不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常 『嘘とそれ以外 1』
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「不完全な存在のまま、人間として世界に現出するために、仮想空間の中で現実体を構築して、通常世界に接続、我が世界に現出しているという事が、全く不自然な事では無い、と誤認させておるのじゃ」

駅前の噴水広場でワッフルを食べ終えて、約束の時間を待つことにした。ついでに、なんだかもう既にどうでも良かったが、カレンの変化について説明を受けることにした。

「はぁ………………?」

まあ、訊いても理解できないだろうという事は理解していたが、本当に全く、何一つ理解できない。

「全く意味のない事ではあるがの、本体論的存在証明に近いの。我には存在という属性が無い。それを備えるために必要なのじゃ。仮想空間を接続した通常空間は、誤認をそのまま飲み込んで、やがてそのものを現実とするじゃろう」

「つまり…………どういう事よ」

「現実として直面する『死』という概念が、精神性の増大に繋がるのじゃな」

「………………」

 なんだろう。物凄く話が飛んだ気がしないでも無い。話の流れを理解していないからこうなっているのだろうか。それともリコに理解力が足りないからそう感じるだけなのだろうか。どちらにせよ、分からない事には違いが無かったが。

空を見上げると、良く晴れた空の眩しさに眼をやられそうだった。直射日光が運んでくるのは熱気だけでは無いのだと、ぼんやりと考えて、サングラスの偉大さに感心した。

「なんじゃ、せっかく説明してやろうと思うたのに、聞く気が無いなら説明せんぞ」

不機嫌を漂わせて、カレンはそっぽを向いた。全く、見抜かれているものだ。カレンの様子に若干の愛おしさを感じながらも、リコは嘆息した。あるいは、この感情は、偽りのものかもしれないのだ。

『リコとカレンの本質が1つになった』

 カレンと契約を交わした時に、彼女はそんな事を言った。人間の本質とやらがどんなものかなど、全く理解の外なのだが…………確かにカレンとの繋がりが有るのだと、感覚的なものだが理解しているのだ。

そもそも、昨日出会ったばかりの、人間ですら無い存在に、僅かながらでも愛情を感じるのは、その本質とやらの統合が関係しているのに違いない。そう考えると、薄ら寒い心地を覚えないでもない。カレンのせいでは無く、自分が下した決断のため、そうした心地に陥るのは余りにも他責的過ぎるが。

その様な考えも、本質が1つとなったカレンには伝わっているのだろうか。伝わっているのだろう。考えの全てが筒抜けで無くとも、感情の揺らぎからそれらを察知することは、彼女ならば難しくは無いはずだ。もちろん、それは仮定に過ぎないのだが、それ故に心を責め立てるというというのは、一般的な心の流れだ。

(まあ、ね…………)

降り注ぐ日光に眼を細めながら頭を振る。

それらは考えても仕方が無いことではある。かといって、時が経てば解決する類のものでも無いし、そもそも、その時間が今のリコには無いのだった。

「…………お久しぶりですね、ミーコ先輩」

それまでの思考を中断して、振り返り、リコはそう言った。

先ほど頭を振った時に、視界の端にその姿を捉えたのだ。リコとカレンが立っている場所から僅か数メートル離れた場所のベンチに、女が居た。

肩までの髪の毛を後ろで一本に括った女性だ。どこかの高校のものと思われる制服をだらしなく着崩して、その瞳は妙にやさぐれている。石で出来たいくつもの小さな円柱を、ネックレスの様にして、首にかけていた。スカートのポケットからは、携帯のストラップなのだろう、極小の本が一冊だけ宙をぶらついていた。

「久しぶりじゃん、リコ。あんまり元気にゃあ見えないね」

 彼女は中学時代、リコの所属する部活の先輩だった。科学研究部と申請されていた部は、一般的なそれらの部とはかけ離れた活動を行っていたようだが、リコはあまり知らない。部に所属していたと言っても、半ば強制的に入部させられた挙句、『人数あわせだから別に来なくて良いよ』と、部長でもあった眼前の先輩に言われたからだ。とはいえ、個人的な交流は良く行っていたので、中学時代に最も親しかった先輩といえば、このミーコ先輩であった。ちなみに渾名だ。

