真・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 蒼華繚乱の章 第十三話
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新・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 蒼華綾乱の章

 

 

 

*一刀君は登場しますが、メインは基本的にオリキャラです。

 

*口調や言い回しなどが若干(?)変です(茶々がヘボなのが原因です)。

 

 

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第十三話 開戦

 

 

 

 

 

季節外れの熱気が充満する個室の中、寝床の上に一組の男女が横たわっていた。

 

窓から差す朝日に顔を顰めながらも、腕に感じた重さにその方向を向き―――自然、笑みを零した。

 

 

「……ホント、寝てる時は可愛いよなぁ」

 

 

本人を前にしたら決して云えないであろう言葉を紡ぎながら、ゆるりとした動作で男性―――北郷一刀は横に眠る少女の髪を梳いた。

 

普段はその胸中で『金髪ツインドリル』と命名した髪はストレートに下ろされており、羽の様に白い寝台の上にふわりと広がっていた。

一刀が上体を起こした際にやや捲れた布団から覗く肩口、そして更に下に覗くそこもまた一糸まとわぬ姿。

 

 

彼の隣に眠るのは誰か。

そんな事は酷く愚問である。

 

愚問であるが、しかし彼女の一面しか見ない人間にしてみれば酷く驚きの光景だろう。

 

時の奸雄、曹孟徳その人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀と華琳が初めて交わったのは少し前。

場所は城中ではなく、付近を流れる小川の畔だった。

 

 

そこで一刀は『奸雄』の仮面を被り続ける『寂しがり屋の少女』の素顔を見、そしてその重荷を一時紐解いた。

柔らかな夕日の中、二人は想いを交わし、通じ合い、触れ合った。

 

それからも時折、こうして二人は愛し合っていた。

 

 

一部煩い連中も(筆頭軍師や筆頭軍師や筆頭軍師や筆頭軍師や隻眼猪武者や)いたが、華琳にしてみればそれは些細な事に過ぎなかった。

……後日、両者は何やら頬を上気させてそれぞれの部屋に転がっている所を女中に発見されたとかそうでないとか。

 

ともあれ、一刀と華琳は以前よりも一層親密に触れ合える様になったのである。

 

 

 

 

華琳の常日頃背負う責務は、日常的に彼女の心身に疲労を溜めこませる。

それを発散する為(というのは対外的な話である、とは魏軍の一部の明晰な観察眼を持つ者達の談である)、華琳は一刀を重用しつつあった。

 

 

が、彼女に限らず、魏軍内部に置いて一刀は最早公私共に欠かせない存在になりつつあった。

 

というのも、一刀があれから――華琳と交わってから――より政務に力を注ぐ様になったのである。

 

 

覚えがいいというのだろうか。要領がいいというのだろうか。

いずれにしても一刀は貪欲に思える程に知識を吸収し、自身の知識を存分に提供する事で魏領に住む人々の生活水準を高め、帰結として華琳の名声を高めていた。

 

 

華琳の役に立ちたい……というより、何処か必死にも見えるその姿勢に何かを感じたのか、華琳はそれとなく風や人和、司馬懿と云った、一刀と親しく且つ頭の冴える人物に探りを入れさせた。

 

そうして返ってきた報告に、長い長い嘆息を洩らしたのは彼女の記憶に新しい。

 

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『華琳の役に立ちたい。彼女の覇道を、自分なりに支えたい』

 

 

何処まで自分に対する周囲の認識に鈍いんだこの男は、と、華琳は頬が緩むのを覚えながら玉座で笑みを零した。

 

 

もう充分に役に立っているというのに。

もう充分に支えて貰っているというのに。

 

 

彼の愚直過ぎる真摯な思いに、華琳は感嘆と呆れを隠せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん…………っ」

 

 

小さく身動ぎしながら、華琳はうっすらと瞼を開ける。

 

窓から差し込む朝日が眩しい。

しかしその光を遮る影は?

