双天演義 〜真・恋姫†無双〜 二十の章 後編
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 追撃の部隊の足止めとして、森へと撤退中のオレたちと別れた祖茂率いる百騎の騎兵は、周瑜の言葉通り側面からの突撃奇襲を仕掛けたらしい。

 

 その騎兵突撃による奇襲は、陣での戦いで予想以上に脆く崩れた孫策の軍を侮り、追撃も同じく簡単に終わらせられると考えていた李粛の兵たちを大いに動揺させた。

 

 祖茂は百騎の騎兵を錐とし、追撃の一万には満たないが自分達の百倍近くいる相手の側面に、臆することなく自分を先頭に突撃していった。突撃の勢いを殺すことなく、奇襲を受けたことによる混乱の収まらない追撃部隊の兵を、一人また一人と切り伏せながら突き進む。

 

 鬼神のごとく馬上にて二本の剣を振るう祖茂の姿に恐れをなすかのように、追撃部隊の兵は二つに分かれていった。

 

 思惑通りに前後に別れて、たった百騎しかいない祖茂たちを叩き潰すために足をとめた追撃部隊の動きに、祖茂は思わず高笑いをあげてしまう。いったん止まった軍行動が、再び動きを開始するためにはかなりの時間がかかる。これだけで森まで追いつかれることなくいけるわけではないが、足止めということでは一応の成功をおさめたことになる。

 

 しかし祖茂はその一応では満足できはしなかった。ほぼオレを出汁にすることで無理やり周瑜を納得させて、足止めとして出てきたのだから、これくらいの足止めで良しとすることは、孫堅四天王として呉に名を馳せる祖茂の矜持が許さなかった。

 

 奇襲に加え、祖茂の奮戦の混乱を立て直すべく、孫家とはまた違った音色の銅鑼の音が周囲に響き渡る。

 

 祖茂はこの銅鑼の音が響くと同時に、前後の部隊にすばやく視線を送った。混乱から回復しようと動く、兵隊の動きと時間により、相手の指揮官の居場所を見極めるためである。

 

 若干ではあるが前にいる部隊のほうが混乱を早く治めたように感じたが、これは前衛として練度の高い兵を集めた結果のようで、祖茂は後ろの部隊に指揮官がいるとふんだ。なぜなら銅鑼の鳴り始めたときにはすでに、後ろの部隊では一部が統制の取れた動きで一点を守り、全周囲を警戒するようにしていたことが決め手だった。

 

「ワシは孫伯符が臣、祖大栄! 孫呉が宿将の首、欲するものはワシと戦え!」

 

 腿の力のみで体を支え、右手に持った剣を高々と天へと掲げ名乗りとともに一騎討ちの誘いをかけたときに起こったことは、祖茂を大いに慌てさせる。

 

 名乗りとほぼ同時に銅鑼の叩き方が変わり、今まで一定の間隔で鳴っていた音が三回叩いて二拍休むといった符合めいたものになっていた。それは前曲の部隊への指令のようなものだったようで、祖茂率いる百騎を囲むために反転しかけていた前曲の部隊が、再び進行方向を変え、オレたちに向け進み始めたのだ。

 

 このまま一騎討ちに持ち込み時間を稼ごうとした祖茂にとって、この動きは予想の範囲外であり、足止めを失敗したと動揺したことは間違いない。

 

 そしてその動揺を生み、隙を見逃さなかったこの追撃部隊の指揮官は優秀だった。

 

 前曲の部隊に祖茂の意識が集中した瞬間に、自身を守らせていた兵士達に矢を祖茂目掛けて放たせた。

 

 風を切る複数の矢の音に気がついたときは、彼に全ての矢を防ぎきることは不可能だった。

 

 両手にそれぞれ持った二つの剣にて次々と射掛けられる矢を叩き落すも、肩に、腿に、腕に刺さっていく。

 

 祖茂を守るためにも集まった騎兵たちも、一人また一人と雨のように降りしきる矢に倒れていってしまう。

 

 死に逝く部下の姿に激高しそうになるが祖茂は、冷静に体に刺さった矢の邪魔な部分を叩きおる。周囲を見渡せば、祖茂についてここまで来た騎兵の数は既に三分の一を失い、無傷のものはほぼ皆無であった。

 

「ワシの悪運もここまでかの。皆この老いぼれをよう支えてくれた。各自それぞれこの場を抜け、呉の地を目指せ! ワシは一華咲かさせて貰う」

 

 そう言うと祖茂は矢の雨が降り注ぐ中、傷ついた老体に鞭を打ち、反転を終え、森へと進軍を開始した前曲の部隊へと向けてたった一人馬を駆る。

 

 その祖茂に続けと、彼に撤退を告げられた部下も馬首をめぐらし、全曲の部隊へと馬を駆る。

 

