八陣・暗無1 |
第一話『和泉とキャネク』
「ん・・・・・・・・ん。」
枕元だけぼんやりとした明かりがまるで火の玉みたいにぼうっ、と部屋を薄暗く照らす。時刻は深夜3時。2時間ほど前に寝たばかりの風間は無駄に広いだけの自室で目を覚ました。
空調・換気扇システムが部屋に10箇所はあり高級感溢れる部屋だが、周りには25インチノート型パソコンとエロ本が散らばっており、さらには脱いだ靴下がそこらじゅうに散らばっている。とどめは丸まったティッシュに日本酒やワインのビン。それは風間の生活能力0をアピールしている。
風間は目だけを開け、床に散らばっているエロ本に手を伸ばす。それを新聞を読むように女体の情報を脳に流し込んだ。
右手でエロ本を開き、左手は枕の下を探る。すると煙草とライターが出てきて火をつけ一服する。
「ほう・・・・・・なかなかいい足だ。そうだな。・・・・・・70点というところかな。」
起きたばかりにしては声が潰れていない。それはこの定期的の睡眠が風間の日課なのである。
キッと引き締まった大きく鋭い瞳に、180センチに近い長身で、髪はオールバック。容姿は決して悪くなく、それどころかかなりいい。
その美形の風間が、真剣な目つきで言い放った。
「乳首の色が素晴らしいな。」
鑑定師のように頷きながらページをめくる。それはまさに、豚に真珠。エロ本に美形であった。
《ブ―――》
「・・・・・・・。」
部屋のブザーが鳴る。しばらく考え事をするようにじっとして、やがて親指と中指でスナップを鳴らす。
パン!
いい音が響くと、10m×10mの天井が光り、そこに一つのビジョンが現れる。瞬間、ブザーの主と思われる人物が写りだされた。
顔の整った可愛い女性。胸はやや小さいが、スタイルもよく、おしとやかそうな女の子が丁寧に頭を下げ、こちらと視線を合わせる。顔もまたあどけなさを残し、可愛らしい。
「夜分遅く大変失礼しま・・・・・・って、あなたまたそんな本ばっかり・・・・・・!」
ビシュン!
風間は再び指を鳴らすと、画面はすぐにブラックアウトした。
頭を2,3度掻いてから上体を起こし、ドアへと向かう。
がちゃ。
ドアを開き、少女と対峙する。
「やあ和泉ちゃん。こんな時間にどうしたんだい?」
何でもないように風間は和泉の肩に手を置く。和泉はそれを払いもせず、反応も見せない。
「・・・・・・風間様。室内が少々お酒臭いのですが・・・・・・、」
「そう?君がなかなか部屋に来ないから一人で開けてしまってね。どうだい?これから夜が始まるし、一緒に飲まないかい?」
「風間様。お言葉ですが、まだ15歳なのでお酒や成人向け雑誌の方は控えた方が・・・・・・」
「とってもおいしかったよ。キャストネクション。」
ふっ、と風間は微笑みを作る。
「あーーーー!あれ和泉のワイン!キャネクは給料2ヶ月貯めてようやく買ったのに!」
いきなりキャラが乱れる。それほどあのお酒に執着心があったのだろう。
「声。せっかく頑張ってたのに、崩れてるよ。」
「・・・・・・!」
和泉はしまった!というリアクションをしてから再び頭を垂直に下げた。
「た、大変失礼しました。」
「ちなみに、君も17歳で未成年。私が没収。」
「そ、そんな・・・・・・」
本気で涙を浮かべている和泉を見て、再び微笑みを投げる。
「はは、冗談だよ。部屋に入りなよ。」
「あ、はい・・・・・・いえ!今日は伝言を承って・・・・・・・、」
「中に入らなきゃ、聞かない。」
「あ・・・・・・。」
風間は方向展開して、部屋の中へと戻る。眼球を赤外線に照らすバイオメトリクス認証は使っているが、オートロックの機能はない。一旦扉は閉まるものの、再度開けるにはなんの容易もない。
「失礼しま・・・・・・す。」
バタン。
ドアを閉めるまでは、敬語で貫き通した。
「ああ、当然室内はカメラも録音機もないから安心していいよ。・・・・・・ちなみに、防音対策も完璧にこなしているからどんなに叫んでも大丈夫だよ。」
ウインクをしてから風間は照明を点けると、ベットの下に手を伸ばし、ワインを取り出す。
「・・・・・・っていうか、神海、あなた色気使う前にこの部屋をどうにかしなさいよ。」
和泉は肩口までかかるショートヘアーを揺らしながらティッシュを一つ一つ拾う。
「はは。この部屋をどうにかするのが君の仕事だろ。それに・・・・・・ほら、キャストネクションの30年物手に入れたから一緒に飲まないかい?」
「えっ!30年って・・・・・・相当高いんじゃない!?」
ワインの事になると、明らかに目の色を変えるのが和泉(いずみ)舞。
神海と同じくハプネスに生後からいる舞は、世間で言うところの幼馴染にあたる。・・・・・・だが、幼年期ならばここハプネスはただの牢屋にすぎない。神海は八陣まで上り詰めたから莫大の金とある程度の自由を手にしているが、最下層の殺し屋はまだまだ人間としては扱われない生活を送っているのである。
