いつも、いつでも、いつまでも
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序章〜Monologue〜

大通りを車がすごいスピードで走り抜けていく。そんな横断歩道の前で佐沼誠也(さぬませいや)は信号を待っていた。だけなのに―。

「んなもたもたしてっと遅刻すんぞー。」

との掛け声とともに、いきなり背中を鞄で殴られて車道に飛び出しそうになる。

「も、モカ!?」

 彼女は前島望華(まえじまもか)。幼馴染で、お約束なことに隣りに住んでいる。あまり背の高い方でない僕よりも頭一つ分くらい小さいのだからかなり小さい。そして、お約束なことに身長のことを言われると怒る。「望華」という珍しい名前は少女漫画作家である母の千代子(ちよこ)さんが付けたらしい。ちなみに望華は三姉妹の次女で、姉は心愛(ここあ)、妹は愛澄(あいす)という。

「殺す気か!?お前……。」

「にゃはは……。」

 こんな調子である。昔からお転婆で悪戯をしては、いつも僕が後始末をしていた。たとえば、小学校五年のときには夜の学校の屋上に忍び込んで四方八方にロケット花火を噴射して、その後始末に一晩中街を駆けずり回ったのは、やった本人のモカではなく、この僕である。その翌日には、何故かモカと一緒に街中に謝って回らせられた。とにかく、お転婆を通り越して破天荒なのである。

「高校生になったんだから、もう少し落ち着いたら?」

 あきれ顔で僕が呟くと、

「変わっちゃいけないものもあると思うんだよね。」

「……。もう何も言うまい。」

 皮肉気に呟いてみても、

「声に出てるよ?」

「わざとだよ。わざと。」

 こんな討論(?)を繰り返しながら登校する。これまでと同じように。そして、これからもそうだと無意識ながらに思っていた。

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一章〜Optimist〜

今日は創立記念日で学校が休みなので昼間でゴロゴロと寝ている。はずだったのだが…。

「もたもたしてんなー! 放って行くぞーっ!」

 何故か、町の商店街で大きな袋を二つほど提げて歩いていた。

「無理やり連れてきて、それはないだろう?」

 そうなのである。僕は今朝の九時頃に少女漫画に出てくる幼馴染よろしく窓から入ってきたモカに拉致られて今に至るのである。

「せーやー! はやく―。店がいっぱいになっちゃうよー?」

「そうだな。腹も減ってきたし……。」

 お目当ての店に入って、僕はナポリタン、モカは火砕流カレーを頼んだ。火砕流カレーとは山の形に盛ったご飯の上に火砕流に見立ててカレールーをかけた代物である。ちなみにご飯のサイズが八百グラムと半端なく多いことでも有名である。もちろんこの店の看板メニューだ。しかし、「マグマカレー」なり、「火山カレー」なりにすればいいものを何故「火砕流カレー」なのかは謎である。

「もうすぐ学園祭だねー。」

「ん? そうだな……。」

 いきなり話題を振ってきたが、いつものことなので普通に返す。

「何? そのやる気のない返事は!?」

 カレーを飛ばしながら文句を言うモカ。

「口に物を含んで喋るな。食うか喋るかどっちかにしろ。スプーンで人を指すな。喋るな。むしろ何もするな。」

一気にまくし立てる。すると、モカの顔がくしゃっと崩れ、

「な、何でそこまで言うの? そこまで悪いことした?」

と言いながら涙をこぼし始めた。付き合いの長い僕にはそれが嘘泣きだと解っているので放って置いても構わないのだが、如何せんここは衆人観衆の真っ只中である。何もせずに放って置くと僕が女の子を泣かせた悪者にされてしまう。なので僕は出来るだけ慌てたふうを装って、

「ご、ごめん。今のは僕が言い過ぎたから。な? ごめん。ホント言い過ぎた。な? だからもう泣かないで……」

となだめていると、恨めしそうな目でモカが呟いた。

「カナビスのグランドパフェ。」

「は?」

「カナビスのグランドパフェで許してあげる。」

 カナビスとはここら一帯では知らない人がいないくらいに有名なスイーツ店だ。特に有名なのはグランドパフェである。グランドパフェとは高さ三十センチのまさにグランドなパフェで、テレビでも紹介されたくらいの商品である。ちなみにお値段の方は三千円とお高くなっている。また、店名になっているカナビスとは麻のことで、実際に麻の実を使ったケーキも置いている。店名はケーキに使っていることと、麻の花言葉である「運命」の二つをコンセプトにつけられたらしい。