 

朝日を背に浴びる彼の姿を捉えると――寝起きというのも理由の一つだろうが――普段の彼女とはかけ離れた、実に年相応な表情を浮かべた。

 

 

「おはよう、華琳」

 

 

スッと、慣れた手つきで自分の頭を撫でる手を、しかし華琳は甘受して目を細める。

 

柔らかな温もりが、実に心地いい。

何年かぶりに先日感じたそれを、華琳は再び感じていた。

 

 

「……おはよう、一刀」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何というか、ここ最近は実に平和だ。

 

 

劉備が益州へ入ったとか、涼州の動きが怪しいとか、楊州の方で緊張が高まっているとか、そういった各方面からの報告こそあるが、それ以外は至って平穏な日常だった。

 

そう、今が戦乱の世だとは思えないくらいだ。

 

 

「ふぅ……」

 

 

手に持った木刀を置き、汗を拭いて息を洩らす。

警備隊の訓練は沙和が、警邏は専ら凪が行っており、真桜は特注の工房で武器の手入れや新兵器の開発に熱中している。

 

 

楊州の方面には霞が向かい、荊州には菫――最近になって、漸く真名を許して貰える様になった――、そして涼州、益州方面には洛陽を拠点として仲達がいる。

 

 

華琳は許昌に残り各方面への大まかな指示、同心円状にして周囲には何時でも動ける様に配備された常備軍がいる。

ここ二ヶ月程で一新されたそれは――始めの方こそかなりの混乱こそあったものの――今では随分と定着し、そろそろ旧来の兵たちにも手が加えられる筈である。

 

 

俺は風や稟に勉強を師事しながら政務に励み、暇を見つけてはこうして剣を振っていた。

以前凪に「鍛錬を重ねれば形になる」と云われたしなぁ……女の子に言われてやる気を出せない様じゃ、男の子失格だ。

 

 

「うっし、後もう少し……」

「ほう?精が出るな、一刀」

 

 

不意に声が響く。

久しぶりな気がしないでもないその声の主の方を振り返り―――暫し固まった。

 

 

「…………えっと、仲達」

「……大方の予測は出来ている。『これ』についても説明するから、ちょっといいか?」

 

 

司馬懿は自身の後ろを歩く二人の少女を一瞥して言った。

 

 

「紹介しておこう。二人とも、一刀に挨拶を」

「ケ艾……字は士載」

「鍾会、字を士季と申しますわ!一刀様!」

 

 

遂に来たか、と思ったのは俺だけだろう。

 

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桃香は成都を攻略して間もなく、諸将の労を労う為の酒宴を設けた。

頭脳に置いても武力に置いても戦う事を得手としない彼女にとって、こういった気配りは唯一の見せ場であると同時に――本人は無意識にであるが――得手でもあった。

 

 

そんな宴席で話題に上がったのが、鈴々の武勇譚だった。

 

 

「聞けば張飛は、長坂橋で十万の曹軍をただ一人で足止めしたとか……いやはや!桃香様の旗の元には、幾多の豪傑が集うようですな!!」

 

 

酒が入った事もあり、手放しで賞讃する桔梗――益州にその人ありと謳われた女傑、厳顔――の言葉に、しかし鈴々はつまらなさそうに拗ねた表情を浮かべた。

 

 

「そうなのだ!!それなのにあの真っ黒くろすけが邪魔するから、折角の勝負がパーになっちゃったのだ!!」

 

 

その言葉に大半の者は苦笑を浮かべていたが、一部の人間は違った。

 

 

 

 

 

 

 

宴は恙無く終わり、各々が部屋へと引き上げた夜更け……

 

 

「孔明殿、どう捉える?」

 

 

顔の下半分を白布で覆い、病的なまでに白い肌の女性――法正、字を考直――が、隣に立つ朱里に問うた。

 

 

「……一言で言うなら、理解出来ません」

「ほう?伏龍の智を以てしても尚、解せぬと?」

「彼は恐らく、元は董卓さんの陣営に居た筈です。現に連合の折に彼は私達の前に立ちはだかり……」

 

