真・恋姫無双『日天の御遣い』 第十一章
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【第十一章 変化】

 

 

「隊長! 無銭飲食を犯した狼藉者は無事に捕えたとのことです! 街への被害はなく、負傷者もおりません!」

「おう、お疲れさん。後は引き継ぎを済ませて、それが終わったら休んで構わねえぜ」

「サーイエッサー!」

 

 びしりと敬礼して走っていく部下の背中をしばらく見送ってやり、旭日は午前の部の仕事に区切りがついたことでふっと微笑を零した。

 この世界に落ちてから、果たしてどれほどの時が過ぎたのか――もう、数える気にならないくらい忙しくも充実した毎日。様々なことを請け負いながら旅をして、華琳が差し出した手をとって、辿り着いた場所。戦の爪痕は、消えることなく残っているものの……それでも、笑顔が多くなった、今。

 

「……やれやれだ」

 

 穏やかに、緩やかに過ぎていく日々。

 声をかけてくれ、笑いかけてくれる街の人たち。

 それを守りたいと切に思うようになったのは――いつの頃からだったろう。

 琴里と出会い、華琳と出会い、北郷と出会い、変わりつつある――戻りつつある《九曜旭日》という自分。

 

「――……くだらねえ」

 

 変わるはずないのに。

 戻れるはずないのに。

 立ち止まった自分の手を引っ張ってくれる《誰か》はもう、どこを探したっていないのだから。

 こちらの世界にも――あちらの世界にも。

 

「……何を一人で百面相してるのよ、貴方は」

「あ? ああ……お前たちか」

 

 聞き慣れた声に振り返れば、そこには怪訝そうにこちらを見つめる華琳と、半歩ほど下がって付き従う夏侯姉妹の二人の姿。旭日にとってはよく見る組み合わせなのだが、街の人にとってはどうにも近寄り難さが生じるらしく(何せ魏の中核三人だ)、彼女たちが来た瞬間にここだけざざっと人の波が引いてしまう有様になっていた。

 

「……どんなモーゼだよ」

「藻尾背? 相変わらず、貴様の国の言葉は珍妙な響きのものばかりだな」

「言葉っつうか人名なんだが……まあ、お前たちにしてみりゃ大して変わらねえか。それより、今日はどうしたんだ? 警備も一段落したし、何か探してるんだったら案内するが……」

「……そうしてくれると助かる。新しくできた菓子の店に華琳さまをお連れしたいのだが、姉者の説明では無事に辿り着けるか不安になっていたところなのでな」

 

 どこか疲れた様子でポツリと呟く秋蘭。これがいつものように土産を買いに行くだけならまだしも、華琳を案内していて目的地に中々到着しないというのは軽い拷問に近いだろう。その原因が姉であれば、尚更に。

 

「あーっと……新しくってことは、この先を右に曲がった場所にある店っぽいな。少し歩かなきゃならねえけど、平気か?」

「別に構わないわ。貴方に文句を言ったところで、店が場所を変えたりはしないでしょう」

「微妙に文句言ってるだろ、それ……」

「こら九曜っ、いつまでも突っ立ってないで早く案内せんか!」

「………………」

 

 色々と言いたいことはあったが、いい加減に理不尽な言い分にも慣れてきてしまった。

 はぁ、と一つ溜め息を吐き、華琳の隣りに並んで「こっちだよ」と旭日は歩を進め始める。

 

「ん? そういや、桂花はいないんだな」

「あの子なら城で留守番しているわよ。私と秋蘭、桂花までいなくなったら非常時の判断ができなくなるもの」

「……うちは極端に分かれてるからな」

「今まではそれでも支障は出なかったけれど、これから先もそうでは駄目ね。治める国土も大きくなってきたし、南方へ逃げ込んだ呂布や公孫賛に勝利した麗羽――袁紹の動きも気にかけなければならない。桂花に負けない優秀な頭脳があと五人、いえ二人でもいいから手中にする必要があるわね」

「桂花に負けず劣らずの頭脳、ね……そいつはまた、えらくハードルの高い要望だ」

 