「お、おまえ、それはないだろう! いくらなんでもグランドパフェは……。」

 またモカの顔がゆがみ、拗ねたようにそっぽを向いて最後に一言。

「グランドパフェ。」

 こうなったらお手上げである。

「わ、分かったよ!!分かったから泣き止んでくれ!!」

 とたんにモカの顔が晴れ、

「やっぱりせーやは優しいから大好きっ!!」

といって抱きついてきた。テーブル越しに。置いてあったグラスが倒れてモカの服にかかった。ブラウスが濡れて下着が透けて見える。思わず凝視してしまう。

「せーや? 何じろじろ見てんの!?エッチ!!」

慌てて眼を逸らすが、時すでに遅し。周りの雰囲気を察するに早々に立ち去った方がいいような空気が流れていた。僕は伝票を掴んでモカを促した。

「行くぞ、モカ。近くにコインランドリーがあった筈だ。そのまんまじゃ風邪引くしな。ここの会計は俺が持っとくから。」

「う、うん。ありがとう。」

 とりあえず僕たちは店を出てコインランドリーへと向かう。僕はその途中で何度も妙な視線を感じたが、それはモカが濡れたブラウスを抑えて歩いてるから皆が奇異の視線を向けているだけであって、何も特別なことはないと思い込むことにした。

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二章〜Happening〜

 コインランドリーに着くと、モカは乾燥機にかけるためにブラウスを脱ぎ始めたので僕は外に出ていた。

「せーや、のぞかないでよ?」

「誰がお前の着替えなんぞのぞくか!!」

「さっき私の胸をじろじろ見てた人間のセリフとは思えないわね……。」

「うっ…。ごめんなさい。」

しばらく外で立ってると、くしゅんとかわいいくしゃみが聞こえてきたので、上着を渡してやろうと自分の上着を脱いで後ろ手にドアをあけると、

「こら、せーや! 覗くなっていったそばから…。」

 とまでいいかけて、

「あ、ありがとう…。」

 と、上着を受け取った。しばらくすると、他の客が入って行った。

「今度は何? 今度こそ覗き?」

 言ってからモカは息を呑んだ。そこには金髪耳ピアスに赤髪鼻ピアス、青髪唇ピアスといった如何にもな不良スタイルの男が三人立っていた。その中で一番頭の悪そうな青髪が如何にも頭の悪そうな声で、

「ひゅう〜。こんなかわいい子がいるよ。しかもなんか上着の下、裸じゃね?」

 と如何にも頭の悪そうなことをのたまうと、今度は何となく不良スタイルなのだがどちらかというと秋葉系な赤髪が、

「もうお持ち帰りしてかまわないよね? 答えは聞いてない。」

 なぞと、こちらも見た目に違わずなことをのたまってくれる。そこで青髪がモカに手を伸ばしかけたので、僕は踏み込もうとドアに手をかけようとした。と、その時今まで黙っていたゴリラ……もとい金髪が口を開いた。

「まぁ、お前ら落ち着け。お持ち帰りも構わんが、後ろの羽虫を払わんと煩くてかなわんわ。」

 金髪は言い終わるや否や僕が手をかけたところのドアを後ろ手に勢いよく横に滑らせた。手をかけていた僕は思わずな出来事に対処しきれず体勢を崩す。と、そこへドアを開けた時の体の勢いを回転に乗せた回し蹴りが僕の横腹にクリーンヒットし、僕はあっけなく歩道になぎ倒された。

 

――こいつ、喧嘩慣れしていやがる! しかも、掛け値無しに強い!!――

 

だが、僕はこんなところで引くわけにはいかない。モカを守らなくては。僕は誓ったんだ。あの夏の日、モカの父親の墓前で。絶対にモカだけは守り通すと。その誓いはあの日見せたモカの最後の本物の涙の記憶と共に僕を成す一部となっている。だから僕は引けない! 引かない!!

