機動戦士Zガンダム -宇宙の女帝- 4 |
チャプター4『シャア・アズナブル』
《アーガマ》が補給のためにアンマン市に戻り、再びキリマンジャロ攻略作戦参加のために出航をするとなった時、作戦成功の朗報が入ってきた。三日に及んだ戦闘は、ジャミトフ・ハイマン大将のシャトルによる脱出をもって集結した。
双方の消耗は激しく、いちじ戦況は停滞するかに見えたが、衛星軌道上においてエゥーゴがティターンズを完全に退けさせたことが勝敗を分けることになる。宇宙からのミサイル攻撃による援護が、キリマンジャロの戦線を押し上げたのだ。
これによって、ティターンズは地球での最大の拠点を失うと共に、連邦軍、はては政府内での地位を下げることになった。ジャブローからキリマンジャロへの連邦軍本拠地の移転をティターンズが主導したことが反ってあだとなったということである。
サイド4でG3攻撃を退けさせたことが、宇宙でのエゥーゴの勢力を更に広げることになったが、それとは対照的である。
チェックメイトをかけたエゥーゴは、ティターンズに対して最後の息の根を止めるべく作戦を敢行することになる。
*
「大尉が、ダカールの連邦議会を占拠するんですか?」
アンマン市の軍施設の食堂で、次の作戦を聞いたカミーユは、口の中にあったオレンジをかろうじて飲み込んだ。
とうのクワトロとブライトは涼しい顔をしているが、連邦議会史には、こう言ってよければそのような暴挙はない。
会場の厳重な警備をかい潜ることなどできるものなのだろうか。まさに、ティターンズがその任務に当たるはずだ。その武装はモビルスーツにも及ぶはずである。
「キリマンジャロ攻略はこれをめがけてもいたのさ。キリマンジャロでティターンズの武力を削ぎ、すかさず議会で政治力も削ぐということだ」
戦争などと大袈裟なことを言っても、所詮は政治によって産まれたモノにすぎない。いわんや軍隊もである。ティターンズが政府の制御下にいるいじょう、その解体には議会を動かすのが尤も効率がよいというのも理屈ではある。
「尤も、連邦の絶対民主主義とやらがどこまで機能しているかということでもあるんだがな」
ブライトが皮肉るように笑い、腕を組んだ。このサイド4の事件でティターンズを庇い通せる議員などほとんどいないだろう。真に民主主義が機能していれば、各サイドの連邦からの独立こそなっていなくても、ジオン独立戦争などおこらなかったであろうし、エゥーゴなど組織されなかったであろう。宇宙世紀始まって以来におこったうち半分の戦争は無かったに違いあるまい。とはいえ、民主主義でも些細なことで戦争を引き起こされることも事実なのである。
独裁体制というのが戦争を引き起こすというのは、民主主義盲信者やそこでの権力者、プロレタリアによるデマゴギーであるというのは今や常識だ。本気で信じているような人間など、一部の懐古主義者だけであろう。かくいうサイド4の自治政府もその盲信政府だと特に連邦政府内では有名なはなしである。強権を振りかざす政治家は早々と失脚させられてしまっていた。そして、そういった体質を根幹に持っているサイド4の議会が膠着状態に陥ることなど茶飯事であり、一年戦争時には中立を保っていられるだけの経済力と技術力を有していながらも、最大の被害サイドのひとつとなった。翻って、サイド3のジオン公国では、ザビ公爵家が独裁政権をうちたてることができたのも、民主主義により戦争という民意を汲み取れたからである。またその後、独裁者ギレン・ザビ総帥が戦死したというだけのことで講和に応じる姿勢に急転したという事実もある。民衆なるモノが、いかに身勝手なものかということが露呈した一件でもあった。
「艦長、そのアイロニーは特に為政者にはきついだろうな。全人類がニュータイプにでもならんでも戦争を封じ込める方策は他にもあるかも知れないという見解が、アナクロニズムだとはまだ思いたくはない」
クワトロは乾いた笑いをしてから《アーガマ》の出航時間を確認し、地球に降りる用意をすると言って食堂を出て行った。
そのクワトロの背中を視線で追っていたエマ・シーンの視線を気にしながら、カミーユは戦場にいる女の人というのは男よりも大変なんだと漠然と思っていた。追いかけていってしまえばいいと思えるのは、それを他人事だと受け止めているからなのだろうなとも思ったが、
「エマさん」
声を押し殺したカミーユは、オレンジの皮をむく肘でその細い脇を突いた。
「え? あ」
我に返ったような挙動で立ち上がったエマは、食器も片付けずによろしくとだけ言って飛び出していった。
今の身の振りかたの早さから、自分に押されたからエマがクワトロを追いかけていく気になったのではないな、とは察しはついた。大好きなエマが強い女性なんだと再認識できたことが、カミーユには嬉しいことだった。
「俺はそういうのには鈍い方だとは自覚していたが、そうなのか?」
行儀がいいとは言えないが、プロセスチーズを口の中でもごもごとしながらエマを目で追っていたブライトはカミーユに訊いた。
「僕だって知りませんよ。僕はエマ中尉に恩義は感じていますけど……」
「少尉がエマ中尉をけしかけたふうに見えたけどな?」
サイド4の戦闘いらいつるむことの多くなったアポリー中尉が、エマの食器は自分が片付けると席を立った。
「それはありませんよ。でも、エマ中尉みたいな人になら幸せになってほしいって思えます」
カミーユには、ブライトやアポリーの無頓着ぶりが気になった。ブライトなどは、結婚していてその奥さんが地球にいるというのにこんなことで大丈夫なのだろうかと余計な心配をしてしまっていた。
「カミーユ少尉は、中尉のことが好きなんだな。だから、そういうことが判る」
ブライトは顎を撫でて、自分のその言葉に妙に納得しているふうだった。
「好きなんですけど、そうなんですかね」
《アーガマ》に戻ってから食べようと、カミーユはジャンパーの両のポケットにリンゴをひとつずつ入れた。
*
クワトロが乗ったエレベータのドアが閉まるのを制止したエマは、ゴンドラに滑り込んだ。
「すみません。今度の大尉の作戦に私を参加させてくれないのですか?」
やにわに切り出され、クワトロはしょうしょう面食らったようだった。唐突なこともだが、エマがこのようなことをよもや言い出すとは思いもよらなかったということだろう。
「それはできないな。中尉は地球出身だが訓練は宇宙だ。こう言ってはなんだが陸軍の足は引っ張りかねないな?」