「アレが主様の待ち人かの」

「そうよ。ややこしくなりそうだから、あんた、そこで待ってなさいよ」

「その心配は無いと思うがの」

「え?」

 カレンの意味ありげな言葉に、リコは言葉を続けようとしたが、カレンはスタスタと歩いていってしまった。

「…………ふうぃ」

 遠ざかるカレンの背中を困惑気味に見送っていると、やや疲れた様な吐息が聞こえてきた。ミーコのものだった。

「いやぁ、気を使わせちまったね。怖いから助かったぜ」

 リコがミーコの隣に座る間に、彼女の体はベンチからずるずると沈み、滑り落ちる様な体勢へと変化していた。

「先輩、はしたないですよ」

 そうは言ったが、どちらかというと、リコが恥ずかしい部分の方が勝っていた。ミーコの股は大きめに開かれ、崩れてはだけたスカートから、純白の何かが見えかかっていた。

「別にいいじゃんよ。誰も視てないって」

「いや、結構居ますけど。人」

 駅前の噴水広場は待ち合わせ場所に相応しい。また、駅前という場所柄、通行も激しい。これでもまだ少ないほうなのかもしれないが、視界には結構な人口密度が築かれていた。

「視えねーんだって」

 リコの忠告にも、全く反応を示そうとしない。視たいなら視るが良いと言わんばかりの暴挙だった。

以前からこういう所がある人だった、とリコは懐かしげに思い出した。最後に会ったのはほんの1年前の事だったが。随分と昔の事の様に感じる。その時には、眼を覆いたくなるような大怪我をしていたが、既に完治しているようだ。

「…………怖いって」

「はん?」

「怖いって、カレンの事ですか?」

 先ほど、確かにミーコはそう言った。今日、ミーコと待ち合わせたのは、ネクロノミコンに関する事を相談したかったからなのだが、リコは敢えて先にそちらを聞いた。

「カレン? ああ、そんな名前を付けたのか。…………奴には似合わないけど、あんた達の本質を突いていると言えば、そうだな」

「奴?」

 リコは眉根を寄せた。

「さっきから気になってたんですけど、先輩は、カレンの事を知ってるんですか?」

「知ってるよ。まあ、あんまり知っているとは言えないけど」

 あっさりと答えたミーコに対して、しかし、リコはそれほどの驚きを覚えなかった。

 ミーコはやや陰鬱な表情を浮かべ、何時の間にか取り出していた、変質した鉄の様な物質を、片手で弄っていた。カチ、カチャ、と妙に軽い音が響いた。

「リコはどうなんだぜ?」

「え…………、いや、まあ、全く知らない…………ですね」

 そもそも、全く知らないから聞いてみたのだ。

リコがネクロノミコンに関してミーコを頼ったのには、少ないながらも、もちろんちゃんとした理由がある。

1つに、他に頼る当てが無かった。エリーの屋敷に居る、荘厳な雰囲気を漂わせた自称記憶の残りかすの彼は、あまり当てに出来ない気がしたのだ。

そして2つに、ミーコが、幼馴染のヤカが追っている様な紛い物ではない超常現象関連に詳しく、何やら怪しげな仕事を請け負っていることを知っていたからだ。中学の時に、何度かその一端を垣間見た事が有る。

そして最後に、これが最大の理由だが、ミーコに絶大な信頼を寄せているからに他ならない。とはいえ…………信頼を寄せている事と頼りになる事は、また別の事だが。

ともあれ、この様な事情があってこそ、リコはミーコに会いたかった。

この駅前でミーコの姿を認めた時には思いもしなかったが、彼女ならばカレンの事を知っていても、なるほど、別になんらおかしくは無いと思えるのだった。

「奴は…………負の象徴だよ。1年程前、唐突に世界に現出したあの化け物は、この世界を瞬きの間に破滅させる力を持っていた。そんで、アタシ等は総力戦を行ったんよ」

「はい?」

 陰鬱な表情のまま呟いたミーコの言葉に、リコは耳を疑い、理解が追いつかなかった。だが、ふと思い出す。昨日、カレンはこんな事を言っていた。街1つを破壊するくらいなら、容易い事だと。

