二重想 プロローグ 壱
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どうも、みなさんごきげんよう。そしてはじめまして。

米野陸広と申します。

一応完成している作品をお送りさせていただきます。

そのため、こちらによほどの不手際がない限り、かならず、最後まで投稿を続けさせていただくことをお約束します。

三年前に完成させた、初めての長編ですが、いろいろ突っ込んでいただければ幸いです。

最近は筆が遅々として進まないため、創作家としての道を断念していましたが、これを機に復活できればと思います。

 

では、ご指導ご鞭撻のほうよろしくお願いいたします。

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二 重 想

 

  第一部 耀子

 

悲しみも喜びも、私にとっては何の意味もない。それどころか存在すらしないのかもしれない。

『彼女』を振り切れる喜びなど存在しないし、『彼女』以上の悲しみが存在するはずもない。故に、あの時から私の涙は枯れ、いつも変わらない顔が、仮面の如き顔が、私の顔を常に覆っていた。そう今、この瞬間も……。私の瞳は、虚ろなまま蒼い空を見続けていた。

死。それは全ての生き物に与えられる平等な権利で、何人もこの運命から逃れることが出来ない。私の恋人、……だった、霧下耀子もそれに然り。どのような死に方をしたにせよ、彼女はその運命を受け入れたに過ぎない。だからいつまでも、このことを引きずっていても、無意味、だ。

……これで、何度目だろう? 

私は唇を引きつらせる。いつも同じ結論を出す自分に心から皮肉を込めて。

……駄目だ。頭でごねるのは容易い。しかし、心はそう簡単に割り切ってはくれない。そう考えようとするたびに、彼女の最後の姿が、心にくっきりと浮かび上がるのだから。

 

「雪村く……」

 

あの時確かに、彼女は私の名前を呼ぼうとしていた。冷たい空気に声を走らせ、怯えた目でこちらを見つめ、そして救いを求めるように、手を伸ばしていた。だが、差し出された手は少しずつ私から離れていき、愛しい彼女の顔も弧を描くように重力に引かれていった。

 

私は彼女が倒れていく場所を、改めて認識し、焦燥を覚える。

階段! 

耀子は足を一歩踏み外した。そんな、ちょっとした動作。スプーンを落とすのと大差ないというのに。

「耀子!」

私は彼女の名を叫び、彼女が差し出した手を、必死に掴もうとした。が、私の手はコートのポケットに入ったままだった。

何故? 何で抜けないんだ? 

焦りは不必要な疑問を生み、私は自分のコートに目をやった。

まるで、何かに繋がれて……。

 

今自分に出来る最善のことが出来ない。そのもどかしさを伝えたかったのか、私はまた彼女の方へ向きなおったのだ。

私は、卑怯だった。

同時に私は、生涯一番の恐怖を顔に浮かべていたのだから。しかし、当の彼女は、彼女の顔は、ああ、……今でも、あの表情は忘れることが出来ない。彼女は、怯えながらも、

微笑んでいた。

とても、弱々しく、今にも消えそうだったが、微笑んでいたのだ。あれが一体何を意味するのかは、今の私にはわからないし、わかったとしても何の意味があろうか。

もう彼女はいないのだ。

 

何でそんな顔、出来るんだよ。何で、笑っていられるんだ? 

「行くな!」

 

現実を否定する、しかし既に結果を予知している、残酷な言葉を私は叫んでいた。

 

途端、嘘みたいに同時に右手がコートから抜ける。あらん限りの想いで、腕を伸ばす。

「ごめん、……ね」

彼女の震えるその声を境に、私と彼女に、絶対的な『間』が生じる。空間的な、精神的な……。そこで、私の手は空を掴んだ。

 

彼女の身体が転がっていく。

 

涙が、……一筋、零れ落ちた。

彼女が去っていく……。……彼女が消える。彼女が……無に……か、え、る。

 

そのとき私は、初めて知ったのだ。

心は空白にもなるということを。

世界に、絶無があるということを。

 

……。

 

私の心は、そのとき確かに、停止していた。自分の存在すらも忘れていた。

そして、私は、

彼女の死を、……彼女の死を、見つめ続けていた。

最後に聞こえたのは彼女の、いや、彼女のものとは思えない呻き声だった。それから仰向けに倒れ、全く動かない彼女の身体からは、だんだんと赤いインクが毀れ出していった。綺麗な赤いインクが彼女のつややかな黒髪を染めていく。

