Cat and me 7.カイドウとリンドウ
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さて、昔っから散々わたしに振り回されているお付き二人である。

物心ついた時から、傍にいた同い年の男と女は、その時からうるさかった。

「ヤン・チャオさま。講師の椅子にいたずらはいけまてん」

「ヤン・チャオさま。食べ物で遊ぶと罰があたりまつよ」

舌っ足らずな声で、一著前に注意をされたものだ。

「違うよ、カイドウ。これは講師に対する試練だよ。我が尊敬する講師さまがどんな反応をするか興味深いじゃないか」

「遊んでなんかない、リンドウ。純粋なる好奇心だ。何故うまいものとうまいものを合わせてみると、まずいものになるのだろうね」

対しわたしは、舌先滑らかだった。適当に言い訳をすると、二人は涙をこらえて黙りこんだ。

カイドウは北のチャルカに近い部族の出身だ。中流貴族の息子で同い年ということで、わたしに宛がわれた。

その地方独特の訛りは、普段抑え込んでいるものの、怒り狂うと暴言と共に飛び出してくる。

「どんだけ無責任に育ったんや、おんどれはー! おれらの苦労もちったあ汲まんかい!」

「また城から抜け出しよって! 滅茶苦茶探したっちゅーねん!」

真っ赤な顔して、机をバシバシ叩きながら怒鳴る。

見た目は涼やかで冷静を装っているカイドウは、女官や貴族の女たちから「冷の君」と呼ばれ人気がある。が、中身はこんなもんである。

その落差が面白くて、からかうことが多々あった。

根は真面目なカイドウは、いつも引っかかってくれた。

リンドウも地方の貴族の娘だった。カイドウと同じ理由で、城に召しあげられた。

こちらも四角四面な性格で、カイドウと共にキャンキャンとよく吠えた。

「あまりにも口うるさいと、嫁の貰い手がなくなるぞ」

「お嫁になんていかないもん」

幼いリンドウは、プイと横を向いた。

「母さまと同じ苦労をして、泣くぐらいなら、あたしは一生一人でいるもん」

聞けば、リンドウの父は女好きで有名な人物らしく(英雄色を好むというが、凡人でも色を好む男はゴマンといる)、母親はさんざんに苦労しているのだそうだ。

「男の人なんて大嫌いです」

「わたしもカイドウも男だが」

するとリンドウは腕を組んで考えた。

「ヤン・チャオさまは父さまと同じ匂いがするけど、カイドウは別」

 

「…と、いうような事を昔いわれたな」

スズを膝にのせながら、思い出話をすると、お付き二人は苦笑した。

「まあ、当たらずとも遠からずではないですか」

「城の中で浮名を流していた時期もありましたからね、ヤン・チャオさまは」

「あの時はさすがに、セリナさまに同情しました」

「節操無さ過ぎて、呆れを通りこして感心していましたからねぇ。おれたちは」

「あんなもの、ただの遊戯だ」

そうか。そういう時期もあったな。麻疹のようなものだ。

お年頃となれば、異性に興味を持つのは当たり前のことだろう。

好みだと思った女に適当な美辞麗句を並べると、つまらないほどよく釣れた。

そしてすぐに飽きてしまった。

人妻だろうが、箱入り娘だろうが、どの女も一緒だった。

彼女らの頭の中は餡でできている。

わたしは饅頭相手に恋愛する気はない。

「こらこら、スズ。痛いだろう」

スズが不機嫌な顔でガジガジと腕を噛んできた。

甘噛みなんてものではない、本当に痛い。

「昔の話だ、今はお前だけだよ」

どうだか、と鳴いた。

「ああ、わたしのネコが機嫌を損ねてしまった。お前たちが余計なことを言うから」

お付き二人のせいにすると、生意気にも鼻を鳴らした。

「自業自得とは、こういうことをいうのですね」

「人の性格は中々変わらないといいますからね」

スズの目が見開いた。

慌てたのはわたしである。

「おいおい、お前たち。煽るんじゃない」

カイドウ、リンドウは、ニヤニヤと笑ったままだ。

わたしはスズに関しては、めっぽう弱くなってしまう。

それに気が付いた二人は今までの恨みを込めてか、度々このようにチクチクといじめてくる。

全く。主を苛めるなど不届き者め。

とはいえ、わたしもそれを楽しんでいることも否めない。

ところで膝の上のスズは、ツンと怒ったままだ。

カイドウ、リンドウを追い出して、そのご機嫌取りをする。

「スズ」

右を向いているスズを覗き込むと、今度はプイと左を向いた。

「スーズ」

そして、この機嫌取りの行為を楽しんでいる事も、これまた否めないのだった。

 