「はーはっはっは。どうやらワシの部下どもは揃いも揃って愚か者揃いときたものだ。よかろう。共に祖茂が鍛えしその力を持って一華咲かせようぞ!」

 

 それが祖茂が部下に言った最期の言葉だったという。

 

 背後から降り注ぐ矢で次々と兵が倒れる中、祖茂は馬の腹を蹴り速度を上げる。愛馬はその期待にこたえるべく嘶くと地を蹴り、飛ぶような速度で大地を駆けた。

 

 背後から迫る祖茂たちに対するため前曲の一部の兵が止まり相対するも、祖茂は半ば無理やりその間を潜り抜けるように、迫りくる兵のみその両手に持った剣で切り伏せていく。

 

 しかし徐々にその壁は厚くなり、祖茂の力をもってしても貫けず足を止めらてしまう。わらわらと菓子にたかる蟻のように迫る兵士を馬上にて切り伏せていくが、祖茂の限界もある。

 

 背後から迫る槍を防ぎきれず腹を貫かれ、その持ち手を切り伏せれば逆側より槍を受ける。槍を受ければ、正面からの剣を防ぎきれず胸を切り裂かれ、槍と剣の持ち手を二刀によりそれぞれ切り倒せば、再び背後より槍を受ける。

 

 こみ上げてくる血を無理やり飲み込み、周囲を見るも周りはすべて敵だらけであり、もう味方の影も形も見つからない。

 

「祭ちゃんよ、雪蓮と冥琳のお嬢ちゃんたちを頼んだぞ……」

 

 取り囲む数多の兵が、それぞれ手に持った獲物を振り上げ迫る中、祖茂は静かにそう呟いて、目を閉じたのだった。

 

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 森が見え後二里ほどで目的の場所にたどり着けるといったところで、背後から土煙を上げて迫る追撃部隊の先頭がオレの視力でも見えるようになっていた。

 

「周瑜! 追撃の部隊が追いついてきた。どうするんだ?」

 

 追撃の部隊がここに迫った来たということは祖茂は、大丈夫だろうかと心配になるけれど、今はどうにか森までオレたちが退却できるかが問題だ。

 

「心配せずとも、もちろん行軍の速度を上げる。大栄が己をなげうって稼いだ時間を無駄にするつもりはない」

 

 実際すぐに銅鑼が鳴らされ、兵たちが歩いていたのが駆け足になった。

 

 二里、一キロぐらいならオレでも走りきることができると思う。ただしこれは鎧や武器といったものを持っていない身一つでという条件がつくけれど、この時代の兵たちならきっと大丈夫だろう。

 

 しばらく無言で走る兵たちの横を白煌に乗って併走した。森が近づくにつれ、森の切り開かれた道がでこぼことしていて、兵たちは走りづらそうにしているが、そのまま必死に駆けていく。それに若干漂う兵たちの汗の臭いに混じって森にはない臭いが漂っていたが、何の臭いか思いつかない。

 

「皆のもの、もう少しだ! あの二本の木を過ぎれば良い。駆け抜けよ!」

 

 それぞれの部隊長の怒鳴り声が響くが、背後から悲鳴と怒号も響いてきた。

 

 とうとう追撃部隊の先頭が最後尾の兵に追いつき、その牙を突き立てる。

 

 追撃の部隊に追い立てられるように、ほぼ潰走状態と言ってよかった。走りにくいでこぼこ道を駆け抜け、目標の二本の木を次々と通り抜けていく。そんな中オレも通り抜けるが、ここを通り抜けたからといって何が起こるのだろうかとオレは不安になる。

 

 悲鳴と怒号が聞こえてくるたび、胃の辺りが重くなる。

 

 周瑜は傍らに銅鑼を持つ兵を置き、目印の二本の木をしばらく通り過ぎたあたりで、涼しい顔で蹴散らされていく味方の兵を見つめ続けている。彼女にとって味方の兵士が虫けらのごとくきり伏せられても、心が痛むことがないのだろうか。その姿を見ると思ってしまう。

 

 かなりの人数の味方が追撃の兵に蹴散らされるように倒されるも、追撃の騎兵を引き連れながらも何とか生き残りの最期が目印の木を通り過ぎる。

 

「合図の銅鑼を鳴らせ! 我が策は成れり。追撃の兵を叩き潰せ!」

 

 周瑜の叫びに合わせ、傍らの兵が銅鑼を鳴らした。

 

 策が成ったとはどういうことか、残り少なくなった兵でどうやって追撃部隊を追い返すのか疑問に思う間もなかった。

 

 目印にしていた二本の木が、今部隊が通ってきたでこぼこの道を塞ぐようにメキメキと音を立て倒れていく。

 

 驚き棹立ちになる騎馬、振り落とされる追撃部隊の兵士。

 

