外史演義 その5 |
「昨日の奴らはいないみたいでよかった……」
次の日、いつものように市にやって来た北郷は、昨日の三人組の男たちに会わなかったことにホッとしていた。
「そういえばあいつら……黄色の布を頭に巻いていたけど…………まさか、な?」
北郷の頭によぎるのは黄巾の乱。
約四百年という長きにわたり中華の大地を支配してきた漢王朝。しかし後漢王朝末期になると宦官による専制政治、民に課される重税、さらには疫病、凶作、天変地異といった凶事が重なり、民たちは酷く疲弊していた。そこで太平道の教祖・張角は『蒼天已死 黄夫当立』をスローガンとし、民衆を募った。しかしながら黄巾党は漢王朝を倒すという当初の目的など消え失せ、各地の街や村を襲って強盗略奪を繰り返す賊徒となっていた。これらの賊が身に黄色の布を纏っていたことから黄巾の乱と呼ばれていた。
北郷の知っている知識では、この村が黄巾党に襲われることはない。
しかしながら北郷の知る歴史と全く同じとは限らない。
なぜなら、登場人物が女性ばかりなのだから。
「朱里ちゃん、あそこに本屋さんがあるよ」
「本当だ! 行ってみよう雛里ちゃん!」
「うん!」
きゃぴきゃぴしながら市を見学する二人を見ながら、改めて変な世界に来たんだなと思ってしまう一刀。
劉備たちと会うまでに時間があるということで三人で市にやって来た。
最初北郷は昨日の事もあり、危険だと断ったのだが二人の上目遣いにあえなく陥落してしまったのである。
北郷曰く、「あれを断る者男にあらず」ということらしい。
荷車を店内から見える位置に邪魔にならないように置いて北郷も書店の中に入っていく。
「初めて来たけどたくさん本が置いてあるんだな〜。おっ、これが有名な孫子か。こっちが……」
北郷は有名な兵法書を見つけ手に取り読んでいく。
しかしすぐに閉じてしまう。
「はぁ。やっぱり読めないんだよな〜」
そう。北郷は字が読めなかった。
この世界に来てからの発見の一つだが、言葉は外来語以外は概ね通じたのが、字は全くと言っていいほどに読めなかった。
料理名などはなんとなく分かったので働くことにはさほど支障は出なかったのだが、やはり字が読めないのは辛く思うのだった。
「この機会に諸葛亮と鳳統に教えてもらえないかな〜。……って無理だろうな。相手は三国志の名軍師で、俺はただの定食屋のルーキーだしな……」
自らの状況にため息をこぼしつつ辺りを見渡す北郷。
そこで北郷は二人の姿が見えないことに気付く。
北郷の頭によぎるのは誘拐の二文字。
「くそっ! どこに行ったんだっ」
もしかしたら、と思い書店の中をくまなく探す北郷。
すると書店の一番奥におそろいのリボンをつけた帽子が二つ見えた。
北郷は安堵の声を漏らしながらそこへと歩いて行った。
「もう、姿が見えないから心配したよー」
「……………………」
「……………………」
北郷が声をかけるも二人は無言のまま本を読み耽っている。
「あれ? 俺って見えてない? そんな能力はもってないはずなんだけどなぁ……」
北郷は決してステルス能力を所持しているわけではない。
それにもかかわらず二人は北郷の存在を認識していないのか二人でたまに「はわわ〜、これなんか凄いよ」とか「あわわ、朱里ちゃんそれは凄すぎだよ〜」とかの声を漏らしている。
北郷は完全に蚊帳の外だった。
そこで二人が何を読んでいるのか気になった北郷は二人の前にしゃがみこんで本のタイトルを確認した。
「え〜と、上級房中じゅ――」
「はわわー! か、かじゅとしゃん!?」
「あわわわわわ!」
北郷がいたことにようやく気付いた二人は、猛スピードで読んでいた本を閉じる。
その顔は真っ赤に染め上がっていた。
「そ、そんな慌てなくても」
「み、見ましたか!?」
「だ、題名だけ……」
「あぅ〜」
なぜかとてつもなく悪い事をした気分になる北郷だった。
あのあとに二人が騒ぎ出して書店を追い出された北郷たち。
北郷は二人のご機嫌取りに必死になっていた。
「誰にも言わないからさ、機嫌直してくれませんか?」
「むぅ。絶対に言いませんか?」
「はい。天に誓って言いません!」
「じゃあ許します♪ 雛里ちゃんもいいよね?」
「うん♪」
(なんで俺が謝ってるんだろうか? ……それにしてもあの諸葛亮と鳳統がエロ本大好きな桃色軍師だとは思わなかったな……)
ほんの少しだけショックを受ける北郷だった。
「それじゃあそろそろ帰ろうか。劉備さんたちもそろそろ来るだろうし」
「はいっ」
「いよいよだね朱里ちゃん」
三人が定食屋に向かって歩き出すと、男が叫びながらこちらへ向かって走ってきていた。
これが、全ての始まりだった。
