真・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 第二章 彼願蒼奏 第三話 |
真・恋姫?無双 〜美麗縦横、新説演義〜 第二章 彼願蒼奏
第三話 流浪
董卓、字を仲頴。
後漢王朝末期、洛陽の混乱を機に上洛し権勢を振るった稀代の逆臣としてその悪名を轟かせた人物の正体を知る者は、実の所少ない。
そしてその悪名も、実際はその部下である李儒と宦官の一人・張譲、その取り巻き数名による苛烈な搾取と悪政の数々の罪を、彼らが董卓に擦り付けただけだった事も、後に献帝自らの宣言によって証明された。
帝都洛陽の戦い。
呂布奉先の神武を示し、至尊の証たる玉璽が叩き割られたあの戦において、董仲頴は死んだ――――――とされている。
だが実際の所、董卓―――月は密かに洛陽を脱し、故郷である天水に逃げ延びていた。
親友たる軍師、賈駆を伴って。
「月…………」
戸の隙間から部屋の中を除く詠――賈駆の真名――は、幼馴染の姿を見てため息を洩らした。
あの日――洛陽を脱し、此処まで落ち延びてきた日――から、月は笑わなくなった。
表層だけの笑みを浮かべ、形ばかりの『喜び』を見せる様になったのである。
「……ッ!」
詠は、己が無力さを呪う様に歯軋りした。
華雄は死んだ。
霞は魏に降った。
恋とねねは行方を絶った。
嘗ての同胞たちは、みんな月の傍を離れてしまった。
今残っているのは、自分と、僅かな兵だけ。
(どうして……どうして月が、あの子が苦しまなくちゃいけないのッ!?)
彼女は、月は純心過ぎた。
その甘さに付け込まれ、洛陽では悪者に仕立て上げられ、仲間を奪われ、そして―――名前すら、捨てざるを得なかった。
『あたしの母様からの伝言だ』
そう言って、あの女――馬超、字を孟起――は自分達を保護した。
その庇護下に入れば、命は助かると言って。
だが、それと引き換えに月は名前を捨てた。
捨てざるを得なかった。
董卓の悪名は、まだあの時は轟き過ぎていたのだ。
それを保護した事がばれれば、西涼衆とてただでは済まない。
だから、そこだけは向こうも絶対に妥協しなかった。
詠は始め、その申し出を拒絶しようとした。
西涼もあの連合に参加し、自分達を攻めてきた連中の一角なのだ。
すぐに信用しろという方が無理な話である。
何より、月に自分を捨てて生き恥を晒せと言ってきているのだ。
臣下として、友人として、幼馴染として、それは絶対に受け入れられない。
その筈だった。
「―――なのに、どうしてッ……!!」
壁に拳を叩きつけ、詠は苦悶の表情を浮かべる。
『―――分かりました。そのお話、お受けします』
『月!?待ってよ!まだ他にも道が……!!』
『いいんだよ、詠ちゃん』
「ッ!!」
ガン、と壁にもう一度拳を叩きつけた。
だが詠が感じるその痛みは、決して拳から来るものではなかった。
「月…………どうしてッ……!」
月は、その提案を受け入れ、『董卓仲頴』の名を捨てた。
以来此処天水――今は西涼衆の支配下にある――で、安閑とした日々を送っていた。
それから二、三日して、詠と月は久しぶりに街へと繰り出した。
……と言っても、詠が月に少しでも元気を出してもらいたくて半ば強引に誘ったのだが。
「ほら!この装飾品凄く綺麗だよ?」
「…………」
「へぇ……西の方から届いた品なんだって」
「…………」
あれこれ差し出しては月の様子を窺う詠だが、やはり月の顔色は優れない。
そんな事を続けている内、やがて昼時となった。
「月、お腹すかない?」
「…………」
「……ほ、ほら!馬岱達から美味しいお店聞いたから、一緒に行こう?」
言って、詠は半ば強引に月の手を引いて店内へと進む。
だが、中々の装飾が施された店に入っても、美味しそうな食事が目の前に並べられても、月の表情が晴れる事はなかった。
「月……」
「…………」
もう全てがどうでもいい。
そんな風に見える彼女の表情を見て、詠は意を決して口を開く。
「あのね、月―――」
「あぁ!?もっぺん言ってみやがれっ!!」
瞬間、店内に凄まじい怒声が響いた。
「……煩い。少しは常識を弁えろ」
詠が月の手を引いて声のした方に向かうと、男二人が言い争っている様だった。
一人は身なりからして街の浮浪者といった所だろうか。目は血走っており、体中に傷痕が残っている所を見ると兵士崩れかもしれない。
