永遠の夢
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――永遠の夢。

それは海の彼方、珊瑚礁に囲まれた美しい宝石のような島に眠る宝の名前。

そこには、どんな病をも治すといわれている、万病の秘薬もあるといわれている。

 

 

 

「……しまった」

 

 男は自分だけに聞こえる程度の小さな声で、ため息と共に呟いた。

 隣では、つい先ごろ……夕暮れに港の酒場で知り合ったばかりの踊り娘が、安らかな寝息を立てている。まだ外で飲んでいる仲間たちの声が聞こえるに、夜は始まったばかりの時間帯だろう。

 

 女は踊り娘と名乗るだけあり、その滑らかな肌は彼女の年齢を特定させない。黒曜石のような滑らかな輝きを放つ長髪は、すくい上げるとまるで液体のようにするりとその手から零れ落ちていく。褐色の肌が上下するのを横目に見て、頭の中でつい先ほどまでの交わりが思い出された。

 

 下半身がまた元気を取り戻すと、頭の中では今度は甲高い少女の声が鳴り響いた。

 

 

 

 

『絶対に浮気しないって、誓って!』

 

 

 

 

 栗色の瞳が、男をまっすぐ見据えていた。亜麻色の髪がきちんとヘアバンドによって押さえられていなければ、逆立ってその怒りが目にも見えそうだった。

 

「わかってるよ。俺の奥さん」

「もう! すぐそうやってはぐらかすんだから! 男は港で女を作るもんだーなんてのはね、独身貴族が言うものなのよ!? 私と結婚したからには、絶対絶対許しませんからね!!」

 

 まくし立てるように少女……先日結婚したばかりの男の嫁は、そう言い放った。見た目はまだまだお子様だが、年齢はしっかりと男よりも上だ。大きな瞳と、ささやかな胸元が彼女をより一層『少女』にしてしまうのだが、男は決してそのことは口にしない。

 

 男は、誰よりも彼女を愛していた。

 だからこそ指輪を渡し、教会で誓いのキスを交わしたのだ。

 

 男は海を渡り歩く冒険者。時に人は海賊と呼ぶこともあるが、彼はそのような無粋なことはしたことがない。彼の父も、祖父も、曽祖父もそうだったから、彼は自然と海を渡り歩く術を身につけ、あるとき彼女が住むこの島へとやってきた。

 そしてようやく腰を落ち着けようと思った矢先、また旅に出ることをきめたのだ。男はいまだに目を吊り上げている花嫁に微笑みかける。

 

「独身の頃の話だろ?」

「今までやってたことが、いきなりできなくなるなんてことがありますか!」

 

 びし! と指を突き刺すような勢いで男の目の前に人差し指を掲げた。

 

「そんなに心配なら、俺と一緒に船に乗るか?」

「馬鹿! 今まで許してくれなかったくせに! ……それに、あの子の容態、悪くなってるから……」

 

 栗色の瞳が、急に影を落とした。あの子とは彼女の弟。男の義弟にあたる少年だ。年が離れており、且つ体が弱く、家をほとんど出ることがない。

 男はその弟を助けるために、海の向こうにある秘宝を探すため旅に出ることにしたのだ。

 

 全ては、花嫁のためだ。

 

「ああ。それに、俺の爺さんが『大事な女は港で待たせておくものだ』って言ってたしな」

「それって、浮気されてもわからないようにじゃないの!?」

「さぁな」

 

 またしてもはぐらかすように笑った男は、唇を尖らせた花嫁を抱き寄せて、そのとんがりに吸い付いた。顔を真っ赤にした愛しい君を残して、男は船に乗った。

 

 

 

 そして、1年航海して、ようやく噂の島にたどり着いた。

 永遠の夢がある場所。

 なのに、たどり着いてそうそう、目的の宝よりも女を求めてしまった自分が、情けなくなっていた。いまだに衰えない自分の分身を己の手で確認し、さらに情けなさが増す。

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 その島に眠る宝。

 永遠の夢。

 

