Cat and me15.祈りの時間 |
スズは衣や身を飾るものに興味がない。
化粧や髪の結い方などにも興味がない。
素直に黙って着せられている。
だから、キムザや女官たちの格好の着せ替え人形だった。
彼女らは愛をこめてこの娘を着飾らせた。
けして派手ではなく、むしろ簡素に、しかし美しく。
その手腕は見事だったといっていい。
また従来では飽き足らず、色々と手を加えた。
ある時、スズの頭に不思議なものが刺さっていた。
シダの葉状のふわふわした毛に卵型の碧色の模様がある。
可愛らしい耳の上に、丸く紅い宝玉と共に飾られていた。
トホトホとスズが歩くたびに、優雅に揺れる。
「なんだ、これは」
「孔雀の羽根にございます」
深緑色の衣によく似合っていた。
紅い宝玉と紅い帯が差し色となって大人びて見える。
手渡された扇の要をもって、クルクル回して遊んでいる姿にキムザたちは唖然としたが。
「今日のスズは一段と美しい」
にっこりとスズは笑って優雅にお辞儀をした。
そのまま手をつないで外に出た。
愛姫スズの人気は高い。というより時の人である。
そういう人物は影響力が強い。
貴族の女たちはこぞってスズの真似をした。
あっという間に城は、孔雀の羽根だらけになった。
単品だからこそ美しいのに、集団だと醜くみえるものだ。
ある時、スズの襟や裾、袖にヒラヒラした白いものが付いていた。
手にとって見ると、細かい網目がある。刺繍の布のない感じだ。
「なんだ、これは」
「西国の編み物にございます」
珊瑚色の衣によく似合っていた。
スズの焦げ茶の髪と、乳白色の帯が差し色となって大層可愛らしい。
「今日のスズは一段と素敵だ」
にっこりとスズは笑って首を傾げた。
そのまま寝台に押し倒すと、キムザを筆頭に女官たちが猛烈に怒った。
城内の女たちは今度はヒラヒラを衣につけるようになった。
噴飯だったのは我が母まで付けていたことである。
そしてスズの首には必ず鈴が付いていた。
お前はもうネコではない。わたしの大切な愛姫である。
鈴を付ける必要はないだろうと諭しても、スズは不思議と鈴に執着した。
なので、スズ専用箱には様々な鈴付き首輪が並んでいた。
その日の衣によって、女官たちが色を合わせて選んでゆく。
着るものに頓着しないスズが、大喜びした衣がある。
キムザが編んだ卵色の膝まである上着だった。
繋ぎで頭巾までついている。
前は赤い釦で止められるようになっていた(キムザが考案したらしい)。
これを着せられた時、スズはピョンピョン飛び上がって喜んだ。
嬉しそうにクルクル回って、姿見に映している。
ここまではしゃぐスズは久し振りに見た。
「そうかそうか。そんなに嬉しいか。キムザにお礼を言いなさい」
元気よく可愛らしい声で鳴くと、キムザの腰に手を回して抱きしめた。
幸せそうな顔して。
戸惑ったのは老女である。
「あ…」
皺に囲まれた目から涙が出てきた。
「そこまで喜んでいただけるとは、キムザは幸せにございます」
皺だらけの手がスズの背に回る。
後ろで控えていた女官たちも泣いていた。
全く、わたしの愛姫ときたら。
わたしは一人で笑いを堪えていた。
氷のような女官をついには泣かせてしまった。
ところで国王に認められた我が愛姫スズは、イドーラの祈りの時間を強制された。
「そんなもの出なくてもいい」
突っぱねようとすると、スズはわたしを制して首を振った。
――少しだけでも長く、あなたの傍にいたいの。
いじらしいことを言うじゃないか。
「そうか。わたしもお前と一緒にいたい。だが、馬鹿の集う部屋だ、何を言われても右から左へと流すのだよ」
そして、初めて祈りの間へと入ったスズは、不思議そうにあたりを見渡した。
神とその守護神がぎっしりと描かれている丸く高い天井。
スズほどの身長のある神の像。
肘をつくための長椅子、膝を折るための座布団。
末っ子のわたしは、一番後ろの席だった。
今までセリナがいた場所にスズが跪いた。
神官の祈祷が始まる。王以下全員が頭を垂れる。
しばらくして、ちらりとスズを見やった。
どうせうたた寝でもして、船をこいでいるものだと思ったのである。
違った。
真剣な顔で何かを必死に祈っていた。
見惚れてしまうほど美しい横顔だった。
手が伸びる。スズの頬をそっと撫でると、静かに目を開いた。
こちらを見る。黒い瞳と目があった。
頬を撫でていた手は、そのまま滑って、ふっくらとした唇へと動く。
僅かに開いた口の中に指を差し込むと、味わうように舐められた。
優しく甘噛みをされる。
我慢できなくなって、差し込んでいた手を頭に回す。
静かに引き寄せた。同時にわたしも近づいて行った。
ゆっくりと、焦らす様に、じらされる様に距離は縮まってゆく。
触れ合った唇から零れたスズの吐息と、秘かな衣ずれの音は、神官の朗々と張り上げている声が消してくれた。
こうして不遜な祈りの時間は、より不遜になってしまった。
別にイドーラは怒らないだろう。
そんなに尻の穴の小さな神ではないはずだ。
朝っぱらから、神の部屋の片隅で不謹慎なことをしているわたしたちを、苦笑して見逃してくれるだろう。
説明 | ||
ティエンランシリーズ第六巻。 ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。 少しだけでも長く、あなたの傍にいたいの。 *バカップルがゆく。 |
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コメント | ||
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます。罰当たりな二人です(苦笑)。(まめご) 確かに真摯に祈る姿と言うのは、人を可憐に見せると思う。いや、だからって何をしても良い訳ではないと思うけど(笑)。(天ヶ森雀) |
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