起き上がろうとする僕に青髪が殴りかかる。僕が四つん這いの状態から体を起こさずに青髪の膝に突き上げるようにタックルすると青髪はバランスを崩して顔面から地面に突っ込んだ。僕はそのままの勢いで完全に上体を起こした後、つんのめりながら後ろに立っていた赤髪の鼻に渾身の右こぶしをめり込ませる。赤髪はあっけなく後ろに吹っ飛んだ。僕はこぶしを突き出した回転を用いて、ありったけの力を込めて回し蹴りを金髪に打ち込んだ。が、金髪は僕の足首をつかんで受け止めたばかりか、僕の蹴りのベクトルを捻じ曲げるような方向に僕の足を引っ張った。僕の膝が軋んで嫌な音をたてる。気付けば僕は地面に倒されていた。倒れた勢いを使って起き上がり、金髪に向かってこぶしを放つ。が、さっき捻られた膝の痛みで体が沈む。顔面を狙ったはずのこぶしは少し軌道を下げて金髪のあごに向かった。金髪はその軌道が予想外だったのか避けることもできずにあごにクリーンヒットをもらって気を失った。

金髪を倒して、ふと顔をあげるといつの間にか復活した青髪がモカに近付いていたので、思わず僕は叫びながらこぶしを放っていた。

「汚ねぇ手でモカに触るんじゃねぇ!!」

 再び青髪は地面に沈んだ。

――大丈夫か!? モカ!?

 と叫びかけて、周りを見ると人だかりができていた。

――こんなところでモカに接触を持ったらモカに迷惑がかかる――

 そう判断した俺は意識を取り戻した金髪の耳元で一言呟いた。金髪の目が驚きに見張られたが、構っている余裕はない。そして人込みをかき分けて外へ走り出た。後ろでモカの呼ぶ声がする。振り返らない。振り返れない。ただひたすらに走った。がむしゃらに走った。どこへ行くでもなく只々足を前後に動かした。気がつけば神社の石段の前にいた。

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三章〜Essential〜

 僕は石段の下から神社を見上げた。ここは小さい頃よくモカと遊んだ神社だ。ここにいるとモカを嫌でも思い出してしまう。モカを守れなかった。あの日誓ったのに。このままではモカに迷惑がかかる。いっそのことこの辺の裏路地の人間に聞いて徹底的に叩き潰すべきか? でもそんなことをしたら、ますますモカの肩身が狭くなる。僕とモカの繋がりを知らない人間はこの辺にはほとんどいないといっていいくらいなのだから。そういった意味でも街中でのあれはまずかった。学校にでも漏れたらおしまいだ。俺の短絡的な思考が招いた結果か……。このままモカの前から消えるというのもありかも知れない。現実的じゃない。高校生だぞ? 一人で生活なんか出来るのか? それに俺には幸いにも親が二人ともいる。絶対にどこかで捕まる。

 思考がぐるぐる回り始めた。結論の出ない一人議論。リフレイン。回る回る回る。まとまらない。思考がまとまらない。空回りする。大事な何かを中心に。しかして交わらずに僕の思考は回り続ける。円を描くように大事な何かから同じ距離を保ったまま思考は回り続ける。

 一体どれだけの時間が経っただろう? なんだかもう疲れてきた。とりあえずは此処から離れよう。そう思って踵を返そうとしたその時、風が吹いて木々のすき間からの日光が僕の目を焼いた。思わず顔をそむけたその先に彼女がいた。

「せーや? 何で逃げたの?」

 僕はその声を振り切るように駆けだそうとして手首を掴まれた。

「何で逃げるかなぁ?」

 僕はモカの手首を振り払おうとした。ふと引っ張っていた力が抜ける。思わず体勢を崩したところを再び引っ張られて、僕はモカに抱かれる形になった。

「わかってるから。せーやが私のために一緒にいてくれていることわかってるから。私のために悩んでくれてることわかってるから。大丈夫だから。ちゃんとわかってる。」

 モカが僕の頭をかき抱いていう。

「だから、何処にも行かないでよ。傍にいてよ。支えていてよ。私はせーやが居るだけで強く在れるから。だから傍にいて支えていてよ。」

 僕の頬が温かく濡れる。僕は顔を上げない。その意味を知っているから。

「せーやの荷物一緒に背負わせてよ。隣で。ずっと。」

 小さいけれど確かな声でモカが呟く。

「まぁ、もともとは私の荷物だからねっ! 微妙に言い方おかしいけどノープロブレムだよっ! モーマンタイ!」

 僕を突き飛ばすように開放しながら、照れ隠しのようにおちゃらけた声でモカが言う。いつもモカが見せる笑顔。他人が見れば何のてらいもない笑顔に見えるだろう。だけど僕は知っている。モカがこの笑顔を作るまでに見せた苦しみを。傍で見てきた僕は知っている。その笑顔の裏に隠された本当の心を。くさいセリフではあるが、本当にわかっている。否、わかっている心算でいる。誰も他人の心の中なんてわかるはずはないのだから。

