真・恋姫無双 EP.13 霞草編
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 虚ろな眼差しが見るものは、いったい何なのか。家主たちは顔を見合わせて、困ったように深い溜息を吐く。

 

「どうしてこんな事に……」

「城から出された廃棄物の袋に、入れられてたそうだよ」

「なんてひどい」

 

 そう囁き合っていると、使いに出した小僧が戻って来た。

 

「お連れしました」

「おお、よかった。まだ街にいたんだね」

「はい……ただ、その」

 

 様子のおかしい小僧に、主人が首を傾げていると、目的の人物と一緒に兵士も中に入って来たのだ。

 

「あ、あの!」

 

 主人は慌てて言い訳を考えたが、兵士は笑って手で制した。

 

「安心しろ。俺は先生の味方だ。先生は妹を助けてくれた、大事な人だからな」

「そ、そうでしたか……あの、こちらが?」

「ああ、華佗先生だ」

 

 赤毛の若者が、小さく頷く。主人は安堵して、華佗を彼女の部屋に案内した。

 

「先生、この方です」

「む……これは」

 

 抜け殻のような表情で、じっと一点を見つめる彼女の様子に、さすがの華佗も息を呑んだ。

 

「いったい何があったというんだ?」

「私どもにもわかりません。ただ、張遼様は街の者に大変良くしてくださり、何かと気に掛けてくれておりました。助けたいと思う気持ちは、みな同じです。それで華佗先生のお噂を聞き、お呼びした次第なのです」

「うむ……」

 

 華佗は張遼の体を診察し、困ったように首を振る。

 

「残念だが、これは俺に治せる病ではない。何があったのかわからないが、心を壊されてしまったようだ」

「そんな……」

 

 華佗がどれほど優れていようとも、心の病まではどうすることも出来ない。

 

「出来ることといえば、体が衰弱せぬよう注意するくらいだが……」

 

 ふと、華佗はあることに気が付いた。先程からほんのわずかに、張遼の口が動いているようなのだ。

 

「何か、言っているのか?」

「ああ、はい。実は助けた時から話は一切出来ませんが、ずっと何かを呟いているようなのです」

 

 そっと耳を近付けて、華佗は張遼の呟きを聞く。切れ切れに発せられる言葉は、どうやら誰かの名前のようだった。

 

「……か……ず……と……」

 

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 心の中で繰り返し、華佗は大きく頷く。

 

「誰かの名のようだが、心を壊されてもなお失いたくはなかったものなのか」

「何とも、健気な想いでしょう」

「誰か、知り人か?」

「いえ、そのような名の者はこの街にはおらぬかと……」

「では、故郷の知り人だろうか。誰か、わかるものはいないのか?」

「はい。実は張遼様の部下の方は全員、宿舎に監禁されております。連絡を取ることは無理かと……」

 

 華佗は張遼を見る。医者として、何も出来ない事ほど悔しいものはない。

 

「もしも彼女を救うことができるとするならば、それはこの『カズト』という者だけなのかも知れないな」

「どうしましょうか? このまま、ここに匿い続ける事も難しいかと」

「うむ……ならば、俺が連れて行こう」

「華佗先生が?」

「もうすぐ街を出る。その時、一緒に連れて出よう。何があったかわからないが、確かにこのままこの街に置いておくのは不安だからな」

 

 主人は頷き、少し考える素振りを見せる。そして、手を叩いて人を呼んだ。

 

「おい、あの子を呼んで来なさい」

「あの子?」

「はい。華佗先生も医者とはいえ男、今の張遼様を連れての長旅は何かと不自由をされるでしょう。女にしかわからぬ事は多いゆえ」

「おお、確かにそうだな。俺では飯は食わせられても、着替えやその他の世話は出来ない」

「それにアテもなく旅を続けるのも、大変でしょう。張遼様を安全に保護出来る場所を、一つ知っております」

「そうか、それはありがたい」

 

 ほどなくして、一人の女性が入って来た。長い袖の服で、恥ずかしそうに顔を隠した少女だ。

 