 性格に多少の難はあるものの……政務、軍務、雑務のほとんどを一人でこなしている彼女に並ぶ軍師となると、かの諸葛孔明か呉の周瑜か、自分の知識ではそんなところだ。

 しかし――華琳が懸念しているよう、桂花だけに頼り続けるのは厳しくもある。

 いくら天下に名だたる知を備えていても、身体能力の面では一般人となんら変わりのない普通の女の子。今以上の負担がかかればいずれは倒れてしまうだろう。

 

「(つってもすぐに人材が確保できるわけじゃねえし………………そう、だな)」

 

 

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「ちょっと、旭日? もしかして貴方、桂花の仕事も手伝うつもりではないでしょうね?」

「………………」

「はぁ……呆れた」

「……いやまあ、桂花が俺に手伝わせてくれるとは思えねえけどよ、頼み込めば雑用ぐらいは」

「そういうことを言ってるんじゃないわよ、全く……」

 

 動かしていた足を止め、華琳はこれみよがしに大きな溜め息を吐いた。更には春蘭と秋蘭の二人も同様に溜め息を吐き出し、呆れかえった表情をこちらへ向ける。

 

「やれやれ。いくらなんでも無茶が過ぎるぞ、九曜。ただでさえお主は街中警備、特殊工作、新兵訓練の総括に張三姉妹との橋渡し役……加えて華琳さまや私の手伝いもしているだろう。性分なのか知らんが、何もかもを進んで背負おうとするのはいい加減にやめておけ」

「うむ、秋蘭の言う通りだ。ここのところずっと、夜遅くまで仕事に追われている貴様が、これ以上の働きなどできるものか」

「かもしれねえが、一度やってみなきゃわから……って、なんで俺が起きてることを春蘭が知ってんだ?」

「…………………………はっ!?」

 

 しまったとばかりに右目を瞬かせて、顔を真っ赤に染める春蘭。

 

「いっいや違う! わ、私はたまたまっ、そうたまたま貴様の部屋の灯りを目にしただけであって! べべべ別に私はきっ、貴様を心配してにゃんかでは……っ!」

「………………」

「………………」

「………………とにかく、貴方は貴方自身の務めを果たすことに専念なさい。桂花への負担は危惧しなければいけないけれど、職務が多岐にわたった九曜隊をまとめる貴方に倒れられたって、その、困るのよ」

「……わかったよ」

 

 返した声には渋々さを漂わせたものの――少なからず無茶をしようとしている自覚が、旭日にはあった。

 慣れ親しんだ請負稼業とは勝手の違う、多種多様の分野が詰め込まれた九曜隊をまとめるのは意外にも難しく、天和たちの興行も軌道に乗って活発になり始めた。それに最近は、旭日個人に回される案件も増えてきている。新たな仕事をプラスしたって倒れるヘマは流石にしないだろうが、完璧にやれるかと訊かれれば断言はできない。

 

「(ああ、わかってる……わかってるさ、俺だって)」

 

 ガラにもなく焦ってることなんて、わかってる。

 でも――だけど。

 この世界で何を請け負うべきなのか、何を成すべきなのか――未だ答えを見つけられずにいる、自分。

 琴里に大見得を切って、華琳に請け負うと誓って、北郷に厳しい言葉を放って、そのくせどこにも辿り着くことができないでいる、自分。

 これでは――駄目だ。

 駄目なんだ、絶対に。

 請負人としてあり続ける為には、誰にも寄りかからないでいいぐらい、強くないと駄目なのだから――

 

「若いの……」

 

 ――と。

 旭日が意識を内に向けた時、その声は唐突に掛けられた。

 

「若いの……そこの、お若いの…………」

 

 声の主は、目深に布を被った誰か、だった。

 低くしわがれた声は老婆のようにも、若い男が無理に声を作っているようにも聞こえた。勿論、被った布のせいで表情は全く窺えない。

 

「胡散臭いにもほどがあるが……占い師、みたいだな」

「あれは……」

「ん? 知り合いなのかよ、華琳」

「……いえ、知らないわ」

 

