ビューティフル 21 |
雨の音は優しい、と初音は思う。
妙に静かで心にしみてくる。
昼下がり、窓辺から淡い光が正方形に床を照らし、雨の影がゆっくりとその中で動く。
初音は男の腕の中にいる。
ベッドの上で膝を立て、壁に身を預けている直隆の足の間に、すっぽり身を沈めて、頬をむき出しの胸にぴとりとつけている。
二人とも無言だ。
ただただ、窓の外、不定期に開催される雨だれの演奏に耳を傾けている。
まるで世界から切り離されているようだ。
僅かに初音が身じろぎした時、直隆が口を開いた。
「一緒に過去へ行こう」
「うん」
「帰ってすぐに祝言を挙げる」
「素敵」
「わしと共に来い」
「行きたい」
そう言って初音は目を閉じた。
だけども、自分は行かないだろう。もし、行けるとしても。
全てを捨てて、刹那を生きるには、しがらみが多すぎた。
もし、あたしが中学生や高校生くらいの純真があれば、一も二もなくこの人に付いてゆくことができるのに。
何もかも捨てて、直隆への愛を貫くことができるのに。
悲しいのは、直隆もそれを分かっていることだ。
直隆が腕に力を込めた時、初音が口を開いた。
「来年も上野の桜を見に行こう」
「ああ」
「来年も、再来年も、ずっとずっとその先も」
「勿論じゃ」
「お願い、どこにも行かないで」
「ここにおる」
そう言って直隆は唇を落とした。
だけども、自分は過去へと戻るだろう。切実にそれを望んでいる。
初音はここに留まるだろう。もし、来れるとしても。
現代へと来た当初、初音は「直隆がいつ死んだと分かれば、過去に戻ったことが分かるんじゃないだろうか」と言った。
あの時代で自分が死んだとなると、初音はどうなる。浅井家は滅亡する、安全の保証はない。最悪、犯され殺される可能性だってあるのだ。自分の死は怖くはないが、それは絶対的な恐怖だった。
だからといって、ここに留まるのも嫌だった。
いくら愛する女が横にいるといっても。
悲しいのは初音もそれに気が付いていることだ。
だから二人は優しい嘘を重ねる。
叶わない約束をする。
お互い、分かっていた。分かっていたが、それすらも欲しい時がある。
雨は降り続ける。柔らかく世界を包み込むように。
初音と直隆は、身動きもせずに抱き合ったままである。
説明 | ||
雨は止まない。 今回、短いです。 |
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コメント | ||
アシェラさま:コメントありがとうございます。おお、なるほど!(まめご) 「つき通した嘘は本当という」とも言いますしね。(アシェラ) 天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます。嘘をつくことだって優しさの一つだと思うの。(まめご) 確かに閉じこもりたい時は雨が合います。逆に晴れてると腹が立つ、かも。そして大人に嘘は必須だと思う。(天ヶ森雀) |
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