 夢は、夢のまま、誰にも触れられぬ。

 だから、決して求めてはならぬ。

 求めれば、そこには破滅が待っている。

 

 

 

 

「あら、やっぱり私じゃ物足りなかったのかしら?」

 

 耳をくすぐるような柔らかなアルトが踊り娘の口から発せられた。たわわな胸元がこぼれぬようシーツを身体に巻きつけて、そのしなやかな身体を起こすと、踊り娘は唇の端をにっこりと持ち上げる。赤い唇がまた一層魅力的に映った。

 普通の男なら、その微笑だけで骨抜きにされるだろうが、男は馴れた様子で微笑み返した。

 

「いや、君のような素敵な女性には一年ほど逢っていないよ」

「上手なのね。女性慣れしていそうだと思ったのは、当たったみたい」

「ああ。海の男だからね。君こそ、男慣れしているようだったけど?」

 

 紫水晶の瞳が丸く見開かれ、すぐに笑いのため細められる。

 

「ふふふ、そういいながら思う存分に手玉に取ったじゃないの」

「君がいい声で鳴くからね」

「で、そう褒め称える女の横で、故郷においてきた大切な人を使って口直しをしていたのかしら?」

 

 急に鋭い眼差しを向けてきた踊り娘の視線の先に、薄暗がりの中で自分の息子が元気を取り戻しているのを見られた。男はさすがに負けを認めて苦笑を漏らす。

 

「そういうつもりじゃない……ただ、浮気は絶対にしない、って言ってきたのに……破っちゃったなぁ、と……や、それで元気になったってのも変な話だけどね」

「あら、浮気なの? これ」

「俺の奥さんは少なくともそういうだろうなぁ……スポーツだって言ったって多分信じてくれないしね」

 

 たはは、とおどけたように笑みを零すと踊り娘は今度は柔らかく微笑んだ。巻きつけたシーツを解き、男にその素肌を密着させてシーツに包まる。

 

「貴方いい人ね。奥さんが羨ましい」

「ああ、いい人だろうなぁ。今だって、義弟のために薬を探して一年も旅をして……新妻を置いてきちゃったんだからね」

 

 その胸元には、鎖に通された指輪が下げられていた。繊細なつくりの指輪は、結婚指輪なのだろうというのが見て取れた。その鎖を褐色の指でゆっくりとなぞると、踊り娘は男の耳元に唇を寄せた。

 

「永遠の夢……その夢を手に入れた人には、破滅が待っている」

「あ、ああ。そんな大それたものじゃなくって、万病の秘薬って噂の薬がほしいだけなんだ」

「……ねぇ、私を抱いた人はね、皆破滅しちゃうの」

「確かに君のような女性に抱かれたら、道を誤ってもおかしくないね」

 

 男はさわやかな様子で笑うと、踊り娘はその豊満な胸を男の背中により一層押し付けた。

 

「どうしてお嫁さんを一緒に連れてこなかったの?」

「……あまり気分のいい話じゃないさ。奥さんにも理由は言ってない」

「聞かせて?」

 

 踊り娘があまりにも優しげに囁いたので、男は一呼吸置いて口を開いた。

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 その昔。

 それは男の祖父の話。

 

 

 ある男は、ある港で女と結婚した。

 男は女を置いて旅に出ることが出来ず、男は女を船に乗せ、仲間としてむかえることにした。

 

 だが、男所帯の船旅、仲間たちは男をうらやんだ。

 男は時に見せびらかすようにもしていたが、刺激しすぎてもいけないと思い、女とは船の上では必要以上のスキンシップはとらなかった。

 

 結婚から半年ほどたって、ある港に着いたときようやく夫婦としての夜が訪れた。だが女の様子が変わっていた。

 初めて交わった婚姻の夜、あんなに明るい中ですることを恐れ、肌をさらすことを恥らっていたというにもかかわらず、全く気に留めずに身体を求めてきたのだ。

 