もう一人は服こそ上質なものだろうが所々薄汚れている。だが、髪もぼさぼさで裾の辺りも汚れているというのにその男性には相手の男にはない『品』が感じられた。
「何だとォ!?俺様を誰だと思っていやがる!西涼にその人ありと謳われた韓遂様にも仕えた事がある―――」
「無能が低能に仕えたからといって大した出世も出来ず暴れるしか能のない馬鹿者は追放されて真昼間から酒をかっ喰らうか。成程参考になった」
青年の言葉に、周囲からクスクスと笑いが零れる。
羞恥に顔を真っ赤に染めた男は激昂し、懐から短刀を取りだした。
「テメェ……ぶっ殺してやる!!」
途端、恐怖が伝播し周囲から悲鳴が上がる。
―――だというのに、男の前に立つ青年は酷く冷淡な口調を崩さずに続けた。
「殺す、か……」
「へっ!今更泣いて謝ったって遅いぜ!!俺ァもうキレてんだよ!!」
怒声と共に男は短刀を構え、青年に突っ込む。
誰もが血飛沫を上げる青年の姿を想像して目を瞑り―――しかしいつまでも訪れないその音に恐る恐る目を開けると、驚くべき光景が広がっていた。
「なっ……!?」
「……どうした?何を怯えている?」
青年は、男の短刀の刀身を握りしめていた。
半身になり、左手でその刃を掴んで不敵な笑みを浮かべ、間近で驚愕の表情を湛える男に向けている。
手から滴る血を気に止めた様子もなく、ただただ冷笑を湛えて青年は続ける。
「僕を殺すのではなかったのか?だったら、さっさと殺してくれないか?」
「―――ッ!い、言われなくてもッ!!」
慌てて男は空いている手を青年めがけて振り抜く。
しかしそれさえも予期していたのか。青年はその華奢な体躯で自身より遥かに大きく力強そうなその男の豪腕を掴んだ。
「なっ!?」
「やってみろ。我が罪を呑み干す程の器を以て―――」
キッと、青年の目つきが鋭くなった。
だが、月はその虚ろな瞳で確かに見た。
「この僕を――――――殺してみせろ」
その青年が、泣いているのを。
「徐晃様、追加の書簡をお持ちいたしました」
「ふぇっ!?ま、まだ増えるんですかぁ……?」
長安の執務室に菫の悲鳴にも似た声が響くが、気に止めた様子もなく紅爛――鍾会――はその机上にどさりと書簡を置く。
「これでも文官達を総動員しているのです。口を動かす暇があるのなら、手を動かして下さい」
「そ、そんなぁ〜……」
今にも泣き出しそうな顔をして菫が嘆くが、紅爛はまるで眼中にないのかさっさと執務室を後にしようとする。
「文句は言いっこなしの筈です。本来その席に座る事が出来るのは、国主である華琳様を除けば仲達様だけなのですから」
そう。
菫が何故長安の執務室にこもっているのかといえば、彼女が司馬懿の後任として都督に就任したからなのである。
仲達出奔の報は間もなく長安にも届き、多くの者が驚愕を覚えた。
特に彼を信望していた青藍と紅爛の二人はその衝撃が大きく、青藍に至っては数日間ろくに食事も取らなかった程である。
だが、そんな事で立ち止まっていられる程に情勢は甘くない。
西涼の馬氏は密かに天水へと兵を送り、半ば無統治状態だったそこを得た。
天水は曹魏の領土でこそなかったものの、そのせいで両者の緊張は極度に高まった。
漢中の張魯を挟み、成都の蜀漢も不穏な動きを見せており情勢は緊迫していると言っていい。
そんな中での都督の出奔。
やむを得ず、緊急の措置として華琳は副将だった菫を司馬懿の後任として都督に据えた。
だが、それに青藍や紅爛を筆頭とする司馬懿の信望者達が猛抗議した。
というのも、現在長安の守備についている将兵の内、半数以上は司馬懿が洛陽や長安で拾い上げた者達なのである。
元は兵力的に心もとないと感じた司馬懿の献策によって、現地調達の部隊として寝食を約束した労役の一種だったのだが、安定後もその恩義を感じた一部の者が残り今も兵役に就いている。
いずれにしても、その者達にとって司馬懿は命の恩人にも等しかったのである。
相次ぐ漢王朝の搾取と盗賊による搾取に加え、先だって起きた反董卓連合の傷痕が大きく残る洛陽。
そしてそこから戦禍を逃れ大量の流民が辿りつき、街中に浮浪者が溢れかえる長安。
民草は、安定を求めた。
そこに華琳が登場し、そして司馬懿が現れたのである。
華琳はそれらの流民の一部を新都・許昌に移して遷都を宣言。