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ある日、スズと手をつないで北の塔から部屋へと戻るときであった。

庭の片隅で娘と話しているカイドウを発見した。

スズの手を引いて、近くの茂みへと身を潜める。

ちらりとスズとみると、好奇心に顔を輝かせて、分かっていると頷いた。

娘の方は身なりからして、貴族の者に違いない。

文の返事がどうたらこうたらと詰っていた。

大方、色よい返事をもらえなかったことを問い詰めているのだろう。

女とは不思議なものだ。

相手には白黒を、はっきりつけることを要求する。

あたしが嫌いなのと言われ、嫌いではないと答えると、じゃあ好きなのねと言う。

好きでも嫌いでもない、その以前の問題だとはかすりも考えないらしい。

そのくせ自分のことに関しては、なぜか曖昧にしたがる。

泣けば全てが丸く収まると思っている。

わたしがスズに心惹かれるのは、このネコは上っ面な部分がないからだ。

喜怒哀楽を素直に出し、穢れていない。

何より、一緒にいて飽きない。

ただスズが横にいるだけで、あっという間に一日は終わってしまう。

「申し訳ありませんが」

冷の君に相応しい冷たいカイドウの声がした。

「おれには想う人がおりますので」

「それは初耳だぞ、カイドウ!」

勢いよく茂みから(葉っぱをくっつけて)、わたしとスズが立ちあがる。

カイドウは仰天して、何か飛び出るのではないかというほど口を開いた。

それ以上に仰天したのが娘の方である。

声を上げて逃げて行ってしまった。

「な、な、何…!」

「水臭いではないか、お前に好いている人がいるなど」

そうだそうだとスズが鳴いた。

「主に隠し事はよくない。さあ、吐け。吐いてしまえ」

言っちゃえ言っちゃえとスズが鳴いた。

「何しとんねん! こんなところでー!」

先程の取りすました顔はどこへやら、カイドウは真っ赤な顔でうろたえている。

そしてくるりと踵を返して、早足で逃げた。

「誰なんだ? ん? リンドウか? 女官の一人か? 城にいる娘か?」

「違いますよ」

駆けるようにしてカイドウは歩を速める。

わたしも負けてはいない。歩幅はこちらの方が勝っている。

「まさかスズではあるまいな」

「違います!」

そのスズは、先を争うようにして歩くわたしたちに置いて行かれまいと、ほとんど走っていた。

「もしや、お前…」

思いあたって、愕然とした。さすがにそれは許されないだろう。

ぎくりとしたようにカイドウが止まった。わたしも止まった。

いきなり止まったので、スズがわたしにぶつかった。

 

「キムザなのか…?」

「違うわー!」

 

脅しても賺しても、カイドウは想い人とやらを教えてくれなかった。

リンドウなら知っているだろうと、聞いたところ首を横に振った。

「知っていますけどね、絶対に教えません」

「臣下にも秘するものはあるのだろう。それにしても、水臭いものだ」

夜。随分と温かくなった夜風を感じながら、窓辺の椅子にかけて頬を付く。

あたしは分かった、とスズが得意げに顔を上げた。

「そうか、お前は知っているのか。こっそりわたしに教えてくれ」

足元に座っているスズを膝上に抱きあげると、ふふんともったいぶったように笑った。

そして、教えなーいと舌を出した。

「お前はいつからそんなに生意気になってしまったのだ」

ちょんと出ている舌を吸うと、スズの手がわたしの頭に回った。

 

まあ、いい。口うるさく真面目なお付きが恋をしている。

その内、知ることだろう。どんな醜女だろうと、巨漢女だろうと、祝福してやろう。

わたしの可愛いお付きが惚れたほどの人物なのだから。

 

説明
ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。

「おれには想う人がおりますので」

*カイドウリンドウは植物の名前からとりました。街道、林道に変換されて往生したものです。
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コメント
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます。ふふふふふ。(まめご)
とんでもない人に惚れて、本当に可哀想………(笑)。(天ヶ森雀)
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ファンタジー オリジナル 恋愛 長編 ティエンランシリーズ 

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