【BL】年越しばみゆ
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 別居騒動が収束して、しばらく経過した頃のこと。

 いつも通り公務を終えて部屋に戻ってきたシヴァを出迎えた深雪は、不意に思っていたことを問いかけた。

「魔界のお正月って、いつ?」

 本来日本になら、正月とクリスマスと、盆とその他のアニバーサリーがある。

 しかし、クリスマスは宗教的なものだし、恐らく魔界に盆休みは関係ないだろう。

 でも、一年の始まりならありそうな気がして尋ねてみた。

「オ、ショウガツ?」

 シヴァは聞きなれない言葉に、はてと首を傾げて眉を顰める。

「ええと。一年という始まりの日というか。新年って言うか……」

 シヴァはその言葉に、思いついたようにああと頷いた。

「新年なら、あるぞ」

 マントをきちんとクローゼットに仕舞いながら、シヴァはなんでもないことの様に告げる。

「え、いつ?」

「週一巡り後」

 あっさり返ってきたシヴァの言葉に、深雪はぱちくりと何度も瞬いた。

 どうやら魔界では、日本の様に厳しい寒さの中の年越しではないらしく、深雪はその違和感に思わず肩を竦めた。

「それがどうかしたのか?」

「……どうかって……」

シヴァが着替えるのをなんとはなしに視界の中に入れながら、深雪は困ったように俯いた。

人間界では、年越しといえば、いわゆる一つのイベントなのだが、魔界では違うのだろうか。

深雪にとって誰かと新しい年を迎えるという事は、とても特別な意味を持つだけに、シヴァの淡白さが言葉を詰まらせる。

「まか、魔界の新年ってなにか、あるの?」

 とりあえず、自らの想いは少し置いておいて深雪はもう一度尋ねてみた。

 着替えを終えたシヴァが、クローゼットを後にしようと深雪の腰を抱く。

「新年祭があるな」

 深雪はその長い腕に大人しく巻き取られながらも、シヴァから視線を外さずにかくりと首を傾げる。

「新年祭?」

「そう、新年を祝う祭りだ。この国で一番大きな祭りになる」

 シヴァがそう告げながら深雪の髪に鼻先を埋める。

 別居騒動が終わってから、シヴァのスキンシップは前にも増して過剰になっていた。

 しかし深雪もその触れ合いを嫌がるでもなく受け入れている。

「だが、深雪が聞きたかったのはそういうことではないのだろう?」

深雪はされるままに上目遣いにシヴァを見上げる。

「ぅ、まあ。その……」

 そう改められると、新年が開ける瞬間、シヴァと手を繋いで迎えたいなんて、そんなことを言うのが気恥ずかしくなってくる。

 深雪からしてみれば、新しい年を大事な人と一緒に迎えるということは、ささやかなようでいて厳かな儀式の一つだ。

そしてできればシヴァとそう言う風に年を越したいと思っている。

 人間界なら日本の風習に詳しくないシヴァにそう言い切ることも可能だが、なにせここは魔界。郷に入っては郷に従えとはよく言ったもので、そんな年越しをシヴァは望んでいないかもしれないのだ。

