「無関心の災厄」 ワレモコウ (13)
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            「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ

 

 

 

第13話 自我と名前と反抗心

 

 

 梅雨が近づいたこの時期、夜に寒いという事はない。

 オレはシャツに長袖のジャケットを羽織っただけで、夙夜はパーカーを着て外に飛び出し、指示に従って北上していた――のだが。

 

「マモルさん、せっかくだからアオイさんも一緒に行こうよ」

 

 突然夙夜がそんな事を言い出すものだから、思わず絶句してしまった。

 だめだ、何度言われても、コイツの感覚にはついていけねえ。

 

「白根はどこだ?」

 

「ここでちょっと待ってればすぐ追いつくと思うよ」

 

 近っ! 早っ! ってか追いつくって、アイツも宿を抜け出したのかよ?!

 と、夙夜の言ったとおり、10秒と待たないうちに、薄暗い通りの向こうから白根が歩いてきた。

 白根ときたら、服装自由の研修旅行でも昼間は制服を着ているもんだから、私服を見るのはこの時が初めてだった。

 とはいえ、まるで色気のないデニムジーンズに無地の黒シャツの袖を軽く捲った状態では、制服の方がよっぽど女性らしいと言わざるを得ないが。この服じゃ今にも闇に溶けそうだ……細身の白根には似合っているから文句はないのだが。

 重ねて言うが、オレの好みは美人系じゃなく可愛い系なのだ。

 制服よりだいぶ大人びた雰囲気を漂わせながら、相変わらず無表情の白根は自然にオレたちと並んで歩き出した。

 

「白根、オマエの組織からも何か指令、じゃねえ『命題』がでてるのか?」

 

 そう問うと、白根は眉一つ動かさずさらりと言った。

 

「今回は、組織の関与していない不測の事態です」

 

「そうなのか?」

 

 少しカマかけてみようか。

 

「……でも、組織の施設って、京都にあるんじゃないのか? いいのか、お膝元でこんな事件起こされてよ」

 

 きろり、と白根のアーモンドがオレを貫く。

 

「組織に関する説明は、許可されていません」

 

 ち、ダメか。

 だがこの反応、おそらく京都に何かしらある事は間違いないだろう。

 どうにかして白根を懐柔できたら――その考えに、オレの背筋がぞくりと粟立つ。

 一介の高校生が、警察だけならいざ知らず、でかい組織に楯つこうと?

 

 

――それもまた、一興か。

 

 

「あの望月ってヤツが京都の甘味処を行きつけと言った時点でアイツが京都に住んでる事は確定してんだ。あのクソ眼鏡が白衣のまま電車に乗ったってんならともかく、昨日も伏見稲荷にいた。京都市内かどうかはわかんねえが、近くに住んでる事は間違いねえ」

 

「……」

 

 白根の目が一瞬、非難めいた光を灯した。

 

「よって、ヤツが極端なサボり魔かつ京都マニアでない限り、普通に考えて職場はこの付近だろ」

 

 どうやら、非常に珍しい事ではあるのだが、白根は望月の事をあまり良く思っていないように見受けられる。

 この無表情からそれだけ読み取れるようになったオレがすごいのか、白根が少しばかりオレたちに心を開き始めたのか。

 ああ、世界は変化していく。

 夙夜が無関心を破壊するように、白根が無表情を破壊するように。

 

「変わらないものなんて、この世にないんだよな……」

 

 いつだったか漫画か小説で見た台詞をぽつりと呟いて。

 再びオレは覚悟を手にする。

 ピエロとケモノとロボットだなんて、オズに住む魔法使いもびっくりのちぐはぐパーティではあるが。

 

「で? 夙夜、そのウサギってのはどこにいるんだ?」

 

「んと、あっち」

 

「吉田神社です」

 

 夙夜と白根が同時に答えた。

 京都ってのは神社やら寺やらばっかりだな。要するにどこもかしこも神様だらけってか?

