真・恋姫無双 EP.19 精華編 |
黒いうねりが、大地を響かせていた。統率された一団は、盗賊の群れを呑み込むように駆逐してゆく。その様子を崖の上から眺めていた桂花は、見事な指揮に目を輝かせていた。
「噂以上ね……」
旅を続ける中で、いくつかの噂を耳にした。もっとも多かったのが北郷一刀の噂だったが、桂花が一番気になったのは曹操軍の話だった。
現在、袁紹、袁術に次ぐ大勢力になりつつある曹操軍は、唯一、朝廷に対し宣戦布告をしている勢力だった。結果、朝廷に不満を持つ人々が流れ込んで兵力を増やし、豫州はほぼ全域、曹操軍の統治下に入ったのである。
しかし決して官渡を越えることはなく、今はまだ洛陽から距離を開けようとしているのがよくわかった。
(洛陽はあの事件以来、誰も近寄れないほどの魔都になっているというわ。静かなのが、逆に不気味ね)
その影響で長安にいる袁紹の部隊は、本拠地の河北四州から孤立することとなった。袁紹を攻める好機だったが、そのためには二つの障害がある。
一つは、袁術だ。
(領土を広げる野望はなさそうだけど、袁術も袁家の一人。袁紹に曹操軍が攻め入れば、挟撃される可能性は高いわ)
精強と謳われる曹操軍でも、倍以上の兵力で叩かれれば勝機は少ない。袁紹軍を相手にしながら袁術軍を凌ぐ事は、ほぼ無理だろうと桂花も考えていた。
そしてもう一つの障害は、青州で勢力を拡大している、頭に黄色い布を巻いた義賊の一団だった。今まさに目の前で、曹操軍が駆逐している盗賊たちの母体である。
(旅の間にも、嫌な話をいくつか耳にしたわ。義賊と言われる彼らも、肥大化した組織を養うために、無差別に村を襲うようになっている。それが一部の暴走なのか、あるいは本体の意志なのか……)
不気味なのは、その正体が不明の首魁である。不満を抱く民を吸収しながら膨れあがる彼らは、やがて大きな影響をこの国に与えるだろう。
(輜重隊が襲われる可能性を考えると、余計に兵を割かなければならないわ。それに補給路の分断という不安もある。そんな中で戦うのは、難しい)
せっかくの好機でありながら、曹操軍は身動きが取れない状態だった。
(けれど、私には策がある……)
曹操軍は常に人材を求めているという。桂花には、自信があった。
(強い信念を持ち、そのための犠牲を厭わない覚悟。人を惹きつける魅力、そして他を圧倒する武を持っている。今、もっとも天下に近いのは曹操様だわ。私が仕えるべき方――)
大きく頷いた桂花は、曹操軍の本拠地に向かって歩き出した。
足の踏み場のないほど、部屋の中はガラクタで溢れていた。何に使うのかわからない物ばかりだ。
「これや」
奥から一人の女の子が現れると、入口で待つ黒装束の男に紙の束を渡す。
彼女はこの家の主、発明家の李典だった。
「あんたに言われた通りのもんや。これで文句はないやろ?」
「……」
男は内容を確認するように、紙の束をめくる。そこには図や文字が、びっしりと描かれていた。
「量産はそっちで、勝手にやればええ。ウチはもう、関係ないわ。これで約束通り、村のもんには手を出さんといてな」
「……いいだろう」
男は紙の束を服の中にしまうと、部屋を出て行った。それを見送った李典は、疲れた様子でそばの椅子に腰掛ける。
「これで、良かったんやろか……」
大切な村の仲間を助けるためとはいえ、憎むべき朝廷に手を貸してしまった。
(凪が知ったら、怒るやろなあ)
友人の顔を思い浮かべて、李典は少しだけ笑みを浮かべた。そして気を取り直したように立ち上がると、奥の部屋に戻る。そこは彼女の研究室で、大事なものが色々と置かれていた。
その部屋の棚を、李典が軽く横に移動させる。するとそこには、地下へと伸びた階段が現れたのだ。
李典は蝋燭の灯りに照らされた階段を降り、厳重に施錠した大きな扉をゆっくりと開けた。
「調子はどうや、華雄姉さん……」
部屋の中央に置かれた大きな水槽の中に、白いビキニの女性がいた。液体の中で、眠るように目を閉じている。
彼女は、かつて華雄と呼ばれた女性の細胞から培養されたホムンクルス――人工生命体だった。