 

朱里の脳裏を過る、虎牢関の惨劇。

最早虐殺としか言いようのないそれと、続く洛陽での戦いでも彼はその存在を以て十二分に連合を圧した。

 

最後には突如襲来した呂布と共に死地を脱したと聞くが、それ以後の消息は全く不明だった。

 

 

「それなのに、長坂では鈴々ちゃんを……私達を助ける様な真似をしました」

「成る程、確かに不解よな」

 

 

喉の奥を鳴らし、楓――法正の真名――は笑みを零す。

そこで何処か遠い目をした朱里だったが、慌てて首を振って思考を戻した。

 

 

「さて、孔明殿」

「は、はいっ……何でしょう?」

「人は何故、武器を取り戦うと思う?」

 

 

スウッと細くした眼を虚空に浮かぶ月に向け、淡々と楓は呟いた。

 

 

「名誉の為、金の為、矜持の為……中には戦いこそが本望という輩までいる。私はそういった輩を数多く見てきた」

 

 

朱里は黙って、楓の言葉に耳を傾けた。

 

 

「そして、その多くはどれもこれも濁った瞳をしていた」

「濁った……ですか?」

「私は武人ではない。しかし人を見る目には長けているつもりだ。昨今の武を誇る輩はいずれも劣らぬ下衆揃い、失笑以外の何者でもない」

 

 

心底呆れた様な声音で、楓は尚も続けた。

 

 

「此処益州で言えば智の張松、武の張任もそうだ。奴らも死んだ魚の目をしていたな」

 

 

まあ両者とも既に物言わぬ骸だがな。

嘗ての同朋に向ける言葉とは思えない程に怜悧な口調で、ただ淡々と楓は紡ぐ。

 

 

「―――が、先日一人、面白い奴を見つけた」

 

 

一転、楓の口ぶりは軽くなった。

 

 

「純なる志を持ち、単純明快な目標を立て、愚直にも進んでいく。相応の器も才も、持ち合わせていながらな」

 

 

最早論点が何処にあるのか、朱里は半ばついていくのもやっとな思いで楓の話を聞き続けた。

 

 

「そう……アレは関羽殿に似ている。実に純粋な思考の持ち主だ」

 

 

そこで一旦区切り、楓は朱里に向き直った。

 

そうして、再び口を開く。

 

 

「―――復讐と云う名の、純なる思想の持ち主だ」

 

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「その二人を登用すると、そう言いたいの?仲達」

「はっ」

 

 

玉座に腰かけた華琳が、礼を取る少女二人に、次いで仲達に視線を向けながら問う。

 

背の高い方の女性は薄手の衣と軽装の鎧を着込んでいる。肩まであるだろう黒髪は艶やかで、起伏に富んだ体躯も魅力を引き立てているといっていいだろう。

一方、小柄な少女は眩いばかりの金髪をストレートに下ろしている。膝をついて頭を垂れたら床につくぐらいに長いのだから、普段でも相当長い髪をしているのだろう。

 

例えて言うなら前者は戦乙女、後者はお嬢様といった感じだろうか。

 

 

「ケ艾……と、申します」

「鍾会、字を士季と申します」

 

 

揃って名乗った。

それを一瞥してから、華琳は再び仲達を見た。

 

その眼光を受け、仲達は口元に笑みを浮かべた。

 

 

「この者達には当面の間、洛陽にて私の政務を代行してもらいます」

 

 

こう、ニヤリとしたあくどい笑みだ。

 

 

「荊州併呑の戦、この司馬仲達も参軍致しましょう」

 

 

 

 

 

荊州牧・劉表死す。

八俊とまで湛えられた能治の傑の死は大陸を駆け、平穏を保ってきた荊州に暗雲を立ちこませた。

 

劉表には、二人の子供がいた。

前妻との間に生まれた劉g、後妻である蔡氏との間に生まれた劉jである。

 