「……や。ううん、なん……」

 なんでもない。

 深雪が作り笑顔で、そう言おうとした瞬間。むきゅっとシヴァの長い指先が深雪の鼻先をつまみ上げた。

「……」

 変な擬音で声を上げそうになり、深雪は困ったように眉間に皺を寄せた。

 またシヴァも困ったように眉を下げて、大きく息を吐いた。

「思っていることをちゃんと口にしたらいい」

 言葉を呑んだ気配を呼んだのか、鼻から指を離しながらシヴァが真面目な面持ちで告げた。

 それから、少し赤くなった深雪の鼻に唇を落としながら言葉を続ける。

「叶えてやれるかどうかわからないが、少なくとも俺は深雪の気持ちを尊重したいと思っているよ」

「しば」

 優しいシヴァの言葉に、深雪はするりと身を預ける。それから思い切ったように話しだした。

「おれ、年越しの瞬間を、しばと二人で迎えたい」

 顔を窺うように深雪が覗き込むと、シヴァがなんともいえないような表情を浮かべて、緩く笑う。

「え、えと……無理ならいいよ」

 即答しないシヴァの表情に深雪が慌ててぶぶんと首を横に振る。

「そうではない。言いにくそうにしているから、どんな無理難題かと思ったら……」

 くつくつと咽喉を鳴らして笑うシヴァに、深雪は唇を尖らせた。

「だ、だって。魔界には魔界の作法があるかもしれないだろ!」

「まあ、でも。それくらいは叶えてやれる。年が明ける瞬間は、花火が上がるんだ。二人で一緒に観よう」

 約束だと小指を差し出すシヴァに深雪は驚いたように瞬いた。

 差し出した小指に、首を傾げたシヴァが今、その意味を理解して深雪に小指を差し出している。

 じんわりと嬉しさがこみ上げてきて、深雪は指先をくるりと絡ませた。

「ん」

 指きりの風習がないと深雪が知ったのは、遠くメーメ地方に旅行に出かけたとき。

 この広い魔界の中で、こんな風に約束を交わすのは自らだけなのだと思うと、なんだか幸せがこみ上げてきて、深雪の唇に自然と笑みが広がってしまう。

絡めた指を胸元まで引き寄せて、きゅっと力を込める。

「約束、だからな」

 花が綻ぶように笑う深雪にシヴァは眩しそうに瞳を細めると、名残惜しそうに指を離した後、ひょいと横抱きに抱えあげた。

「ちょ、しば……っ」

 突然の浮遊感に深雪が驚いた声を上げ、思わずその首にしがみついた。

「いつまでも衣装部屋で話しこむことはないだろう?」

 深雪を宝物の様に抱き上げたあと、シヴァはまっすぐに寝室へと向かう。

 時折髪や頬に唇を落として、シヴァは振動が深雪に伝わらないように静かに歩く。

「ただ、二人きりで過ごすためには、少しばかり深雪に我慢をしてもらわなければならないんだが」

 静かに深雪をベッドに下ろしつつ、シヴァがため息混じりにそう告げる。

 ふかふかのリネンが深雪を包み込み、その感触にふと細く息を吐いた。

