八陣・暗無4 |
四章『風間と軽部』
とりあえず二日酔いの状態で社長室へと向かう。従来なら携帯パソコンに通信が入るのだが、今回の任務は先代直々に伝えるとのことだった。
「はち、じん。かじゃまこーみ・・・・・・入ります。」
虚ろな瞳で風間はノックもなしに扉を開けた。本来ならある程度の秩序を大切にするのだが、今の風間ではそれは無理だった。
「おお、暗無。間っておったぞい。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
酒臭いと注意されると思ったが、横の二人は風間のことを腫れ物でも見るようにしている。恐らく、深夜見せた柏木との戦いが原因であろう。
「今日はそなたに任務を引き受けてくれるのか交渉しようと思ってな。」
「・・・・・・交渉?」
「そうじゃ。」
言いながらもふらふらと揺れる風間を、ガードマンが用意した椅子を見てから腰掛ける。
「はれ?・・・・・・ハプ・・・ネスって、任務の拒否がいいんですか?」
思考力が低下しているのが分かる。今の風間は二日酔いの激痛と戦うので精一杯であった。
「いや、今回は少しばかり特別でな。・・・・・・まあ、説明したほうがいいじゃろう。」
先代も風間が座っていた向かいに座り、指を交差させながら風間を凝視した。
「歴史ある組織で我らハプネスとの交友関係をもつ。日本では我々に次ぐ2位じゃが、世界でもトップ10に入るその組織。日本平和貿易連合。知っているか?」
知ってはいるが、半分しか聞いていない。風間はこっくりとダルそうに首を振る。
「一時期とはいえ、そこのエースがいてな。まあハプネスでいえばそなたの様なものじゃ。で、そいつが会社を裏切って逃亡してな。さて、そいつの排除が今回の任務なのじゃ。当然、相手が相手なので額も多めに出す。そうじゃな・・・・・・30億だそう。」
「やる。」
とりあえずOKする。30という巨額な数字で頭の痛さが殆ど取れた。
「まあ話は最後まで聞かんか。ただ、一つ問題があってな。」
「・・・・・・?」
先代は顔をしかめると、言いにくそうに言い切った。
「その男は、そなたが10の時に殺されかけた・・・・・・、」
ここで一旦言葉を区切った。
「軽部という男じゃ。」
(軽部――――――っ!)
「―――殺(や)る。」
―――軽部―――
この名を聞いた瞬間、垂れ気味だった風間の瞳が吊り上った。
「いつだ?」
「・・・・・・っ。」
なるべく冷静でいるよう自己暗示をかける。でなければ、自分が抑えられない。
先代も風間の独特なオーラを察して一瞬怯んだ。
「別に先代を殺したりはしないから安心したまえ。」
それは先代でも左右にいるガードマンでもなく、今日は部屋の隅の死角となっている場所に身を潜める男にかける言葉である。
「・・・・・・。」
風間の額のところに違和感を感じる。それは、銃の標準に合わされる、何事にも代えられない死の恐怖。
「それとも発砲してみるかい?私がその気になれば君ほど有能な殺し屋でも時間はかからない。そして、・・・・・・補足だが、今の私は少しばかり冷静でいられる自身がなくてな。」
風間の頭は極めて冷静である。だが、身体は正直。アドレナリンが上がり、心拍数が上昇するのが風間自身でも分かる。
「明日はどうじゃ?」
「―――分かりました。」
これ以上ここにいる意味もないので、風間はすぐに部屋から出た。話す意味がないどころか、今の状態で人と会ってはいけないことは一番風間が理解していた。
(・・・・・・理性は、ちゃんとある。頭は、軽部に対して恐怖を覚えている。・・・・・・だが、身体の方は少しばかり言うことを聞かないみたいだな。)
トレーニングルームへと向かい、そして明日のリハーサルを行う。身体を動かさなければ、疼いてしまうのだ。
綺麗な月だった。
そして、綺麗な街だった。