「ん? 何か、俺が気に障るようなことでもしたかな?」

 

 華佗は自分をじっと睨んでいる少女に、首を傾げて問いかけた。

 

「いやいや、華佗先生。これは申し訳ありません。この子は少し目が悪いようなので、どうしても目つきが悪く見えてしまうのです」

「そうだったか、それはすまなかったな」

「……い、いえ。こちらこそ、すみません」

 

 気弱そうな少女を主人が、華佗に紹介した。

 

「この子は呂蒙といい、私の友人の娘なのです。友人は十年前に亡くなり、その際にこの子を引き取りました。実は以前より、この子が街で勉強をしたいとのことで相談を受けていたのです。約束を守るべく、今日まで実の娘のように面倒を見てまいりましたが、洛陽はこの有様。このまま手元に置いておく事に、不安を感じておりました」

「彼女も一緒に、ということだな?」

「はい。呂蒙の生家がまだ残っているでしょう。そこならば、張遼様が静養するのにも良いかと思います。馬車を用意いたしますので、それをお使いください。旅の間は、張遼様の身の回りは呂蒙にお任せいただければ」

 

 主人の言葉に、呂蒙も頷く。しばし考えた華佗は、その提案をありがたく受けることにした。

 

「他に頼るアテもない。すまないが、よろしく頼む」

 

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 伝令の報告に、賈駆は苦虫を噛んだような顔で呻いた。

 

「こんな大事な時に、いったいどうしたのよ!」

 

 定期的に連絡のあった張遼隊から、何の音沙汰もなくなってしまったのだ。伝令を走らせたが、宿舎に入ることすら出来ないで戻って来た。

 

「こちらの動きが、すでに知られていると思った方がいいみたいね」

 

 冷静に桂花が分析する。

 

「確かに恋の所に現れた黒装束は、間違いなく洛陽から放たれたものだと思うわ。でもだとしたら、どうすればいいの?」

 

 賈駆の言葉に、一刀が言う。

 

「一気に攻めよう」

「はぁ? あんた、何を――」

 

 反論しかけた賈駆の言葉を、桂花が遮る。

 

「いいえ、その方がいいと思うわ。時間を掛けると、それだけ不利になると思う」

「うぐっ……でも、月が……」

 

 賈駆はひたすら、董卓の身が心配だった。しかしここまで来て、迷っている暇はない。

 

(月の事もそうだけど、霞のことだって心配だわ。このまま、待っていても何も変わらない)

 

 いったい洛陽で何が起きているのか、ともかくそれを知る必要がある。

 

「わかったわ。行きましょう!」

「えっ? 行くって、賈駆も行くのか?」

「当然でしょ! ボクの大切なもののためなんだから!」

 

 彼女の決意は固く、とりあえずみんなで洛陽に潜入して様子を探ることとなったのである。

 

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 見送りもなく、霧の深い朝方に華佗たちは出発した。妹を救われた門番が手引きしてくれたおかげで、洛陽からの脱出は意外と簡単だった。

 

「……必ず、戻って来ます」

 

 呂蒙は遠くなる洛陽を見て、ぽつりと呟いた。その様子を、手綱を操りながら横目で見ていた華佗は、心の中で深い溜息を吐く。

 

(この国は、どうなるのだろう……。人々の心は、ますます病んでいくばかりだ。俺の出来ることは限られている。救えない人々が増える中、進むべき道が見えない……)

 

 噂では、朝廷に不満を持つ人々が、組織だって動いているらしい。黄色い布を巻き、金持ちの家を襲っているという。今はまだ、それですんでいる。だがこの先は、わからない。

 

(今はとにかく、張遼殿を救いたい。何としても、『カズト』という人物を見つけ出さなければ)

 

 華佗の決意とは反対に、張遼の身は北郷一刀より遠ざかって行く。二人の運命が交わるには、まだ越えなければならない山が待ち構えているのだ。

 それは、もう少し先の物語――。

説明
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
もしも絵心があったなら、大好きな蓮華様のおしりを描いてみたいです。楽しんでもらえれば、幸いです。
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タグ
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