「戦神楽」 沙羅編 (1)
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 何度見ても代わり映えのしない戦場は、何度経験しても慣れない血の匂いに満ちている。

 

「叶(カナイ)、貴方はココにいてね」

 

「御意」

 

 膝を折った叶(カナイ)以外の兵に、私はにこりと笑いかける。

 

「さあ、みんな。私の傀儡になってちょうだい」

 

 軍に向かって微笑むのは、カメラに向かって笑うのと同じ。

 不特定多数に見せるただの表情。ツクリモノ。

 私は大きく両手を広げた。

 その両手の指にいっぱいの糸を絡ませ、その一本一本に感覚を乗せる。

 

「私の為に、すべてを奪ってきてね」

 

 完全なる支配が行き渡り、戦場には傀儡の月髪軍が降臨した。

 軍を構成する人間はすべて、私の支配下にある。四肢も髪の先一本も、行動や思考に至るまで、この人間たちは私のモノ。私の思い通りに動く、忠実な軍隊。

 対して、戦場の反対側に降り立つのは、刻鍵『凶人(マガツビト)』の軍勢だった。

 

「凶人(マガツビト)の軍はキレイじゃないのね」

 

 粗暴な外見、機能性だけを重視した防具、猛り狂った雄叫びが無神経に私の聴覚を刺激した。

 

 

 

――鬨の声が、あがる。

 

 

 

「あんなモノ、全部消して頂戴」

 

 指の先をくい、と動かすと、自軍の前線が進撃を始めた。

 足並みを揃えて誰ひとり列を乱すことなく歩を進める。

 それと対比するかのように、凶人(マガツビト)の兵は、好き好きに武器を構えて戦略など何もなく、各々突っ込んでくる。

 それを見た叶(カナイ)がほんの少し、目を細めた。

 

「戦略はなく、個々の兵がやりたいように戦う――噂通りです。ここは、一対多の状況をつくり、一人ずつ潰していくのが定石かと思います」

 

「じゃあ、そうしましょう。今まで、叶(カナイ)の戦略で負けた事、ないもの」

 

 さっそく、幾らか月髪の糸を操って、敵の兵士を囲っていく。

 

「今まで無敗なのは、戦略のためなどではありません。貴方自身のお力です、沙羅様。僕は多少の助言をするに過ぎません」

 

 叶(カナイ)はいつもそうやって謙遜するけれど、私はいつでも彼の言うように戦ってきた。

 それもこれも、叶(カナイ)は月髪の力を使わなくても私につき従っているから。

 彼は、月髪がなくても私のモノだから。

 戦場を見下ろせば、個々に分断された凶人(マガツビト)の兵士たちが、数の戦術で成す術なく減っていくのが見えた。殲滅するのは時間の問題だろう。

 つまらない。

 今回の戦もまた、叶(カナイ)の言う通りだった。

 それは、非常に喜ばしい事だけれど、私はもう飽きていた。

 

「退屈よ、叶(カナイ)」

 

「そうおっしゃらず、この戦から戻ったら星空をお創りになるのでしょう」

 

「そうだったわね」

 

 つまらない。

 星空が欲しいわけじゃない。戦で勝ちたいわけじゃない。

 でも、星空を創れないのはイヤ。戦で負けるのもイヤ。

 死にたくないかと聞かれると難しいけれど、痛いのはイヤかもしれない。

 私はいったい、何がしたいのかしら?

 戦場では、凶人(マガツビト)の兵が着実に減っている。もちろん、指先に何度もぞわりと不快な振動を感じているから、こちらの軍もかなりの兵を失っているはずだ。

 それを差し引いても、この戦で負ける事はないだろう。

 

 

 

――つまらない

 

 

 

 もう一度、ため息をついた時だった。

 突然、指先にぴりりと衝撃が走った。

 

「痛っ……」

 

 人差し指の先に、珠玉のような真紅の雫がみるみる膨らんだ。

 月髪が震えている。

 見知らぬ何かに警告を発している。

 叶(カナイ)が険しい顔で遠く戦場を見つめていた。

 私は、紅玉のような血の珠を口に含む。

 少しだけ、酸っぱいかしら。それとも少ししょっぱいかしら。いずれにせよ、あまり美味しいとは思えない。

 でも、酷い匂いはない。

 本当にこれが戦場を彩る不快な臭気の元になるの?

 とても不思議。

 ぴりぴりと緊張する月髪を指先に感じる。

 次々と、有り得ない速さで兵士たちが倒されている。

 戦況は刻一刻と変化し、いつしか、凶人(マガツビト)の兵士数名がすぐそばまでやってきていた。

 

「可笑(オカ)しいわ。さっきまであんなに勝っていたのに」

 

 今では形成が不利にも見える。

 叶(カナイ)の言う通りなら大丈夫だと思ったのに。

 指先の振動が全身に響く。

 総毛立つ感覚に思わず身震いした。

 

「……凶人(マガツビト)の主が動きました」

 

 叶(カナイ)がぽつりと告げた。

 

「凶人(マガツビト)は、主に殺意を抱く事で契約する異色の刻鍵です。主の命を狙う事が反逆とは認められない、非常に特殊な環境において、凶人(マガツビト)の主は兵士の誰よりも強く在る事が求められます」

 

「じゃあ、これは凶人(マガツビト)の主が私の兵をどんどん消していからだって言うのね」

 

「おそらく」

 

 叶(カナイ)は、私が彼に与えた仙で私たちを包み込む防御壁を構築した。

 私の護衛に残しておいた兵の合間を縫って飛びかかってきた凶人の狂戦士は、その壁に阻まれて跳ね返る。

 体勢を崩したところに兵を投入し、一人ずつ倒していった。

 しかし、私の周囲を取り巻く兵すら、かなり数を減らしていた。

 どうしようかしら?