「まあ、今は給料が違うからな。どうだい?少し遅いけど、和泉ちゃんの昇格記念というのは?」
三ヶ月前、風間は今までの経験が認められ、暗殺部の最強の称号を得た。これまでハプネスでは小型拳銃を使う世界最強と言われた暗殺者がいたのだが、外国の小さな組織に命を奪われた。風間は小さな組織とはいえ、単独でその組織の崩壊に成功したのだ。
ゆえに、風間は暗殺部最強の称号を得て晴れて『八陣』に名乗り出たのであった。
つまり、会社の顔である八陣はある程度のわがままは許してもらえる。例えば、下っ端の社員一人を昇格させる、など。
「あはぁ!神海大好き!一緒の墓に入ろうよ。」
「・・・・・・こりゃまた随分と古いプロポーズだな。」
神海はコルクを蓋に差し、それをくるくると回す。
「ああああ!ちょっと待って!」
「・・・・・・どうした?」
凄い虚像で風間の腕を掴み、その作業を中断させる。
「だって、・・・・・・・セットしなきゃ。」
強い信念と申し訳なさが混じった表情で和泉は言った。
「・・・・・・セット?」
「ほら!部屋片付けてからテーブルクロス敷いて、それからクラシックの音楽を流しながら・・・・・・ああ、あと赤い絨毯(じゅうたん)も欲しいよ・・・・・・。それからそれから!ワイングラスは絶対和泉の部屋にあるのがいいからそれにするねっ!あと・・・・・・ああああ!ドレスアップしなくちゃ!」
「・・・・・・。」
正直、何も喋れなくなる。
本来、何かのおまけであるはずのワインが、まるでワインのためにここまで思いつく人間なんてそうはいないだろう。加えて、一応未成年。ハプネスでは法律は関係ないものの、アルコール中毒の可能性が100%無いわけではない。
(ま、この子は100%無いな。)
それは予感ではなく、確信であった。
すでにゴミ溜めみたいな部屋が、だんだんと片付いてきている。部屋に生活道具が一式揃っているので、何をするにも不都合は生じない。・・・・・・はずなんだが。
「全く!なんなのよこの部屋!テーブルも無いじゃない!」
「いや、君の目の前にあるだろ。」
「こんな四角いテーブルでキャネクの30年なんて飲めないよ!」
「あ・・・・・・すいません。」
(私は何故謝っているのだろう?)
そんな自分に可愛く思ったりする。
「忙しいなかすまないが、ところでさっき言っていた伝言ってなんだい?」
「・・・・・・ああ、社長さんが部屋まで来るように、って。」
「わざわざ?」
首を傾げてから聞いてみる。
「ええ。神海、何かしたんじゃないの?」
心の底から面倒くさそうに答えられた。
「・・・・・・。」
(先代自らオレに会う・・・・・・か。ああ、ハプネスにキャバクラを作ろうと提案したのがもしかしたら通ったのかな?)
不思議と期待感が溢れてくる。
「な、なんてもの見てるのよ!」
見ると、今さっき見ていた本が開いたままベットの上に放置されていた。
「いや、和泉ちゃんがなかなか見せてくれないから・・・・・・」
「見せるか馬鹿!・・・うわ・・・・・・すごい胸・・・・・・!」
何故か和泉は自分の胸に手を当てる。
「っていうかこれ15歳じゃない!何これ、反則よ!っていうか、ダメでしょ!このロリコン!」
「・・・・・・一応私と同学年なんだが。」
「・・・・・・。」
何も喋ることはないのか、和泉は目を細めてから本を閉じた。
「没収。」
「ならば私も没収。」
対抗してこちらもキャストネクションを抱える。
「うそよ、うそ♪私は神海のちょっとエッチな部分も含めて全部大好きなんだから、あ、この本あいうえお順に本棚に並べておくね。」
「・・・・・・・。」
(弱・・・・・・。)
言ったところで最終的に悲しくなるのは自分なのでその言葉は出さずに目を瞑(つむ)る。
「じゃ、早く社長さんのとこに行っておいでよ。その間にドレスアップしとくから。あ、あと神海もスーツでね。赤いのが個人的に好きだけど、ないなら・・・・・・白でいいや。」
(いや、そんな特殊なスーツ普通持ってませんから。)
とはいえ、タンスの奥に何を間違えたのか赤いスーツが入っていたりする。
「ああ、わかったよ。今夜は楽しい夜にしようね。」
「うん!」
「・・・・・・。」
(私がどんなに色気使っても反応一つ見せないのに、酒を出した途端これだよ。・・・・・・・私もけっこう美形のはずなんだが・・・・・・ただのナルシストなのか?)
ナルシストではあるが、確かに風間は美形である。ただ、和泉の酒好きなのが特殊の部類なのだ。
「じゃ、すぐ戻る。」
「うん!20分で出来るからっ!」
(準備なげーな!)
入り口に格納されてある新型Warser881を取り出し、懐に収める。銃口の光るその黒の輝きは、人を殺す道具には似つかわしくないぐらい美しい。
「先代・・・・・・社長、ね。」
八陣の上の上部しか会えない社長の姿に好奇心を持ちながら、長い廊下を一歩一歩踏みしめながら歩いていった。
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