 久しぶりの夫婦の営みだから、きっと張り切っているのだろう。

 そう思い、その晩は女の望むままに行為を行った。

 

 だが、その次の港では教えたことのないような性技をしてきた。

 そしてその眼差しの奥に、怯えが見え隠れしていたのだ。

 

 男は船の上に戻ったとき、注意深く女を観察した。

 船の上で唯一の女であるから、彼女はよく働いていた。料理に洗濯は全て彼女がこなしていたが、その家事の合間、船の仲間が彼女を物陰に引っ張り込むのだ。

 

 やだ、もうやめて

 お願い、もう許して

 

 女の小さな抵抗の声が聞こえ、それに重なるように仲間のあらい息遣いが聞こえ、しばらくすると呻きが聞こえた。精を放ったのだろう。

 仲間は足早にその場を去り、女は顔を布でぬぐい、性交の後処理をしていた。

 

 男はそのとき理解した。

 彼女は、ずっと船の上で男に知られず犯されていたのだということを。

 それを隠そうと喜んでもらえるであろうことを、港に着くたびに男に奉仕していたのだ。

 

 男は仲間たちを問いただした。

 

 仲間はほとんどが彼女を犯していたのだという。

 だが、彼女も喜んでいたのだ。自ら足を開いたのだ。

 そう誰もが口にした。

 

 女は、何も言わなかった。

 否定の言葉も、肯定の言葉もなく、ただまっすぐに見つめてきたのだ。

 

 長く連れ添った仲間の言葉を信じるか、生涯を共にすると誓った女を護るか、男は迷うことはなかった。

 

 男は女を船から降ろした。丁度そのとき、女は身ごもっていたのだ。

 そして自らも船を降り、新たな仲間を募った。新たな仲間が集まる頃には、その子供が生まれた。男はその子供だけ預かり海を出た。

 

 その子供さえ、男の子供ではないかもしれないが、男にはそんなことは関係なかった。

 

 生涯を共にすると誓った女の子供だから。

 それを理由に自分の後継者として育てることにした。

 

 そして願わくば、自分の後継者達には同じ目にあわせたくない。その思いを言葉にして、子守唄代わりに聞かせていた。

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 話し終えると、身を離した踊り娘はお茶を入れてくれた。

 日中は蒸し暑い島だったが、夜は涼やかで身体が冷えていたところに、温かなお茶はありがたかった。

 見慣れぬカップに口をつけると、踊り娘は髪を櫛ですき始めた。

 滑らかな黒い絹糸が櫛によってより一層さらさらとなっていく。

 

 

「そのことがあったから、小さい頃から言われてきたんだ。『大事な女は港で待たせておくものだ』って」

「そのおじいさんの奥さん、愉しんでいたのね」

 

 ふとこぼれた氷のような言葉に、男の背筋は凍りついた。呼吸が急にできなくなったように苦しくなったが、何とか声を絞り出した。

 

「どういうことだ?」

「だってそうでしょう? 旦那さんに知られたくなくって、必死に旦那さんに奉仕していたんでしょう?」

 

 口元をあまりに柔らかく微笑ませた踊り娘は、まるで聖母のようだったが、祖父の胸のうちをはじめて聞いたときから感じていた違和感を掴み取られたようで、男は恐怖していた。

 

 そう、祖父はきっと祖母に当たる女性を信じたかった。

 そして、仲間を捨てたくはなかった。

 

 だが、どちらも信じたとして、裏切られたのは自分ひとりだと知りたくなかったんじゃないだろうか。

 

 そんなことを幼心に思った。

 それを今目の前の踊り娘は、見事に言い当てた……ように思えた。

 

「言い当てたのよ」

 

 踊り娘はにっこりと笑った。男は蒼白し、カップを落としそうになった。その顔を見て、踊り娘はくすくすと笑い声を上げた。

 