 薄っすら顔を顰めて言う華琳に僅かだが違和感を覚えるも、春蘭と秋蘭が何も反応していないこと、彼女が占いを信じるタイプじゃないことに、旭日は浮かんだ疑問をとりあえず打ち消した。

 それに何より、占い師が声をかけたのは華琳にではない。

 表情はまるで窺えないものの、フードで隠された視線はずっと、自分にのみ向けられている。

 

「ほぅ……これはこれは、眩い相が見えるの。揺らぐことなく覚悟を貫ける、強く眩い相じゃ」

「……そいつはどうも。だが俺は占いなんざ信じちゃいないんでな、商売だったら他の奴にやってくれ」

「信じぬ、か。予言の通りに乱れし世へ落ちた者が、異な事を言いなさる」

 

 そこで占い師は笑った、ような気がした。

 表情は見えないし、声も震えていなかったが――くつくつと。

 

 

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 彼には知らないと白を切ったが、実のところ、華琳は目の前の人物が何者なのか知っていた。

 以前、恩師に紹介された占い師――許子将。

 占いなどの迷信を信じない華琳だが、尊敬する恩師が褒めた許子将だけは別であり、まだ旭日が仲間になる前に人物評を訊こうとしたこともあったものの……結局、会うことはかなわなかった。

 しかし今、縁が合わなかったはずの許子将はすぐそこにいて、じっと旭日を見据えている。

 

「(私ではないというのが気にいらないけれど……まあ、これでも良いわね)」

 

 自分のことは誰よりも自分が一番理解している。

 だけど、九曜旭日については未だにわからないことばかりだ。

 とても近く感じるのに、何故か遠く感じ。

 手を伸ばせば掴める距離なのに、何故か伸ばした手は空を掴んで。

 それはまるで、頭上で輝いていてもけして触れることのできない――日のように。

 

「力の有る相じゃ。悪しきに負けず、正しきに屈さず……お主が持つはこの世を翳らす暗雲を晴らし、未来を築くことの出来る天を照らせし日の力。まこと、その刀の主たるに相応しい」

「っ…………お前」

 

 彼の空気が、ざわり――と、色を変えた。

 許子将の言葉に否定的なものはない。むしろ彼のことを良く評している。

 なのに、旭日の放つ温度が急速に冷えていくのは?

 

「じゃが……惜しいのぅ」

 

 耳に響くのは、しゃがれた声。

 

「止まぬ雨に濡れ、深き闇に沈み、日のごときお主の心が晴れておらぬとは。あるはずなき鎖に縛られておるとは――なんとも惜しい」

「………………」

「幻想よ、心を縛る鎖など、想いが生んだ幻に過ぎぬ。痛みが、強さが、別れが、儚さが、終わりが、哀しみが、慈愛が、孤独が願いを呪いとしてしまったか」

「………………うるせえ」

「一方のみが望みし絆はもはや呪い。お主が縛るはお主に留まらず、お主の胸の九曜紋をも縛りつけよう。自らが生んだ呪いによって落日し続けたところで、誰も喜ばぬというに」

「………………っ!」

「雨に濡れ、闇に沈みし日のなんと悲しきことよ。九曜星が真に願うは――」

 

 そして、次の瞬間。

 彼の起こした行動を、一体誰が予想できただろう。

 

「――……っ、よせ九曜!」

 

 いち早く察した秋蘭が静止を求めた時には、もう遅く。

 旭日が振り上げた拳は、躊躇なく許子将の前に置かれた卓を木端微塵に破壊していた。

 

「…………知った風な口を叩いてんじゃねえよ。何もわからない、何もわかれない、赤の他人が」

「………………」

「絆が呪い? はっ、結構なことだぜ、そんなの。俺はずっと縛られたままでいいし、ずっと呪われたままでいいし、ずっとこのままでいい。それを生んだのが絆だっていうのなら、尚更にな。…………俺が死に続けてたって、誰も泣きやしねえだろ」

 