 

「ここは京都大学構内、5分ほどで参道に抜けます」

 

「京都大学構内?」

 

 ああ、言われてみればさっき門のようなモノをくぐったようなくぐってないような。にしても全開だったから特に気にもしなかった。周囲も少し建物が多いかな、という印象の普通の道だ。とてもこれが学校とは思えないが……しかもあの有名な京都大学。

 まさか、この汚い建物一つ一つが研究棟?

 

「なんでわざわざ大学構内なんか通ってんだ?」

 

「短縮経路を選択しました」

 

 素直に近道と言え、近道と。

 にしても目的地までの道のりをショートカットするとは、かなり土地勘がありそうだ。

 京都大学のシンボルだというクスノキが見えてきたあたりで、白根は進路を右方向に変えた。

 目の前には、大きな鳥居とその背後に黒々としたシルエットを見せる山。

 

「珪素生命体《シリカ》ってやっぱ、山とか森とか好きなんだろうな」

 

「……そうだね」

 

 夙夜がほんの少し躊躇ったのはなぜだろう。

 この声には覚えがある。

 

――ごめんね。

 

 そうだ、シリウスが犯人だと分かっていて、オレに謝った時と同じトーン。

 ああ、きっとこの災厄が終わりに近付いている。

 そうなんだろ、夙夜――?

 聞き返すのを躊躇っているうちに、オレは神社の鳥居をくぐり抜けていた。

 

 

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 灯りなどほぼない坂を登るのは少々きつかった。舗装の悪い道で何度か躓きそうになりながらも一歩一歩進んでいく。

 と、暗闇の中から子供の笑い声がした。

 

「ここね、神社の中に幼稚園があるんだ」

 

「神社の中に?」

 

「幼稚園って言っても、24時間だからね。この時間にも子供の声がするんだ」

 

 夙夜が指さした方向に、ちらりと灯りが見える。

 

「昼に見たウサギさんはね、あの幼稚園にいるよ」

 

「……」

 

 なんだその前フリ。嫌な予感しかしねえよ。

 

「一般人による隠匿だとすれば、組織の手落ちです。すぐさまリストに加えねばなりません」

 

「来たよ」

 

 夙夜の言葉で戦闘態勢に入ろうとした白根の手首を掴み、水晶の爪を出そうとするのを留めた。白根のアーモンドの瞳がオレを貫いて一瞬退きそうになるが、ここは譲れない。オレたちは戦いにきたわけではないのだ。

 水晶の爪なんて出したら、珪素生命体(シリカ)は問答無用で戦闘開始してしまう。

 だんだんコイツらの行動パターンが読めてきたオレってすげえと思う……普段苦労してるんだから、自分で自分をほめるくらい赦してくれよ?

 さくり、さくりと草を踏む足音がして、暗闇から着物姿の珪素生命体(シリカ)が姿を現した。昼間のようにフードは被っておらず、長い耳が銀の髪の間から覗いていた。着物の裾からは銀色の毛並みのウサギの足が覗いている。

 

「こんばんは、珪素生命体《シリカ》のウサギさん……ヒナくん、かな?」

 

 夙夜はいつものようににこりと笑って手を差し出した。

 ぴくりと耳が動く。

 しかし、オレたちの事を警戒しているのが雰囲気で伝わってきた。

 

「……日向《ヒナタ》だ」

 

 ウサギ少年の喉から洩れる声は、これまで聞いてきた珪素生命体(シリカ)とは一線を画す、落ち着いた声だった。ただ、ほとんど表情ないが、少しばかり苛立っているように見受けられる。

 しかし、愛らしい容姿と裏腹なその声にも夙夜は全くひるまなかった。

 

「ヒナタくんかぁ、よろしくね」

 

 邪気のない笑顔で、ウサギ少年の警戒心がほんの少し揺らいだ。

 オレは白根の手から力が抜けたのを確認し、白根の動きを封じていた手を放した。

 よしよし、もう攻撃する気はなさそうだ。

 