「しかし、大尉のそばでお役に立ちたいという情熱はあるんです」
エマのまっすぐな視線に、クワトロは多少たじろいだ。サングラスの坐りをなおしながら背中を向ける。
「状況的にもな。君が乗艦することになる《アーガマ》は、私を地球に送りつける足でスイングバイをつかってサイド7に向かってもらう」
「グリーンノアですか?」
「そのグリーンノアをグリプスと改名して基地化しているのは君こそ詳しいかも知れんが、その攻略作戦ということだな」
クワトロがダカールで連邦議会を占拠するのと平行して、エゥーゴはティターンズの宇宙での拠点のひとつであるグリプスの攻略を目指していた。サイド7、グリーンノアなどと言っても、コロニーが二基しかなく他のサイドからしてみれば辺境地と見なされていた。そのイメージを利用して、一年戦争時には連邦軍が極秘裏にモビルスーツの開発と生産が行われたという土地柄でもある。ティターンズとしては、そのかつての連邦の姿勢を踏襲したということだ。
「その作戦で私が頑張ってみせれば、大尉は私に振り向いてくれますか?」
おおよそ女性らしくはない申し入れだと自身思った。それは、自分は女性であるのだというプライドを大切にし、同時に軍人であるプライドも大切にしたいといういかにもエマらしい主張だった。
クワトロは振り返り、いかにも根負けしたといったふうに嘆息する。
「しかし、私が君をスカウトしたのは君の才能を認め、心情を察しただけにすぎない」
「そりゃあそうでしょう。大尉は軍人で男性なんですから」
エマは、実にあっさりとクワトロの舒懐を受け止め、認めた。
「エマ中尉は、男の勝手に振り回されるほど弱くはないんだな」
これが彼女の強さと解ったクワトロは、少し嬉しく、そして心強くなってサングラスをはずして微笑んだ。
クワトロの眉間の深い傷痕にたしょう驚愕するも、エマは目を閉じると背伸びをした。
「男のワガママをどこまで許せるのかが女の甲斐性だなんて思っているほど、都合のいい女じゃありませんよ。異性との接吻で奮い立つのは女も同じなんですから」
*
エマ・シーン中尉はクワトロ・バジーナ大尉と共に地球には降りないと聞いたカミーユは、内心落胆していた。クワトロの地球降下は任務であって遊びではないというのは分かりきったことだが、二人が一緒にいることが自然な画だとしか思えないカミーユにしてみればその方がいいと思ったからである。
『デートコースやら新婚旅行で地球ってのは、スペースノイドでもよっぽどのブルジョアだけどさ』
それでも、それはクワトロがエマを大切に思っているからだろうとは思えた。
「OSをアップデートしといたんだが、いい感じだろ?」
《ガンダムマーク2》のコックピットの掃除をしているにもかかわらず、よそ事を考えていたカミーユにアストナージ・メドッソ曹長が話しかけてきた。
「アナハイムがあの《ネモ》と一緒に納品してきたんですか?」
スクリーンノイズがこれまでのまでのモノより目に優しいような気がするのは、オペレーティングシステム内のマルチスクリーン描画エンジンが変わったためなのだなと納得した。ティターンズが開発した《ガンダムマーク2》をエゥーゴで運用するいじょう、そのオペレーティングシステムの書き換えはパイロットとして早めにしてほしいことでもあった。トラブルが発生したときの対処にティターンズ工廠のスタッフを喚ぶわけにはいかないからである。アストナージが発注してくれていたのだが、それから三ヶ月、意外とかかったなというのがカミーユの所思だった。
「《マーク2》はあらゆるモビルスーツの過去の資産を放棄するところから始まったっていうからな。OSもほぼ独自のものだったらしい」
カミーユの腹の中を見透かしたようなタイミングでアストナージが遅れた理由を教えてくれた。
「そもそも奪取した機体を、色を塗り替えただけで使おうってエゥーゴの方が無茶なんだから、仕方がないでしょ?」
理屈では解っていたから、その通りに言ってみせた。実際、ブライトやクワトロが狙ったとおりのガンダム効果があったのかどうかは疑わしいと思っている。サイド4の一件後、サイド総代表と握手を交わしたときに、あのガンダムのパイロットかと驚愕された程度のことだ。あとは、港に社会見学に来たジュニアハイスクールの生徒にお披露目をしたさいに、拍手喝采をもらったくらいのものである。エゥーゴがサイド4の政権に割り込むことが出来たのも、エゥーゴの働きであって《ガンダムマーク2》の働きではあるまい。
「そんなにごねるなよ。アナハイムだってやってくれているんだ。あの《ネモ》、中身はこの《マーク2》と同じなんだぜ」
アストナージは親指で背後を指す。つまり《ガンダムマーク2》の正面には、五機のモビルスーツが立っていた。濃い緑色のその風体は、頭部を除けばたしかに《ガンダムマーク2》に酷似していた。《ガンダムマーク2》は、ステレオカメラセンサーにそれぞれ独立した保護シールドがついていて、人の目を連想させるが、《ネモ》と呼ばれるモビルスーツの顔は、スキーのゴーグルをつけた人間のそれを連想させた。辺境守備隊で使っていた、《ジムβ》に近い。
モビルスーツのコピー生産が、既存OSの解析と一部改良と同じ三ヶ月であったことにカミーユは唖然とした。既に開発段階を脱した量産機のコピーとはいえ、設計図もないところから三ヶ月で生産できるようになったというのは、信じられないことである。それも、ご丁寧に装甲は新デザインに変更されている。
「ムーバブルフレームが同じってことなんだろうけど、よもや材質はガンダリウムγを使っているってことかな?」
まさかと思いながら、カミーユはひやかしたが、アストナージは素っ気ないリアクションで肯いた。
「装甲もな。《マーク2》の補給部品も、既にガンダリウムγだ」
《ガンダムマーク2》の材質変更にまで着手できているということは、アナハイム・エレクトロニクス社は単純にコピーに成功しただけではなく、その発展にも成功したということである。ムーバブルフレームと呼ばれる内部骨格の材質を変更してまでのコピーに成功したという技術力と組織力に瞠目した。一年戦争前夜、ジオニック社が開発した《ザク2》を、アナハイム・エレクトロニクス社が二ヶ月でコピーしたという関係者のなかで有名な話は、真実はともかく根拠のあることだと解った。