 冷たく吐き出された彼の声は聞き取れないほど小さなものだったけれど――僅かに届いた悲しさが、華琳の胸を締め付ける。

 

「星は日がなければ輝かぬが、日は星がなくとも輝くもの…………時を止めたままでは日は昇らぬよ、お若いの」

「…………………………占い師の戯言に負ける、ちっぽけな覚悟で止めたわけじゃねえんだ」

 

 最後にそうぽつりと呟いて、こちらに伏せた顔を戻すことなく歩いてきた道を引き返し出す旭日。

 動けない。

 まるで、踏み込むことを怖がっているみたいに――足が、動いてくれない。

 

「……旭日…………」

「誰しも人は独りでは生きられぬ。人が人を求め、人を欲し、人を想い、人を愛してこそ、人は生きるものじゃ。ならばなにゆえ、誰かに寄りかかるを頑なに拒むのか。……日の眩さに目を細め、彼の者の弱きを見落とさぬようなされよ、曹孟徳殿」

「っあなた…………!」

 

 慌てて振り向いてみるも、そこには誰もおらず。

 壊された卓も、許子将の姿も、煙のように消え果てていて。

 

「………………っ」

 

 行き場のない焦燥だけがいつまでも、胸に残っていた。

 

 

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「……些か、掻き乱し過ぎではないですか? 許子将」

 

 街の大通りから外れた、日が全く照らさず、陰のみが全てを染める暗い場所。

 ゴロツキさえも気味悪がって近付かないそこに、二つの人影がぼんやりと身を置いていた。

 

「おやおや……覗き見とは趣味が悪いの、管輅よ」

「性格の曲がった貴女がイレギュラーに接触するのです、監視するのは当然でしょう」

「問題は起こらなかったであろう?」

「……よくもまあ、そんなことが言えますね」

「なに、彼の者の有様があまりにも歯痒くてな。じゃが……道理で、と得心がいった。愚かに近き不器用な想いの生む覚悟、あの御方にそっくりではないか」

 

 確かめるように何度も許子将は頷き。

 

「彼の者こそが太一〈たいいつ〉殿の寵児にして――」

「――最悪の裏切り者、白澤〈はくたく〉様の被害者です」

 

 管理者の間で禁忌とされている人物の名を、管輅が言葉を引き継ぐ形で口にした。

 

「正史と外史、その理の破壊を創ろうとした――老人達はそう零していましたね。冗談だとばかり思っていましたけれど、あれほどのイレギュラーが北郷一刀の他にあるなんて……」

「流石はかの御二方じゃな。何を施されたかは解りかねるが、底の見えぬ力を秘めておったわ。いやはや、まことに面白き存在よ」

「……面白がってなどいられませんよ。予言を改竄することにより、正史への影響を防ぐことはできましたが……それもいつまで保つか。既に彼らの放つ輝きは、私の予言を――この世界の許容量を超えてきているのですから」

 

 外史の枠を超えるということは即ち、正史に何かしらの波を起こすかもしれないということだ。

 管理者にとって、これほど避けたいことはない。

 

「人の想いによって構成される世界とはいえ、これはいくらなんでも異常です。北郷一刀の介入だけでは満たされないのでしょうか? 有限であるはずの、人の心とは」

「あるいは、外史が彼の者を誘ったか」

「終わりを約束された世界が、可能性を求めると?」

「終わりある世界だからこそ希望を――《日》の《光》を望むものよ」

「……馬鹿馬鹿しい、貴女らしくもない台詞ですね。例え貴女の戯言が正鵠を射ていたとしても、起こりはしないもしもの話。沈んだ日に、希望を照らすことなどできません」

「………………ふむ」

「できるわけないんです。我らですら手の届かぬ理を曲げるなんてことは――絶対に」

 

 そう、全てはもしもの話。

 だけどやはり――怖くもある。

 沈んだ今でさえ輝きを、周囲に強い影響を及ぼしているあの日が昇った時、果たして世界はどうなるのか。

 管理者の身でも、まるで想像がつかない。

 

