柚木君に任せるわ。」

 僕のテンションの高さとは逆に、彼女はとても落ち着いていた。

 初めて一緒に帰る帰り道、僕はどこと無く落ち着かなくて、彼女に色々話しかけていた。

 でも彼女は答えるけど一向にこっちを向いてくれない。誘ったのは自分なのに。

「加納さんさ、なんでこないだは話してくれなかったの?」

「別に。ただ…ちょっと驚いただけよ。同じクラスの人がバイトしてるなんて知らなかったもの。」

 まただ。彼女は俯いて、あの表情を隠す。

「ちょっとショックだったなぁ。でも、今日誘ってくれたからもう気にしないよ。」

 にこりと笑いながら、僕は言った。

 彼女は、俯いたままで。

「柚木君は、人を殺したことがある…?」

 まるで僕の話を聞いていなかったかのような唐突の問いに、僕は首を傾げるだけだった。

 彼女の意図が掴めないまま、首を振る。

「ないよー?あったら僕ここにいないし。」

「じゃあ、柚木君は誰なら殺せると思う?」

 ゆっくりと顔を上げながら、僕に尋ねる彼女は、コンビニで会った時の彼女だった。

 その誇らしげな顔で僕を見つめる。

 絡まる視線に、僕は何も言えなかった。

 

 だれなら ころせるとおもう…?

 

「あたしは、愛する人に殺されたいわ」

「何それ?加納さんは殺される側なの?」

「そうよ。あたしは、あたしを殺してくれる人を待ってるの。あたしだけを見て、あたしの為に手を汚してくれる人。」

 物騒だな、とか思いながら、じゃあ僕が殺してあげるよと言いそうになった自分をなんとか押し留めた。

 僕は、誰なら殺せるのだろう…。

「誰なら殺せるか、考えておいて。」

 まるで宿題でも出すように彼女は言った。

「柚木君。」

「遥でいいよ。」

「じゃああたしは樹里でいいわ。」

「わかった。樹里。」

 名前を呼ぶと彼女は初めて僕に向けて嬉しそうに笑った。

 そこにいるのは普通の女の子で、あの誇らしげな表情は消えていた。

「…僕、君が好きかも知れない。」

「あら、奇遇ね。あたしもよ。」

 この日、僕と彼女の関係が始まった。

 

 それからの僕たちは、いつも一緒で、おかしなくらい同調していた。

 いつもの帰り道、どこかに寄るわけでもなく二人並んで歩く。

 喧嘩だって皆無に近くて、体の関係もない。

 周りから見れば健全すぎる付き合いだった。

 休みの日は近くの図書館で暗くなるまでを共に過ごす。

「ねぇ、遥…。前に言ったアレ、覚えてる?」

 いつものごとく図書館で二人で勉強という名のお喋りをしていた時、ふいに彼女が言った。

「アレって……あぁ、誰なら殺せるかってやつ?」

「そう。考えてくれた…?」

 彼女は少しこちらを伺うように見つめてきて、まるで自分の気持ちを代弁してほしそうだった。

「樹里は自分が殺される側だって言ったよね。愛する人に殺されたいって。その役目、僕にくれないかな…?」

 

 ぼくに きみを ころさせてほしい

 

 彼女はその答えに満足げに笑った。

 あの、誇らしげな顔で。

「ありがとう。遥になら、あたし殺されても良いわ。」

 その日はそれだけで別れた。

 次の日の学校の帰り道、また僕と彼女は並んで歩く。

 どうやって殺すか、死んだ後の遺体の処理など、話はどんどん本格さを増していく。

 他の奴らが聞いたら卒倒するんじゃないかっていうくらい、僕たちは真剣だった。

 

「遥。明日なんだけど、いつもの図書館じゃなくて学校の裏門にしない?」

 あの、図書館での話から一ヶ月もしない金曜日。

 彼女は僕に言った。

 それは、明日の決行を意図するものだった。

「わかった。じゃあ、明日はいつもの時間に学校で。」

「明日いるものはあたしが持っていくから。遥は手ぶらで来てね。」

「OK.」

「じゃあまた明日。」

「あぁ、明日な。気をつけて帰れよ。」

 そう言って分かれ道で手を振って別れた。

 明日、僕と彼女の道が始まる。

 僕は眠れず、夜中だというのに珍しく樹里に電話をした。

「はい。」

「あ、僕だけど…寝てた?」

「ううん、なんだか眠れなくて…遥に電話しようか迷ってた。」

 樹里の落ち着いた声音の中に、言いようのない寂しさを感じた。

 明日で、この声も聞けなくなる。

「樹里…僕が好き?」

「どうしたの?…もちろんよ。遥を愛してる…。」

 迷いのない彼女の答えに、僕は心が痛かった。

「僕も、愛してるよ…。」

 言いながら、僕は涙が止まらなくて。

 樹里に気づかれないようにするのが精一杯だった。

 でも、もしかしたら、彼女も泣いていたのかもしれない。

「遥の声を聞いてたら眠くなってきちゃった。もう寝るわ。じゃあ、明日ね…。」

「あぁ…おやすみ、樹里。」

「おやすみなさい。」

 電話を切ると、あんなに眠れなかったのが嘘のように眠りに落ちた。

 きっと、樹里の声を聞いたからだ…。

 だから、こんなにゆっくり、眠りに落ちていける。

 

 いつもなら二度寝、三度寝と繰り返しながら起きるのに、今日だけはすっきりと目が覚めた。

 約束の時間まではまだある。ゆっくり支度をしても間に合うくらいだ。

 でも、早く樹里に会いたい。

 そんな想いからさっさと支度を済ませ、チャリで樹里の家に行った。

 待ち合わせは学校なのに、だ。

 樹里が出てくるまで1時間もかからなかった。

「あれ、遥?やっぱり来たのね。」

 彼女はコンビニで会った時と同じ格好で、見透かしたように笑顔で言った。

 チャリの後ろに樹里を乗せて、学校へ向かう。

「遥。今まで楽しかったわ。貴方に会えたこと、感謝してる。」

「最後のお別れみたいだな…。そんな事言うなよ。僕たちはこれからも一緒なんだから…」

 僕の腰に手を回して、背中にぴたりと頬をつけ、お互いの体温を感じながら学校までの道のりを喋った。

 そう、僕たちは…これからも一緒さ。

 

 彼女が死んだ。

 最初で最後のキスを交わして。

 僕が殺したんだ。

 これで、僕たちはずっと一緒さ…。

 ほら、樹里も笑ってる。

 とても綺麗だ。

 やっと、一つになれたね。

 樹里、僕たちは間違ってなかったよね?

 これで…いいんだよね?

 ねぇ、樹里…。

 

 

 

 

FIN

 

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