アナハイムの技術者という単語を意識したとき、《ゼータ》の開発スタッフのひとりだったファ・ユイリィのことを思い出した。あの一件で、彼女の立場を危うくしてしまっているのではないかという心配をしていた。あの時、グラナダ市のティターンズ本部で憲兵の手から逃れたいばかりで主義主張もなくエゥーゴに参加してしまったような気がしてきていた。連邦軍はティターンズに押さえ込まれているから自分の逃げる先はエゥーゴしかないが、アナハイム・エレクトロニクスはティターンズに対して圧力をかけることも可能な巨大企業だから、彼女は大丈夫なはずだという思いつきは躬らに向けた逃げ口上だったのではないかと罪悪感がこみ上げてきていたのである。
『ファ。無事なんだろうか?』
会って謝らなければならないし、抱きしめたいと思った。彼女の甘い香りを胸一杯に吸い込みたいと思っていた。
「アンマンに女でも置いてきたのか?」
アストナージは、焦点の定まらない目になっていたカミーユの鼻をつまんで笑った。
「それはないでしょう!」
「そういう表情に見えるが。今度のメール・シュトローム作戦で勝てばこの戦争は終わりだ。すぐに帰れるさ」
今度のグリプス包囲作戦を、エゥーゴの上層部は“メール・シュトローム作戦”と命名していた。宇宙最大のティターンズの基地をエゥーゴありったけの艦隊で包囲する作戦である。キリマンジャロ攻防戦ではエゥーゴが勝利をおさめはした。その最大の消耗は陸軍であったのだが、宇宙軍までが消耗をすることを嫌忌しての攻城戦である。直接武力で消耗させるよりも、攻城戦にもちこんで自滅に追い込む方が長期戦になろうとも安全だと考えたのである。ジオン公国軍残党のアクシズが動き出しているために長期戦を嫌う参謀もいたが、現状ではアクシズの行動そのものを隠匿せねばならないために却下された。兵糧攻めで済むところを、無駄に攻勢にでなければならない理由を前戦の将兵に説明などできないのである。
「兵糧攻めにするにしたって、結局はクワトロ大尉の議会占拠をいちばんアテにしているんでしょ」
また陸軍が頑張ることになって、今度も宇宙軍が恨まれるのではないかといらぬ心配をしはじめていた。もっとも、長期戦ともなれば友軍の損害は通常の開戦よりも甚大になる可能性が高いことも事実である。クワトロの議会制圧はそれの助け船になるということだ。首尾次第ではグリプスで戦闘はしなくてもすむかも知れなかった。
戦争が終わっても、その時に四肢を失っていたのではその喜びも半減してしまうだろう。ファ・ユイリィの捜索をして見つけ出しても、彼女を抱きしめることが出来ないのでは意味がないと思えた。
もっとも、それを彼女が望んでいるのか否かは推し測りようもなかったが。
また陰気な表情をしはじめていたカミーユの鼻を再びアストナージはつまむと、やにさがった。
「そんなに、不景気な貌をするなよ。“銀蝿”が入ったんだ。《ネモ》の点検が済んだらやるからさ」
相変わらずの無精ヒゲの頬を躬ら叩き、そしてウインクしてみせた。
そして、《ガンダムマーク2》のコックピットから飛び出して無重力のモビルスーツドックを泳ぐと、一度振り返って掌を振った。
*
パプテマス・シロッコは悪夢に目を覚まし、そこがモビルスーツ《ジ・O》のコックピットであることに少し驚いていた。
思案を巡らせているうち、眠ってしまっていたようだ。
《ジ・O》は、シロッコが地球圏での運用を考えて設計、開発、建造したモビルスーツである。木星から帰ってくるすがらに《ジュピトリス》のドックで建造をしていたものだ。地球圏帰還とともに、アナハイム・エレクトロニクスのフォン・ブラウン工場に最終調整に預けていたものを、グリプスへの出動を機に引き取ってきたのだ。
現在の《メッサーラ》はもともと木星圏での運用が前提であり、木星の引力を考慮して推進エンジンが大出力のモノとなってしまった。伴って機体サイズも大型化し、地球圏においてはモビルアーマーのカテゴリーになってしまっていた。モビルアーマーはとくに燃料面などでその運用を著しく限定されてしまうことが多いため、シロッコは次の機体を用意する必要にかられていたのである。もちろん軍で供給されるモビルスーツでもことは足りるのであるが、そこはシロッコの拘りでもある。成り行きで軍人になってしまってはいるが、そうならなければ自分はロボット工学のエンジニアになっていたと思う。結局《メッサーラ》はマニピュレータをつけるだけにとどまり、重力下では歩行もおぼつかないロボットになってしまったが、《ジ・O》は《ジュピトリス》の多くのエンジニア達の協力を得てロボットとして他のモビルスーツと遜色がないまでになっている。兵器としてのポテンシャルにも自信があった。
シロッコは、悪夢を振り払おうと頭を何度もふった。
《ジ・O》にはバイオセンサーが搭載されている。一年戦争のおりにジオンがフラナガン機関に開発させていたサイコ・コミュニケーターの心臓部とおなじ機能のものである。人間の思念を察知し、モビルスーツの操縦の補助をしようというものだ。従来の四肢だけを用いるよりも反応速度を速めようという試みである。
このバイオセンサーの開発を行っていたのはシロッコの養父である。サイコ・コミュニケーターの開発競争でフラナガン機関に敗北した彼は、《ジュピトリス》に半ば密航するように乗船し、そこで独自に研究を続けていた。往復の岐路に、その研究が完成したのを確認するかのように他界してしまったが、シロッコはそれを建造中だった《ジ・O》に搭載したのだ。
『こんなところで寝てしまえば、嫌な夢も見るか』
バイオセンサーが思惟を読み取るというシステムだということよりも、その近くにいることで悪夢を見てしまったのかも知れなかった。
シロッコは、尊敬する養父の遺品である研究資料のなかに信じたくない自分の出生の秘密を見つけてしまっていたのである。
人間には様々な嫌悪対象が存在する。
ある種の生物、汚れ、癖、そして人間や自分自身。
吐き気のようなモノを感じたシロッコは、コックピットから出た。
「ここにおられましたか。三十分後に、スイングバイの体制にはいります。そろそろブリッジにあがって下さい」
コックピットを出たところでサラ・ザビアロフ准尉と鉢合わせた。
何回も艦内放送をしたのだと腕を組み、芝居じみたあきれ顔をした。
「バスク・オム大佐ご自慢のグリプスに向かわなければならないものな」
「ティターンズ艦艇の大半に集結命令が下っているのです。司令官がこんなことでは、無事につくことも出来ませんよ」
無重力ブロックであるドックでふわふわと浮きながらすごんでみせても、迫力に欠ける。まして相手が部下である以前に少女では、彼女がどのようなつもりでも震えあがるようなことにはならない。
