メイド長の他愛のない一日 |
紅魔館のメイド長の一日は、誰よりも早く始まる。廊下を移動する時は埃一つ立たせず、それでいて時計の秒針が落ちるよりも早く歩く。
初めに向かうべき場所は、フランドールがいる地下室へ。冷たい空気と温かい空気が混ざるこの瞬間に、彼女は気を引き締める。手には絵の描いている本を持ち合わせて。
「フラン様。布団に入ってください」
「咲夜?」
「はい。そうですよ」
「うんわかった」
明かりのついていない部屋。しかし眼には見えていなくとも、フランには微笑しているのが分かった。それを感じた後に固く手で縛っていた足をほどいて、ゆっくりと立ち上がり、彼女の声が聞こえる方へ足を運ぶ。咲夜は両手を広げて背中の翼に触れないように包み込む。
「温かいね。咲夜の中……」
布団の中に入ったこの時間だけが、フランが咲夜を独占できる時間。姉であるレミリアの監視を受けず、自由に羽を伸ばせる時間。咲夜が金色の髪に手を伸ばす。髪に付着している、黒いものをとりながら、手を前後に動かしていく。それがくすぐったいのか、ごまかすように胸に顔を押し当ててくる。それでも構わず彼女はその行為を続けた。
咲夜の手の中で少女は動かなくなった。それを見て、時を止める。決して気付かれないように、布団から出ていく。「絵本無駄になったわね……」とひとつ誰にも聞こえない言葉をこぼして。
フランの温もりをそのままにして部屋から出るのだが、歩く度に水模様が風を受けて、エプロンが急速に冷えてくる。これもいつものことだ。エプロンを付け替え、廊下の掃除をする。
普段は広い廊下だが、それは彼女の手によって空間が制御されているからだ。圧縮さえしてしまえば、直線距離の長い廊下はあっという間に片付く。それにしても、埃とはどこから出てくるのだろうか。滅多に出入りのすることのない場所にさえ埃がたまる。むしろそちらのほうに溜まっている。おかしなことだ。
圧縮したのみではできないのがパチュリーの図書館。この図書館では、魔女が本に読み耽っている。どこから持ってきたのかは知らないが、拡大した図書館の棚に落ちそうになるくらいに入っている。「咲夜。いつもありがとう」等と言葉をかけることはない。咲夜は邪魔をしないように掃除をするだけである。もちろん、瞬きすら許さないうちに。
音もなく図書館を出て、ようやく世界に彩りが戻る。この工程を終えた後に、ティータイムを始める。誰にも邪魔されないよう屋上に行き、ティーカップの容器に紅い液体を注いでいく。波紋が収まるまで香りを楽しみ、冷める前に喉を潤す。心地よく舌を伝わる際に眼を閉じて、カップに口をつける。世界中の音がその時一瞬止まったようだった。まるで時間の方が静止させて下さいと言ったように。
優雅なティータイムの余韻を楽しむ間もなく、彼女の仕事はまだまだ続く。
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紅魔館での咲夜さんの一日 | ||
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