公序の列に従えば次期当主は劉gになるのが道理だったが、当人は非力な上凡庸。更に後妻の兄・蔡瑁は劉表を除けば荊州一の有力豪族。

悪知恵においては非凡な蔡瑁と、我が子可愛さに悪妻と化した夫人によって劉gは退けられる。

 

結果、劉表の後継は劉jとなった。

 

しかし伊籍を始めとする一部の家臣がこれに反発。密かに劉gを伴って荊州を脱し、嘗て同じ劉氏として迎え入れられた劉備の元へ向かい、荊州奪取を懇願した。

一方の蔡瑁は、自身の保身と引き換えに荊州譲渡の密約を曹操との間に締結。暗愚な劉jは伯父の言う事に従い、むざむざ荊州全土を明け渡す事を決めた。

 

そして荊州は劉j派、劉g派で真っ二つに割れ荒れに荒れた。

 

曹魏はいち早く行動し、許昌付近に駐留させていた常備軍を即座に出陣。十万とも二十万とも噂される程の大軍勢を伴って荊州の中心地、襄陽へと入った。

各地の反曹魏軍の鎮圧に夏候惇、夏候淵を始めとする精鋭部隊を投入し、荊州各地の太守、県令も悉くが曹操に靡いた。

 

これに対し、江夏を得ていた孫呉は曹魏との決戦も視野に入れて行動を開始するも、合肥や寿春といった首都建業に程近い要所を曹魏別働隊、張遼が次々と奪取。結果的に孫呉は江夏の約半分を失い、守勢に回らざるを得なかった。

また遥か西方の馬氏も、これに呼応するかの様に密かに軍備を整え始める。これを悟られない為、当主馬騰は態々単身許昌へと赴き、献帝にご機嫌伺いに参内していた。

 

事此処に至り、劉備軍が遂に動く。

二万の兵に益州の豪士厳顔を始め李厳、魏延と云った武官と『馬氏の五常』と讃えられた賢才馬良、馬謖の兄妹が荊州に入り劉g派と合流。反抗に転じた。

 

二頭の龍の激突に、長江は俄かにざわめく。

 

劉備と曹操。

決して並び立つ事のない両者の対決が、静かに、幕を開けようとしていた。

 

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遥か遠くの空に、雷鳴が鳴り響いた。

静かな水面に、小さな波紋がたった。

 

 

「悪天候、だな……」

 

 

生憎の空模様に、一人そう呟いた。

 

城壁から見通す遥か彼方で、果たして幾人の屍が山となっているのだろうか。

どれ程の血が大河となって、大地を赤く染め上げているのだろうか。

 

そんな、どうでもいい事ばかり考えていて。

 

 

(…………ん)

 

 

少し、ほんの少し。

何かが『足りない』と、そんな考えが胸中を過った。

 

そしてそれが何なのか知った瞬間、知らず知らずの内に笑みが浮かんでいた。

 

 

 

(―――嗚呼、寂しいのか)

 

 

 

『それ』は、以前の僕なら一笑にふしていた筈の思考。

『それ』は、以前の僕なら必要ないと捨てていた思考。

 

 

 

 

 

華琳様と荀ケは玉座の間で戯れている頃合い。

一刀は恐らく、自室に控えているだろう。

 

稟と風は許昌に残り華琳様の政務を代行、北郷警備隊の凪、沙和、真桜は首都警備の任に就いている。徐晃は武官として長安の守備にあたっている。

残りは各地に四散しているから、自然、普段の騒々しさは消え失せてしまう。

 

 

それが妙に慣れなくて面白い半面、寂しくもあった。

 

何より笑えたのは、『寂しい』などという感情を抱いた自分自身だった。

 

 

何時からそんな甘い輩に成り下がったのか。

 

 

そう考え、しかしそれが別段嫌でもなかった。

そんな甘さも悪くない。

 

 

そう、思える様になったのだ……と思う。

 

 

(…………一刀)