サラの笑顔をまぶしいと思いつつも、更に輝きをますためにはカミーユ・ビダン少尉をいかにしてこちらに取り込むべきかということを考えなければならない、とシロッコは次のことを考えていた。
「少しばかりいじっておきたかったからな。スイングバイには、艦長がいれば……」
と言いかけたら、本気でサラが怒りそうになったので、反省していると慌てて頭を下げた。
軍から艦を預かる指揮官たる者が、モビルスーツの調整をしているなどというのは前代未聞である。たしかに《メッサーラ》もメンテナンスをする手を選びはするが、それにしてもシロッコの所業は指揮官のそれとはかけ離れすぎている。
「このモビルスーツは、グリプスでコンペに出されるつもりなのですか?」
これまでに、軍のモビルスーツの採用コンペティションに個人の出展はない。だからとはいえ、サラはシロッコをからかっているつもりではなかった。軍人でいることよりも、彼の夢のとおりエンジニアであればいいと本気で思っているサラは、競技設計に名乗りを上げればいいと思う。そうであれば、自分と全く接点の無くなったシロッコと出会うことはなかっただろうというのは淋しい認識ではあるが、彼の幸せは軍事作戦のなかにはないと思う。
「よい提案だが、こいつを量産するにはいささかオリジナルパーツが多すぎるということだな」
《メッサーラ》もそうなのだが、規格の部品をもちいらないということは信頼度の低下を招く。事実、《メッサーラ》が戦闘において遜色のない戦果をあげようとも、そのメンテナンス性の低さから、軍工廠では修理部品の生産までしか受け入れてはくれなかった。アナハイム・エレクトロニクス社もライセンス生産に難色を示した。
サラは、《ジ・O》の黄土色でズングリとした岩の固まりのような姿を見て、もったいないと思う。
見ているだけでその性能や力強さが伝わってくるという比喩を言葉にすれば、反って、とくに技術者からは不信感を買うであろう。しかし、部品面でのハンディキャップを補ってあまりあるものがこの《ジ・O》にはあるとサラは直感していた。それを他人に伝えるだけの言葉を持たない自分に苛立ちも感じていた。
“敵艦を補足しました。司令官殿、ブリッジにあがってください!”
「このタイミングでか?」
《ドゴス・ギア》を無傷のままでグリプスにつきたかったが、このまま敵が見逃してくれる可能性は低いだろうとシロッコには思えた。こちらの航路からグリプスに向かうことは明白なはずだ。敵艦とて、グリプスに向かうに違いあるまい。
*
《アーガマ》のブリッジでは、ブライトが愕然としていた。
ちょうどクワトロを地球に降下させるタイミングで、ティターンズの《ドゴス・ギア》と接触することになるというのだ。
「接触時間はおよそ五分。こちらが減速すれば、追い抜くむこうとの接触時間は短くなりますが」
『そんなことが出来るわけがない』
ブライトは思わずデッキコンダクターに怒鳴りつけるところだった。減速してスイングバイを半ば以上無効にすることは問題ではない。グリプスに到着するのが二?三日遅れたところで、長期を想定したメール・シュトローム作戦の推移に影響を与えることはあるまい。しかし、クワトロを地球に降ろすタイミングを違えれば、ダカールの連邦議会に間に合わない。時間どおりに彼をダカールに降下させることは、万難を排してでも完遂しなければならないことだった。
発進座標、艦の質量、到着目標時間。様々な要素が絡み合って宇宙艦船のスイングバイ航路は変わってしまうのに、何故このタイミングで敵艦と接触するはめになるのか、ブライトは自分の運の悪さに発狂したい気分になった。
「接触まであと二分!」
デッキコンダクターが叫んだことで、ブライトの腹は決まった。
「モビルスーツ全機緊急発進。クワトロ大尉のシャトルを全力で護衛しろ。エマ中尉とフォーティー少尉部隊のモビルスーツには大気圏突入用の装備をさせろ。地球まで大尉を間違いなく送り届けるんだ!」
*
接触まで一分を切ったところで、小型宇宙艇が敵艦から地球に降下するらしいという情報が傍受できた。
その情報だけで、シロッコにはダカールの連邦会議が近いことが連想できてしまっていた。
『《アーガマ》という艦ならば、シャア・アズナブルが乗っていたはずだ』
一年戦争での僅か一戦で五隻の軍艦を沈めたことで、シップスエースになったというモビルスーツパイロットとしてのスコアばかりが先行する。しかし、それよりも彼がジオン・ズム・ダイクンの子であることは、ジオン公国の事情に詳しいものなら誰もが知っていることだ。その男が、議会員の資格もないのにダカール議会のタイミングに合わせて地球に降下する、おのずとその目的は解るのである。多くの軍艦が集結するであろう今回のグリプス中域で、一隻くらいの敵艦を見逃したところで大勢に影響はない。しかし、シャア・アズナブルをこのタイミングで地球に降ろすわけにはいかない。キリマンジャロ攻防戦の敗北、その追及を避けるためにジャミトフ閣下は今回の議会出席を保留した。そのタイミングで、議会を占拠されるわけにはいかない。
シロッコは、艦長にモビルスーツを発進させ、《アーガマ》ではなく宇宙艇への攻撃を主に行うように指示をした。自分はサラ・ザビアロフ准尉と《メッサーラ》で出撃し、独自の行動で宇宙艇を攻撃するとも伝える。どのみち、モビルアーマーである《メッサーラ》では、他のモビルスーツと編隊行動など出来るわけがないからだ。
できるだけ多くの戦力を放出し、シャア・アズナブルの野望を阻止せねばならない。シロッコは、ここで散ったとしてもジャミトフ閣下への恩義をかえすことが出来ると踏んでいた。
*
出撃して敵があの《メッサーラ》であると解ったカミーユは、慄然とした。
それも、あの時と同じように二機での編隊である。
『あのときのモビルアーマーじゃないか』
グラナダで《ガンダムマーク2》を奪取したさいに遭遇した時、武装していなかったとはいえ逃げることしかできなかった状況を思い出して身震いした。士官学校でも大部隊でないいじょうは逃げることに専念しろと教えられた対モビルアーマー戦である。アーガマのモビルスーツ隊はクワトロの宇宙艇の護衛とで二手に分かれてしまっている。敵を迎撃する隊が、自分を入れて六機を大部隊の範疇に入れられるのかどうかということを考えてしまうほどに混乱しかけた。
“あと五秒で再接触。カミーユ気合いを入れろ!”
