しきおりおり その3
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「じゃから、わしは『霧』の精霊なんじゃ」

 

 深遥はそう言って右手人差し指をピンと立てる。

 すると指先からもやもやと煙のようなものが湧いてきた。

 

「うおっ! すげぇ!」

 

 俺は深遥の指先から伸びるもやに手を伸ばす。

 少しひんやりとしていて、湿気を含んでいた。紛れも無い、霧だ。

「じゃから言っておろう。まあこれで信じてもらえたかの?」

 信じる信じると何度も頷いて、俺は静香の方へと向き直る。

 

「わ、わたしっ!?」

 

「静香は『雨』の精霊だろう? 何かできたりしないのか? こう、噴水とか」

 あうあうと困惑している静香。

 その様子を不思議に思いながらも、俺は期待の眼差しで静香を見つめざるを得ない。

 

 まじろぎもせず視線くれる俺に困り果てた様子の静香だったが、それを見かねた深遥がわしが答えるとばかりに身を乗り出してきた。

「あまり静香を困らせるでないっ。静香は『力』を使うのには慣れておらんのじゃ。別に使えなくて困ることもないしの。これ、じゃからそうしつこくするでないっ」

 ポカっと頭を叩かれおずおずと引き下がる。

 

 なんだ、精霊皆がそういう力を持っているわけじゃないのか。

 ごめんね、としょんぼり言われると残念な気持ちなんかより罪悪感が勝ってきた。

「い、いやいや。こっちこそごめんな」

 

 

 今は夕食後。時刻は九時を回っている。お腹も程よく膨れて、今は食後のティータイムだ。

 余談だがうちは紅茶より緑茶派である。

 ちなみにひかるは、明日の予習がどうのこうの言って帰っていった。実に名残惜しそうに。

 

「小僧は勉強せんでいいのか?」

 お茶をすすりながら尋ねてくるのは深遥だ。

「ああ。俺は別に勉強しなくてもできるからな。自宅学習なんぞ学校でサボってるヤツのやることだ」

「・・・貴様、全国の学生を敵に回したぞ。今」

 そんなこと知るか。何が悲しくて自宅に勉強を持ち込まなくちゃいけないんだ。

 教科書なんか学校に置いて来るに限るね。

 

「たいじゅおにいちゃんはすごいんだねぇ」

 

 とは言っても素直に褒められるのはちょっと弱いんだよな。皮肉られたほうがいいくらいだ。

 苦笑気味でいると視界の隅から視線を感じた。畜生、こっち見てニヤけんな銀髪娘。

 逃げるように湯のみへと視線を落とす。

 

 が、湯のみは空だった。お茶のおかわりを注ごうとすると、これまた急須からは数滴落ちただけだった。

 ふむ。今日の分は終わりか。

 

「そんじゃ、今日はお開きにするか」

 そう言って立ち上がると、深遥が不服と顔に書いたかのような表情を向けてきた。

「小僧よ、一人になったところで寝るわけではあるまい?」

「まあ、まだ九時だしな。寝たりはしないが」

「じゃったらもうちょっと付き合え。夜はまだまだこれからじゃろう?」

 

 どこのオヤジだ、お前は。

 深遥の隣で眠たそうに瞼をこすっている静香を見ると、どうもこれ以上話し込むのは気が引ける。

 

「静香が眠たそうにしてるじゃないか。今日は大人しく寝たらどうだ?」

 そう言われて隣の静香の様子に気づくと、口惜しそうに俺を見上げてきた。

「おのれ。こういうときばかり気働きしおって。覚えておれよっ」

 

 妙な捨て台詞を吐いて、深遥は静香を連れて廊下へ消えていった。

 「ごめんねぇ」とか「よいよい」などという声が階段を昇るの音と共に聞こえてきた。

 なんだかんだでお姉ちゃん気質なやつだ。

 

 二人がいなくなり、静かになった居間に俺は一人、取り残された。

 久々の一人の時間だった。久々と言っても昨夜ぶりだが、それくらい長く感じた一日だった。

 今まで当たり前だったこの風景も、誰かと騒ぐ楽しさを知ってからでは随分違って見える。

 耳にはまだ先ほどの喧騒が残っていた。

 

 ・・・ここにいると落ち込みそうだ。部屋に戻ろう。

 

 居間を出て階段を昇る。

 床板の軋む音が家中に響く。

 その年季を感じる鳴き声に、昔はよく恐怖したものだ。

 今でも、ちょっと、怖い。ちょっとだけな。

 