しかし、私は、そこに立ち尽くしたままだった。まるで機械のように、何も感じずに、それが当たり前であるかのように……。

今思えば、あの時すぐに病院にでも連絡すれば、彼女は一命をとりとめたのかもしれない。しかし、私はそうしなかった。全身がそのことを拒んでいるかのようだった。

 

彼女はそこにいる。人がだんだんと集まり始める。

 

唯一の救いだったことといえば、

 

流した涙が、まだ頬を伝っていた。

 

未だに忘れることが出来ない、……違うな、忘れてはならない記憶だ。私に永遠にまとわりつく、咎の螺旋階段。

彼女は今でも私の傍にいる。いつでも、すぐ、そこに。

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空も海も青かった。深く深く、一体、その中には何を抱えているというのだろう?私にはとても似つかわしくないほど、澄んでいた。

眼下には砂浜が広がり、目線を上に戻せば水平線が見えた。所々に船も浮かんでいる。海水浴客も元気そうにはしゃいでいた。なるほど、海が生命の源というのも理解できるような気がした。

空には白い雲がこれ以上ないくらいのコントラストで浮かんでいるし、それに映し出されるかもめの群れは、見事な風景画のアクセントとなっていた。

だが、この空の先には、宇宙という生き物が生きられるはずのない、死の空間があり、この海の底には、何千何万何億何兆といった死骸が眠っている。

そう考えると、少し寒気がする。世の中生きているもの以上に、死でいっぱいだ。

空き缶が道路の上を風に流されていく。中には何にも入っていない、ただの屑鉄。からからと音をたてながら、何の意義もなく、道を転がっていく。

私にとてもそっくりだった。

いや、彼のほうが、もしかしたら懸命に生きているのかもしれない。風に流されながらも、無意味とわかりながらも、必死に抵抗しているのかもしれない。

それに比べて、私は……もう何日、こうして生きているのだろう?

だが、そのおかげで、ここのところ続いていた夏の暑さにも、大分、慣れた。

最初は重く感じていたこのリュックの重さにも今では、物足りなさを感じるくらいだ。

熱中症にかかる心配もあるまい。都心から外れてみると、案外涼しいもので、木陰で休めば、十分な安らぎを得ることが出来る。

なるべく人と関わらないように山道を歩き、あえて道に迷い、悪く言えば、無駄な時間を過ごした。人と関わりたくないなら、引きこもっていればいいのだが、そうすると、故意に自分を傷付けたい衝動に駆られる、その恐怖があった。かつて自分がそうであったから。以前切った左手首には、未だ消えない傷が、常人から見れば生々しく残っている。

俺からしてみれば、こんなものもうアクセサリーの一部にしか思えない。

……それと、何処かで期待しているのだろう。耀子に会えることを。

だから、何処にいく当てもなく、ただ歩きつづけている。こうすることで、別に何がどうなる訳でもないと、頭の中では解っているのに。

『過去に囚われていても、彼女は喜ばない。悲しむだけだ。』

ふと、こんな月並みな台詞が思い浮かんだ。途端に私は微笑をこぼす。……私は嫌な人間だから。ひねくれているから、つい、正論といわれているものを覆したくなる。

『あなたには、死人の気持ちがわかるとでもいうのか?』

などと言って。

愚問だな。わかるはずが無い。死んだら人間は虚無でしかないんだから。

本当に彼女が、私を過去という名の牢獄に、閉じ込めるつもりが無いとするなら、彼女は何故、あんな呪縛をかけたのか理解しかねる。

 ……私は、彼女の手から、逃れることなど出来ない。これから、ずっと、ずっと一人で、生きていかなければならないのだ。これは、贖罪などではない。選択肢が他に無い、それだけだ。……それに、私もそれを望んでいる。

風が強く私の頬を撫でた。心地よい感触だ。潮の香りがする。しばらく森の香りしか嗅いでいなかったから、妙に懐かしく感じる。

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正確な時間は分からないがまだそれほど経ってはいまい。海水浴客よりはサーファーの方がまだ多い。それなら、九時ぐらいといったところか。腕時計の針は、もうとまってからかなりの時間が経つ。電池を買いにいく勇気は残念ながら持ち合わせていなかった。