 

 

脳裏を過るのは、友と呼ぶに値する者の姿。

胸に去来するのは、日を追って鮮やかに変わっていった日々の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて彼と邂逅した時、最初に抱いた感想は『無能そう』だった。

天の御遣い、ただその肩書きだけが唯一の利用価値だと、そう判断した。

 

 

―――なら、精々その価値を利用させてもらうとしよう。

 

 

反董卓連合で垣間見せた、本気の激昂。

普段の姿からは想像も出来ない程の怒り様に、後で思い返して驚きを覚えた。

 

 

―――貴様に、僕の何が分かる?

 

 

何時か、彼は僕を超えてその遥か先を往くだろう。

何時か、彼の甘ったるい理想は現実となるだろう。

 

 

―――それを、心の何処かで受け入れようとしている自分がいる。

 

 

それが何処か煩わしく、それが何処か腹立たしく。

―――それが何処か、嬉しかった。

 

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(そうだな……この戦が終わったら、何か礼をしてやらないとな)

 

 

彼が手持に心もとないという事はないだろうが、それでも出来る事に限りはあるだろう。

新装した洛陽を案内しようか、それとも?で建造中のアレにいの一番で入れてやろうか。

 

 

考えれば考える程、色々な持て成しが浮かんでは消える。

 

 

空模様に反して、その胸中は実に愉快だった。

嗚呼駄目だ、頬が緩むのを止められそうにない。

 

 

生涯で初めての『親友』をどう喜ばせてやろうか。

軍を指揮するより余程難しく思えるそれは、しかし不快ではない。

 

 

そう……『楽しい』と、そう云う感情なのだろう。

 

 

 

 

 

(しかしそれなら、華琳様の方がより良い持て成しを出来るか……)

 

 

自身に与えられた権限を鑑みて、ふとそんな――当然の帰結ではあるが――答えに辿りつく。

 

 

(―――いや。そもそも、華琳様に出来ない事というのは逆に何だ?)

 

 

あの『完璧』を常に体現する自らの主の姿を思い浮かべ、そんな疑問を抱く。

今、世の中枢を一手に担う彼の明主に出来ない事など、それこそ数える程しかないだろう。

 

富も、名声も、権力も。

望めば天下の全てを得られるであろうあの人は、しかしそれを得ようとはしなかった。

 

無欲という訳ではあるまい。

だがあの人は、数多の権力者が望んだその座を望まない。

 

 

望まないにも関わらず、あの人はそれ以上のものを得ている。

 

 

(つくづく、敵わないな……)

 

 

そう一人零し、肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――と、その時だった。

 

 

「ほ、報告します!!」

 

 

必死の形相を浮かべた斥候が一人、飛ぶようにして僕の前に現れた。

 

 

「遠方に『関』、『張』、『超』の旗!蜀軍と思しき軍勢が、此方に向かって侵攻中との事!!」

 

 

そいつが言い終わらぬ内に、更にもう一人が飛んできた。

 

 

「国境付近の警備隊より報告!!およそ十万の兵が、真っ直ぐこの城に向かってきています!!」

 

 

遠方に鳴り響く鬨の声。

続けざまに遥か彼方で轟く雷は、暗雲立ち込める空に不吉な稲光を閃かす。

 

 

「―――蜀軍の襲来です!!!」

 

 

何処かで、大音声が轟いた。

 

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「仲達!!」

 

 

緊急の召集がかけられたので、慌てて華琳の元に足を運ぼうとした所で仲達の後ろ姿を捉えた。

酷く焦燥に駆られた風に思えるその姿に嫌な予感を覚えながら、俺は何があったのかを尋ねた。

 

 

「どうしたんだよ?緊急の召集って一体」

「……蜀軍が、真っ直ぐこの城に向かってきている」

 

 

仲達の言葉に、俺は息を呑んだ。

 

 

「読みが甘かった。確かに華琳様を、敵の帥を討ち取る事は戦において最も重要な事。だが……まさか荊州を囮に使うとはっ……!」

 

