人妖の境界線 |
「これでお揃いね私たち……」
「ええ、今は幸せだわ……」
博麗神社に一つの女の声が響く。影も形もなく、ただ声のみが暗い夜に燈った。
ただひとつの曇りもなく空には月が輝いていた――
「霊夢〜遊びに来たわよ〜」
「全く、妖怪に遊びに来られてもこっちは嬉しくないわよ」
そう言って、この神社の巫女、博麗霊夢は笑って私の方を向く。その仕草が可愛くて、つい抱きしめたくなってしまう。境内の掃除をしようとして私に後ろを見せたときに抱きしめてしまおう。そうしよう。
「よっこらっしょっと」
霊夢が立ちあがった。今しかないわね。膝の関節がならないように、音を殺して立ち上がり、後ろから抱きついた。
「ちょ、紫……あんた何してんの」
「たまにはいいじゃない」
温かい背中、私を少しの間だけ包んで欲しい。霊夢は空気を呼んだのか、無理に離そうとはしなかった。ありがとう。
紅白の巫女――博麗霊夢とは一緒に事件を解決した仲だった。境界を操れる私は、自由に霊夢を操ることだってできる。できる。デキル。だけどそれはしない。そんなことで手にいれたくはなかった。
このごろ事件はめっきり減った。異変がなければ博麗の巫女としての仕事はないに等しい。こうして、気づいたらここにいた。
「そろそろ離しなさい紫」
「はぁーい」
霊夢がいやがることを私はしたくない。でもこのままでいいの……?そんな疑問もふつふつと湧いてくる。今が楽しければいい。そう思ってずっと押さえている。
今日は宴会、霊夢は隔てのない人間だからいろいろな人妖から好かれている。宴会になると、私だけっていうわけにはいかない。他の人とも話すだろう。苦しい。
夜も更けて、またみんなが騒ぎ出す。そんななか、霊夢が私のところにやってきた。少し酔っているのかわからないけど、頬が朱に染まっていた。
「ゆかりぃ〜貴方も少しは飲みなさいよぉ」
「ええ、いただくわ……」
差し向かいでお酒を飲む。霊夢が注いでくれたお酒は格別に美味しい。ゆっくり飲んでいるとぽつりぽつりと霊夢が話し始めた。
「貴方って綺麗よね……」
「酔ってるのかしら?」
誰が聞いたとしてもそう思うだろう。霊夢がこんなことをいうわけがない。でも……
「貴方のほうが綺麗よ霊夢……」
そう、鮮やかな紅白の衣装も色がかすむ整った黒髪。そして端麗な顔立ち。他の人が見てもそういうはずだ。間違いない。
「じゃあね」
そう言って離れていく。その後ろ姿を見守っていた自分がいた。
夜は更けていく。人妖も帰宅していく。あ……リボンを忘れていた。多分神社だろう。少し霊夢と話してから帰ろう。そう決めて軽快なリズムを刻んで歩いていく。歩いているというよりは小走りになっている。足を止める。神社の中で話し声が聞こえた。誰だろう……
「もう長くないわね……」
「そう、貴方の薬でもダメなら仕方ないわね」
え、何それ。霊夢が死……そんなわけがない。そんなはずはない。そうだ。これは夢だ。そうに決まっている。
「そこにいるのは誰?」
全身の筋肉が震えたのがわかった。だめだ。ここにいてはだめだ。さっきまでの高揚していた気分はどこに行ったのだろうか。わからない。ワカラナイ。ただ、ひとつ。理解はしたけど納得はしていない。したくない。ひどい顔……一日中涙で顔を濡らした。鏡を見ると顔がぐしゃぐしゃになっている。
そうだ、話そう。話して……病気を私が直せばいい。博麗神社へ駈け出した。一刻も早く霊夢に会いたい。
息も切れ切れに神社に上がりこむ。いつものように霊夢がお茶を飲んでいる。もうすでに日は沈んでいて、霊夢の顔に影が差していた。
「霊夢……」
「なに泣きそうになってるのよ紫」
だって、だって……言葉が出てこない。死ぬなんて考えられない。今までと何も変わっていないのに死ぬはずがない。そうだ、今までと同じなんだ。
「貴方、死ぬの?」
自分でも考えられないくらい気持ちが漏れた。自分と同じように霊夢もぽかんとしている。
「知っているならいいわ。そう、死ぬのよ」
「私が直すわ。霊夢、妖怪になって生を謳歌しましょう」
私なら直せる。私の持つこの境界を操る力で、人と妖怪の境界線を変えればいい。もし拒否するのなら、生と死の境界線をいじっても構わない。ただ、霊夢を失うのが私は怖かった。
「せっかくの申し出だけど拒否するわ」
「なら……」
「私は死ぬの。人の定まりを変えてはならない。私は博麗の巫女として、一人の人間として死にたいの」
どうして、人は脆いんだろう。自分は死ぬことだってはるか遠くなのに、人間の一生はこんなにも短いのだろう。病気で死ぬのなんて許せない。許さない。なら、私が殺す。私の手で貴方を死に誘う。コロシテしまおう……コノテデ……
あぁ、ちょうどいいものがあるじゃないか。林檎を切っていたナイフ。これで刺せばいい。そうすれば死んでくれる。私の中で、私が最後に看取る。そうして私の心に刻みつける。貴方が生きていたということを。
ナイフを無慈悲にためらいもなく落とす。心の臓に突き立てる。そのナイフを抜き紅い血を口の中に含む。おいしい……
「やっぱり……そうしたわね……ゆか……り」
霊夢は気づいていた。汗が、冷や汗が吹き出してくる。熱い、寒い。
「なぜ……なぜなの……なぜなのよーーー!!」
どうして、知っていたのなら抵抗しないの。生きないの。
「殺されるのがわかっていたのにっ……どうしてっ!!」
「貴方が好きだからよ、ゆ……かり」
霊夢!!と叫びたかった。もう温かさは消えている。微笑みは二度とは見ることはできない。紅い血だけが、止めどなく吹き出している。その血は紅白の衣装を紅一色へと変えていく。その血を私自身にもすりつける。これが霊夢の血。綺麗……鮮やかな紫の衣装は腐敗した紅と混じり、黒色になっていく。ええ、貴方だけを一人行かせはしないわ。そう、私も――
――生と死の境界線をいじる。導くのは死。自分を死に誘うためにこの能力を使う。
「ええ、霊夢。私は今幸せだわ」
博麗神社に人妖は塵一つ残らず、全てはきれいに消えていた。月は雲に覆われ、その光を遮っていた。
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狂おしいほど愛してしまった時にどのような行動を取ってしまうのか。愛しているのにかなわない。そんな作品です。 | ||
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