「我慢?」

 突然のシヴァの言葉に深雪は傍にいる男を見上げつつ、かくりと首を傾げた。

 同時にアンテナがゆらんと揺れる。

「ああ。何と言っても一年の締めくくりと始まりだからな。さすがに俺も少々忙しい」

 辟易したように告げるシヴァを深雪は気遣うように見上げる。その頬に手を伸ばして、さらりと撫でた。

「お祭りもあるんだろ、仕方ないよ」

 思い起こしてみれば、去年の元旦。人間界では首相の挨拶やらなにやらが朝っぱらからテレビで放映されていたのを、深雪は覚えている。

 その頃の深雪は、たった一人の部屋で、ぽつんと新年と言う感慨もなく、ぼんやりとテレビを眺めていた。

「年越しの瞬間を深雪と過ごすためには、仕事をいくつか前倒ししておかなければならない」

 言葉を告げながら、シヴァは深雪の腕輪をぱちりと外す。

「ん、ん? つまり?」

 遠回りするシヴァの言葉に深雪は確認するように首を傾げてみせた。

 と、同時にシヴァがベッドに膝をつき、きしりとスプリングが音を立てる。

 覆い被さるようにして覗き込むシヴァの首裏に、深雪はするりと片腕を回した。

「明日から、戻りが遅くなる」

 シヴァが深雪を窺うようにして、開いている方の手首に唇を落とす。

 すると、深雪はぴくりと肩を竦め、薄く瞳を細める。

 特別に精気を吸われた訳でもなかったはずなのに、シヴァに触れられるだけで深雪の身体がその次を期待してしまう。

「昼間も戻ってくるのは難しいかもしれない……平気?」

 手首の静脈に沿ってシヴァの舌が這う。ざわざわという感覚が腰から這い上がるのに、深雪はちいさく唇を噛んだ。

「ん、ん。……だい、じょ……ぶ」

 こくりと頷きながら、細い声で深雪が告げる。じわりと腰の奥に燻るような熱が灯った気がして、深雪は身体を捩った。

「我慢、するから。……だから……」

 これから与えられるだろう快楽を予想して、深雪はシヴァの耳元に唇を寄せて、誘うように甘く食んだのだった。

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 ところが。

 深雪が年越しの瞬間を一緒に過ごしたいというおねだりをした翌日から、シヴァはぱったり部屋に帰ってこなくなった。

 食事を摂ることもなく、休む様子もないシヴァを気にして、深雪はその旨を左牙宮の騎士団長に訴えたことがある。

「伴侶たるもの、我慢も仕事です」

 大柄の騎士団長は多忙そうに書類を数えながら、淡々とそう告げた。

 しかしそれでもあまりの放置っぷりに切れた深雪が、シヴァの執務室や騎士団の談話室を襲撃しに行ってみた。が、そこはもぬけの殻で、本当にこの時期左牙宮全部が総出で大忙しであることを、深雪はようやく理解したのである。