 

苛立ちを抑える為か、グッと握りこぶしをつくる。

次の瞬間、それを思いっきり壁に叩きつけた。

 

 

「くそっ!……ようやく、ようやく超えられると思ったのに!!」

 

 

その視線が誰を見ているのか、俺には分からなかった。

ただ、仲達は心底悔しそうな顔をしている。

 

そこに何が込められているのか、そんな事はどうだっていい。

 

 

「どうすんだよ!?春蘭や秋蘭は……って、今は城にいないんだっけ」

「ああそうさ。荊州各地の蜂起した反乱軍を鎮圧する為に、連れてきた主力の殆どは出ている。この城に残っているのは三千弱、対して向こうは十万を超える大軍勢……三倍どころか、三十倍を超える大軍だ」

「そこを狙ってきた、って事か……?」

 

 

俺の言葉に仲達は首を振った。

 

 

「そうなる様に仕向けた、と言った方が正しいだろうな。……初めから、僕達は彼女の掌の上だったんだ。荊州は曹魏にとって、南方制圧の為の大きな足掛かり。蜀や呉を益州、楊州に閉じ込めておく上でも絶対に抑えなければならない所だった」

「けど、それは向こうだって同じじゃないのか?蜀は荊州を確保しとかないと、北の方からしかこっちに来れない訳だし……」

「そうだ。そのギリギリを突かれたんだよ僕達は」

 

 

身を翻し、仲達は歩を進める。

慌ててその後を追いながら、俺は仲達の言葉に耳を傾けた。

 

 

「連中にとって重要な事は、荊州を得る事なんかじゃなかった。初めから曹操……つまり、華琳様を討ち取る事だけを目的にしていたんだ」

 

 

仲達は続ける。

 

 

「荊州を得た所で、孫呉や西涼と連合して戦っても曹魏を相手取るには心もとない。そもそも連中は共通の敵がいるから手を組んだだけの事で、その後になれば確実に戦禍が再発するのは目にみえている。それ以前に、曹魏を滅ぼすのにどれだけの時間と、将兵と、労力がいると思う?」

「だから先んじて華琳を討つっていうのか?……けどそれだったら、結局今言ったみたいにまた戦争が起きるんじゃないのか?」

「『曹魏の王を討った』という功績は、後の会談で有力な手札に成りうるだろうが」

 

 

その言葉に、俺は言葉を失った。

 

 

「やつらお得意の平和主義を謳って、会談なり何なり……兎角話しあいの場を設ければいいだけの事だ。それに西涼は遠方の呉よりも身近な蜀の方が誼を通じやすいから取りこみ易い。話しあいに応じず領土の切り取りを始めたら、いずれが早いかは一目瞭然だろう」

「だから会談に応じるしかない……けどそうなったら、蜀の方が圧倒的に有利」

「その為に、荊州を餌にしたという訳だ。……そして僕達は、まんまとそれに釣られたマヌケな雑魚という事だ」

 

 

口調こそ皮肉った様に軽いものの、その目にはありありと憤怒の炎が燃え上がっている。

 

 

「腹立たしい、全く以て腹立たしい事この上ない。よくよく考えれば見抜けそうなこんな策すら見抜けなかった愚かな自分自身が、何よりも一番愚かで腹立たしい!!」

 

 

自尊心を大いに傷つけられ憤る仲達を見て――場違いだとは思ったが――俺は笑みを零した。

 

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「何がおかしいんだ一刀?……いや、僕の事か。なら好きなだけ哂うといい。その方が僕も楽だ」

 

 

嘲笑を湛えながら仲達は云うが、俺は首を振る。

 

 

「違うよ。別に仲達の事を馬鹿にしている訳じゃない」

「では何だ?まさか気が狂ったとはいうまいな」

 

 

仲達の言葉に一拍置いて、俺は答える。

 

 

「随分と表情が豊かになった親友の姿が、少し面白くってな」

「っ……なっ!?」

 

 

あ、顔が赤くなった。

 

 

「あれれぇ?もしかして仲達、照れてるのか?」

「なっ……ば、馬鹿を云うな!!ぼ、僕が取り乱しているとでもいうつもりか!?」

 

 

いや、現に取り乱してるじゃん。

羞恥心なのかどうなのかは知らないけど、首から耳まで真っ赤っ赤だし。

 

てか、俺取り乱しているなんて言ったっけ?