「計れぬ行く末に恐怖するか、管輅」

「貴女は……違うと?」

「……筋書きを知る物語を読むのもいい加減に飽いた。先が読めず、終わりもない、そんな物語こそ面白い」

「そんな物語、ありはしません」

「おやおや。幾百幾千もの先を予見してきた管路とあろう者が、見落としているのではないか?」

 

 何を見落としていると言うのだろう。

 何も見落としてはいない。

 日は沈んでいる。

 深く、暗い夜の底に。

 けれど。

 

「日は沈むもの。さりとて朝陽は昇るものじゃ」

「………………」

「今が沈んでいるのなら、後はもう――」

 

 許子将は笑って、言った。

 

「――後はもう、昇るしかあるまいて」

 

 

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 夢。

 遠き過去の夢を、視ている。

 それはけして幸福ではなかったけれど。

 悲しいことばかりの日々だったけれど。

 優しくなんか――なかったけれど。

 でも、何故だろう。

 妙に温かかったのを、今でもはっきりと覚えている。

 

『これはまた……ひどい顔になりましたね』

『……先生か』

 

 かつんと靴を鳴らして現れた彼女に、閉じていた目を開ける。

 先生。

 彼女のことを自分は決まって、そう呼んでいた。

 名前は知っていたけれど、女性にしては男っぽい響きのその名前が気に入らなくて、彼女には全然似合わないといつも思ってて、だから自分は彼女のことを先生と呼ぶことにした。

 

『やれやれ、あの子も容赦を知りませんね。折角の可愛い顔が傷と血でぼろぼろじゃないですか』

『先生こそひどい面だな。目、赤く腫れてるぜ』

『……ゴミが入ったんですよ』

『そういうことに、しといてやるよ』

 

 本当は、泣いていたんだろう。

 不愉快なことだが、きっと自分のことを心配して。

 ああ、彼女はいつもそうだった。

 いつもいつも、何かあればすぐに泣いていた。

 嬉しかったら泣いて、苦しかったら泣いて、喜んでは泣いて、悲しんでは泣いて、泣いて、泣いて、泣いて――泣いた数と同じくらい、沢山笑って。

 ここにいる連中はみんな、みんな大嫌いだった。

 自分たちをまるで物のように扱い、物のように捨てる、そんな人でなしの連中が嫌いで、大嫌いで。

 だけど……彼女は。

 人でなしの集まりの中、自分たちをちゃんと人として扱ってくれる、自分たちの為に涙を流してくれる彼女だけは、嫌いになれなかった。

 

『しかし、君も懲りないですね。甘さを捨て去り、君だけを愛しさえすれば、もっと楽に生きれるでしょうに』

『くだらねえよ、そんな命なんざ反吐が出る。……前にも言ったはずだぜ、先生。そういう風に厳しくあるくらいなら、俺はこういう風に甘くていいってな』

『甘さを抱えたまま、強くなれると?』

『なれるかどうかじゃねえ、なるんだよ。誰にも負けないくらい、自分に負けないくらい――強く、強くな』

 

 そう、誓ったから。

 自分の弱さに二度と、泣いたりなんかしないと。

 失ってしまった全ての為に、失いたくない全ての為に、ずっと欲しかった――ずっと守りたかった全ての為に。

 強くなるって――誓ったから。

 

『……俺はさ、先生。あいつらの笑顔が見たいんだ。この腐った箱庭の外の世界で、人工的な明かりじゃない日の明かりの下で。諦めた顔じゃねえ、人らしく人並みに、笑ったあいつらの顔を見たいんだよ。その為だったら、俺はいくらでも傷だらけにやってやる。どんなに汚れたっていいし、死んだっていい』

 

 彼女の表情が僅かに曇る。

 泣く一歩手前、といったところだろうか。

 本当、涙腺が見事なまでに弱い人だ。

 こんな身勝手な自分を想って、泣く必要なんかどこにもないのに。

 