「私ね、実は踊り娘じゃなくって占い師なの。だから、少しだけ人の心が読めるのよ」

「……そ、れでか」

「そう。だから、あなたの不安が見えただけ。でも、今の話を聞いたら私も少し感じたわ。些細な違和感だけれど。でも、自分が……自分ひとりが裏切られていたなんて知ったら、人はどう思うのかしら」

「……祖父のように、目をそらすしかないんだろうな」

 

 男はため息混じりにそう呟いてカップをサイドテーブルに置くと、もう一度ベッドで仰向けになった。踊り娘は細い褐色の指を、男の手に重ねた。

 

「貴方は、裏切られていても平気な人?」

「さぁ。でもこんな裏切りをしているんだ。裏切られても当然だろうな」

「たった一回じゃない」

「一回も百回も同じだ。裏切った事実は、裏切られた人の中に深く入り込んでいくんだ」

「裏切った人だって、辛いんじゃない?」

 

 踊り娘の紫水晶の瞳の輝きは、どこか哀しげだった。その眼差しを見つめていると、妻に対して感じる安心感と似たものを感じて、口が軽くなってしまう。

 

「ああ。でも、慣れてしまったからか、なかなか歯止めが利かない。やめよう、やめよう、そう思っていたんだがな……だから、帰ったら必ず謝罪する。きっと、怒られるだろうが……その程度じゃ揺らがない大事な絆がある」

 

 滑った口を、踊り娘はその赤い唇で塞いだ。その肩を押し戻して、男はその瞳を覗き込んだ。

 

「すまない、アレは酒の勢いで、もう」

「一回も百回も同じでしょう?」

 

 そう囁きかけてきた踊り娘の声は酒場で知り合ったとき以上にとても魅惑的で、断るのは難しかった。自分の身体が昂ぶりすぎていたのだ。

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 永遠の夢。

 それは、宝のような【力】の話。

 夢に誘う力の話。

 

 その夢は、見たいものだけを見せてはくれない

 

 時に真実、時に虚実

 

 それは、人の心を……

 

 

 

 

 

 

 2回目を終え、浅い眠りから飛び起きたとき、まだ空は暗かった。

 よくよく考えれば、踊り娘を誘って宿に来た時間がむしろ早すぎたくらいなのだ。夜風が部屋の中に入り込み、外からは微かに細波の音しか聞こえない。

 

 体中、嫌な汗にまみれていた。

 隣で寝息を立てる踊り娘は、甘い香りを漂わせているのに対し、自分の汗が嫌なにおいを発しているような、そんな感覚に見舞われ、ベッドから抜け出した。

 宿に置かれている桶の中の水に手ぬぐいを浸し、身体を拭いていた。背中を拭こうとしていたとき、細い指が重なってくる。振り向かずとも、その指先が誰のものなのかすぐにわかった。先ほどまで幾度も触れていた指だった。

 

「背中、拭いてあげるわ」

「……すまない、また起こしたか」

「貴方が激しすぎるから、すぐに気を失っちゃうの」

 

 茶化すように微笑む踊り娘は、まるで10代の少女のようであったが手馴れた様子で背中を拭く雰囲気は、まるで老いた母親のようでもあった。

 

「嫌な夢を見たのね」

「……何故そう思うんだ?」

「だって、嫌な汗をかいたから拭いているんでしょ?」

「それも、占い師だからわかるのか?」

「これは女の勘」

 

 おわり、といいたげに背中をぽん、と叩いた踊り娘は今度は冷たい水を持ってきてくれた。ベッドに戻った男はカップを受け取り、一気に飲み干す。冷えた水が喉から腹まで一気に冷やしてくれた。

 

「奥さんに怒られる夢?」

「……いや、そういう、ものじゃない」

「悪い夢は人に話せば怖くなくなるわ」

 

 優しく肩に触れてきた踊り娘は、母親のように暖かな笑みを浮かべていた。男は釣られて微笑むと、口を開いた。

 

 

 

 

 大丈夫よ。あの人が必ずあんたを助ける薬、持ってきてくれるから。

 

 ほら、今日のお姉ちゃんの身体、どう?