 

 

「だ、大体、今は戦時なのだぞ!敵が目の前まで迫っていて……それなのにそんなふざけた事をやっている暇があるとでも思っているのか!?」

「や、悪い悪い……楽しくって、つい」

 

 

仲達はまだ何か言いたそうだったが、俺の謝罪を聞いてこれ以上は墓穴を掘るだけだと思ったのか、咳払いを一つした。

 

 

「……っと、とにかくさっさと行くぞ。敵は待ってはくれないのだからな」

「はいはい」

 

 

言って、俺も仲達の後を追う。

向かう先は玉座、そして立ち向かうのは巴蜀。

 

 

―――雲間から一筋、光が差し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蜀軍、大本営。

 

 

「報告します。敵は城より打って出て、城外に陣を構えたとの事です」

 

 

斥候の報告に、朱里は怪訝そうに眉を顰めた。

 

 

「兵が少ないのに打って出るなんて……流石に覇王を自負するだけの事はありますね」

 

 

感嘆の息を洩らしながら、朱里は机上の地図に視線を移した。

 

 

「私達は既に四方を取り囲んでいます。寿春の張遼、長安の徐晃らはそれぞれ戦線を離れる事は難しい筈です。また敵の主力は荊州方面で桔梗さん達が釘付けにしていますので、こちらもまず来ないと考えていいでしょう」

「……ねえ、朱里ちゃん。どうして曹操さんは打って出たんだと思う?」

 

 

上座に腰かける桃香が、静かに呟いた。

それに対し朱里は地図に目を向けたまま口を開く。

 

 

「恐らく、覇王を自負する者として最初から守勢に回るのを良しとしないからではないでしょうか。伝え聞く限りの曹操さんですと、恐らく人一倍そういった事に対する気持ちが強い筈ですから」

「って事はさ……曹操さんは一番前に出てくるって事?」

「恐らくは」

「じゃあさ!」

 

 

瞬間、目をキラキラと輝かせながら桃香が口を開いた。

 

 

「曹操さんとお話出来るかな!?」

 

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「報告します。敵総大将劉備玄徳が、華琳様と話がしたいと申しておりますが……」

「フフッ……そう」

 

 

桂花の報告を聞いて、華琳は口元に笑みを浮かべる。

綺麗な弧を描き、口元に持っていった指がスウッとその線をなぞる様にして動く。

 

 

「この期に及んで、一体何を話そうというのかしらねぇ?」

「大方、降伏しろとでもぬかすつもりなのでしょう」

 

 

冷静さを取り戻した仲達はそういって、更に続ける様に口を開く。

 

 

「しかし、これは好機。腕利きの弓兵を陣の最前線に配置し、のこのこ出てきた劉備を討てばよろしいかと」

「司馬懿、過ぎた事を云うな」

 

 

瞬間―――玉座の空気が凍てついた。

声を発した主である華琳はいつにない冷たい目を仲達に向け、鋭い口調と共に言葉という名の刃を向ける。

 

対して仲達は顔色一つ変えず、華琳の前に進み出た。

 

 

「何が過ぎた事なのですか?敵の大将が一人、しかも特別武に長けている訳でもないというのに態々出向いてくれるというのです。これは天が華琳様に与えた好機、取らぬとあらば必ずやその咎を受けましょう」

「ならば貴様は、この曹孟徳の覇道に不意打ちなどという泥を塗れというのか!」

「綺麗なままで全てを得られると御思いか!!」

 

 