気後れしているカミーユを叱咤して、アポリーは攻撃の指示をした。
猪突してくるモビルアーマーに対して、モビルスーツの射程では狙撃をするのは不可能である。こちらのメガ粒子がとどく距離になった時にはこちらと衝突している時だからだ。盲目滅法に弾幕を張りつつ、回避運動をとるしかない。とりもらして母艦に近づけてはしまうが、そこは射程の長い強力な艦砲に頼るしかないのである。あとは、敵パイロットが間抜けなことを祈るだけだ。対モビルスーツのセオリー中のセオリーは、母艦からつかずはなれずの距離を保ちつつ一機も後ろに逃さないようにして、とり洩らしを艦砲で潰すという戦法になる。しかし、モビルアーマーと対峙した場合、モビルスーツの数機を犠牲にして袋叩きにするかこのように軍艦とのコンビネーションで迎撃をするしかないのが、ポテンシャルの違いなのである。
更には、今回は以前のように市街戦ではない。モビルアーマーの性能を充分に発揮できる状況である。それが二機の上に、その後方に六機のモビルスーツを《アーガマ》のレーダーが補足したと連絡が入った。
「とても無理です!」
敵の展開状況の連絡をアポリーから受けたとき、高出力のメガ粒子砲が《ガンダムマーク2》の横を掠めた。刹那にそれを放った紫色の《メッサーラ》もすり抜けてゆく。弾幕なぞものともしない素振りだ。
後方を確認すると、《アーガマ》のハリネズミのような砲撃をかわしつつ、クワトロの宇宙艇の方に転進した。
「大尉の方にもビルアーマーが!」
“後ろは気にするな!”
カミーユの散漫な注意力をアポリーが叱責する。まだ、前方にも敵がいるのだ!
刹那、巨大なメガ粒子の奔流が《ガンダムマーク2》の左脚部を破壊し、大きく後方に弾き飛ばしていた。
「今のは《マーク2》だったな?」
シロッコは、自身確認するように口の中で言った。
そして、そのパイロットがカミーユ・ビダン少尉ではないのかと半ば洞察できていた。《ガンダムマーク2》を強奪したのがカミーユ・ビダンでも、そのまま彼がそれに搭乗するなどという保証はどこにもない。それでも、この状況と《アーガマ》、《ガンダムマーク2》、そして自分達がここにいることから導き出される答えはそこに行き着くのである。自分でも合理性も整合性もないひらめきだと思うが、そう思えてしまったのだ。サラとカミーユの二人が戦場で出会うことは、悲劇を招く。
焦燥感がシロッコを襲った。
「サラっ。そいつは少尉だ!」
シロッコが慌てて叫んだのは、サラがトリガーを引いてしまう直前だった。
分厚い兵器の装甲を隔てていても、シロッコと同じようにお互いを認識できてしまったパイロットが他に二人いた。
カミーユとサラである。
敵の艦が《ドゴス・ギア》だからその発信地点が月面のフォン・ブラウン市だと判ったところで、そこから発進したモビルアーマーのパイロットがサラ・ザビアロフだという確証などあるわけがない。以前《アーガマ》に接触してきたときでも、フォン・ブラウンの部隊から来たのではないか、とこちらで勝手に決めつけていただけである。自機の脚部を吹き飛ばし、その猪突するモビルアーマーになんとかしがみついたカミーユは、すさまじい加重に失神しながらもそうわかってしまう自分が理解できなかった。
《ガンダムマーク2》が自機の背部に取り付いたときに開かれた接触回線が開いた。それにより敵のパイロットの息遣いが耳朶を討った瞬間、サラはカミーユの存在を確信した。メガ粒子砲のトリガーを引きかけた瞬間に漠然としたイメージが飛び込んできて、まさかと思ってはいたがシロッコからの忠告がとどき、次には認めていた。シロッコの制止がなかったらコックピットを貫いていたかもしれないと思い、次にカミーユを殺めなかった安堵は軍人として失格だという思いに突き当たった。
“サラ・ザビアロフ曹長だな?”
「カミーユ・ビダンだとしても、惑わされるものか。ティターンズの志の前には!」
サラは雑念を振り払うように強く首を振る。《メッサーラ》のたたまれているマニピュレータをのばすと、《ガンダムマーク2》を捕らえようとした。
“サラなら戦いたくない。撤退してくれ”
「少尉でも、敵だ!」
カミーユの悲鳴に怯みつつも、血を吐く思いでサラは叫んだ。
迫ってきた《メッサーラ》のマニピュレータから逃れるためにカミーユは機体を飛翔させた。
「なんでサラなんだ!」
戦争が凄惨になったのは、敵の顔が見えなくなったからだということを聞いたことがあるが、納得できた。見知った顔を目前にトリガーを引くために使う精神的エネルギーは莫大なものだった。士官学校でなにを訓練してきたのだと自嘲する余裕も生まれない。鼓動が高鳴り、心臓が胸を突き破ってしまいそうだった。サラの《メッサーラ》がはなれてゆくのを見て、そのまま折り返してこないでくれと祈っていた。
理想の実現のためにこそ、二人が戦ってはならない。
焦燥に奥歯を噛み締めながらシロッコは叫んだ!