「帰ろう?」

そう言って彼女は僕に先立って歩き出す。彼女は強い。けど、それは一人でってわけじゃなくて、彼女の強さの中に僕というファクターがあることに安堵した。

「俺…。」

「あっ! 忘れてた!!」

「何をだよ?」

「カナビスのグランドパフェ!!」

「はぁ? まだ言ってたのか?」

「ふっふっふっ。私はこう見えても現実主義者なのだよ。」

「いや、それ使いどころ間違えてるから。」

「気にしない、気にしない。ケセラン・パサランだよ。」

「ケセラ・セラな。ケセラン・パサランは幸せを運んで来る、瓶の中で増える不思議な綿毛っぽい生き物だ。」

「無駄なもんに詳しいね。」

「無駄なもん言うな!!」

「にゃはは……。」

「やっぱりこんな感じがいいよな。」

 いつもの日常が戻ってきた。モカのお蔭で。僕はさっき言いかけた言葉を思い返しながら一人ごちるのだった。

――ずっと傍で支えてやるから。安心してその荷物預けて来い。―

翌日学校に登校すると教室での話は昨日の街の喧嘩の話でいっぱいだった。どんな情報網なんだよ? と疑いたくなるくらいの速さだ。ちなみにその内容も一部始終出回っているらしく、僕とモカが教室に入ると一斉に質問攻めにあった。モカが僕の方を見てにやにやしながら応対するので、僕は居心地が悪くなって教室を飛び出すのだった。

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終章〜Epilogue〜

 あれから二週間、教室のほとぼりも冷めて落ち着いてきた頃、僕たちはあの神社にいた。見上げる石段。太陽が輝いている。風が吹いて木の葉が舞う。彼女の横顔をうかがうと、その瞳に木の葉と太陽に光が映って万華鏡みたいだ。このまま抱きしめてしまいたくなるほどのワンシーン。

彼女がたい焼きを頬張りながらその袋を腕一杯に抱えていなければ……。

「お前、食ってばっかりだな……。」

「なによぅ。あげないわよ。それに、もっと気の利いた一言でも言えないの?」

「いや、いらないし。気の利いた一言だぁ?」

「ほら、『君の瞳は万華鏡みたいだ。』とか。」

一瞬ドキッとする。

「仮に思ったとしても言わねぇよ。お前がたい焼きを頬張ってる場面で何でそんなロマンティックなセリフを吐かなきゃいかんのだ? 喜劇か? 喜劇なのか? 俺はチャップリンじゃねぇぞ。」