 そうなってくると深雪にできることと言えば、限られてくるのだ。

「むー」

 白い帽子を被りながら、人の気配の少ない左牙宮で、深雪は魔界の如雨露――底を叩けば何故か水が沸く――コンコンポットを使って、花壇にしょわしょわと水を撒いていた。

 この仕事は何故か別居して以来、深雪の仕事として定着しているものだ。

 深雪だって、花が育ってゆく様は面白いので、疑問も持たずに続けている。

 最近では隅っこの方を間借りして、お茶に合うハーブを育てたりもしていた。

「……ひまー」

 ここ最近の深雪がすることといえば、花壇の世話とサガの宿題くらいなのだ。

 礼儀作法講座は現在メイド長さんたっての願いでお休みとなっている。

 どうやらメイド長さんもあれこれ忙しいらしい。

 深雪は片手で帽子を押さえながらぼんやりと空を眺めた。

 その上方にはガーディアンドラゴンが深雪に同情するようにきょええと鳴いている。

 そもそもシヴァが帰ってこないので、夜の餌付けはもちろんない。

 おかげさまで貪られることもないので、朝も早起きという、そんなスパイラルに陥っている。

「我慢にもほどがある」

 コンコンポットの底部をごんごんと拳で叩きながら深雪が呟いた。

 その途端、言葉の意味に気付いてはっと顔を上げる。

「べ……別に身体が寂しいわけじゃ……」

 思わず漏れた言葉は、まるで自らの欲求不満のようにも思えて、深雪が薄く頬を染めた。その途端――。

「なんのことだ?」

 不意に背後から声をかけられて、深雪はびくりと振り返る。

 耳に届く声は、本当なら毎日傍にいる相手のもの。

「し、しば!」

 マントにブーツ、腰に挿している剣。見慣れたシヴァは公務用の正装だ。

 その姿に深雪は手にしていたコンコンポットを放り出して、駆け寄ってしまう。

「毎日、一人にさせてすまないな」

 申し訳なさそうな表情で近づくシヴァに深雪は、日々の暇な不満を申し立てるよりも、嬉しさが先に立ってしまっていた。

「う、ううん。それよりもしば、あの。毎日ご飯も食べてない。そんなに忙しい?」

「平気とは言いがたいが、まだ立て込んでいるな」

 するりと腕を伸ばすとシヴァがぐい、と深雪の腰を引き寄せる。

「今日はこれから式典の予行があるのだが、抜けてきた。準備が整うまでの時間が惜しくてな」

 言外に「会いたかった」と告げるシヴァに、深雪も嬉しさを隠せず笑みを浮かべてしまう。

「あまりゆっくりは出来ないが、少しだけ。……いただいても?」

 ちょいちょいと唇を突つき問いかけるシヴァに、深雪はぽーっとしたままこくりと頷いた。

 長い指で顎先を捉えられて、少しだけ顔を上向けられるとすぐに唇が柔らかく塞がれた。

 しっとりと重ねあわされてから、啄ばむようにちゅ、ちゅと何度も吸い上げられる。

 味わうような口付けに、深雪は瞳を閉じたまま同様に触れ返した。

 下唇を食まれて、舌先で唇を擽られる。

 進入を問うような触れ方に深雪が応えるように薄く唇を開くと、ぬるりとしたシヴァの舌に更に深くまで犯された。

「……ぁ。ぅ、んん」

 舌を絡め歯茎を擦られると、深雪の口端からうっとりしたような甘い吐息交じりの声が漏れる。

 シヴァの手のひらは深雪にキスを与えながら、優しく腰周りを撫で摩っていた。

 深雪も久々のキスに愛しい思いが湧き上がって、応えるようにしてその逞しい背中に腕を回して抱き締める。

「深雪」

 一旦唇が離されて、シヴァが優しく深雪の名前を呼ぶ。低い声が耳朶を掠めるのにうっとりとした表情で顔を上げると、シヴァは髪を耳にかけながら指を這わせる。

 指先が肌を這うそれに、ざわりと首筋が粟立ち深雪はシヴァに回した腕に力を込めた。

 それからシヴァが耳裏を爪先で軽く引っかいて、深雪は思わずちいさく身を震わせる。

「し、ば」

 たったそれだけのことですっかり潤みきった瞳を向ける深雪を、シヴァが抱き上げて近くのベンチに腰を下ろした。

「深雪が足りない」

 シヴァは掠れた声で、困ったように訴える。そんなシヴァの姿に深雪の胸が熱くなる。

