真・恋姫無双 EP.16 月夜編(3) |
口いっぱいに肉まんを頬張って、一生懸命に食べている恋の姿は、小動物を思わせた。ほわーっとした顔で、顔良と文醜が餌をあげるように肉まんを差し出している。
「こっちも食べていいんだよ」
「あたいのも食べるか?」
「……モグモグ」
その様子を眺めながら、賈駆は溜息を吐いた。
「まったく……それで袁紹は何しに来たの?」
「本当に無礼な小娘ですわね。緊急でなければ、許しませんわよ」
そう言って眉をひそめた袁紹は、チラッと恋に視線を向ける。
「あの、呂布さんの要領を得ない話をなんとなくまとめて、あなた方が董卓さんを救出しに来たことはわかりましたわ」
「……邪魔しに来たのなら」
「違いますわ。何ですの、その……」
「何よ?」
目を泳がせて、少し頬を染めて袁紹が言う。
「この方たちを……長安に連れて行って差し上げますわ」
「長安?」
賈駆はその街の名に、目を細めた。
「あそこは今、すっかり荒れてて盗賊なんかが住み着いているって聞いたけど?」
「その盗賊たちは私の軍隊が全員捕らえて、安全を確保してありますわ。五万の部隊が駐留して、長安を昔のように賑わう街にしようと作業を進めておりますが、やはり住民がいませんと活気は生まれませんもの。ちょうど良い機会だと思いますわよ?」
「長安……」
袁紹の思わぬ提案に、賈駆は考え込む。
「……考えている時間など、ありませんわよ?」
「そうね……わかったわ」
「なら、さっさと行きなさい」
頷いて歩きだそうとした賈駆は、足を止めて袁紹を見る。
「まだ何かありますの?」
「……どうして、助けてくれるの?」
「……助けているわけではありませんわ。すべて、自分のため。そう、自己満足ですわ。ですから、あなたが気にすることは何もありませんのよ」
「そう……」
董卓が捕らえられていることを、袁紹は知っていた。知りながらも、何一つ手を打つことが出来なかった。何かすべきだという思いはあったが、結局、行動には移せていない。その事に後悔していた時に、洛陽の変事を聞いたのだ。
洛陽の民を救うことは、帝に対する反逆にはならないはずだ。袁家の名に傷をつけるようなことは、出来なかった。
「ありがとう。一応、礼を言っておくわ。恋!」
「……ん」
最後の肉まんを呑み込んで、恋は賈駆と共に走り出す。董卓のもとへ――。
少年はニッと笑うと、手品のように指の間から小さな刃を取り出す。柄のない剥き出しの刃を、そっと少女の首に押し当てた。
「君が動くのと、僕がこれを横に引くのではどちらが早いかな?」
一刀は唇を噛む。距離を考えれば、確実に少年の方が早い。
「どうする? 試してみるかい?」
「……」
諦めて、一刀は構えた腕をだらりと下げた。少年が嬉しそうに笑うと、一刀の足元から黒い影が巨大な手となって、背後から拘束してくる。
「ふふふ、一刀は甘いなあ。ここで月が死んでもさ、僕を倒せれば世界は救えるのに」
少年はそう言って笑うと、少女から手を離して一刀の元に歩いて行く。睨み付ける一刀を見ながら、少年は指先を彼の胸に押し当てた。そしてそのまま力を込めると、少年の指先が一刀の胸に突き刺さってゆく。
「痛くはないだろう?」
その言葉通り、一刀に痛みはない。血が出ることもなく、ただ何かが入ってくる気味の悪い感覚だけが胸に広がっていた。
「ほら、わかる? 今、僕の指が君の心臓に触れているよ」
一刀は顔をしかめた。少年の指が自分の中で動いている。その反応が楽しいのか、少年は一刀の表情を見ながら色々と動かして見せた。
「文字通り、君の命を僕が握っている。ふふふ、なんて楽しいんだろうね」
不快そうに、一刀はそっぽを向く。悔しいが、今は何も出来ない。
(どうすればいい……ここまで来て)
せめて董卓だけでも逃がすことが出来れば、ここまで来たことは無駄にならずに済む。たとえそのために自分が死んでも、後悔はなかった。
諦めない。一刀は、考えた。その時である。
(ご主人様……)
(貂蝉!)