『そうやって強くなった先に……君の幸せは、あるんですか?』

『勘違いすんな。俺が幸せになる為に、俺は強くなるんだ。俺の為に、俺の大切な者の為に、俺の大切な者を護る為に生きれるんなら――きっとそれが、俺の幸せだよ』

 

 多分きっと、それこそが。

 自分が生を受けた意味なんだと、そう思うから。

 だから。

 

『宣戦布告してやるよ、先生。俺は絶対にここをぶち壊す。ぶち壊して、あいつらを世界に連れ出す。こんな辛気臭い場所、あいつらには似合わねえぜ』

『世界、ですか……君が想像しているほど素晴らしいものじゃありませんよ。いつもどこかで誰かと誰かがいがみ合って、殺し合って、満ち足りているのに奪い合う有様が何十年も、何百年も、何千年も懲りることなく続いてきました。うんざりするほどずっと、世界は汚れたまま続いてきたんです。……ああでも、そうですね。一つだけ、綺麗だと思えるものがあります』

『……それは?』

『それは――朝陽、ですよ』

『朝陽……』

『ふふっ。朝陽はね、とてもとても綺麗なんです。まるで君の髪みたいに、まるで君の瞳みたいにきらきら眩しく輝いて、涙が出ちゃうくらい美しいんです』

 

 とうとう耐えきれなくなったのか、涙を一粒零して彼女は言う。

 朝陽とは、希望の象徴なんですよ――と。

 お世辞にも綺麗じゃない世界で輝く、希望。

 ならば。

 ならば、自分は――

 

 

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「自分は――………………自分は?」

 

 街でのあの一件が起きてから、幾許かの時が過ぎた朝。

 窓を通って部屋へ入り込んだ日の光に照らされ、華琳はゆっくりと目を開けた。

 

「………………夢?」

 

 確認するよう呟くも、一体どんな夢を見ていたのか、まるで思い出すことができない。

 ただ……奇妙な夢だった。

 見たというより見せられていたような、他人事みたいに遠くて――他人事みたいに遠いことが、何故か悔しいと思えた、そんな夢。

 僅かに頭に残ったのは、清潔すぎて嫌悪を覚える白色の空間と、汚れて尚輝きを失わない綺麗な日色の誰か。

 

「……なんだったのかしら」

 

 思い出せない。

 夢とは大抵がそういう曖昧なものだと理解していても、どうしてかそれで片付けたくない。

 胸に込み上げてくるのは焦燥感。

 許子将の言葉に心を乱した彼の後を追うことができなかった、あの時と同じ――必死に伸ばした手が届いてくれないことに対する苛立ちにも似た感情。

 いらいらする。

 もやもやする。

 なんだろう?

 もしかしたら自分は何か、大切なことを見落としているのでは――

 

「失礼いたします、華琳さまっ!」

「秋蘭?」

 

 ――いきなり部屋に飛び込んできた秋蘭の、彼女にしては珍しい慌てた様子に、華琳は思考を内側から現実へと切り替えた。

 

「申し訳ありません、このような早朝に……」

「ちょうど起きたところよ、構わないわ。それで? 貴女が血相を変えてくるほどの何かがあったのでしょう?」

「はっ。実は先程、国境の城の警備から急ぎの報告が入りました。袁、文、顔、主力が全て揃った袁紹の大軍が……攻めてきているとのことです」

「……なんですって?」

 

 寝起きに聞くには刺激の強い報告で、華琳が完全に目を覚ました――時を同じく。

 場所は移って、場面は変わって――国境にある城の、城壁の上。

 

「三万の大軍団……いなしきれなければ間違いなく、こちらの最後……」

 

 地平線の彼方に薄っすらと窺える土煙を、眼鏡をかけた一人の女性が睨みつけていた。

 

「可能性こそ高いとはいえ、こんな運試しの作戦に賭けることになるなんて……はぁ」

「普通それを、勝ち目があるって言うんですよー」

 

 背中にかけられた、間延びした声に溜め息を混ぜて返す。

 

