ミラーズウィザーズ第四章「今と未来との狭間で」12 |
だからこそ、次のローズの言葉が胸を突いた。
「しかしよぅ。こればっかりは謝んねぇとなぁ。お前の価値を過小評価してたよ。まさか結界破りの才能があるとはね。魔女の封印結界すら破れるだなんて、利用価値あるじゃねぇか。優しいこの私が使ってやるよ。封印ぶっ壊す予備策として保持してやんよ。かっかっかっか」
「魔女の結界を破るおつもりですか! それがあなたたち『魔術師の弟子(マーリンサイド)』の目的」
ジェルが唇を噛みしめた。バストロ魔法学園の最大の秘密にして禁忌。『四重星』になったときに知らされた門外不出の機密を彼女は守ろうとしていたのだ。
「そうさ。だから、不本意だが結界術に長けたこの変態を連れて来たんだが。まさか結界破りの法が現地調達出来るとはな。この変態筋肉馬鹿が失敗したときは、エディに結界を破らせる」
「小生は失敗なぞしませんぞ。その為にこの一ヶ月準備してまいりました」
「ふん。お前の実力は信用してるさ。人格は信頼出来んがな。しかし、予備策があるに越したことはないさ」
「そこまで言うのなら反対はしませんが、本当にこのお嬢さんが使えるのですか」
「さぁな。使えれば使う、使えなければそれまでだ」
吐き捨てたローズの言葉。端から聞けば、エディの人格など完全に無視した悲惨の言葉だが、エディにはそうは聞こえなかった。
(私が使える? こんな私が使える?)
〔馬鹿が、そんなことで喜びおって〕
(ユーシーズに私の気持ちなんてわかんないよ。あんたみたいに、知らぬ者がない脅威の魔女に、私みたいな落ちこぼれの気持ちなんて!)
〔ああ、わからぬな。主の心中はよう聞こえておるが、何もわからぬ。お主は何じゃ? 何の為に魔道に身を置く。何を求め、何を成しよる〕
(私は……、私はただ……)
〔ふん。少しばかり、評価されたぐらいで舞い上がりおって、志のない道に何の意味がある?〕
(どういう意味よ?)
(無意味じゃといっておるのじゃ。そんなもの空っぽじゃ。ただ、自身が持っておる能力に引きずられ、世情に振り回され、その行く果てに何があるというのじゃ。何にもない。何にもないんじゃて)
エディの目にユーシーズの瞳が映る。同じ顔、同じ色をした瞳。しかし何かが違う。ユーシーズ・ファルキンの金色の眼差しは、エディにはない意志が宿っていた。
(……それ、もしかしてあんたのこと? あんたの魔女として生きた人生の話なの? 魔女となる力があったのに、あんたの人生には何にもなかったってこと?)
〔さぁのう。我の言葉をどう取ろうと主の勝手じゃ〕
「さて、ローズフィッシュ卿。少々時間を喰いました。八十八の星月が回天を指す今夜は、結界破りには最適の日。今日を逃すわけにはまいりませんぞ」
「わかっている。さて、かたづけるか」
(かたづける? かたづけるって何?)
エディの疑問は、ドルイドの大男が作り上げた魔法弾が答えとなった。ドルイドが魔杖を掲げて魔法を構成する。青白い光を放つ『魔弾』の一種。聞こえてくる空気が細かく爆ぜる音がその威力を物語っている。その魔法構成にエディはどこか見覚えがあった。
(クラン会長達を襲った砲撃魔法! コイツだったんだ!)
その魔法弾の威力は、エディは我が身を以て知っている。強靱な護紋に守られたバストロ魔法学校の壁を一撃で貫いた魔法だ。そんなものを生身で喰らえば本当に死んでしまう。
二つの魔法弾は、カルノとジェルに狙いを定める。二人の体は呪樹に絡め取られたまま。必死に藻掻くが、目の前で放電の繰り返す魔弾の生成を止めるどころか逃げることも叶わない。
「くっ」
本当はわめき散らしたいだろうにカルノとジェルは、術者である大男を睨み付けるだけ。怯えることもなく命乞いをすることもなく、こうして魔法戦に敗れたという結果を受け入れていた。それこそが魔法使いとしての正しい姿にも思える。
「カルノ、ジェル。短い間だったがなかなか楽しめたよ。まぁ魔法使いが死ぬのは、遅いか早いだけさ。いつかは戦場で倒れるのが魔法使いの宿命だからね。それがお前等は学徒の身だっただけの話しさ」
ローズの言う通りだとエディも思う。それが魔法使いという生き方だ。エディもそれを覚悟して魔道の門を叩いた。しかしどうだ。自身は死ぬ覚悟が出来ているというのに、自分以外の者が目の前で死のうとしている姿、死を静かに受け入れようとしている様は、こんなにも腹立たしいものだったのか。
「お義兄ちゃん! ジェルさん!」
エディの呼び掛けに、義兄は頬を緩めてみせた。優しい顔だった。それが死に往く者の顔だというのか!
(ユーシーズ! なんとか!)
〔……〕
エディの悲痛な声にも、いつも悪態を吐く魔女は答えない。
(どうして? 魔女なんでしょ? 欧州を滅ぼしかける力があるんでしょ? それなのに!)
〔無茶を言うでない。子供じゃあるまいし〕
(何が子供だ。私はただ、ただ、誰にも死んで欲しくないだけなのに! 母さんみたいに、みんなを守ってあげたいだけなのに! なのにどうして!)
その瞬間に言葉はなかった。魔杖に込められた秘儀(ルーン)文字が魔力を解き放つ。宙を行く魔法弾は空気を取り込んで大きく膨らみ、そして発せられた。
エディの霊視には〈木〉を帯びた幽星気が渦巻く禍々しい魔法弾の軌跡だけが視えた。
着弾すれば、空気中の〈風〉を取り込んで〈木〉と混ざり合い空間を爆ぜさせる魔法。因果は『感染』。発動が『接触』の爆発魔法。
空気中を行くだけで、空気に接触してその魔法弾は体積を膨らませていく。逃げようのない広範囲砲撃魔法だった。その着弾は、予想よりも遙かに大きな轟音をあげ、森を振るわせた。
巻き上がる爆煙。術者であるダイ・ゴーインでさえも巻き込み兼ねない大爆発だった。
「くははっはっはははっは。はっはっはっは」
これ以上可笑しいことはないと言わんばかりにローズは肩を振るわせて笑っていた。
「ローズフィッシュ卿……、これは笑い事ですかっ!」
ダイ・ゴーインが咆えた。その問いにローズは答えず笑い続ける。
森中に舞い上がった爆煙が徐々に晴れてくる。闇夜の煙幕の中には二つの金色の光が見える。そして人影。その煙の中に佇む人影が燃えていた。
「はぁ……。はぁ……。はぁ……」
胃の内容物を全て吐き出しそうなほどの、荒い呼吸音にジェル・レインは信じられないものを見たという眼差しを向けた。ジェルもカルノも、砲撃魔法を喰らうことなく、未だに健在だった。
「エディ・カプリコット……、どうして?」
全員が問いたい気分だった。ダイ・ゴーインが放った砲撃魔法は、エディが自身を焼く自滅の『炎』によって燃え上がった腕の薙ぎによって削られ、目標を外して森の木々を爆散させていた。自分の腕が燃え上がっているのに未だに『炎』を消そうともせず、エディは荒い息を吐く。彼女の金色に輝く瞳は焦点が定まらずに虚ろに光っていた。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第四章の12 |
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