Cat and me19.予感
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季節はゆったりと移ろい春が来た。

獣たちが穴倉から顔を出す時期だ。

わたしとスズも外へ出るようになった。

池に行きたがるスズと二人で手をつないで歩く。

衣をたなびかせてあるくスズは、本当に美しかった。

人々の目線と称賛を引き連れてわたしの隣をトホトホと歩く。

池のほとりにくると、スズはしゃがんだ。

魚たちが寄ってくる。しかしその中に主はいなかった。

――黒いのがいない。

「そうだな」

庭師を呼んだ。聞けば冬をこせずに死んだらしい。

「スズ。もうあの黒い鯉はいないのだそうだ」

――どうして。

「死んだ」

スズは黙って池を見ている。その目から涙がポロポロと溢れた。

憎き敵に、なにか通じるものがあったのだろうか。敵だからこそ。

しゃがんだままそっと手を合わせた。

初めて見る死者への追悼だった。

「スズ。おいで」

抱き上げると、嗚咽を上げた。

――もっと遊びたかったのに。

「そうだな」

気分を変えてやる為に厩に行った。

「少し馬を走らそうか」

そのまま城を出て、城下を抜けた。

――どこへいくの?

「どこへでも」

目的もなく走らせ、小高い丘に登った。

燃えるような太陽が西の果てへと沈んでゆく。

馬を止めてしばらく二人で眺めていた。

スズはわたしの胸に顔を預けたままじっとしている。

――あのね。

「どうした」

――黒いのはきっと、あそこまで泳いで消えたの。だから、また新しく反対側から生まれてくる。

「太陽信仰か。物知りだな、スズは」

――もし、あたしが死んでもあそこであなたを待っているから。

驚いた。むしろ驚愕した。スズが死ぬなど。

「そんなことは許さない」

乱暴に上を向かせて、柔らかい唇を吸う。

「お前が死ぬことなど、わたしが許さない」

スズは何も言わなかった。

太陽が消え、星が瞬き始めた時に、腹が減ったと鳴いただけだった。

 

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その日、わたしとスズは部屋の中で遊んでいた。

辺りにはリンドウの玉が無数に転がっている(城下で大量に購入してきた)。

それをお互いが弾いては玉に当ててゆく。

玉は可愛らしい音をたててはコロコロと転がって行った。

スズはこれをいたく気に入り、しょっちゅう誰かしら捕まえては遊んでもらっている。

もしくは一人で遊んでいる。

当初は力加減が分からず思い切り弾いた玉が(わたしの)額に当たったり、その玉で(わたしが)すっ転んだりしてある種の凶器ではないかと訝ったものだ。

しまうときは必ず数える。

数個でも消えていると危険だからである(と力説した)。

その度にお付きやら女官やらが総動員され、玉の捜索活動が行われた。

「スズの番だよ」

よし、と鼻息荒くスズが狙いを定めた時、扉が叩かれた。

やってきたのはボケだった。

玉が転がっている部屋に目を丸くしている。

「なんの用です、父上」

――おじいちゃんも一緒に遊ぶ?

「こら、スズ。余計なことは言わなくていい」

「用がなければ息子の部屋に来てはいけないのか」

それならボンクラたちの所にも顔を出してやってくれ。

恐る恐る玉をよけながらボケは椅子に座った。

スズが茶を入れている。

おお、最上級のおもてなしではないか。

キムザたちをみて覚えたらしいそれは驚くほど美味かった。

ただし、気が向いた時しか入れてくれない。

スズも国王のことは「えらいおじいちゃん」として認識しているのだ。

茶を嬉しそうに啜ったボケは目を細めた。

「うまい」

スズもにっこりと笑う。

「ご用件は」

ボケの向かいに腰を下ろしたわたしがそっけなく言うと、スズが膝上によじ登ってきた。

「そろそろ王座を譲ろうと思うておる」

無言でその顔を見た。

この国の王位継承者はいない。息子三人がいい歳になっても(過ぎても)、ボケは指名しなかった。だからボンクラ二人は必死になって自分を売り込んでいるのである。

わたしは元々興味がない。

「二ヶ月後に大々的な宴を催す。その時に決めようと思うておる」

「兄たちは」

「知らぬ」

「なぜわたしに」

「資質を見極めるのも王の仕事。あやつらにその才があるとは限らぬ」

「まどろっこしいことを」

「あやつらがお前を殺そうとするかも知れんからな」

そんなもの返り打ちにしてやる。

「しかし、父上。わたしは王になりたいとは思いません」

「そんな甘えた戯言が通用すると思ってか。この国を思うならば、お前が王になれ。宴はその意思表示の為、わしが用意した舞台じゃ」

勘弁してくれ。

「愛姫スズよ。お前も我が息子を支えてやってくれ」

スズに微笑みかけると、父は静かに去っていった(一瞬、玉で転びそうになった)。

深いため息をついて肘をついた。

こうなったらお得意の逃亡しかない。

父はどうやら自分の思想によっているようである(ボケたるゆえんだ)。

残念ながらわたしはこの国のことなどこれっぽっちも愛していない。

「スズ。そろそろ旅に出ようか」

――いつ?