このあたりはあまり車が走らないからだろうか、目の前にあった僅かに錆びたガードレールを失念していた。風景に見とれて足を出したときにぶつけ、急に意識した。

私は下を向いた。そこで改めて、自分が山道を進んでいたことを認識する。

下は崖だった。ガードレールで守られているものの、ここなら誰でも軽く、自分の命を投げることができるだろう。

……覚悟さえあれば。

私は、一歩崖に向かって踏み出した。次の一歩で、ガードレールを跨ぎ越える。背後をハイスピードで車が飛ばしていった。けれども私は、驚くことも気にすることもなく、ぼんやりと海を見下ろした。

海水浴客は誰もいない。こんな危ないところでは遊ばないだろう。こんな、波が岸壁を削っているようなところでは。

さっきの車は、コンクリートの上を走り、私は今、地面に生えた草の上に立っている。人工物は人工物の上を、生命は生命の上を……どうでもいいこと。人間はどうしてこう考えることがないと、意味のないことを考えたくなるのだろう。

ああ、いろいろ浮かんでくる。

私が踏みつけているこの草にも、正式な学名があるのだろう。命もある。だが、誰も私のことを、責めはしない。なぜなら命は平等じゃないから。

ガードレールを境に打ち止められたコンクリートと、ほんの僅かだが、草が自生できるほどの地面。右手の甲の古傷に、潮風が染みた。私の爪先から崖端まで、後十センチほどの余裕があった。一歩で、身を捨てられる、それだけの余裕が。

たった一歩だ。普段歩いているのと同じ、一歩。だが、いつもの一歩とは何かが違う。私は、悩んだ。つまり……、

ちょうどその時、向かい風が吹いた。

まるで私を足止めするかのようで……。

そう考えた時点で、結論は出た。まだ私は、この世に未練があるらしい。

……呼吸をするのと同じぐらい素直に、自分の命を断ち切れたら、もう、私はこの世に未練が無いということなのだろうから。

選択において、悩むことは意味が無い。どちらを取っても、結局後悔するのだから。

でも、だからこそ安心して悩めばいい。意味が無いことに意義があるともいえるし、……それに、生きるものは、何か必要となったら、悩むことなく、必ずそれを選ぶことが出来る。

それこそが正しい道順だ。だが、……本能に従った上で、それを行えなかった場合は、……耐えがたい。そして、人は絶望を知るのだ。

いくら私が、彼女と共に生きたいと望んでも、もうそれは、叶わない。自分でも無駄だとわかっている。……わかっている、が、その理解を、今の私は、超えてしまっている。彼女に、霧下耀子に、私の脳を支配させることによって起こる、現実を超えた現象。時と共に、彼女を想い出に変えることのできない、絶対的なプロテクト。

それは……、彼女にしてみれば、当然の処置と言えるのかもしれない。

ガードレールに腰掛けた。ここから見える海の景色は、とても美しく、甘美な響きを漂わせていた。

丁度五年前だったら、私の横には、もう一つの温もりがあったのだがな。

だが実際は、今までの五年間、私の隣に人が座ることなどありはしなかった。あるはずもなかった。

突然、ラッパに似た、それでいて不愉快な音が鳴った。振り向くと一台の紅い車が、手前の車線に止まっている。血のように紅い色だ。そう感じるのは私の心情のせいだろうか?

私を振り向かせたものの全体像をおおまかに把握すると、私の視線は、すぐさまウィンドウへと向けられた。ドライバーの顔は、窓が黒ずんでいるため、確認できず、性別すら判断できない。しかし、ウインドウが沈み始めたので、それは解決しそうだった。礼を言う必要は無いが、言わざるをえない状況だろう。だが、どうせなら、その相手は若い女性であっては欲しくなかった。なぜなら……、

まずは、頭頂部。続いて額、目、鼻、頬、口……。

窓は完全に開ききった。

突きつけられる結果に、私は息苦しくなる。

そこには、私の良く見知った……彼女の顔があったからだ。心配そうに、こちらを向いている。

何で、何で君が。

既に何度も体験しているが、そう思わずにはいられない。それくらいに目の前の女性は似ているのだ。いや、これは、空似などではない。今、僕の視界にいる女性の身体は、確かに、あの五年前の彼女の像と完全に一致するだろう。

……これが、彼女のプロテクト。自分を想い出にさせないための……。

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「あの、なんていいますか、じ、自殺は良くないですよ。と、と、特に飛び降りは、飛び降りている最中は、ともかくとして、飛び終わった後が、見ているほうも、や、や、や、やった方も嫌でしょうから。ま、まあ、ここは海ですけれど……」

「……ああ」

私は出来るだけ、動揺を押さえ、声にした。少々、説得としては妙な説得だが、それだけ彼女も動揺しているということだろう。彼女は、目の前の自殺願望者に。私は、目の前の過去の亡霊に向かって……。