 

 うん、いいっ……いいよぉ……おねえちゃん、壊れちゃうぅ……

 

 大丈夫よ、お姉ちゃんのだんなさんは、あんただけだから……

 

 もっと、もっとぉ……

 

 

 

 信じられないような夢だった。

 男が一年前、誓いを交わした妻が、働き者で、気が強く、そのくせ涙もろいあの少女のような妻が……実の弟と交わっていたのだ。

 それも、男の前ではしたことのないような痴態を弟には見せていた。

 

 男は吐き気を抑えるために、時折胃の辺りをさすった。踊り娘は、気を利かせて今度は白湯をもってくる。ちびちびと口にしながら、踊り娘に夢の中の妻の痴態について語った。

 

 身体を洗うと称して、まるで娼婦のようなやり方で弟の身体を洗い、食事と称してその身にかゆをたらして弟に舐めさせる。

 

 男が知る義弟は、ベッドの上で歩くことすらままならぬような色白の線の細い少年だった。それが、姉と二人きりになると見事なまでに『雄』に変貌していた。

 時に押さえつけ、時に奉仕され、時に奉仕し、時に日の高いうちから庭先で獣のようにむさぼりあう。

 

 その様子を、一年分丸々見せ付けられたかのような夢だった。

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「……裏切られた気分はどう?」

「裏切られた……?」

「そうでしょう? 結婚と称して、あなたの冒険者としての資質を見込み、愛する弟を治すための薬を捜させるために旅に出した」

「違う、薬は俺が……自分から言い出したんだ」

「本当に?」

 

 小首を可愛らしくかしげた踊り娘の眼差しは、哀れみに満ちていた。男は荒くなる呼吸を抑えながら、自分の胸に爪を立てる。

 

「ただの、夢だ」

「永遠の夢は、真実を見せる」

 

 踊り娘は、小さく、だがはっきりと聞き取れる声で呟いた。男は目を丸くして踊り娘を見つめなおす。

 

「永遠の夢とは、私のことよ。冒険者さん」

「どういうことだ?」

「私は、永遠の夢と呼ばれる占い師。薬も作るから、きっと万病の秘薬、なんて話が出回ったのね……」

 

 踊り娘は、少し疲れたようなため息をついた。だがそれに構うことなく、男は踊り娘の肩を掴んだ。

 

「俺はこの島に眠る『宝』だと聞いて……」

「だってこの島、他に名物なんてないでしょう? 町の人が勝手にお宝扱いしたのね。昼間は外で島の名物夢占い師として動いてるけど、それはそれ。本当の『永遠の夢』の力は、私を抱いた人に、夢を見せる」

「だが、最初はそんな夢なんて」

「望む人にしか、見せないわ」

 

 踊り娘は男の頬に指を滑らせた。首筋まで滑らせていくと、男の呼吸はいつの間にか整っていた。吐き気も、どこかへ消えうせていた。

 

「貴方は、『私』を望んだ。だから、見せてあげたの」

「……今のが、全部真実なのか?」

「真実は、信じる人にとってはそう。貴方のおじいさんだって、真実からは目をそらしていたでしょう?」

 

 踊り娘は身を寄せて、男の胸元に顔をうずめた。体温の低い踊り娘の肌が、男のぬぐった後の肌には心地よく感じられた。踊り娘は男の胸に指を滑らせていた。そして、脇をなぞり、下半身に触れた。そこは熱く熱を帯びていた。恐らく、夢の内容を語ったことでそこの熱が再燃したのだろう。曲がりなりにも、愛しい妻の痴態を夢の中とはいえ目の当たりにしたのだ。それを確かめて、踊り娘は少し微笑むと男の顔をのぞきこんだ。

 

「真実かどうかは、貴方が決めればいい」

「……」

 

