蓮葉氷
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呼応する空間

骨に響く異臭

無神経な静寂

散りばめられた白い粉

 

 

 

空を仰ぐ、目を側める、吐息をつく。幾度となく繰り返し、繰り返した動作。少し前まではこんな些細な動作に割く時間すら惜しくて、ただひたすら時間を求め焦ってた。今は求め焦ることに疲れ、ただひたすら時間が過ぎるのを眺めてる。そう、諦観。この言葉がしっくりくる。

 

 

緑青の芝生に手足を投げ出し

凛とした空を仰いでは

緩慢な斜光に目を側め

心さえも蝕む自身の居場所を思っては吐息をつく

 

 

蝕まれるのは体だけで十分…

 

 

「時間持て余してるなら俺が相手してやろうか?」

「それなら診察してもらえる?」

「ごめん被る」

視線をあわせようともせず淡々と言葉を返す少女の傍らに、白衣を着た男が相変わらずだなとこぼしながら腰を落とす。

「考え事?」

「別に」

「やっぱ相変わらずだな」

芝生に四肢を投げ出している少女の隣で、律儀に三角座りする男が傍目に滑稽に映る。

「何考えてた?」

声音が低くなる。少女は知ってか知らずか口をつぐむ。

「診察してもらおうかって言ったのはそっちだろ?言えよ、何考えてたんだ?」

「年経るごとに、時間が短くなってく気がして…」

細い声は最後まで言いきるのを躊躇う。その意をくむように男が言葉を紡ぐ。

「それは当たり前だろ」

少女が顔を見せる。

「小さなケーキ1ホールを5等分した一切れと大きなケーキ1ホールを15等分したのとではどっちが小さく感じる?」

「あんたに聞いたのが間違いだった」

「まあそう言うなって」

「…15等分…だと思うけど?」

仏頂面した少女をしり目に男はおりこうだなと悪態をつき、言葉を重ねる。

「そう、15等分のほうが小さく感じられる。人生も同じだ。5年間生きた5歳という1年と15年間生きた15歳という1年では、5年間生きた5歳よりも内容が詰まっている。だけど大きくても15等分されたケーキの方が小さいように、15歳の方が短く感じられる。 5歳も15歳も一定の時間が流れているとはいえ、等分されればされる程小さく感じられるケーキみたいに、時間も生きれば生きるほど短くなっているように感じられるんだ。だから、そう感じるのは自然なことなんだ。 …ただそれに気づこうとしない奴は多い。長く無意味に生きることに価値をおくか、短くとも意味をもって生きることに価値をおくか、人それぞれだろうけど。まあ、あとはお前次第だな」

 

 

折り曲げていた肢を芝生に投げ出し、素晴らしいこと言ったな俺と自己陶酔している男。そんな男の隣に少女は芝生に手をつき身体を起こす。男と並んで空を仰ぐ。空の片隅を漂う曇は緩やかながらも決して留まろうとはしない。

 

 

「ああ!診察代、もらわないとな」

勝手に語りだしたくせに、いけしゃあしゃあとそう言ってのける男に思わず飽きれる少女。

「研修医の身分でお金をとるとはね」

「なら、身体で払ってもらおうかな」

「妹に手をかける気?」

「俺、無節操だから」

そうしてお互い笑いあう。少女にとっては見慣れた柔らかな笑顔。

黄昏時はすぐそばだ。

 

 

身体冷える前に病室に戻りなさいと言って私の頭に軽く手を添える兄に目を瞑って甘える。この手が、私をあの居心地の悪い場所でも我慢させる救いの手。唯一、今の私を支える力強い手。その手が離れたと同時に私の目は兄の白衣の裾をとらえる。茜色を反射した白衣が切ない。

 

 

空を仰ぐ

目を側める

吐息をつく

 

私の目に映るは茜色の空だけ

 

 

そして

 

 

私の目がとらえるのは不確かな未来と確かな意志

説明
研修医と少女の掛け合いが書いてみたかった。
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研修医 少女 

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