李典は今でも鮮明に憶えている。村を襲ってきた盗賊集団、その数は千人ほど。男たちが出稼ぎで居ない時期を狙っての、襲撃だった。
さすがに勝つことは難しい。李典は友人の協力で、村のみんなを逃がす時間を稼ごうとした。その時、偶然村に立ち寄っていた武者修行中の華雄が言った。
「ここは私に任せるがいい。お前たちは、村を守るのだ」
そして華雄は村を出て、盗賊たちを待ち構えた。
土嚢を積んで村から見ていた李典は、その後ろ姿を忘れはしないだろう。
大勢の敵を前に怯むことなく、手にした槍を振り回して次々に倒してゆく。流れるように動いて、首が飛び、血が煙る中を舞うようだった。
「すごい……」
隣で、誰かが呟いた気がした。それくらい、圧倒的な光景だった。
どれくらいの時間が過ぎたのか、昇った日が傾き始めた頃、ようやく戦いが終わった。すべての盗賊は屍となり大地に転がって、夕日を背に立っているのは華雄一人だったのだ。
思わず、李典は飛び出した。
「すごいで! すごいで、姉さん!」
歓声を背に、一人立ち尽くす華雄に近付いた李典は息を呑んだ。
「死ん……でる……」
槍を地面に突き刺し、目を見開いて、立ったまま華雄は死んでいた。その顔は血に赤く染まっていても、誇らしげで、美しかった。
何の関係もない、立ち寄っただけの村を守る為に、どうしてここまで出来るのか。李典にはわからなかった。ただ、彼女のような武人を失ってはならないという、強い思いだけが胸に込み上げて来たのだ。
(これはウチの自己満足なのかもしれへん。でもな、華雄姉さん。ウチ、もう一度姉さんと酒を呑みたいんや)
あらゆる魔術書を調べ、ようやくここまで来た。遺体から取った本人の細胞を培養して、人工的に生命を産み出したのである。
これはまだ、誰にも話していない秘密の研究だった。そして華雄が最初で最後と決めている。
「もう少しや、もう少しで……」
李典は状態を確認すると、部屋を後にした。
布団で眠る張遼の脈を測り、華佗は安心したように頷いた。
「相変わらず、体の調子は良さそうだな」
呂蒙の生家に着いた華佗たちは、ようやく長い旅から落ち着くことが出来た。旅の間中も、華佗は張遼の体調に気を配ったが、これまで特に問題はない。
「それにしても、北郷一刀か。同じ名なのは偶然だろうか……」
しかも洛陽に来ていたという。彼女を連れて来たのは、早計だったのだろうか。しかし洛陽に居ても会えたかどうかはわからないし、大変な事件だったと聞いている。あの場に、こんな状態の張遼を残してはおけなかった。
(だが、希望が絶たれたわけではない。むしろ、今までよりは好転しているのだ)
『カズト』という名だけでは見つけられないとしても、今や全国に天の御遣いとして北郷一刀の名は知れ渡っている。どこかに現れれば、必ず噂になるはずだ。
(闇雲に探すよりかは、マシなんだろう)
華佗は気持ちを切り替える。とうぶんはここを拠点にして、患者を診ようと思っていた。
「亞莎、すまないが面倒を掛けるかも知れない」
「はい、構いません。華佗先生の、自由にお使いください」
生家を診療所代わりにすることを、呂蒙は快諾してくれた。
「よし」
さっそく、鞄を持って華佗は街に繰り出した。患者を捜して。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 いままで割と適当だった地名を、少ししっかり使ってみました。何となく、あの辺だなあくらいで見てもらえればと思っています。 地理が苦手なので、間違ってたらごめんなさい。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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コメント | ||
・・・患者を探して・・・何故かなまはげ思い出した・・・「病魔はいねがぁ〜w」 一刀はまだ目覚めないのですかな?(2828) | ||
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