「理屈で説明できない勝ち目に賭けることを、運試しと言うのよ」

「……ぐぅ」

「寝るなっ!」

「おおっ?」

「全く、この状況下でどうしてそう呑気でいられるのやら……貴女からも、何か言ってやってくれませんか?」

 

 間延びした声の主の隣りに立つ少女に同意を求めるも、彼女は「自分ではどうしようも……」と苦笑を浮かべるだけに留め、そして安心させるように穏やかなものへと笑みを変えた。

 

「あまり深刻に考え込む必要はありませんよ。必ず、この策は成功します」

「……珍しいですね、貴女が自信を口にするなんて」

「稟さんと風さんが類稀なる頭脳を合わせて練った策です。不安に思うほうが無理な話でしょう」

「む……ですが、曹操さまが援軍を送ればそれで終わってしまう、綱渡りの策ですよ」

「例え綱渡りなれども、天運があるのはこちら。曹操さまはきっと、我々の意図を察してくれます」

 

 彼方の誰かに想いを馳せて。

 笑みを深める彼女の髪に咲いた、一輪の花が微かに揺れる。

 

「だって――彼が傍らに降り立ったほどの御方なんですから」

 

 

【第十一章 返花】………………了

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あとがき、っぽいもの

 

 

どうも、リバーと名乗る者です。

BGMとして流していたthe indigoさんのBLUEに励まされながらなんとか書き上げましたが……もう……なんでしょう?これ本当に恋姫の二次創作?って思うくらいオリジナル要素を詰めに詰めてかなり不安です。いやまあ、最初からこう行こうとは決めてたんですけど……それでもやはり、不安になりますね。

ここからどんどんとオリジナル要素が入ってきますし、果たして受け入れてもらえるかどうか……支援数が二十を下回ったら打ち切る、といった形をとろうか思案中だったりします。……そうした場合、すぐに打ち切りになりそうでもの凄く怖いですが。

 

ええと、原作であった許子将の占い「乱世の奸雄」云々の話は日天の御遣いではなかったことにしています。華琳が述べていたよう、会いに行ったけど結局は会えずじまいで終わってしまった、という設定になっております。深い意味は特に……ありません。

しかし許子将さん、人物評は賛否両論だったみたいですね。嫌いな人は酷く評してたらしいですし。正史の曹操を乱世の奸雄と評したあたり、優秀ではあったみたいですけど……

 

それにしても自分の伏線スキルのなさが恨めしい……ばればれの伏線って、なんか逆に虚しさがありますよね…………

 

では、誤字脱字その他諸々がありましたら、どうか指摘をお願いします。

感想も心よりお待ちしています。

 

 

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前回のコメントへの返信

 

 

サラダさま>

 

それも勿論あります。基本的に旭日は我らが一刀君と同じで、自分より自分以外の誰かのことを優先させる節がありますので。

 

samidareさま>

 

熱いコメントありがとうございます。

霞は自分も好きなキャラですので……なるべく悲しませないように尽力します。

 

宗茂さま>

 

ですよねっ!

武将として生きてきた為に意外と乙女だったりしたらもう素敵です!

 

スターダストさま>

 

言われてみれば確かに……恋姫は外史の数だけ存在する、ということでしょうか?

 

田仁志さま>

 

霞のいいところは春蘭とはまた違った真っ直ぐさだと自分は思ってます!

 

 

 

説明
真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。

今回は第十一章。
オリジナルに走りすぎて不安が凄まじいです……
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コメント
九曜紋?九曜星?・・・もしかして・・・・もしかするのか!? この二人はどう考えてもあの二人だよな、でも何だか何か知ってる風な感じだな・・・気のせいか(スターダスト)
ぉぉ、遂に彼女と再開か!?何か色々見えてきたし、これからが楽しみですね!!(R.sarada)
『彼女』か?『彼女』なのか?無事孝行を果たせそうですねえ(天魔)
再開が何を呼ぶのか楽しみです。(黄昏☆ハリマエ)
いやとても面白いです!!!次回を楽しみにしてます!!!!て言うか、再会ですよね?これはめちゃ×2楽しみです♪♪(ペンギン)
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