また、司馬懿は華琳の指示により、それまでの漢王朝の無暗な血税や搾取を一掃した。
人々は新たな君主を歓迎し、新たな時代の到来を祝福した。
以来洛陽・長安は見違える様に整備され、今では嘗ての栄華を取り戻さん程に開発が続けられている。
「現在、この長安の防備に就いている兵の多くは仲達様に拾われ、助けられた民が殆どなのです。それなのに仲達様の出奔を公表せず首を挿げ替えては、当然民草から反感を買うのです」
「だからあまり知られない様にして、出来る限り秘匿する……って言うけどさぁ〜!」
曹魏は司馬懿出奔の事実をあえて伏せ、混乱を避ける道を取った。
無論、情報収集能力に長けた蜀には知られているだろうが、それでも漢中や西涼に知られるよりは幾分かマシである。
遠くの大火よりも近くの小火の方が始末は付けやすい。
結果、菫らの尽力によって司馬懿出奔の話は民や末端の兵士には殆ど流布しなかった。
「文句は言わない約束なのです。第一、仲達様はその五倍の量をいつも片づけておられました」
「…………嘘だよね?」
「いえ、事実です」
机に堆く積み上げられた書簡の山を見て、菫は冷や汗を垂らす。
「ちなみに徐晃『都督』にも、同等の量を片付けてもらいます」
「……そんなぁ〜〜〜!?」
「……気分はどうよ?」
「牢に入れられて、気分がいいとほざく奴はまずいないだろうな」
天水の城の地下牢。
腕を拘束された青年はそこに投獄され、面会に訪れた詠と月に侮蔑する様な視線を向けていた。
あの直後、駆け付けた警備兵によって暴れていた男と―――相対していた彼までも何故か拘束され、投獄された。
呆気に取られていた詠と驚いた様に目を見開いていた月は呆然としていたが、やがて月が慌てた様に城へと駆け戻ろうとして、詠は驚きながらもその後を追いかけた。
「あの、大丈夫ですか?さっき、手から血が……」
「……ああ、そういえばさっきから妙に掌辺りがヌメヌメしていると思っていたが、それだったか」
自分の手を眺めながら、まるで人ごとの様にぼやく青年。
その姿を見て、改めて詠は疑問を感じざるを得なかった。
「ねぇ、アンタ一体何者なのよ?」
二つの意を込めて、詠は尋ねる。
一つは青年の名前。
そしてもう一つは―――
「―――司馬懿」
月は何故、彼を見て『表情』を見せたのか。
「申し訳なかった!!」
間もなく、司馬懿の捕縛が過ちであった事を知った馬超は慌てて彼を檻から出し、客間に呼んで即座に謝罪した。
ちなみに客間には当事者である司馬懿の後ろに詠、月。
馬超の後ろには彼女の従妹である馬岱と馬超の配下である?徳、そして馬超の母馬騰の盟友である韓遂がいる。
「私からも謝罪しよう。聞けばその男は、以前私の元で働いていた下男とか……迷惑をかけた」
「ホントに済まない!あたしらがもうちょいしっかりしていれば、こんな騒ぎが起きる事もなかったのに……」
言って、二人は揃って司馬懿に頭を下げる。
だが司馬懿はそんな事どうでもいい、とでも言いたげに鬱陶しそうな視線を向けた。
「一国の姫や重鎮がそう簡単に頭を下げるな。お前達が軽んじられたら、その主である馬騰殿にまで迷惑がかかるだろうが」
「いや、そんな事言ったって……聞けば、アンタは曹魏の都督だろ?こんな事で関係が悪化したら、それこそ母様のお叱りが…………」
言ってる途中で余程怖くなったのか、馬超は青ざめた顔でブルブル震えだす。
司馬懿は何か言いたげに口を開きかけ、しかし少し躊躇った。
今ここで自分は既に曹魏を出奔したのだと告げても、余計な混乱を招くだけだろう。
そう思い、なら自分一人が黙っておけば大して問題はあるまいと考え、口を噤んだ。
「しかし、何故曹魏の都督殿が供もつけずにお一人で?」
「母様だったら、今は都に上っている筈だろ?」
「……漢中の張魯に少し用があって、その帰りに寄り道しただけだ」
適当に答え、司馬懿はそっぽを向く。
流石に他国の細部にまで首を突っ込む事はなく、それ以上は口を開く事はないだろうと察した翠も韓遂も追求を早々と切り上げた。
「そっか……よし!じゃあ謝罪のついでだ、あたしが天水の街を案内するよ!」
「翠殿、御身はこの後政務があるだろうが」
「うっ!!」
韓遂の言葉に翠はビクリと身体を硬直させた。
「?徳、翠殿を執務室に連行しろ。蒲公英殿は鍛錬の続きをなさいますよう」