 正直なことを言えば、深雪だってシヴァが足りていない。なにせここ数日、望むと望まないに関わらず、禁欲生活なのだ。

「しば」

 深雪はとろりとした瞳を瞼に隠すと、今度は自ら唇を重ねようと顔を近づけてゆく。

 最初は触れるだけ。

 それからすぐに物足りなくなって、シヴァの唇に舌を這わせてゆく。

「ん、ぅん」

 あっという間にシヴァに引き込まれて、深雪のくぐもった声が零れ落ちた。

 ぴちゅぴちゅと舌を絡ませる水音が庭園内に響くのも気にした風もなく、顔の角度を変えて更に深くまで貪るシヴァに、深雪は何度も吐息を漏らす。

 更にシヴァは、深雪のシャツの裾から手を潜り込ませて、さらりとした素肌の感触を楽しんでいた。

「ふ、ぅ……ん」

 シヴァに触れられたところ、すべてが熱を孕む。

 深雪は軽い危機感を覚えてシヴァの手から逃れようと、軽く身を捩った。

 できれば、こんな誰が来るかわからない庭園ではなく、せめてプライベートルームに行きたい。

そう思いながらも、最愛の人に触れられる嬉しさは甘い疼きとなって、深雪の身体の奥で燻り始めてしまう。

――も、いい。……このままここで……

 深雪がそんな思いにかられ始めた頃……。

 ちゅぽん、という音と共にシヴァが名残惜しそうに深雪の唇を解放した。

「……そろそろ、行かねばな」

 こつんと額をくっつけて、ため息混じりにシヴァが告げる。

「……っ、ふぇ!?」

 不意に唇が離れ、口端から銀糸が伝うのもそのままに、深雪はシヴァの膝から下ろされてしまった。とろりとした意識が不意に引き上げられる。

「お陰で、夜まで持ちそうだ。ありがとう深雪」

 そう言いながら、深雪の口端を伝う唾液を舌先で拭いながら、シヴァが満足げに笑う。

「っ、ちょ、なに……」

 熱が集まりかけてしまった身体は、簡単な触れ合いだけで敏感に反応してしまう。

 それを誤魔化すように息を呑むと、深雪はもの言いたげにシヴァを睨みあげた。

 何よりも、シヴァのその勝手な言い分に深雪は開いた口がふさがらない。

 もうすぐにでも立ち去ろうとするシヴァに、何かを言い返そうと深雪が唇を開いたときだった。

 シヴァの胸元のポケットから覗いている手鏡がチカチカと光り出し、聞き覚えのある騎士団長の声がし始める。

『シヴァ様、お時間です。式典の段取りが……』

 どうやらシヴァは本当に抜けてきただけらしい。

 連絡に気付いたシヴァは先ほどまでの甘い様子とは打って変わってそれを取り出す。

「わかった」

 鏡の向こう側から聞こえる側近の声に、シヴァは厳しい声で短く返答をする。深雪が目の前にいるのに、シヴァはもう業務用だ。

 僅かに唇を尖らせた深雪に気付かず、シヴァはその髪に優しく唇を落とす。

「それじゃ行ってくる」

 ぽんぽんと深雪の頭をあやすように撫でると、シヴァは足早に庭園から出て行った。

「…………」

 仕事だといわれると文句の一つも出てこない。

 深雪は唇を尖らせたまま背中を見送って、思わず頬も膨らませる。

 もともと深雪は自ら仕掛けるのが得意ではない。

 それでも久しぶりのシヴァとの触れ合いに胸が熱くなったことも確かだ。

――それなのに。

「もう! こんなことなら、おねだりするんじゃなかった!」

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 伴侶なのに放置プレイ。

 イコール、シヴァにまったく会えない。

 深雪は数日前に庭園で放置された件について、まだ拗ねていた。

 フラストレーションをぶつけようにも、左牙宮内は、ほとんどもぬけのから。

 騎士達にも会えない始末だ。

 不満もぶつける相手がいないのでは、さすがの深雪もお手上げで、もう正直なところ年越しなど半ばどうでも良くなっていた。

 まったくシヴァ不足にもほどがある。別居した時だってシヴァに会えないのが耐えられなくてあっさり解消したというのに。

 そうかと思うとシヴァはどうやら夜中にやってきて、ひっそりと深雪を補給しているらしい。

 深雪は気づくことはないが、時折シヴァが一時帰ってきたらしい痕跡を発見しては、むにゅむにゅしてしまうのだ。

 