スケールが大きすぎて、昨日、カレンからそれを聞いた時と同じ様に、全く良く分からない。だが、実際的にそうなのだろう。良く分からないスケールなのだ。

「ま、結果的に何とかなったから世界は破滅してないわけでな、つまり、まあ、アレだ。本来の10分の1くらいに力を減じさせた上で、さらに魔術師の監視下に置いて、力を更に減じさせたわけだ」

 魔術師。

また新しい単語が出てきた、と思ったが、そういえば、以前にも聞いた単語だ。確か、『ネクロノミコン』と題された本…………いや、本の形をした記憶の結晶か…………が、生前はそんな存在だったのだと、聞いた覚えがある。

リコが難しい顔をしていると、ミーコはやや表情を和らげた。だが、その表情とは裏腹に、続けられた言葉は重かった。

「戦いの途中で、アタシの知り合いも、そうで無い奴も、中学時代の同級生じゃあ、利かないくらい死んだね。塵以下に分解されて…………こう、乾いた風が吹いてね、本当に何も無くなるんだ。…………墓の心配は必要無いな、なんて、生き残った奴等と、笑ったっけ」

 初めから共同墓地に埋葬するしか無いような連中ばっかりだったけども、とミーコは笑った。

「……………………」

 どういうリアクションを返していいのか、物凄く困った…………などという事は無かった。口を開けるしか無い様な、そんな荒唐無稽な話にも聞こえて、まるで現実味を感じさせなかったからだ。リアクションを返せなくて困る、などというレベルでは無く、そもそも、頭が混乱して単純な母音すら出てこなかったのだ。本当にどうして良いか分からず、しばし固まってしまう。

 カチ、カチャ、と、ミーコが手で弄っていた金属をポケットにしまって、そして、

「嘘だよ」

 と、意地の悪そうな微笑を浮かべるまでは。

「はい? 嘘?」

 思わず、間の抜けた声を出してしまう。

「うん、嘘だ。何回でも言うけど、嘘だよ」

「え? 何処からですか!? まさか全部ですか!?」

 思わず、声を大きくしてしまう。

そして、

「てい!」

「いてぇ」

 リコの手刀がミーコの頭頂部に振り下ろされた。薄いリアクションであまり痛がっているようには見えない。むしろ殴ったリコの方が痛かったくらいだ。

「全く…………性質の悪い冗談ですよ」

「いやいや、面目無い。面白くてね、反応が」

 アハハ、と本当に愉快そうに笑うミーコには、先ほどまでの陰鬱さを微塵も感じさせなかった。

そんな彼女の様子を見て、しかし、本当に何処から何処までが嘘だったのかが気になった。カレンの事を知っていたのは間違い無い…………とは思うのだが。

「何処までだと思う?」

 まるで、リコの考えを読んだかの様なタイミングで、言ってきた。

「何処までって…………何処までなんですか?」

 ミーコの顔は、なおも愉快そうな表情で固まっていた。だが、眼が全く笑っていないのに気が付いて、リコは固まった。どうしてだ? どうして、先輩はこんな顔をしている?

「分からないか。じゃあ、選択式にしようか」

 ミーコは人差し指を1本立てて、

「最初から全部嘘。私はカレンなんて子の事は知らない」

 次に、中指で2本目を立てて、

「あの子に付いて、あんまり知らないって言った事が嘘。ほんとは良く知ってる」

 最後に、薬指で3本目を立てて、

「知ってるには知ってるけどあんまり知らなくて、アンタに話したのは作り話」

 ミーコの声は試すような調子だった。しかし、瞳は真剣そのもので、今まで見た彼女のどんなものよりも鋭く、重かった。。

「ふざけてるわけじゃあ、無いみたいですね」

「ふざけては無いな。だから、真剣に考えなよ。もしかしたら、リコが知りたがってる答えに、一歩近づけるかもしれないしな」

 ミーコの言っているのが、つまり、ネクロノミコンに関する事で有ると、リコは気が付いた。どうして知っているのかとか、そんな事は気にならなかった。

説明
待ち合わせをした駅前の噴水広場で、リコは中学時代の先輩、ミーコと再開する。
ミーコはリコの困惑にお構いなく、カレンの正体を語り始める。
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