「えーっ!?じゃあ誰が歓待するのさーっ!」
「……いや、別にそこまで持て成して貰うつもりはないのだが」
「あ、あのっ!」
そんな中、月が手を上げた。
「わ、わたしがご案内します!」
「ちょ、月!?」
突然の申し出に、詠は素っ頓狂な声を上げる。
驚いたのは他の人も同じなのか、目を見開いていた。
「…………え、と。ご、ご迷惑でしょうか……?」
皆にマジマジと見られたからか、顔を赤らめて小さくなりながら月はぼそぼそと呟く。
ハッキリ言って迷惑だ、と言外に全面に押し出しながら司馬懿は驚愕半分呆れ半分の表情を浮かべていたが、それを見咎めた詠の射殺す様な視線に押し黙る。
「―――ふむ。折角ですし、宜しいのでは?司馬懿殿」
「は?」
唐突に、韓遂がそう述べた。
「侍女の分際で出過ぎた事とは存じておりますが、あの子もああ申し上げておりますし、何分急だったもので何一つご用意出来ておりませぬ故、本日は街の宿にお泊まり頂く他ありませぬので……」
つまり、街を案内してもらうついでに宿を探して来い、という事なのである。
「……まぁ、そういう事でしたら、お受けいたしますが」
「あの、霞さんはお元気でしょうか?」
屋外に設けられた椅子に腰かけ、茶を啜る司馬懿に月は色々な質問をぶつけた。
その多くが霞――嘗て董卓の元で戦い、今は曹魏に身を投じている――の話題で、司馬懿は漸く彼女が董卓であるという事を察し、自分を連れ出した理由を理解した。
「息災ですよ。最も、今は寿春の方に赴いておりますが」
「そうなんですか……」
少しだけ落ち込んだ様な表情を浮かべる月だったが、詠から見ればそれは今までとは段違いに明るいものだという事が直ぐに察せた。
「恋ちゃんやねねちゃんの事は、ご存知……ありませんよね。すいません」
嘗ての仲間達の事を思い起こし、月は俯いてしまう。
司馬懿は特に何か言う訳でもなく、再び茶を口に付けた。
「あの……」
「まだ何か聞きたい事でも?」
「……もしかして、昔この街に来た事はありませんか?」
月の言葉に、司馬懿はピタリと動きを止める。
「ずっと前に、子供の頃にこの街に来て、太守に会った事はありませんか?」
「…………何故、その事を?」
驚いた様子で司馬懿が尋ねると、月は小さく笑みを浮かべて答えた。
「私は、その時の太守の娘―――董卓、字は仲頴です」
その言葉に、瞬間的に司馬懿は周りの時が止まった様な錯覚に陥った。
それは詠にも同じ事で、彼女は驚愕の余り目を見開いていた。
あの日以来、月は『董卓』としての自分を捨てていた。
そうする事が、月にとって詠を、みんなを守る唯一の方法だと信じていたから。
それがどうだ。
僅か数刻前にふらりと現れたこの男は、その月の心をあっさりと開き彼女に『自分』を取り戻させた。
「憶えていませんか?太守に挨拶に来られた時に、母の膝の上で小さくなっていた少女の事を」
それが異常に腹立たしく、異様にイラついて仕方なかった。
この男が、こんな男が一体何だというのだ。
そんな詠の胸中を知る由もない月は久方ぶりの笑顔を浮かべながら司馬懿に何度も問いかけるが―――
「…………すまない。まるで憶えがないのだが」
そう、小さく返した。
「え……?」
「人違いではないのか?確かにこの街に来た事はあるし、太守に目通りを願った事もあるが、細かな所まで憶えていないし何とも言えないのだが……」
一度区切り、月にその目を向ける。
「―――恐らく御身の云う人物と僕は、他人の空似という奴だ」
冷たい北風が、街を吹き抜けた。
後記
時間というよりネタが欲しい今日この頃。
何か「主人公チートだと面白い」みたいな意見があったのですが、ぶっちゃけると最終的に司馬懿はチート化します。
但し、『最終的に』です。
序盤からチートだと私的に面白くないし話が膨らみにくいので。
萌将伝発売迫る!!
今から楽しみです!!
説明 | ||
水面下で着々と物語は進んで行きます。 | ||
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コメント | ||
月との会合が今後の展開にどう関係してくるのか…次回も頑張って下さい。(ねこじゃらし) | ||
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