「多分、今日が大晦日なんだろうけど。も、いい。寝る……」

 深雪ばかりが不満を抱えていて、不条理だ。どうせシヴァがいないのなら、起きている必要はないのだ。早寝してしまうに限る。

 何よりも眠ってしまえば、一人で過ごす寂しさも紛らわせるのだ。

 ぽいぽいと服と下着を床に脱ぎ捨て、昨夜シヴァが脱いでいったであろうシャツを羽織るとごそごそとベッドにもぐりこむ。

 シャツからはふわりとシヴァの残り香が漂って、深雪の鼻腔を擽った。

 それだけで、深雪の中で寂しさが募り、じわりと瞼が熱くなる。

 一人で過ごすシーツはとても冷たくて、深雪はあまり好きではない。

 と、その時だった。

 がたん、ばたんとあわただしく扉を開く音が聞こえてくる。

「深雪、起きているか? 急ぐぞ」

 珍しくも乱暴に扉を開いたシヴァが、足早にベッドに近づきがばりと寝具を剥いでしまった。

 深雪はもう眠る準備万端で、シーツに包まりながらも不機嫌な瞳でシヴァを見上げる。

「……なんだよ、俺もう寝……」

 ここ最近の不満をすべてぶつけようと口を開いた瞬間、深雪はシーツごとシヴァに担ぎ上げられた。

「ちょ、ま……」

 よくよく見れば、シヴァは式典用に正装したマントも解いていない。

 どうせこの前のように適当に深雪を補給して、すぐにまた出かけてしまうのだ。

 そう思いついて深雪はきゅっと唇を噛み締めた。

 シヴァは何もいわずバルコニーへ続く扉を開き。

 手すりの前まで移動すると、大切なものを扱うように静かに深雪を下ろした。

 ひゅお、と外気がシーツの隙間から入り込み、深雪は思わず首を竦めてしまう。

「深雪。見てみろ、年が明ける」

「え?」

 シヴァの言葉とともに、示された指の方へ深雪が視線を向けると、見計らったようにどーんと大きな音が響いた。

続けて、ぱああと藍の夜空に、大輪の光の花が咲く。

「……!」

 どん、どんと立て続けにいくつも打ち上げる音が響き、城を取り囲む湖に沿って次々と色とりどりの花が咲いてゆく。

「……花火!」

 深雪は先ほどまで抱えていた不満のことなどすっかり忘れたかのように、手すりから身を乗り出して見入ってしまう。

「すごい!」

 人間界でだって花火くらい見たことがある。

 けれども、こんなに近くてこんなに大きく見えるものは初めてだった。

「……綺麗?」

「うん!」

 深雪は嬉しそうに頷いて、きらきらした瞳をシヴァに向ける。

 久しぶりに間近に見るような気がする深雪の大事な人は、花火に照らされて、ただ深雪を優しく見つめていた。

「……ぁ」

 その熱の篭った瞳に、深雪の胸が不意にときめいてしまう。

 そんな胸の高鳴りの中、深雪は、ようやく一番初めの約束を思い出した。

 シヴァは、たった今、この瞬間のために、今まで忙しかったのだ。

 深雪は何日も寂しい思いをしたし、不満もあった。一人寝が辛くて、うっかりシヴァのシャツを羽織ってしまうくらい寂しかった。

 それでも、こんな風に節目の時を、年越しの瞬間を、シヴァと一緒に過ごせるのは、ひどく幸せなことなのだ。

 ついさっきまで抱えていた不満もどこかに消え去って、深雪ははにかむように微笑んだ。そんな様子にシヴァも口端を緩めて、深雪に顔を近づける。

「人間界では、年越しはどんな風に祝うんだ?」

 ちゅ、ちゅ、と唇を優しく啄ばみながらシヴァが問いかける。

「ん、ぅん……あのな」

話すたびに吐息がかかって、どこかこそばゆい。

シーツが肩から落ちるのも気にせずに、深雪は腕を伸ばしてシヴァの首に手を回した。

『あけましておめでとう、って言うんだよ』

 はみ、とシヴァの耳に甘く歯を立てながら、深雪が囁く。

 その瞬間ぴくりとシヴァが肩を揺らすのに、深雪はいたずらっ子のように目を細めた。そんな深雪の言葉を復唱するとシヴァも、お返しといわんばかりにまた目の前にある唇にキスを落とした。

「しば」

「深雪」

 唇を離した後、こつりと額を合わせて互いの瞳を覗き込む。

 それから、確かめるように名前を呼んだ。

「「今年も、よろしく」」

 同時に告げた言葉が同じものであったことに、二人はさざめくようにちいさく笑いあった。

 そんなひそやかに新年を迎えた恋人同士を祝福するかのように、花火はいつまでも鳴り止まず、藍の夜空を照らし続けている。

 二人は愛しさに包まれながら、甘く且つ華やかな新年を迎えたのだった。

 

 

* * *

 

 

 そんなこんなで明けた新年。

 年末に激しく我慢を強いられた伴侶は、新年祭が終了した後、遅い休暇をとった第一王子に珍しくも独占欲を発揮した、らしい。

 部屋から一歩も出ない二人の様子に、「相手を離さないのは王子か伴侶か」そんな賭けが騎士団の中で流行していたようだ。左牙宮岸団長はそれを黙認したとかしないとか。

 賭けの結果がどうであったのか、その正確なところは誰も知らない。だが、間違いなく言えることは、今年も二人は仲睦まじく、手を取り合って過ごしてゆくのだろうということだった。

〈了〉

説明
魔界の王子様シヴァは超偏食症。主食はなんとえっち中の相手の精気! そんな王子をトリコにしたのは「極上の精気」を持つ人間、深雪(♂)だった。
そんな魔界王子×人間のいちゃラブ(似非)ファンタジー『LET'S EAT!!』
2009年冬発行の同人誌(無料配布本)に掲載したものです。
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