「サラ・ザビアロフ准尉は撤退しろ!」
過敏になりすぎた為、二人とも興奮状態になっている。このままでは不本意な殺し合いをするだけだとシロッコは読んだ。
理解しきれない、不可解だが不快ではないこの感覚をカミーユもサラも感じているのは間違いないようにみえた。戦争だからとはいえ、サラとカミーユが争うなどというのはたとえようのない悲劇だ。戦場での二人の邂逅は避けねばならない。
「あと三分もてばいいんだ!」
カミーユは、サラの《メッサーラ》が戻ってこないことを前提に叫んだ。
敵はモビルアーマーだけではない。後方の敵モビルスーツ隊が迫っている。サラのその後方には旗艦の《ドゴス・ギア》がいる。アーガマ隊が迎え撃つには大きな敵だが、三分だけ持ちこたえればいいのである。
自機の《ガンダムマーク2》は被弾した常態ではあるが、自分がモビルアーマーを引きつけることをアポリーに告げた。撃退する必要はない。一機のモビルスーツでモビルアーマーなど退けることなど出来るわけがない。モビルアーマーにもモビルスーツほどではないまでも、稼働時間の限界というものがあるのである。基地から離れた地点で運用されるいじょうは、母艦から遠く離れるわけにはいかないのだ。それが付け入るところだとカミーユはふんでいた。逃げ切るだけでいいのだ。時間が来れば、敵は見逃してくれる。
「こんなところに少尉が出てくるのは、サラを困らせるためじゃないだろうに」
カミーユに対して、憎悪に至らない怒りが胸の中にこみ上げてきてくるのをシロッコは感じた。
手を取り合うのが男と女というものだ。サラの気持ちに気付かないはずなどないカミーユが、エゥーゴにいることなどシロッコに得心のできることではなかった。
刹那、シロッコの思惟が矢のようにカミーユの眉間を貫く。
同時に、カミーユの思惟がシロッコの脳を叩いた。
「なにぃ?!」
「これは、空間に放り出されて?」
お互いに、兵器の装甲を隔てたむこうに相手をまるで肉眼で見るように認識できていた。
何も装備しないまま宇宙空間に放り出されたように無防備なのに、不安も恐怖もなく、ただ、身軽だった。
シロッコは、そこにいるのがサラから聞き知らされていたカミーユ・ビダンであるとすぐに解った。その背後に、彼の母親の笑顔が見える。父親の姿。幼なじみの少年少女たち。軍の同僚の多くの顔。すべてが面識のない者たちだ。それでも、それらがなんなのか明瞭に洞察できたし、それらカミーユ・ビダンという青年が背負っている多くの笑顔を、シロッコは眩しいと思えた。
カミーユは、名前をパプテマス・シロッコだと知ってしまった青年の背後に、サラ・ザビアロフの華麗な敬礼を見た。新聞で何度か見たことのあるジャミトフ・ハイマン大将の顔、彼の妹や養父、父親。誰しも悲しみをもつが、自分はパプテマス・シロッコのことを理解できるのではないかと思えた。
「これが、まさかジオン・ダイクンが説いた精神の共感というものか」
幻滅にも近い感情に、シロッコの語尾は細くなった。
洞察力の飛躍が何を生み出すというのか。隣人のことを知ったところで、躬らを隣人に知ってもらったところで、それらを受け入れられる度量をすべての人間に求めることなどできるわけがない。霊能力者まがいのことができたところで、手品ていどのことではないか!
『カミーユ・ビダンのなかにサラがいても』
それが自分の望む姿と違っていたら、この程度の能力など自分やサラを苦しめるだけだとシロッコは絶望した。
「ニュータイプって人は解り合えるって、こういうことなんだな」
自分をニュータイプだと茶化す同僚たちに、それでもの今のこれを口で説明するのは不可能だと思った。気安く他人のなかに入り込んでしまう容易さに自分を律する必要性を感じる。男は紳士たれという両親の言葉や、士官は部下に尽くすものであるという士官学校教官の言葉の真意が改めて身に染み入ってくるような気がした。
「カミーユ・ビダン。私と共に、《ドゴス・ギア》に来てもらう」
「俺たちで、戦争を終わらせることができるんじゃないのか?」
シロッコの言葉に恐怖のような感情を抱いたカミーユは、説得を試みる。
“カミーユ、何をボオッとしている! 《ドゴス・ギア》が来るぞ”
無線から飛び込んできたアポリーの叱咤に、カミーユはまさに我に返った。
ゴウと音を立てんばかりの勢いでシロッコとカミーユの間を、敵旗艦《ドゴス・ギア》が突き抜けていった。
カミーユとシロッコの意志の共有は、まさにそれによって断ち切られる。
その間隙にカミーユは再び敵モビルスーツの攻撃を受けて《ガンダムマーク2》の右腕を吹き飛ばされ、とうとう失神してしまったが、アポリーによって救出された。戦闘はそれから一分ほど続くが、両陣営共に決定打を与えることができず、ただ消耗するだけになった。
クワトロの宇宙艇は予定の地点に降下することができ、ダカールには間に合わせられるということだった。
《ガンダムマーク2》をぼろぼろにしてしまったのでアストナージたちメカニックに顔向けができないとカミーユは沈んでいた。しかし、モビルアーマーの一機を退けさせ一機を引きつけておいてくれたおかげで他の隊に余裕ができてクワトロ大尉が無事に地球に降りることができたのだと、むしろ誉めてくれた。ニュータイプだとまたアポリーがはやし立てたが、カミーユはそのリアクションに困ってしまった。
あの、シロッコとの認識の共有は、ニュータイプ能力の片鱗なんだと思う。
それは素晴らしいことだと解る自分に対して、シロッコとの温度差が気になっていた。
シロッコは、悪夢を見たのだと思った。
これが人類の行き着く先だとすれば、それはあまりに不幸だとしか思えなかった。
「カミーユ・ビダン。私と共に来てさえくれれば」
シロッコは、口吟んだ。
次に、シャア・アズナブルがダカールに向かったのだと陸軍に連絡を入れなければいけないと思い出すが、相手にされないことも解って人類を嘲笑した。自分の言うことが理解してもらえるような世界ならば、今、こんなところで戦争などしていない。あの宇宙艇とて、地球に降りる必要もないに決まっているのだ。
*
グリプスで戦闘が始まったという連絡を受けて、クワトロは身が引き締まる思いになった。この戦闘がどれだけの規模になるのかを決めるのは、今からの自分の守備しだいである。ひとりでも多くの命を救うのだ。
しかし、自分のこれからの精神の崇高さは理解できていても、それを実現するための行動に吐き気を催すような気分になっていた。
連邦議会を占拠する。
それには武力を用いるしかないのだが、クワトロはモビルスーツに発砲許可を出してはいない。警備はティターンズが行っており、武装のひとつにモビルスーツがあるのは明白で、エゥーゴのモビルスーツが近付けば発砲されるのも解りきってはいる。が、それでもこちらからは発砲はさせない。
ティターンズの非道を訴えるための演出である。
そもそも、クワトロが陸軍モビルスーツに護衛される軍用ヘリでダカール市に降下することじたいが無駄なのである。入念に下調べのしてある下水道を使うなどすれば、議事堂までは攻撃を受けるようなことはまずない。戦闘らしい戦闘は、議事堂内だけですむことなのだ。それでも、あえてティターンズのモビルスーツを挑発するのである。