 腹のそこに響くような音を立て、そんな兵士や馬を巻き込み二本の木は倒れ道を塞いだ。生い茂っていた枝葉は互いの視線を遮った。

 

 こちら側に抜けてしまった追撃部隊の兵士たちの動揺は激しく、周瑜の指揮による反転逆撃につぎつぎと討ち取られていった。同時に周瑜は新たな指示を出すべく銅鑼を鳴らす。

 

 銅鑼の音と同時に倒れた木の向こう側で、引き絞られることで跳ね上がる綱が馬の脚を取り引き倒していく。

 

 混乱が広がる追撃部隊に追い討ちをかけるように、再び周瑜が指示を続ける。

 

 塞がれた道の両脇の森からそれぞれ二人、計四名の兵士が出てくる。それぞれ一人が何かが入った壷を持ち、一人が火のついた松明を掲げていた。

 

 壷を持った兵士が道に端に掘られた溝に、壷の中に入っていたやや黄色がかった液体を流し込み、松明を持った兵士が入れ替わるようにその溝に松明を投げ込んだ。

 

 投げ込まれた松明の火は、流し込まれたたぶん油だと思われる黄色がかった液体に燃え移ったのか、それとも前もって溝に入れられた可燃物に燃え上がったのか森に切り開かれた道沿いに勢い良く燃え上がり、火が走っていく。

 

 火が燃え上がったことで追撃部隊の混乱はさらに広がっていった。

 

 折角張り巡らせた綱が火で焼き切れるかと思ったが、綱にも火は燃え移り、馬から振り落とされ地に落ちた兵や、馬の足に燃え広がっていく。

 

「最後の仕上げといくか。伯符への指示を出せ。追撃部隊に止めを刺す!」

 

 再び銅鑼の音が鳴り響いたとき、遠くから鬨の声が聞こえてくる。

 

「この声は?」

 

 オレの呟きにニヤリと笑う周瑜の顔は、自身の策がうまく運んでいることに満足げに見える。

 

「御遣い殿が一所懸命陣の防御を固めている間に、半数以上の兵をこちらに移していた。酒宴のあとに伯符は移ったのだがな」

 

 孫策が指揮する兵たちは、オレたちを背後から迫り脅かした追撃部隊のさらに背後に回り、火計により火の海となっている道へと追いたて、殲滅していく。

 

 前は火に囲まれ、後ろからは孫策率いる孫家の精兵に追い立てられ、追撃の部隊が全滅するのは時間の問題だった。

 

 たんぱく質の焦げる嫌な臭いが満ち、死屍累々と追撃部隊の死体が重なる、ちろちろと未だ燻るように小さな火が燃えている道を孫策が堂々と胸を張り歩いてくる。

 

 その顔は自信に満ち溢れている。

 

「冥琳、ご苦労様。ほんとにうまくいったわね、この作戦。あ、御遣いのお兄さんもご苦労様」

 

「あ、あぁ。……でも、多くの兵が……」

 

 孫策の笑顔が恨めしい。なぜそんなに多くの兵が、祖茂が死んだというのに平然としていられるんだろうか。悲しくはないのだろうか。

 

「そう、弾のくそ爺は逝ったの。……ま、あの爺のことだから、あの世でうちの母様と酒が飲めると嬉々として逝ったんでしょうね」

 

「だろうな。小父様から伝言を預かっている……」

 

 二人の話が幼いころの思い出話になっていったことはやはり、祖茂の存在は大きかったのかと思えた。だけれどもそれは、戦場で急にいなくなったにもかかわらず、オレが思うよりもカラッとしていて、悲しみにくれるというより明るく思い出を語っている雰囲気だ。

 

「告げる。水関より伝令。華雄率いる約三万出陣」

 

 孫策と周瑜が凄惨なこの場で話し込む中、一人の兵が駆け込んで彼の仕事を告げた。

 

 オレはこの伝令の報告で、オレはようやく気がつくことができた。今までの戦いは、この水関をめぐる戦いの前哨戦でしかなく、これからが本番だということに……。

 

 

説明
双天第二十話後編です。

ようやっと水関戦の前哨戦終了? 次回から華雄との戦いになります。きっとまた前中後編になるんだろうなぁ( ̄^ ̄;
ほんとにお爺ちゃん使い捨てにしてしまいました。いやぁ……もったいなかったかな?
晴信に、見せたい背中とか書けたらいいとは思うのですが、なかなかどうして……。でもああいった豪快お爺ちゃんって憧れません?
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コメント
Night様コメントありがとうございます。最低でも将としての気構えを持ってほしいと思います。でも私のことだから、きっと……。いろんな背中を見てほしいと思ってます。(Chilly)
お疲れ様です。所詮はまずまずの勝利というところでしょうか、晴信君は水関の戦いで、将の将たる、そして王の王たる責を見極め、身につけられるのか、ちょっと楽しみです(Night)
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