「目視した以上、放置するという選択はあり得ません。組織に報告し、保護を要請します」

 

 爪を取り出して戦闘を始める様子はなかったが、白根は代わりに携帯端末を取り出した。

 

「落ち着け、白根。まだ何も分かってねえんだ」

 

 とりあえず白根をとめたオレは、夙夜とタッチ交代。

 真っ赤な目をした珪素生命体《シリカ》と向き合った。

 

「ハジメマシテ、と言いたいところだが……昼間、会ったな。珪素生命体《シリカ》の少年」

 

「日向《ヒナタ》だ。有機生命体《タンソ》」

 

 珪素生命体《シリカ》にとって、名前っていうのはそんなに重要なのか。

 昨日会ったキツネ少女は名前がないと言っていたな。今度会った時につけてやってもいいかもしれない。梨鈴もシリウスも喜んだように。

 

「ヒナタ、オマエ、昨日の夜にオレたちの宿から携帯端末を盗んだだろう?」

 

 ヒナタは答えなかった。

 沈黙は肯定だということは、自分が一番よく知っている。

 

「どんな理由があるか知らんが、返せ。みんな困ってるんだ」

 

「……コウキが所望した。返すわけにはいかない」

 

「コウキ? 昼間のガキか?」

 

「答える必要はない」

 

 なんて反抗心の強い珪素生命体《シリカ》だ。いや、強いのは反抗心というより自我か?

 

「第一、お主は何者だ」

 

「オレか? オレはマモル。柊護《ひいらぎまもる》だ」

 

「マモル……違う。我が聞きたいのは、何故、我を呼んだかという事だ」

 

「呼んだ? オレが?」

 

「そうだ。我が有機生命体《タンソ》の中心にすき好んで行くはずがなかろう」

 

 どういう事だ? コイツはいったい、何を言っている?

 オレが呼んだ?

 夙夜が軽く目を細めた。

 

「珪素生命体《シリカ》はね、残滓に惹かれるんだよ。俺たちに残った珪素生命体《シリカ》の気配が呼んだのかもしれない。それに、アオイさんの水晶の爪もあった」

 

 珪素生命体《シリカ》の残滓。水晶の爪。

 3体分の残滓。

 

「マモルさんと俺には3人分、アオイさんはよく知らないけど少なくとも1人分と水晶の爪があるからね。きっと珪素生命体《シリカ》にとっては磁石みたいなものなんじゃないかなぁ?」

 

 おいおいおい。

 要するに、ここで3人揃ってるこの状態がすでに最悪って事か?

 

「夙夜……まさか、昨日のキツネがこっちに来るって事はないだろうな?!」

 

「それは大丈夫。あ、でも気になるなら、近づいた時に言うけど」

 

「来てないならいい」

 

「でも代わりに」

 

 代わりに、ってもうどれだけ伏線はったら気が済むんだ?!

 

「何が来るってんだ」

 

「何って言うか……あの幼稚園からヒトが来るよ」

 

「ああ、なんだ、ヒトか」

 

 って、人間がくるからってほっとするなんて、どれだけ珪素生命体《シリカ》を恐れているんだ、オレは。

 ん? ヒトがくる?

 

「ってヤベエじゃねえか!」

 

 こんな所にいるのを見られたらまずいだろ?!

 研修旅行の宿抜け出して、高校生の男女3人がこんな薄暗い神社に、しかも目の前に珪素生命体《シリカ》……って、突っ込みどころしかねえ!

 すぐ逃げないと……!

 

「ヒナタ、そこにおるんか?」

 

 若い男性の声がして、ぴくんとウサギ少年の耳が立つ。

 逃げなくては――と思ったが遅く、暗闇からすっと人影が現れた。

 

「誰やっ?!」

 

 鋭い声に、オレたちはその場に釘付けになってしまった。

 

 

 

説明
 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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※ 表紙・キャライラストは流離いのhiRoさまから頂きました。
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