ダカール市内で戦闘が始まりだしたのは、議会がちょうど閉廷した時である。
キリマンジャロ基地の陥落責任追及がティターンズに対して行われれば、もうしばらくは続いていたかもしれないのだが肝心のジャミトフ・ハイマン大将が出席していなければそれもできないということである。ジャミトフにしてみれば、このままエゥーゴを連邦軍の正規軍として認めるという法案が持ち出されなかっただけでもうんがいいと言える。もっとも、彼自身の議会工作がきいているということでもある。
戦闘の沈静化するまでは議員は会議場に閉じ込められることになった。議場は堅牢な建造物であるから、へたにここを出るほうが危険なのである。モビルスーツがもつメガ粒子砲の五発や六発の直撃、艦砲射撃の一発や二発くらいには持ちこたえられる設計なのだ。
そこに、白いスーツ姿のクワトロ・バジーナを筆頭に銃やライフルで武装したエゥーゴスタッフがなだれ込んできた。
議場は騒然となるも、パニック状態に陥らなかったのは連邦議員という胆力ゆえであろう。軍人であるクワトロの目から見ても、落ち着き払っている議員の面々は頼もしく見えた。そして、安心もした。
『これならば、聞く耳くらいは持ってもらえるのではないか?』
パニックを考慮して、自分はおろか護衛自身の危険も顧みず、スタッフ数を極力減らしたのである。
この場は聞いてもらえさえすればいい。このような非合法でこれまでの法案が変わることの方が問題なのだ。
エゥーゴが単なる愉快犯ではなくジオン軍の残党にのみ支えられた烏合の衆でもない、正当な主義主張をもった組織であることを知ってもらえればいい。ティターンズの危険性を認知させられればいい。それを押さえ込むだけの力がエゥーゴにあることはキリマンジャロの攻防で示せているはずだから、うまくすれば追い風が吹く。宇宙で行われているグリプス宙域での戦闘も、想定の半分以下の時間で済ませられる可能性もある。そうやってティターンズを無力化できれば、迫り来る巨大ジオン残党勢力のアクシズを迎え撃つ余裕もできる。
クワトロは大きく息を吸い込むと、
「議会の方々には、このような突然の非礼をお許しいただきたい。こうでもしなければ、我々エゥーゴの主張を聞いていただくこともできないと悲観していたからであります。私は、地球連邦宇宙軍諜報部所属クワトロ・バジーナ大尉。エゥーゴ指導者のひとりです」
両腕を広げて、演説をはじめた。
*
サイド7には二基のコロニーしか存在しない。
それぞれグリーンノア1、グリーンノア2と命名されていた。
しかし、もともと工業プラント専用コロニーとして建造されていたグリーンノア2は、ティターンズのバスク・オム大佐主導のもとグリプス作戦により基地化がなされていた。シリンダーを竹のように半分に分割し、それぞれグリプス1、グリプス2と改名されていた。
グリーンノア1もティターンズ関係者以外の大半は他サイドへの強制移住がなされるなど、事実上ティターンズの基地となっている常態である。
サイド7がまだ自治政府をもたず、俗に“連邦預かり”とよばれる連邦政府直轄常態だったからできたことでもある。
エゥーゴをとくに悩ませていたのは、分割されたグリプス1の片割れのグリプス2である。
ひとくちに基地化というが、この所業は常軌を逸しているといっても過言ではない。グリプス2はそれ自身を砲身にしたコロニーレーザー砲に改修されているらしいのだ。一年戦争時、連邦軍との攻防のなかで窮地に追い込まれたジオン軍がサイド3の三バンチ、マハルをレーザー砲にしたのが史上初であるのだが、バスク・オムはそれをそっくりまねたのだ。直径六キロメートル、全長十五キロメートルの砲身から放たれるレーザー砲の威力であれば、機動艦隊の一つや二つなど一瞬で消滅させることができる。これが、完成して運用可能な状態なのかどうなのかが解らないというところが、エゥーゴの姿勢をどのようにしたらいいのか解らなくさせていた。
エゥーゴのメール・シュトローム作戦は攻城戦を目論んでいた。
グリプス1、2、およびグリーンノア1をエゥーゴの八艦隊八十五隻で包囲し、生産能力の低いサイド7じたいを干からびさせようというものである。
とはいえ包囲していればいいというだけのものではなく、指揮をする高官サイドにはきつい作戦でもあった。
長期戦になる恐れは払拭できない。
敵の情報や兵糧を立つことが目的の作戦でもあるが、友軍とて食料の補給や確保に苦労することは否めない。
宇宙で衛生に気を配っていたとしても伝染病の発生も否定できない。
敵の奇襲は当前として、逆に外側から敵の援軍に襲われることや包囲されることもある。
そして直接的な戦闘が少ないと予想できるということは、逆に自軍の士気の維持が難しい。
もっとも恐れるのは、友軍内の兵同士の喧嘩などで隊、艦隊の分裂を招く可能性があるということである。
エゥーゴ艦隊が目をつけたのはグリーンノア1である。ここを制圧し、グリプス攻略の橋頭堡にしようというものであった。
軍、基地というものは消費する機関である。グリプスが消費する一方でそれを支える生産拠点がグリーンノア1であるのは明白だからだ。
堅牢すぎるであろう軍事基地グリプスよりも、グリーンノア1を落とすことの方が容易だと思える。グリーンノア1さえ落とせば、いかにバスク・オム大佐といえど開城交渉にも応じるだろうとよんだのである。
*
戦闘が小康状態になったために休憩時間が与えられていたので、カミーユは食事をとっていた。アストナージ・メドッソ曹長からもらった銀蝿のトーフを口にして、その新鮮な触感に感動していた時である。
《アーガマ》の食堂にあるテレビに、ダカールの連邦議会会場の中継放送が緊急放送と題して映し出された。
エゥーゴはできるかぎりの放送メディアを掌握し、全地球圏に向けてクワトロ・バジーナ大尉の演説を放送する動きだった。
掌握メディアは放送だけでなく、出版もなされているはずだから、遅くても明日には多くの新聞の一面を飾ることになるであろう。
白いスーツのクワトロとは対照的に、その周囲で彼を警備するエゥーゴのスタッフはものものしく、防弾ジャケット、シールドつきのヘルメット姿でライフルをかまえている。そのうちのひとりが女性で、エマ・シーン中尉であることに気付いてしまい、カミーユはなんだか嬉しくなった。
『エマさん、頑張ってるんだ』
陸軍は女性の実戦配備を嫌うと聞いたことがあるが、よくも割り込めたものである。そこにエマの必死さが伝わってきて感動していた。
いかに少ないとはいえ、あの護衛のなかから大写しにもなっていないエマを見つけられた自分を不思議だとは思う。もしかしたら、敵のパプテマス・シロッコ大尉を感じることができてしまったことと関係があるのかと思ったが、その時は考えている余裕が無くなってしまった。
テレビのクワトロが、驚愕の告白をしたからである。
“話の前に、もうひとつ知っておいていただきたいことがあります。私はかつて、シャア・アズナブルと名乗っていたことのある男だ!”