誤魔化すように捲し立てる。

「頭、大丈夫?」

「ん……まぁともかくとして。冗談抜きで、たい焼き頬張ってるような奴に、しかもその袋を腕一杯に抱えているような奴にそんなことは言いたくない。」

「そんなこと言ってぇ…。恥ずかしいだけでしょ?」

「……。それもある。」

「男なんだから根性見せなさいよね。」

と言いながら、二匹目のたい焼きにかぶりつく。

「その……。」

二匹目の胸鰭がなくなったくらいでモカが口を開いた。

「ごめんね。」

「なんだよ。いきなり。」

「その、せーや、せっかくクラスで打ち解けてきたのに……。」

そうなのだ。僕はかつては裏道で喧嘩に明け暮れていた時期があった。その……、あんまり自慢するようなものでもないが、名前を聞いて恐れられる程度には強かった。そのせいもあって、モカのために喧嘩をやめてからもクラスには馴染めなかった。そんな俺がクラスに馴染めるようになったのも、モカのお蔭なのだ。いくら喧嘩をやめて足を洗ったとはいえ、高校に進学してからも一度張られたレッテルは消えてはくれなかった。入学初日から声をかけて来る者はいなかった。たった一人、モカを除いては。僕とモカとは幼馴染だとは言え、こんな俺に声をかけてくるとは思ってもいなかったので、最初のうち僕は正直戸惑っていた。こんな俺と話をしているだけでも、モカの評価は下がってしまう。喧嘩に明け暮れていた頃も、モカには火の粉が降りかからないようにと、それだけは気を配っていた。なのにここにきて、モカが周りから孤立するかも知れないなんて。と思っていた。しかし入学してから一か月ほど、僕の要らぬ気づかいは良い方向に裏切られた。モカは、孤立するどころかいつもクラスの中心にいた。クラスの中心に居るモカが常に僕と一緒にいたおかげで、だんだん周りと僕は打ち解けて行った。しかしこの間の事件の内容は、周りに囃し立てられながらも、僕のかつての姿を周りに再認させるには十分だった。そのせいで、僕は前ほどでないにしても、クラスから少々浮いていた。モカはそのことを気にしているのだった。

――僕は、モカの気遣いを無駄にしてしまった。しかも、その上でモカに後悔の念まで抱かせてしまっている――

「なんで!? なんでモカがそんなこと言うんだよ! 謝らなくちゃいけないのは僕のほうなのに……。」

 最後がしりすぼみになってしまう。

 と、急にモカが石段を駆け上がる。

「競争! ねぇ、一番上まで競争だよ! 負けた方が今日のお昼ご飯おごりね!じゃ、ヨーイドン!」

「ちょ……、ずるくね!?」

僕には分ってる、これがモカの照れ隠しで、その上僕を励ましてくれているってことも。

 何とかタッチの差でモカを抜いて先に一番上に到達する。

「とうとう負けちゃったかぁ……。今まで一度も負けたことなかったんだけどなぁ……。」

「それはお前が今までもずっとさっきみたいな卑怯な手を使ってたからだろうが……。」

「でも、その手を使っても負けちゃったね。」

「まぁ、無駄に体力だけは中学の時につけさせていただいたからな。」

「じゃぁ、ちょっと待っててね。」

 そう言ってモカは神社の裏手に消えた。待つこと五分。モカが何かを後ろ手に持って帰ってきた。

「これは、敗者から勝者への贈呈品。」

 といってピンク色のバラを差し出してきた。

「こんな時しか渡す機会はないと思ったから……。」

「このバラは……。」

「うん、せーやの一番好きなバラ。メイデンブラッシュローズ、だっけ? 花言葉は……。」

 そこでいったん言葉を区切るモカ。

 僕は知っている。その続きに来るであろう言葉を。なんせ、モカにメイデンブラッシュローズの花言葉を教えたのはこの僕なのだから。でも、僕はその言葉を受け取る資格はあるのだろうかと悩む。モカが口を開く。どうやら、僕よりも先に気持ちに整理をつけたようだ。

「わが心君のみぞ知る。」

――僕なんかにその言葉を受け取る資格はあるのか?

 そう尋ねたい衝動に駆られる。僕は必至でその無粋な質問を飲み込んで答える。

「じゃぁ、僕からも……かな?」

 といって、僕は御神木の裏から鉢植えを一つ持ってくる。その鉢植えには背の高い深紅の花が植えられている。それをモカに差し出しながら僕は言う。

「これはお返し。といっても、用意してたんだから、あれか……。」

「ありがとう……。なんかいい香りがするけど、この花は?」

「ジャスミンタバコ。花煙草とも言うけど。ちなみに花言葉は、その……。」

 僕は思案するように黙りこくる。モカは静かに僕の言葉を待ってくれている。いろいろなことがめぐりめぐって、頭の中が真っ白になりそうになる。それらを頭の片隅に追いやって僕はやっと言葉を紡ぎ出した。

「この花の花言葉は……、君あれば淋しからず。」

「っ……。それって……。」

「あぁ、モカがいれば世界中を敵に回したって構わない。もう、僕はモカを守ることを躊躇わない。」

「せーやっ!」

 モカが抱きついてくる。僕はバランスを失って本殿の階段からモカを抱えたまま転がり落ちた。

「いきなり飛び付くなよ……。」

「あはは……。ごめんごめん。」

 そして、地面で寝転がったままどちらともなく唇を求めあう。

――なんつーベタな展開だ。少女漫画か?

 などとまた無粋なことを考えていると、モカの顔がずれて唇が耳元によってくる。

 周りには誰も聞いている者などいないのにモカは小声で呟いた。

 

 

――ダイスキ――

 

 

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投稿用のつもりが短編になってしまったorz

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