だが、私の場合、同じなのは姿かたちだけではない。声も口調も同一。しかも、今回は今までに無く、雰囲気も何処となく、彼女に類似していた。

私は、ガードレールを跨ぎ越した。その間も、彼女を見つめつつ、平静さを装う。

わかっている。いつもと同じ現象に過ぎない、彼女は……彼女では無いのだ。

私はそう自分に言い聞かせた。そうすると、冷静な判断もつくようになり、皮肉の一つくらい、言えるようになる。

どうやら、彼女は、何とか、私の自殺を食い止めようと試みてくれているようだ。けれども、第三者が聞いたら、一体何のやり取りをしていると思うだろう? 自分でも変な会話だと思う。至って、冷静な自殺願望者に、慌てふためいている説得者。お話にならない。しかも、その説得者が、既に他界した人物となれば、もう……。

そこで、もう一度認識する。彼女は彼女でないことに。

彼女は私の知っている霧下耀子ではない。まるっきり別人だ。霧下耀子の身体だが、私の知らない、他の誰かにほかならない。

「……あの、もしかして、私の勘違いだったでしょうか」

「いや、半分当たりといった所かな」

彼女も、私の自殺者らしからぬ態度のせいか、少しは冷静さを取り戻したらしい。声に落ち着きが見られる。だが、私の回答に、少し戸惑いを覚えたようだ。私はそんな彼女を、なだめるように言った。

「でも安心してくれて、いい。私には、その覚悟は無いとはっきりしたから」

その答が聞きたかったのだろうか、彼女は私の言葉を聞いて、安堵の溜息をつき、微笑んだ。

……あの時以来、久しぶりに見た彼女の笑顔だった。

……最後に見せた彼女の、表情も、笑顔、だった。

呼び起こされる記憶。

心臓が不意に高鳴る。

階段から落ちていく彼女が、こちらを見て……、

あの時のことが雷の如く脳内をフラッシュバックする。

ズキッ! 

右手の甲に激痛が走った。あまりの痛みに私は、左手で右手首を掴んでいた。手の甲の痛みが増す。私はその痛みを押さえるかのように、必死になって右手首を掴んだ。

私の罪が、彼女の笑顔を見て甦ってくる。私の罪の刻印である右手が、それをはっきりと呼び起こす。

私は、うめき声をあげつつ、左手に一層、力を込めた。

「ど、どうかしたんですか!」

彼女の声が、耳に入った。不安げなか弱い声。すると、……痛みが嘘のように引いていった。一体なんだというんだ? 

私は徐々に右手への圧力を弱めていく。残ったのは右手首の開放感と、左手の握力によってもたらされた、ジーンとした痛みだけだ。

右手を良く見てみる。いつもと変わらない。古傷にも何の異常も認められない。指もちゃんと動く。こんなことは初めてだが、これも一種のプロテクトなのかもしれない。私は、普通の人間とは違った原理で動いているのだからその可能性は十分に有り得るだろう。

私は右手の無事を確認し、彼女の方に視線を移した。彼女は訝しげに目を大きく見開いている。

私は彼女に向かって、礼儀用の笑顔を作り、

「すいません。ちょっとした発作のようなものなので、気にしない……」

「あの、もしかして、……雪村さんじゃないですか?」

彼女の言葉に私は、笑顔のまま凍りついた。

なぜ、私の名前を?

「な、なんで?」

心中をそのまま吐き出した。

「やっぱり、そうでしたか。お久しぶりです。……覚えていませんか? 冴子ですよ。霧下冴子」

その言葉に懐かしい響きを感じ、それが、口からほろりとこぼれる。まだ私が笑っていられたときの記憶からだ。

「さ、冴……ちゃん?」

「ええ、そうです」

耀子、いや、霧下冴子は自分を覚えていてくれたことが嬉しかったのか、微笑を浮かべる。

その間、私は記憶を辿りながら、彼女のデータを呼び出した。が、私の知っている霧下冴子は、五年前の霧下冴子だ。しかもまだその時は、高校生で……。

霧下冴子は、耀子の妹で確か五つ下だったはずだ。明るく、生真面目といった点では、姉の耀子と類似している。が、耀子が文化系であるのに対し、冴ちゃんは徹底的なまでの体育会系だ。水泳を得意とし、いつか見せてもらったが、彼女はたくさんのトロフィーを所持していた。確か、体育大に入るから、推薦がどうのこうのと言っていた気もする。

姉妹仲も良好だった。いやそれどころか理想的な関係とも言えたのではないのだろうか?姉、妹、関係無い、まるで友人同士のような。耀子と交際していた時、私は常々そんな印象を受け取っていた。

……さて、一番最後に、彼女の顔を見たのはいつだっただろうか? そんなことを思い、さらに深い、混沌とした記憶の中へ潜っていった。私の記憶は耀子を軸にした螺旋階段のようで、霧下冴子という人物のデータも全ては、耀子に繋がっていた。螺旋階段というよりも、この場合は神経系といったほうが正しいだろうか? 