《アーガマ》の食堂内は騒然とした。モニターの向こう側はこんなものではすまされないだろう。カミーユも、咥えていたスプーンを落としていた。
隣に坐っていたアポリー中尉は、頭を掻くと席を立って食堂を出て行った。
*
「私はこの場を借りて、ジオン・ズム・ダイクンの子キャスバルとして、その意志を継ぐ覚悟で語らせていただく」
クワトロのこの言葉は、議会上の雑音を一掃するのに充分だった。だれも、あの紅い彗星のシャアが一年戦争を生き延びているとは思っていなかったからである。
クワトロの闖入に抗議していた数名も席に着いた。
サングラスをゆっくりとはずして胸のポケットに収めると、クワトロは胸の前で拳を一度ふった。
「そもそも、人類が宇宙に出たのは地球が文化文明の重みで沈むのを回避するためだった。しかし、そうやって生活圏を拡大したことが人類の知的躍進であると傲慢な誤解をしたことがザビ家を生み出し、ジオン独立戦争という悲劇への遠因となった。それを繰り返すわけにはいかない。人類が宇宙に飛び出したのは、単に必然でしかない。しかし、技術の躍進が宇宙に飛び出させたのではなく、宇宙に飛び出したことが人の進歩、確信をよびさますと私たちエゥーゴは確信する。ぜひ、皆さんにはその可能性を信じていただきたいのです。
地球を人間の手で汚すなということなのです。しかし、ティターンズはスペースノイドに圧力をかけ、その大きな可能性を生む小さな芽を摘んでしまっているのです。
人類は長い間地球というゆりかごで戯れてきた。しかし、今、円熟期をむかえ、親離れ、巣立ちの時が来たのです。この期に至って、なぜ争い地球を汚染せねばならないのか。このままでは、地球は水の惑星ではいられなくなる。そうなってからでは遅い。
このダカール市でさえ、砂漠にのまれようとしている。それほどに地球は疲れ果てているのだ」
クワトロは、議員のすべてが自分の言葉に聞き耳を立てていることに安堵していた。外で戦闘が続けられているいじょう、エスケープする者などいるとは思えなかったが、ヤジが飛び交うことは覚悟していたのである。
クワトロは、再び深く息を吸い込んだ。
「見なさい、この暴挙を。ティターンズは、このようなときにですら攻撃をしてくる。武力でここを制圧しようとした我々も悪いのです。しかし、エゥーゴのモビルスーツは一発として発砲していない。その無抵抗な者ですら、対峙さえすれば悪であると排除しようとする。その姿勢が地球を疲弊させ人類を衰退させるのだと、エゥーゴは主張するのです」
おあつらえ向きにクワトロの背後の巨大なスクリーンが、ダカール市内のビルの崩壊を映し出した。積み木かダルマ落としよろしくビルが崩れていった。この中で、どれだけの人間が死んでしまったことだろう。明らかにティターンズの攻撃によるものだった。エゥーゴモビルスーツの爆破もいくつも映し出されていた。
普段戦場を目の当たりにしないということもあり、議員の一同は息をのんでいた。
やはり、キリマンジャロの攻略の先行は正解だったとクワトロは思う。この場にジャミトフ・ハイマンがいたら、ここまで議員たちを瞠目させることはできなかっただろう。一週間以内に緊急議会を招集させ、ティターンズを葬ることも難しくはなくなってきたのではないかと、たしかな手応えを感じていたが、躬らを嘲笑してもいた。
*
クワトロ大尉が、あのシャア・アズナブルだった。
驚いていないといえば嘘になるが、何故かすぐに納得もして、カミーユは食べかけのトーフを掻き込んだ。
あとで知ったことだが、《アーガマ》のクルーですらそのことを知っていたのはブライト艦長とアポリー中尉、ロベルト中尉だけだった。ブライトは、クワトロが《アーガマ》のクルーになったときに聞かされていたし、もともとジオン兵だったというアポリーやロベルトは、一年戦争後にその逃亡生活のなかで部下になったのだという。
黙っていたことに腹が立つことはなかった。シャアでありつづけることは、そのまま連邦軍内での行動を拘束するものだというのは解りきったことだし、彼の主義がザビ家とは違うことが解るから、ジオン公国軍のシャアであり続けるわけにもいかないのだろう。
そして、普段の戦闘でのモビルスーツの扱いを見ていれば、エゥーゴに彼がいることは至極自然のことに思えた。
「あとでサインでももらえれば。家族に自慢できますかね?」
カミーユは、隣の席で騒ぐ同僚にそう言って相槌をうち、笑ってみせた。
ただ、この演説のおかげで、エゥーゴはずいぶん楽になったが、戦争の原因が新たに出来たのではないかとも解っていた。
*
逃げ出すように議場を出たクワトロは、どうにか陸軍の航空機のなかでひと息をついた。
クワトロの演説の終了を見越して、事前にエゥーゴのモビルスーツは撤退していたので戦闘と言うにはあまりに欺瞞に満ちた戦闘も終わっているはずだ。
「これで、逃げられなくなったかな。まるで人身御供だ」
そう呟き、演説の間ははずしていたサングラスをかけると、クワトロは深い嘆息をした。
ティターンズの責任追及のために、連邦政府の責任を不問にした汚い自分にクワトロはいらだっていた。ジオン独立戦争の責任など、ザビ公爵家だけに着させることなどできるものではない。まして、ティターンズをこのまま駆逐したところで、一番の本懐である人類すべてをスペースノイドにすることなどできるはずもないことも解っていた。ジャミトフ・ハイマンのように強権姿勢を臆面もなくやってしまえる人物を連邦議会から追放してしまうことで、むしろ難しくなってしまったかも知れない。ジャミトフに恩を売り、裏から操るという手段とてあったはずなのである。
自分がシャア・アズナブルであるとあそこで言ってしまったことも、吉凶はこの段階では解らない。
エゥーゴに着いてくれているジオン残党は二分する可能性がある。ザビ家体制を信望している残党は離れてゆく可能性が大きい。逆にこれまで、非協力的だった残党がついてくれる可能性もないではないのだが。
ティターンズを駆逐したら政界にはいるべきだ。何年かかっても連邦政府の内閣総理大臣になるために。
という《アーガマ》に着任したときブライト・ノアに諭された言葉を思い出していた。エゥーゴの指導者で終わってはならないと。むしろ、政治家となりエゥーゴを解体するべきだと。
「ご苦労様でした。これで、ティターンズをずいぶん拘束できますよ」
ベンチシートの隣に坐った防弾チョッキのままのエマが、缶コーヒーを差し出してくれた。
刹那、思わずクワトロは彼女を抱きしめていた。
「しばらく、このままでいさせてくれないか」
「大尉。一度ゆっくり休みましょう。もう一息ですから」
エマは、クワトロのブロンドを何度も何度も撫でた。
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Zガンダムを劇場版一本に。 そのシナリオをシミュレートしました。 |
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