「大変だー! 隣村が黄巾党に襲われたー!」
それを聞いた者たちに一斉に動揺が走る。
それは北郷たちも例外ではなかった。
男はそのまま叫びながら走っていった。このことが村中に知れ渡るのも時間の問題だろう。
「朱里ちゃん、隣村ってことは……」
「うん。多分態勢を整えて一番近いこの村に攻めてくると思う」
「まじかよ……」
顔つきが軍師の表情に変わった二人に驚きつつも、現在の危機的状況に歯噛みする北郷だった。
「皆も聞いたように隣村が襲われた今、早急に方針を決めねばならん。武器をとり戦うか、それとも逃げるかじゃ」
村の人たちは村はずれの村長の家の前に集まっていた。
そこには北郷北郷や劉備たちの姿もある。
「戦うって言っても黄巾党は二千人もいるんだろ!?」
「俺たちの中で戦えるのはせいぜい五百人ってところだぜ」
「そ、それに武器や防具だってろくにそろっちゃいねえ!」
「戦っても勝ち目なんかないぞ」
「今からじゃ助けを呼ぶ暇もねえし」
がやがやと騒ぎだす村人たち。
戦力差はもちろんのこと大陸各地に広まる噂によって、村人たちの戦うという意思はとても低かった。
「うむ。残念じゃがそれで決まりじゃな。ならば大事なものだけを持って他の街に避難するぞ」
長老の決定により、村人たちはそこから離れて行こうとする、
だが、それを止める者が居た。
「待ってください!」
その声で村人たちは足を止めてその人物に注目する。
「劉備ちゃんじゃったか? 一体どうしたんじゃ?」
「皆さん、このまま村を捨てていいんですか!?」
劉備が声荒らげに叫ぶが皆の反応は冷たかった。
「さっきも言ったように我々には二千人もの黄巾党相手に戦う力はないんじゃ。悔しい事じゃがわかってくれ」
「で、でもみんなで力を合わせればなんとかできます!」
必死になって訴えかける劉備だが、その声は村人たちの心には届かない。
「今回は相手が悪いよ……」
「そうそう、劉備ちゃんも早く逃げた方がいいよ」
「さすがに四倍の数が相手じゃな……」
「そ、そんな……」
ギュッと拳を握りしめ劉備はどこかに走り出した。
「桃香様!」
「お姉ちゃん!」
関羽、張飛の二人もそれを追いかける。
「ど、どうしよう朱里ちゃん」
「皆さんが戦わない以上策を講じることなんて出来ないよ……」
兵あっての軍師。
無い袖は振れない。
二人の天才軍師にもこの状況ではどうしようもない。
「……………………」
北郷は、劉備たちが走り去った方向を一人見つめていた。
(泣いてたな……)
あれだけ笑顔が似合う女の子を泣かせてしまった事。
もちろん北郷のせいではないのだが、なぜか北郷は自分があの笑顔を守らなければならないと思っていた。
「このまま終わらせてたまるかよ」
北郷は自分が思っていた以上にこの村が好きになっていた。
こんな時代でも決して生きる希望を忘れずに笑顔で声をかけてくれる村人たちが大好きだった。
そんな人たちだから、本当はこの街を守りたいはず。
今は強大な相手に少し怯えているだけ。
ならばその恐怖を取り除けるだけの希望を与えてやればよい。
そう考えると、自ずと自分のやるべき事が見えてきた。
「一刀さん……?」
北郷の表情が変わったことに気付いた鳳統。
北郷は微笑みながら優しくその頭を撫でて、大きく息を吸い込む。
「あの――――」
悔しかった。
決してあまくみていたわけではない。
村人みんなで力を合わせれば村を守れると思っていた。
村人もそう考えるとおもっていた。
しかし現実はそうではなかった。
自分の声は村人に届かなかった。
気がつけば村の外に出ていた。
「桃香様……」
「えへへ……。愛紗ちゃん……私ってダメだね」
涙を流しながら笑う義姉を見て、関羽は胸が締め付けられる。
「そんなことはありません。村人へ訴えかける姿はご立派でしたよ」
「そうなのだ! お姉ちゃん格好良かったのだ!」
「愛紗ちゃん、鈴々ちゃん……」
劉備は義妹達に励まされ、少し心が軽くなった気がした。
「鈴々と愛紗がいれば黄巾党二千人くらいへっちゃらなのだ」
「ふふっ、そうだな。桃香様に我々の武を見てもらいましょうか」
「わ、私もたた――」
「桃香様は安全な位置に下がっていてください」
「お姉ちゃんは弱くてドジだから居ない方がいいのだ!」
劉備も戦おうとする意志を見せるのだが、二人に間髪入れずに止められた。
一週間共に過ごして、劉備には戦う力がない事を重々承知していたのである。
「り、鈴々ちゃんひどい……」
「ごめんなのだ」
まったく悪びれる様子の無い張飛だった。
和やかな雰囲気が流れるが、そうもしていられない。
隣村を襲った黄巾党がいつやってくるか分からないのだから。