「すぐにでも」

わたしの口づけを受けながらスズはなにやら考えていたが、あのね、と鳴いた。

――もう少しだけキムザたちと一緒にいたい。

「そうか」

城を出るのはいつでも出られる。

宴までの二か月、まだのんびりしていればいい。

「では、もう少しだけここにいよう」

――うん。

嬉しそうにスズが笑った。

そして再び玉で遊ぼうと手を引っ張った。

では、もう少しだけここにいよう。

その言葉を、その行いを、死ぬほど悔いるときがくるなど、まさか想像すらしていなかった。

 

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わたしとスズはは菓子の家に住んでいる。

饅頭の煉瓦、焼き菓子の瓦、飴細工の卓と椅子、餡を詰めた寝台に綿菓子の布団をかぶせて。

比喩だ。

そんな家が実在すればスズは狂喜乱舞しまずは壁から食いつぶしてゆくことだろう。

ものすごい勢いで。

だが、わたしたちは菓子の家に住んでいた。

父が末息子の部屋を訪ねた、ごくありふれた行いは魑魅魍魎が暗躍する原因となった。彼らは本人の意思とは関係なく御輿を担いで声高らかに己の存在を主張する。

兄たちは父の関心を買おうとやっきだ。城内は水面下でにわかに活気づいてきた。

わたしは無関心だった。

スズと共に甘い菓子の家に引きこもっていた。

この時、少しでも外の様子に注意を払っていれば。

嵐が何を奪い去ろうとするのか気が付いていれば。

悲劇は起きなかった。

後悔する時はいつも遅すぎる。

 

「知っているか?スズ。砂漠というものを」

知らない、とスズが首を振った。

「見渡す限り、砂の地で、草木も水気も全くない場所だ」

春の宵、ぼやけた月明かりを浴びながら、スズを膝の上に乗せている。

椅子の肘かけに手を預け、片手ではゆっくり少女の長い髪を梳く。

スズは気持ちよさそうに大人しくしている。

甘えるように肩に凭れた。

「月の光が砂丘を照らし」

その体に腕を回して、唇を寄せる。

「ラクダという不思議な動物が、さばさばと渡るのだそうだ」

素敵、とスズが鳴いた。

「いつか行こう。二人で」

――二人で?

「そう、二人で」

スズは身を起こし、にっこりと笑った。濃く蒼い瞳で見つめられる。

「スズ…」

そっと引き寄せて口づけをする。ヤワヤワと唇を噛むと、切ない声で鳴いた。

「スズ…」

唇をどんどん下へ下げてゆく。首へ、喉へ、鎖骨へ、胸元へ。

スズはわたしの頭を両手で抱えながら、ゆっくり後ろへしなる。

帯を解いて静かに寝着を落とした。

月明かりを受けてぼんやりと発光しているスズはとても美しい。

「ずっと一緒に」

細い腰に手を回して引き寄せる。

「いつまでも一緒に」

抱きしめると小さな声が上がった。

「わたしといてくれ」

濃く蒼い瞳と至近距離でぶつかった。

「お前なしの人生なぞ考えられないんだ、情けないことだが」

――あたしは死ぬまであなたの傍にいる。

スズが鳴いた。

――傍にいるから。そしていつか月の砂漠を二人で歩きたい。

堪らずにスズをかき抱いた。

柔らかい体はわたしを包むように抱き返す。

「スズ」

涙すら出てきた。スズも泣いていた。

「お前と離れたくない」

あたしも、とスズが鳴く。

「頼むからどこにも行くな。行かないでくれ」

スズは何も答えずに嗚咽を漏らした。

今思えば、なにか予感があったのかもしれない。

 

愛するスズがこの腕の中で息絶えたのは、それから数日後のことだった。

 

 

説明
ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。

今思えば、なにか予感があったのかもしれない。
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コメント
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます。うん、そう行っちゃいました。(まめご)
どわ〜〜〜〜〜、びっくりした!! そう来ましたか。(天ヶ森雀)
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