……と、不意に目的地にぶち当たる。それは、耀子の葬式のときだった。そうか、あの時以来、か。といっても、あの時、私も放心状態だった。ほとんど記憶に残っていないのだが、耀子の死に顔と、この世のものとは思えなかった霊柩車と、それを見ながら泣いていた彼女の顔は、今でも深く印象に残っている。彼女のすすり泣く声。その涙。

後悔しきれていなかった私にとどめを刺すかの如く、私に、罪悪感を、今でもはっきり残っているこの胸の痛みを、くっきりと浮かび上がらせたのだから。忘れることなど出来ようはずもない。

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「……お姉ちゃん、何で、死んじゃったの?」

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ボソッと漏らした、あの一言。

耀子を死に追いやった私。耀子を守れなかった私。耀子を助けられなかった私。

あの声は非力な私を、思い出させる戒めで、そう私は……、……今の私は、ただ、それだけの、何も出来ない愚かな、非力な、殺人者、でしか、ないんだ。

「雪村さん、どうかしましたか?」

彼女がそこにいた。私はビクッと拒否反応を示す。今の彼女の外見は耀子なのだ。あの死ぬ直前の、霧下耀子なのだ。

……心の闇が、目を開いた。

恐怖だ。私は恐怖を感じていた。彼女の存在に恐怖している。……あれほど好きだった彼女に、恐怖心を抱いている。天使の微笑が、悪魔の作った仮面にしか見えない。

「冴ちゃん、綺麗に、なっ、たね」

その恐怖を打ち消すように、声を振り絞って出してみたが、駄目だ。単語一つ一つが震え上がっている。そんな私に向かって彼女が、何か声を掛けている。だが、その声は聞こえなかった。……聴覚が断絶されていた。思考が、交錯し始めた。

私は、恐れているのか?一体何に対して?

(……何故君がここにいるんだ? どうして、あの時死んだじゃないか…。)

彼女の姿に? 彼女の幻影に? それとも、また、取り返しのつかない事をしてしまうかもしれない未来の、……自分自身に?

(……私に復讐を? 違うさ、君はそんな人じゃない。でも私は、そんな君を殺してしまった。助けられたはずなのに、君を見捨ててしまった)

解らない。

(……許してくれ。愛していたんだ。心の底から)

判らない。

(……償いたかった。でもその方法が私にはわからなかった。自分を苦しめ抜くことぐらいしか思いつかなかったんだ)

わからない。

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ワカラナイ? 

私の心が、頭をもたげた。

……ホントウハ、ワカッテイルノダロウ? タダ、タンニ、オマエハ、ニゲテルダケニ、スギナイ、ト。スベテヲ、ジジツト、シッタ、ウエデ、ミトメタウエデ。オマエノ、ぷろてくとハ、オマエノ、ツクリダシタ、モノ、ダト。

天使とも悪魔とも区別のつかない囁きが、自分の心のものと気付いたときには、私の意識は、もう既に果てしない闇の中へと、一歩踏み出してしまった後だった。

……最後に感じたのは、アスファルトへの打撃感だけ。

そうか……。そうだよな。耀子の残像は誰かが作り出したものでもない。作り出したのは私以外の何者でもないのだ。彼女を、忘れたくなかったが故に。彼女と別れたくなかったが故に。

いつまでも、一緒にいられる、プロテクト。……片時も離れなくて済む、私の幸せの幻影。

 

説明
どうも、米野です。
どのジャンルの作品といえばいいのか困るものなので、一応恋愛ものと銘打って、お届けいたします。
正直、3年前の作品なのでまだまだかなり拙いです。
簡単に要約してしまうと、一人の男とある姉妹の話です。
読みにくいかもしれませんが、宜しくお願いいたします。

次話へhttp://www.tinami.com/view/148019
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恋愛 二重想 記憶喪失 

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