 男からの返事がないのを感じ取ると、唇を重ねる。そして、自らの腰をうかせて男の熱を自分の中にうずめた。

 

 

 踊り娘の中に男自身の熱が入ったのだと知ると、男は我を取り戻したように、踊り娘をシーツの波に押し倒した。

 幾度も突き上げ、踊り娘が何度果てようとも自分の精を放たず、熱を高めていった。

 そしてようやく踊り娘の体中に自身の精を浴びせるも、すぐに踊り娘から口奉仕を受けて再度挿入するという行為を繰り返した。

 男はこれまでに抱いた女のことを頭から抜いて、踊り娘の身体だけを愉しんでいた。いや、むさぼっていた。

 

 

 

 

 妻が住まう島。

 緩やかな気候は、暑すぎず寒すぎず、心地よい風が流れていた。

 誰もが男の帰郷を歓迎する中、妻は港に着ていなかった。

 男は歓迎を手短にあしらって、家路へと急いだ。

 

 事前に知らせは届いていたはずだというのに、リビングには誰もいなかった。風呂場から、楽しげな声が聞こえた。

 

 風呂場から出てきた姉弟をみて、男は剣を振り上げていた。

 ただ、妻が肌着をつけ、弟の身体を拭いている……久しぶりに帰ってくる義兄のために身奇麗にしていただけの光景だということに、彼は全く気がついていないようだった。

 

 

 

 

 

「ふふふ、素敵な夢ね」

 

 踊り娘はくすくすと笑った。隣で眠っている男は、恐らくしばらく目覚めることないだろう。あるいは、二度と目覚めることはない。

 

 踊り娘は占い師だった。

 永遠の夢と呼ばれる、名のある占い師だ。

 初めから力があったわけではない。

 

 その昔一度男に裏切られたことがあった。

 

 夫と船で世界を回っていた。だが、その船には夫の仲間も奥乗り込んでおり、女が彼女一人だった故に、夫の仲間に恒常的に輪姦されていた。にもかかわらず、夫はそれを見てみぬ振りをしていた。直接その現場に、『絶対』に居合わせなかったのだ。夫に相談しようにも、夫の周りには常に仲間がそばにいた。

 夫は港に着くたびに何事もなかったように身体を求めてきた。相談ごとなど話す間もないくらいに、港にいる間は身体を求められ続けた。

 

 船といってもそう大きくはない。明らかにおかしい。

 そんな違和感を覚えた頃、ある日目の前で犯されている自分の姿を夫にみられ、女はやっと助けを求めた。

 夫はこういった。

 

『お前も、愉しんでいたんじゃないのか?』

 

 その一言を放つ夫の顔は、突然現れた溝鼠に対するような冷たい表情だった。

 

 何を思ったのか、夫は船を下りると言い出した。

 子を、身ごもっていたせいだ。

 ようやく悪夢のような船旅から開放され、港でささやかな生活が始まり、子供が生まれた。

 だが、その子供を『誰の男の子供かわからない』そういって取り上げられ、夫は新た仲間と共に、何事もなかったように冒険を再開した。

 

 故郷でもない島で、まだ若い女一人で生きていくには身体を売り物にするしかなかった。

 その晩、初めての客に不思議な現象がおこる。

 

『夢を見た』

 

 その夢は、時に真実を見せ、時に虚実を見せる。

 ある人には生きる活力を、ある人には絶望を与えた。

 彼女はその夢を占うことで、娼婦としてだけではなく、占い師としても生計を立て始めた。

 

 力を得てから後、女は老いることがなくなった。

 長く長く生きて力を使いこなせる頃には、彼女は踊り娘として島々を転々としていた。

 とうに、初めて自分を裏切った相手など覚えていない。

 ただ、彼女は一つの答えを求めているだけなのだ。

 

 

 

「ねぇ、裏切られるって、どんな気分?」

 

 

 

 

 

説明
大人向けの内容。
なので、心がお子様はご遠慮ください。

エロ過ぎないはず。多分(笑
短編です。

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