子犬のマーチ 1 |
ヴォン……ヴォン……ヴォン……
低いモーター音が室内に響く。
僕の手元には青白く光るディスプレイ。計器が示す稼働率は全て正常範囲内に収まっている。
ふぅ。今日も異常なしで引き継ぎが出来そうですね。
僕はずっと握りしめていたバーから手を離し、手の汗をぬぐった。
『対魔物障壁』が稼働してから今日で1週間が経ちますが、今のところ目立ったトラブルはなし……と。順調なのは良いことですね。
「よおホープ。今日のこいつはご機嫌いかがかな?」
後ろから聞こえる、少し年期の入った男性の声。ディスプレイの反射でちらりと後ろを確認すれば、よれよれの白衣をだらりと着こなし、右手には火のついていない葉巻。
いつも通りの変わった出で立ちですが、今やあの男性がパルス1の頭脳の持ち主と言っても過言ではないです。
「お疲れ様です、アトラス主任。今のところ全て順調に稼働しています」
「そうかそうか。そいつぁ何よりだ。こいつがイカれちまったら、郷に魔物が入ってき放題だからなぁ。そんなことになったら、俺たちは一巻の終わりだ」
アトラス主任はそんなことをつぶやきながら、肩をすくめる。
「そんな物騒なこと言わないで下さいよ。それに、その万が一の時のために僕たちがいるんじゃないですか」
僕は不謹慎なことを言う主任に対して、早口でまくしたてる。
コクーンが崩壊してから3年。ようやく人々の暮らしに平和が戻ったと言うのに、それを台無しなんてさせません。
この平和を掴み取るために、僕たちはあまりにも多くの犠牲を払いました。志半ばにして散っていった人々のためにも、この平和はなんとかして保たなくてはなりません。
「そりゃそうだ。だがな、物事は常に最悪を想定して動かなくてはならん。そうじゃないと、後で後悔するぞ。もっとも、絶望を身をもって感じたお前さんにはいらん忠告かもしれんがな」
主任は葉巻を口にくわえると、まるで火が付いているかのように息を吸い込んだ。
「……確かに、僕は絶望を見ました。ですが、絶望を見ないと見えない希望もあるということも、僕はその時に学びました。だから、あれは僕が経験すべきことだったんだと今では思えます」
ルシになって始めのころは、僕は本当に子供でした。僕は何も悪くない、なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。そうやってずっとルシになったことを誰かのせいにしようとしていました。
そして、とうとう仲間に全ての責任を押し付け、あまつさえその命さえ奪おうと……。
ですが、そんなは僕を最後まで見守ってくれる人がいました。あの人がいなかったら僕の心は折れ、すぐさまシ骸になっていたでしょう。
あの人と出会えた。それはあの旅の中で得た、かけがえのない宝物です。
「ハハハ、17歳とは思えない発言だな。ま、お前さんなら大丈夫だろさ。なんてったってホープ(希望)だからな」
主任が葉巻を口から離し、右手の人差指と中指でそれを挟み込む。まるで今にも先端から煙が出てきそうです。
もっとも、ここは火気厳禁ですから、本当に火をつけたら大変なことになりますが……。
主任いわく、吸ってる振りをするだけでも心が落ち着くそうで。吸わない僕には、その気持ちが分かりませんけどね。
「それはそうとホープ。今日はもう上がって良いぞ」
「え、まだ引き継ぎの時間には30分以上ありますよ?」
「さっき無線で聞いたんだがな、第七小隊が日没までに遠征から帰ってくるんだと。さっさと小隊長さんを迎えに行ってやれ。むしろ迎えに行かないと俺が後で何言われるか分からん」
ニヤリと片方の口を上げる主任。その目はまるでいたずら小僧そのもの。
この目をした主任とは、良い思い出がないですね……。適当にあしらうのが吉と見ました。
「からかわないで下さい。それに、自分の仕事はしっかりとやり遂げてから行かないと、逆に僕が怒られてしまいますよ」
「かぁー。相変わらず素直じゃない奴だ。お前ぐらい若い奴は、気なんか使う必要ないっての。さっさと会って子犬みたいに甘えたいくせに」
「あ、甘えるだなんて、そんな。第一、いつ僕がそんなことしましたか!」
ここで声を荒げては負けだなんてことは分かり切っているのに、どうしてもムキになってしまう。
ああもう、こんな反応をしたら主任の思うつぼだというのに……。なんでいつもみたいになれないんだ。
「怒るな怒るな。よしわかった。じゃあいつも頑張って働いてるから、今日は早く帰れ。主任命令だ。これでいいだろ?」
相変わらずニヤニヤとした笑みを続けている主任。
もうこうなってしまっては何を言っても無駄ですね……。
「……良くは無いですけど、命令じゃ仕方ないですね。では、今日はお先に失礼させていただきます」
「おうおう、早く帰れ帰れ。俺はまだ馬に蹴られて死にたくないんだよ」
主任は、まるで本当にじゃれつく子犬を払うかのように、僕に向かって手を振る。
「はいはい。これが今日の記録です。それでは、また明日」
「おう、なんなら明日は休んでも良いぞ〜。若いうちは色々と盛り上がって大変だろうからな」
「な、な、何を言ってるんですか! からかうのもいい加減にしてください!」
色々って何ですか! 色々って! まったく、これじゃあ主任はただのオヤジじゃないですか。
そりゃ、僕だって健全な男ですし、色々と言われても想像ぐらいついてしまいますが。ですが、僕とあの人はまだそういう関係じゃないですし……。
というか、“まだ”ってなんだよ! まるで僕が期待してるみたいじゃないか。あの人の足元になんかまだまだ及ばないのに、何を大それたこと考えてるんだよ!
「はっはっは、相変わらず面白い奴だ。普段からそれぐらいにしとけ。可愛げがあって良いぞ」
「帰ります!」
僕は主任に資料を押しつけると、顔をそむけてその場から逃げだした。
ともかく胸が苦しく、顔が熱い。でも、不思議と嫌な感じなんてしない。
なんというか……。そう、期待に胸躍る。そう表現するのが適切かもしれない。主任に心を見透かされたようで、あまり気持ちはしないけど。
僕はロッカーで急いで帰り支度を済ませると、研究所を飛び出した。
説明 | ||
今更すぎるFF13(ライホプ)ネタ。 しかも今回はまだライトさん出てこないという大惨事(( オリキャラもおるし、読者に優しくなくて申し訳ないですorz でも、次回以降の2828は保障します!(何 |
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