頭の中に、貂蝉の声が響いた。
(気付かれないように、聞いてちょうだい。この部屋の中は、彼の邪気に満ちていて私たちは元の姿に戻ることが出来ないの。でもね、あのベッドの上だけは結界があって平気そうなのよ。だから私たち……ご主人様が持っている剣を、あそこまで投げて欲しいのよ)
一刀は目で、ベッドまでの距離を測る。腕が普通に動けば、問題のない距離だ。しかし今は拘束され、手首が動かせる程度である。
(上に放り投げれば、届くか……)
イチかバチかの掛けだった。しかし、何もしないでいるよりはいい。
(元の姿に戻れれば、何とかなるのか?)
(彼を倒すために、力を蓄えていたんだもの)
(……わかった)
注意を惹くために、一刀はわざと暴れた。
「離せ! 離せよ!」
「ははは、無駄だよ」
楽しそうに笑う少年に気づかれないよう、暴れながら最大に体をひねって手首をスナップさせると、剣を高く放り投げた。
「――!」
驚いて少年がベッドの方を向いた瞬間、今度は逆の手に握っていた剣を放り投げる。
「そうか! しまった!」
少年が意図に気付いた時はすでに遅く、最初に投げた剣が貂蝉の姿に戻っていた。そして続いて投げた剣も無事にベッドに落ち、卑弥呼の姿になる。
「この時を待っていたのよん!」
「貂蝉、儂は先に行くぞ」
「ええ、ここは私とご主人様に任せてちょうだい」
卑弥呼は、虚ろな表情の董卓を抱えると、まるで霧のように消えた。
「くそっ! 気配を消していたな」
「残念ね」
貂蝉の筋肉が盛り上がり、力が集まるのがわかる。
「今度はあなたの番よ」
「どうする? 僕を消すつもり? でもいいのかな、今、僕の手は一刀の心臓と繋がっているんだよ。彼も無事では済まない」
「俺はいい。こいつを倒すんだ、貂蝉!」
「ご主人様……」
一刀は覚悟を決めていた。不思議と怖さはなく、むしろ嬉しいと感じている。
(どうしてかな。よくわからないけど、これでみんなが笑える世界になるなら、別にいいやって思える)
脳裏に浮かぶ、たくさんの笑顔。知らない顔もある。でも、なぜか懐かしい思いで目が潤んだ。
「貂蝉!」
もう一度、強い思いを込めて叫んだ。諦めたように一度目を閉じた貂蝉が、その力を解放する。
「やめろーー!」
少年の叫びが、最後に聞いた声だった。
貂蝉から溢れ出した白い光が、一刀を呑み込む。
(ご主人様……)
どこかのんびりとした雰囲気の少女が、悲しそうに見ていた。
(一刀……)
褐色の肌の凛々しい女性が、憂いを帯びた顔で見ていた。
(嘘つき……ずっとそばにいるっていったのに)
金色の髪をツインテールにした少女が、怒ったように睨んでいた。
(ごめんな……みんな)
多くの人々が目撃した。
洛陽から溢れ出た光は、世界を白く染めた。何が起きたのかを、正しく理解出来た者はいない。ただこの光の中、北郷一刀とその仲間たちが姿を消した。
朝廷は、北郷一刀を逆賊としてその首に賞金を掛けた。その金額は、四人家族が一年は遊んで暮らせるほどの額だった。しかし朝廷の思いとは異なり、ある噂が国中に広がっていた。
それは、洛陽から長安に難を逃れた人々の声だ。
「あの方は、天より私たちを救うべく遣わされたに違いない」
誰かの言った一言が、やがて静かに人々の心に染み込んでゆく。圧政に苦しむ人々にとって、それは救いの言葉なのだ。長安で新たな生活を手に入れた多くの人々の、喜びがそれを強く後押しする役目にもなった。
やがて噂するのだ。
「天より遣わされた北郷一刀が、我々を救ってくれる」
それは希望となって、人々を勇気づけた。だが一方で、希望をただ待つのではなく、自らの力で掴み取ろうとする者たちも現れはじめていた。
一つは、朝廷に反抗して戦いを始めたある村を中心とする勢力で、現在は曹操軍と呼ばれている。そしてもう一つは、頭に黄色い布を巻いた義賊の集団だった……。
説明 | ||
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 急展開すぎるかとも思いましたが、引っ張るのもどうかと思ったので。でもようやく・・・。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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コメント | ||
消えた一刀たち、いったいどうなるのか楽しみです。(zendoukou) | ||
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