the stories of tea 〜ダージリンに雫をたらして〜
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ダージリンに雫をたらして

 

 つい先ほどのことだ。彼からの電話があったのは。中身は他愛も無い、デートのお断りというヤツだ。どうやら、三回連続の急用、十二回目のドタキャンが入ったらしい。

 やかんがコンロの上で高い声を奏でた。

 それにしても、男とは何とも身勝手な生き物だ。自分の都合しか考えず、その上、女の気持ちすら考えていない。……それにしても、どうして惹かれるかな、私ってば。

 コンロの上で悲鳴を上げているやかんが窮地から救われる。

 全く急用、急用と結局その内容は一体何なんだと問い詰めたくなるが、ここはじっと我慢するべきなのだろう。彼の中で私はまだ子供なのだから、私はじっと耐えてあげなければならないのだ。大人には大人の都合があって、子供はそれに付き合わなければならない義務があるのだから。

 既に茶葉を食べて体をあっためていた白い陶磁器のポットがリビングの机の上からやってきた。

 馬鹿馬鹿しい話だが、数少ない彼との会う約束はことごとく反故にされ、ここ半年、彼に会っていない。正直、辛い。離れればそれだけ大事なものがわかるというけれど、それにしたって限度というものがある。

高い位置からポットへとお湯が流れ、ポットの中のお湯が増えると茶葉が見えない縄を跳んでいた。

大学時代には、まさか社会人になってから、こんなにも会えなくなるとは考えもしなかった。これなら、彼が卒業したとき一緒に住んでしまえばよかったと、いまさらながらに思う。そうすれば、少なくとも夜は一緒にいることができるのだから……というか、いっそのこと結婚でもしてしまえばよかったのだ。

ゆっくりと芳しい葡萄の香りを伴った湯気が鼻腔をなめる。

でも後悔しても仕方ない。これは二人で決めた結論だし、後三ヶ月、私が大学を出るまでの辛抱なのだから。まあ、甲斐性のある彼のことだ。浮気の心配なんてする必要がない。それだけでも有難く思わなければ。自分の彼氏が浮気をするかどうか考えながら生きる生活なんて、心底疲れるに違いない。

ポットに蓋がされると、香りは遮られて代わりに残った湿気が鼻へとまとわりつく。

あぁ、やっぱり会いたい、なぁ。……ケータイは残酷だ。彼だけの着信音は別。そのせいで他の電話に出たくなくなるよ。それでも彼の電話を待つせいで電源をきれない。

ティーコジーがポットに特注のサウナを作ってやる。

臆病だな、私。迷惑がられるのが嫌なんだと思って、最近こっちから電話もかけられなくなっている気がする。増えていくのは着信履歴ばかりだ。その代わりメールのやり取りは多くなったけど……こんな大人にはなりたくなかった。もっと勝手に生きたいよ。もっと我儘でいたいよ。……ん、もう、そろそろかな?

サウナから開放されたポットは番であるティーカップへと接吻を交わし、熱き情熱を注いだ。

ダージリンのファーストフラッシュ。鬱憤を晴らすためとはいえ、私もずいぶん奮発したものだ。この前は……アールグ、レイだったっけ。何か、習慣になっ、ちゃってる、の、かな。でん、わの後に、こ、うちゃを飲むの。……なんか、ジン、って、しちゃう、んだよね。

ティーカップはポットから攫われ、人間の手に抱えられ口をつけられた。

 なんで、なんでだろ。さ、いきん、でん、わが、すごい、つめ、たい、よ。こうちゃ、のせいか、な? 紅茶、が温かい、せいなの、かな? ……私、なんで、泣いてるのか、な?

 カップが交わしたキスは、いつもいつも冷たくて、とても……しょっぱかった。

 

説明
紅茶シリーズの第一弾です。
シリーズというからには、続くのかということですが、まぁ続きます。
話に一貫性はないですが、恋愛が絡みやすいのはお約束です。
ちょっと実験作的な色合いが濃い作品ですね
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