Cat and me17.冬の庭 |
スズは暑さに弱いが、寒さにも弱かった。
そしてこの冬は、寒かった。
雪でも降ってくれるのではないかと期待するほど寒かった。
そういえば、セリナは本当にボイルへ旅立ってしまった。
手紙をかくと言っていた。
わたしたちはもしかしたら、いい友達になれるのかもしれない。
スズはわたしを温石代わりに片時も離れない。
朝は蒲団から中々出てこない(潜り込んで引っ張りだすのが日課になった)。
髪を結いあげることですら嫌がる。
女官たちは防寒を兼ねた布を巻いた形状の帽子を製作し、その可愛い頭へと乗せた。
城が変てこな帽子だらけになった様子は筆舌に尽くし難い。
夏はあれだけ寝そべっていた床は、自分で歩こうとしない。
沓をはいているくせに。
移動する時は、必ず抱っこしてもらう。
政務室から部屋へ戻ると、スズは飛び付いて出迎えてくれる。
が、今は女官から、花束贈呈のようにスズを手渡される。
移動する手段は、ほとんどわたしが抱っこをしていたが、いないときは、女官たちやなんとキムザが抱きかかえていたらしい。
「大丈夫なのか。いつお迎えがきてもいい歳だ」
「あの人はスズさまのことになれば、目の色が変わりますから」
「不思議な力でもみなぎってくるのではないですか」
「そんなわけあるか」
本人は憮然とした。
「わたくしは、先の短い老人でございます。その老人の楽しみを奪わないでくださいまし」
「お前を心配しているのに」
「ご無用です」
仕方がない。
暖炉の前に獣の毛皮を敷き詰めた。肌触りのよいそれにスズは喜び、幸せそうに寝そべった。扉までも毛皮の道を作った。これで抱っこをされることもないだろう。
キムザたちからは文句を言われたが。
「まったくお前はどこまでも甘やかされているな」
膝の上で大口を開けて待っているスズに、汁粉の匙を運んでやる。
冬はこれがお気に入りだった。
ただしスズは猫舌だった。
わざと熱いままの匙を差し込み、熱さに悶えているスズは滅茶苦茶に可愛かった(お付きと女官には怒られた)。
「満足したか」
満足、と嬉しそうな声を上げて、キムザたちに礼を言った。
口に付いた餡を舐めてやると、くすぐったそうに笑った。
ある朝のことだった。
ふと目を覚ますと、スズの姿がない。
腕の中にも、足で弄ってみても(寒さの為か、スズは度々蒲団奥深くへ潜り込んだ)、寝台の中にスズはいなかった。
「スズ?」
蒲団から顔を出し、身をおこそうとしたその時。
両手足を広げてまさに今飛び込まんとする、黒い影が見えた。
スズ満面の笑み、わたしの驚愕の顔、そして丁度わたしの上を飛ぶスズ。
「ス、や、…ぐふっ!」
スズ、やめなさい、危ないではないか。
言葉は口から出ず、代わりにうめき声がでた。
そんなわたしにお構いもせずに、無防備なわたしの体に飛び込んできたスズは、起きて、早くとはしゃいで跳ねる。
いつもは温かい蒲団にしがみ付いて、引っ張り出すのに苦労するスズが。
「どうしたというのだ」
夜明けというのに、部屋の中が妙にぼんやりと明るい。
スズに手を取られて窓辺へ行き、やっと納得した。
外は一面の銀世界だった。
――お外に行きたい、お外に行きたい。
クルクルとわたしの周りを跳ねるように踊るスズを抱き上げると、よほど興奮しているのか、キャッキャと暴れる。
寒さも全く感じていないらしい。
「よしよし、遊ぼうな。だが、昼からしか無理だよ」
途端にしょんぼりした顔になった。まるで花が萎れたように。
今日の政務は、なんたらかんたらの重要な日で(その割に覚えていない)、リンドウも外せない。
「それまで、カイドウが遊んでくれるから」
うん、と素直に頷いた。
「分かりました。スズさま、何をしましょうか」
カイドウは笑顔で引き受けてくれた。
あのね、雪合戦とね、雪だるまも作ってね、雪ウサギもつくってね。
目をキラキラさせて、米粒を飛ばしながらスズは語る。
「こら、スズ。ご飯のときは大人しくしていなさい」
それにしても、政務でスズと遊べないのは面白くない。
「駄目ですよ、ヤン・チャオさま」
リンドウに睨まれて、首を竦めた。
祈りの時間もずっとソワソワしていたスズは、終了と同時にわたしを見向きもせず、一目散に部屋へと走って行った。
薄情者め。
そのわたしはリンドウに首根っこを掴まれ、引きずられるように政務室へと連行されていった。
早く終わらせたいが為に、日頃使わない脳みそを自分でも感心する速さで回転させ、臣下とリンドウの感嘆の声までひきだした(やればできる男なのだ、わたしは)後、駆けるように部屋へと戻った。
窓の外から、楽しそうな笑い声がする。
覗いて口を開けた。隣のリンドウも同様、口を開けた。
キムザと四人の女官が、黙々と、しかし楽しそうに雪で人形を作っている。ご丁寧に枝や木の葉で目や口まで付けられていた。
スズにお願いをされたのか、それとも自らが率先して制作しているのか。
その間を、カイドウとスズがチョロチョロと大声を上げながら、雪の玉をぶつけ合っている。
手加減なしの真剣勝負らしい。
キムザの上着を着たスズは、見事な振りで玉を投げる。
対するカイドウも、「玲の君」の面はきれいさっぱり剥がれ落ちて、奇声を発しながら雪をスズに躊躇いもなくぶつけている。
「参戦するぞ、リンドウ」
「では対戦いたしましょうか」
わたしの姿を認めたスズが、喜びの声を上げて駆けてくる。
すっ転んでも、すぐに起き上がって一心に走ってくる。
可愛くて堪らないわたしの愛姫が。
その小さな体を思い切り抱きしめると、いたずら小僧のように笑った。
「どうした」
あのね。
「ぎゃああああああ!」
いきなり首元に雪に濡れた手を突っ込まれたわたしは、年甲斐もなくけたたましい悲鳴を上げた。
スズはしてやったりと手を叩いて笑っている。
「油断大的」
「注意一秒、怪我一生」
そこへ二つの雪の玉が(わたしの)顔と腰に当たった。
「何を! スズ、やるぞ!」
合点承知とスズも飛び降り、鼻息荒く雪を握り始めた。
乳白色に曇った空はしばらくすると、フワフワした雪を再び舞落としてきた。
説明 | ||
ティエンランシリーズ第六巻。 ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。 「ぎゃああああああ!」 *あと4つで終了。 |
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コメント | ||
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます。でも庭も駆け回るよ〜!犬とともに(笑)。(まめご) アシェラさま:コメントありがとうございます。実はそんな大層なものはないんです…。(まめご) ジンにコタツがあったらずーっとスズはもぐってそうですね(笑)。(天ヶ森雀) あと四つなんですねー。最近の話の進み具合を拝見していてあっちこっちに伏線を張ってらっしゃる最中かな?と勝手に推察して楽しんでおりました^^(アシェラ) |
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