ここから隣村まではさほど遠くない。
勢いに乗った黄巾党がこの村を見過ごすことはないだろう。
「愛紗ちゃん、鈴々ちゃん、危なくなったら絶対に逃げてね!」
村人達はおそらくすでに避難し始めただろう。
すなわち二人が退却したところで村人には被害は出ない。少なくともこの村が廃墟となるまでは。
だが、ここで二人が倒れてしまえば本末転倒である。
「私達はもっとたくさんの人達を救わなきゃいけないんだから……」
「桃香様……」
関羽は劉備の心中を察する。
生まれ育った村が賊共に蹂躙されることがどれだけ悔しいのかは想像に難くない。
それでも気丈に振る舞う姿がとても痛々しい。
「御意に。しかし必ずや卑しき賊共を成敗して見せましょう」
「突撃、粉砕、勝利なのだー!」
その後一応軍議を行ったのだが、全くいい案が浮かばずにいた。
三人寄れば文殊の知恵ではなく、女三人寄れば姦しいと言ったところだった。
「やはり私と鈴々で一人一人倒すしかないようですね」
「やるしかないのだ」
「で、でも―――」
出口の見えない軍議は地響きによって中断される。
そういったものに敏感な関羽と張飛は立ち上がり、村の外を睨む。
「とうとう現れたか!?」
「でも姿が全然見えないのだ!」
二人の視線の先には荒野しかなく、人影などは見受けられない。
しかし、その身に感じる振動は紛れもないもの。
「あ、愛紗ちゃん、鈴々ちゃん……」
「何でしょう…………ああ」
「んにゃ? 後ろから来たのかー?」
劉備たちの視線の先には不揃いの武器や防具を身に着けた村人たちがこちらに向かって駆けていた。中には武器の代わりに農具を担いだ者までいた。
「劉備ちゃん! 悪かった!」
「やっぱり俺たちも一緒に戦わせてくれ!」
「俺たちの村は俺たちで守るんだ!」
「みんなで力を合わせて黄巾の奴らに目に物見せてやるぜ!」
村人たちは何があったのか、その目にはこの村を守るという決意が現れていた。
そして、劉備はその中に北郷の姿を見つけた。
「一刀さん!」
「あ、えっとこんにちは」
「こんにちは! ……じゃなくてどうして村のみんなが来てくれたの?」
劉備の質問に北郷はどう答えればいいのかと考える。
とりあえず何かを答えようとすると、先に答える者が居た。
「か、一刀さんが村の皆さんを説得してくれたんです!」
「そうでしゅ! あぅ……」
「えっ、いや、俺はそんなたいしたことは……」
諸葛亮と鳳統が述べたことに謙遜する北郷。
しかし劉備はそんな北郷の手を取り頭を下げる。
「ありがとうございます北郷さん! 私じゃ全然説得出来なかったに凄いです!」
「そ、それよりも早く迎撃の準備を始めましょう! あまり時間もなさそうだし」
お礼を言われたのが照れくさかったのか、手を握られた事が嬉しかったのか、北郷は話題をすりかえる。
「うん!」
その瞳は希望に満ち溢れていた。
「皆さん! みんなで力を合わせて黄巾党の人たちをやっつけちゃいましょー!」
『うおぉーーーーーーーー!』
戦場らしくない台詞。
だが彼女らしい台詞に村人たちの士気は高まる。
こうしてようやく態勢を整った楼桑村。
これから、劉備や北郷にとっての初陣が始まろうとしていた。
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jackry様 めーりん( ゚∀゚)o彡°めーりん( ゚∀゚)o彡° はまっちゃいますよねww(ゼニガメ) たこまろ様 めーりん( ゚∀゚)o彡°めーりん( ゚∀゚)o彡° 黄巾党のことですww(ゼニガメ) こーきん( ゚∀゚)o彡°こーきん( ゚∀゚)o彡°が頭からはずれないww(たこまろ) 覇炎様 そうですね……ww 一刀は華蝶にはなれませんww(ゼニガメ) カメンライド…基、仮面をつけてパワーアップすれば即解決!ですね!?(覇炎) よーぜふ様 そのうちにやにやもいれていきたいですね( ゚∀゚)ノ ウチの一刀は変なのばかりですからねwww(ゼニガメ) ナルンバ様 足りない物は一刀くんで補ってくださいww 読んでくれて感謝です!(ゼニガメ) jack様 これいいですよねww めーりん( ゚∀゚)o彡°めーりん( ゚∀゚)o彡°(ゼニガメ) ふむ・・・にやにやが足りん・・・が、普通?な一刀もたまにはいいなぁw(よーぜふ) 何かが足りないwww けどこれはこれで楽しみです!(ナルンバ) こーきん( ゚∀゚)o彡° こーきん( ゚∀゚)o彡° (このネタは大好きだww)(jack) |
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