怒声が鳴り響く。

仲達のすぐ後ろにいた桂花は思わずビクリと身体を震わせ――しかし華琳に対する忠誠心だけは一流だな――それでも必死に仲達を睨んだ。

 

 

「御身が為さんとする覇道は、我らが望み、天下が望み、万民が望むもの。そしてその先に見据えた次代もまた、この世の全てが望むものであるからこそ我らは御身に従い、その道を為さんとしてきた!!その道の軌跡の全てが、何一つ汚れなきものであると、本気でそう思っておられるのか!!」

 

 

何時にない仲達の姿に、その言葉に、華琳は僅かに目を見開いた。

 

 

「嘗ての友を討とうとも、戴くべき帝を利用しようとも、如何な悪名を背負おうとも貴女は進まなければならない!それは貴女が為さねばならぬ責務であり、貴女が背負った業だからなのです!!」

 

 

ダン、と、床を力強く踏む音が響く。

仲達は一度息を吸って、そうしてゆっくりと頭を垂れた。

 

 

「貴女の覇道に塗られる泥は、全て僕が被ります。貴女が背負う悪名は、全て僕が背負います。どうか華琳様は、覇道を堂々と進んで下さい」

「……フッ、ク……アッハハハハハ!!」

 

 

唐突に、華琳は笑った。

外聞も何もなく、腹の底からの大笑である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そこまで言うのだ。司馬懿仲達、私が背負う汚名の全ては貴様が背負え」

「はっ」

「そして、一刀と共に我が隣で新たな次代を担え」

「……はっ!!」

 

 

力強い返答に、華琳は満足そうに頷いた。

 

 

「桂花、出陣の支度をしなさい。仲達は兵の配備。ただし私が良いと云うまで、決して手は出さない。いいわね?」

「「はっ!」」

「華琳、俺は?」

「一刀は後曲で全体を見回していなさい。何かあったら直ぐに援護を回せる様に準備しておいて」

「……ああ!」

 

 

そして、全体をぐるりと見回してから――実に華琳らしい――妖艶な笑みを湛え、号令を下した。

 

 

「この曹孟徳の覇道に、敗北など不要……下す命は唯一つ。全軍、勝利せよ!!」

 

-11ページ-

         

 

後記

茶々です。

そんなこんなで早くも荊州戦に突入した茶々ですどうもです。

 

原作だとどんなムリゲー……と思わずにはいられないこの戦い。はてさてどうなる事やら。

 

 

 

 

所で話は私用になりますが、実はこの作品を別の投稿サイトにも投稿しようかなー、なんて無茶苦茶な野心を茶々が持ちやがりまして。

そちらのサイトの投稿規約には「そのサイトに掲載している旨を現在投稿しているサイト(つまりTINAMI)の作品にも載せる事」とあったのですが、こっちについては取り立てて制限の有無はなかったのですが……いいんでしょうか?

 

あ、手直しはちゃんとしますよ?

基本的にこっちに投稿→コメントなどを参照し手直し→別サイトに投稿、という流れになります。

 

 

 

そして次回はいよいよ魏VS蜀。

作品の展開考えると三十話届くかどうかという感じのスピードで進みますが、どうぞお付き合いの程、宜しくお願いします。

 

それでは、また。

説明
茶々です。
二週間と数日ぶりの投稿ですお久しぶりです。

GW明けてからは忙しかった……そして五月はもう終わる。早いですね。
そして早いといえばこの作品、あと二、三話で転換期になります。

どんなお話になるかは後々にとっておくとして……


それでは、どうぞ。
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コメント
>ヒトヤ様 不意打ちを視野に入れて劉備と会談する、という事です。(茶々)
二重投稿は、たとえ両サイトで問題なしとされていても、読者からすればマナー違反と思われかねません。私自身、あまり良い印象がありません。自サイトでの同時掲載ならそうでもないですが。(FU)
ん?魏王は不意打ちすることにしたのかな?(ヒトヤ)
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