 階段を昇り終え、薄暗く不気味な雰囲気で満ちている廊下を進む。

 廊下の突き当たりで口を開けている窓からは月日が入り込んでいた。

 夜でも照明いらずなのは助かるが、風情がある裏で僅かに威圧的な雰囲気がある。

 生まれてこのかた十五年住んだ家だ、目隠ししてでも歩けるがこの感じだけはいまだに慣れない。

 きっと本能的な何かに作用しているんだな。そう思っていると、俺の部屋の襖から光が漏れ出ているのに気づいた。

 

「ん?」

 

 電気の消し忘れかと一瞬頭をかすめたが直後、もしやと思った。自然と歩調が早まる。

 いつしか駆け足となり、ドタドタと足音を立て襖の正面に足を止めると、思い切り開け放った。

 

 

「・・・なにをやっている?」

 

 

 俺の部屋にいたのは、他でもない、深遥だった。

「何って、ゲームじゃが」

 勝手にテレビゲームを起動して遊んでいた。精霊のくせになんて慣れてやがる・・・じゃなくて。

「静香はどうした? 一緒じゃないのか?」

 俺がしかめっ面でそう尋ねると、深遥は俺の足元を指差した。

 

「スー、スー」

 

 そこに敷かれていた布団の中では静香が静かに寝息を立てていた。ちょっと待て。俺はどこで寝ればいい。

 そう抗議を口にしようとしたら、深遥の指が今度はゲームのコントローラを指した。

 

「やれ・・・ってか?」

 

「うむ」

 

 再び布団に目をやると、やはり静香が気持ちよさそうに寝ている。

「久々の布団じゃからな。起こしてやるでない」

 いつもは毛布に包まっているって言ってたからな。

 その下で身を丸めているであろう布団を引っぺがすなんてことは良心が許さない。

 

「・・・はぁ。分かったよ。でも十時までだぞ? そしたらお前は自分の布団に帰れよ?」

「わかっておる。ほれ、はよう持て」

 俺はコントローラーを受け取り深遥の隣へ腰を下ろした。

 やるからには全力だ。どんなに泣き言を言われようと、手加減ひとつしてやるものか。

 そう固く決心して俺はコントローラーを握った。

 

 

   ――時刻深夜0時――

 

 

 やっちまった。

 予想外に強かった深遥との対戦が白熱してしまい、時間をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

「疲れた。もう寝る」

 

 そう言い捨てると、深遥は大あくびをしながら部屋にある布団へ潜り込んだ。

 先客である静香のことはお構いなしだ。取り残された俺は、ちょっと無様だった。

 

 二人仲良く一つの布団の中で寝息を立てている光景に頬をほころばせながら、俺は自室を後にした。

 

 ギシギシと鳴く階段を降り、俺は真っ暗な居間に入る。

 電気をつけ、押入れから来客用の布団を引っ張り出して床へ放る。

 家主が部屋を追い出されるなんて、聞いたこと無いぜ。

 

 敷いた布団へさっそく潜り込む。夏も間近とはいえ、梅雨の時期のこの街はいささか肌寒い。

 

 掛け布団に包まりながら明日のことを考える。

 

 明日の朝食はなんだろうか。

 静香と深遥はきちんと朝起きるだろうか。

 学校へ行っている間二人をどうしようか。

 

 そんなことを考えているうちに、俺はまどろみの中へ落ちていった。

説明
<しきおりおり 作品あらすじ>
ある日、青葉大樹は夢を見る。
彼は夢の中で女性の声を聞いた。
どこかで聞いたことのある声、だけど大樹は思い出せない。
その声は言った
「どの子もいい子ばかりです。仲良くしてあげてくださいね」と。
それからというものの大樹には不思議なものが見えるようになって…?



しきおりおり その3です。
作品を手に取っていただき(?)ありがとうございます!

先日読み返したら頭下げが反映されてませんでした…(汗
どうやら半角スペースだと認識してくれないみたいで^^;

今回は全角に統一したので大丈夫だとは思いますが、
もし誤字とか誤用とかを見かけましたら指摘くださると嬉しいです。

あと前回指摘をいただいたので、ちょっと行間とか開けてみましたが、どうでしょうか。
確かに横書きだと改行多めにしないと読みづらいですよね…。

区切り方がいまいち分からなかったのでテキトーに入れました(笑)
少しでも読みやすくなっていたら幸いですo( _ _ )o
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コメント
コメントありがとうございますっ! はい^^ これからも続々出る予定です(*´ω`*) お付き合いよろしくお願いしますo( _ _ )o(ゆっきー)
ありがとうございます、大分読み易くなりました。精霊はこれからどんどん新しい娘が登場するんですかねー? 楽しみです。(水鳥)
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小説 ラノベ ライトノベル 精霊 ラブコメ 現代ファンタジー オリジナル 

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