 遠くの戦況を見つめる叶(カナイ)の目に焦燥が映る。指先の感覚、残る兵はあと数人。

 

「残る敵の駒は一つです。沙羅様、そちらに残りの兵力を。あちらの方角、距離約200……180……150……急いでください」

 

「分かったわ」

 

 

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 糸が絡んだ駒たちは、人間に有り得ない動きで以て私の要望に応えてくれる。腕が少しくらいおかしな方向に曲がっても、足が削れても、首が回っても……それはすべて、私の支配の元だから彼らは気付かない。彼らの躰(カラダ)も精神(ココロ)も、感覚もすべて私のモノだから。

 

「さあ、剣を取りなさい」

 

 折れ曲がって白い骨が飛び出した指が剣の柄に回る。そうして、ゆらぁりと立った傀儡たちは私と敵の駒の間に立ち塞がった。

 しかしながら対する敵駒も満身創痍、全身の裂傷と荒い呼吸がこれまでの激しい戦いを示唆していた。

 しかし、周囲をぐるりと数人の傀儡に囲まれても微動だにしなかった。

 ほんの一瞬、私は見とれた。

 先程まで美しくない、と斬り捨てていた強さのみを求める壮絶な姿に視線を引き寄せられてしまった。

 傀儡を通して自分に向けられた殺気が背筋を駆けあがり、一瞬の快楽をもたらした……気がした。

 

「……ぁ」

 

 油断は一瞬。

 しかし、敵の駒にとってはそれで十分だった。

 分断された駒の断片がその場に飛び散った。

 

「沙羅様!」

 

 一瞬呆けた私の前に、真紅のカーテンが下りた。

 

「叶(カナイ)……?」

 

 どさり、と叶(カナイ)が地面に崩れ落ちた。

 即死。

 叶(カナイ)の体は、二度と動かず、その下の地面にはみるみる真っ赤な絨毯が広がっていった。まるで、私の月髪の城の廊下のように。

 

「……叶(カナイ)」

 

 側近の動かぬ姿を見て、ふいにとても悲しくなった。

 艶やかな黒髪を振り乱して横たわった叶(カナイ)の向こうから、敵駒は躊躇なく私の方へ、警戒もなく真っ直ぐに歩いてきている。

 でも、残念ながら、ぎらぎらとした容姿は私の好みじゃない。

 さっき目を奪われたのはきっと気のせいだ。

 

「月髪……噂に違わぬ美しい主だ。壊してしまうには少々惜しい」

 

「私がそんな簡単にやられるとでも?」

 

 確かに私は戦闘能力に欠けているが、雑兵とは使える仙の量が桁違いだから、その気になれば死に損ないのこんな雑魚兵、一瞬で消すことも簡単だった。

 でも、こんなことに使うのはやめておきましょう。

 

「もう操るモノが残っていないから敵ではない……貴方はそう思っているようね」

 

 目の前に刃が迫っている。

 足元には叶(カナイ)の躯が転がっている。

 

「それは違うのよ。私が操るのは生きているモノだけじゃないの」

 

 くい、と血に倒れ伏したはずの叶(カナイ)の手が動く。

 

「特に戦場では」

 

 命を失ったはずの躯は起き上がり、力ない手で細身の剣を握り締めた。

 構えなどとは呼べない、ただ剣を前に突き出しただけの恰好で、ゆらりとその場に立った叶(カナイ)だった躰。

 

「さよなら」

 

 そのまま前へ向かって|飛んだ《・・・》。

 兵士の纏った白銀の鎧を貫いて、避ける事も適わず、兵士の胸元に鋭い剣が突き刺さった。

 背中から剣が突き出ている。

 致命傷なのは歴然。

 剣を抜くと、凄まじい量の血が噴水のように噴出した。

 がしゃん、と大きな音を立て、白銀の鎧が崩れ落ちる。

 

「|操らなくても《・・・・・・》私の所有物だったモノは、生きていなくても動かせちゃうのよ。ほんの少しの間だけ」

 

 もはや動く事のない敵兵にわざわざ解説してから、叶(カナイ)の糸をほどいた。

 その瞬間、ぐちゃ、と肉体が潰れ爆ぜる音とともに叶(カナイ)の身体が床に叩きつけられた。綺麗だった白磁の肌が床に叩きつけられ、歪む。

 私はそれを見て、一番お気に入りだったルビーのピアスを外した。

 残念よ、叶(カナイ)。もう貴方の声を聞けないのね。

 

「善(ヨ)き終焉を」

 

 からん、と叶(カナイ)の身体の横に堕ちたピアスは、一瞬煌めいて、沈黙した。

 ちょうど、敵方の主がこちらへ向かって歩を進めているところだった。

 

 

 

 

 

説明
 満たされる、充たされる、ミたされる――
 神の嘆きが創り出した平和な世界『珀葵』、そしてそこから零れ堕ちたモノが業を背負う世界『緋檻』。
 珀葵に蕩揺う平和の裏で、緋檻の民は業を重ねていく。


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◆これは、戦略シミュレーションゲーム『戦神楽』の宣伝用に執筆されたものです。
 RPG版のシナリオ原本でもあります。
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