光輝くやや弱いネオンの明かりに、それを全体的に纏う月の光。その世界は、その風景はいつも見ているはずなのに全くの別世界であった。
不意に、足が動いた。
別館で暮らす風間。部類はジュニアでランクはD。Cまでくれば、八陣候補になれるのだ。しかし、Dとはいえ、10歳にしては大したものである。
ジュニアは、外出許可は許されているし、門限もない。ただ、ハプネスを出て例外を除き30時間以内に戻ってこなければ脱走、反逆とみなされ、処刑される。
だが、月を見に行くだけならばそんな物騒なことにはならない。風間は今までで感じたことのない不思議な気持ちで初めて自分の意思で街に出た。
―――そう。
それが、風間神海という人間の唯一の汚点となるのであった。
路地裏へと足が進む。そこは、何故か月の光が集まっているように見えていたからだ。
だが、遠くから見て光に満ちていたその場所は、近くに行くと案外薄暗く、それでいて汚い場所であった。
・・・ゅ・・・・・・びゅ・・・ゅ・・・・・・。
その路地の奥から音が聞こえてきた。その音は、今まで聞いたことのない、それでいて最近になって聞き始めたあの音によく似ていた。
不意に、足がその音に導かれた。
何も考えていなかった。ただ、なんとなく。
それだけで、この音に惹きこまれてしまった。
びゅ。・・・びゅ。・・・びゅ。
そこにいたのは、生きている男性と、生きていた女性だった。
男性はキリの様なもので女性の肉体を何度も何度も刺す。その男性の表情は暗くて見えなかったが、実は本当に表情自体無かったのかもしれない。
「なんだ・・・・・・やはり、この音か。」
ぴくっ。
男性の気が、女性から私へと向けられる。
人で遊ぶ。その形容詞がぴったりと当てはまる。人を殺すのではなく、人と遊ぶのでもない。ただ、己の欲求で人を殺す。何度も何度も。殺して、殺して。死んでいるのにまた殺して。だが、一つ勘違いしないでほしいのは、こういう人間は、あくまで殺すことに快楽を覚えている。つまり、目の前に遊び道具が現れた場合、そちらを優先する。
「・・・・・・子供、か。そう、・・・だな。たまには・・・・・・いいかもな。」
こんなのは、どこにでもいる殺人鬼。本来ならかなり異端な部類だが、風間が暮らす世界では、そう珍しくない。当然、驚くこともない。目の前にいる男は、風間と殆ど同じなのだ。
「・・・・・・。」
流れるまま、その男のほうに身体を傾ける。その右手に、3つの時から共に暮らしてきた兄弟(ナイフ)を持ちながら。
人を殺すことを快楽としている目の前の男。
人を殺すことに違和感を感じない自分。
大差は、ない。
ただ、それは感受性だけであり・・・・・・
実力は、いくら天才と言われようと、ひよっこがプロに勝てるわけがなかった。
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「っし!」
過去を振り切るようにナイフを振るう。
もっと速く。
もっと速く。
自分の唯一の汚点を取り除くために、もっと速く。
「今なら・・・・・・・。」
(私も、君と同じだ。・・・・・・軽部。)
ただただ、ナイフを振る。
(私も、君限定だが今では人を殺すことに快楽を覚えるだろう。)
少しばかり、状況は変わった。
風間は軽部を殺すことを楽しみにしており、加え、今では力関係は全くの間逆になっていると確信していた。
(私は、ハプネス最強・・・・・・)
ノーモーションでナイフを投げる。
まるで失速せず、どこまでもどこまでも空気を切り裂き、やがて10メートル先のマネキンの喉に刺さる。
「八陣・暗無だ。」
誰もいないトレーニングルームで、ただ風間の言葉だけが木霊した。
そして、一番付き合いの長いナイフを取り出すと、そこに映し出された自分の姿を確認する。いつも通りの美形。
「ふ・・・・・・少しナルシストだったかな?」
いつもの調子を一人でも演じているが、今の風間は皮を一枚剥がせばそれは、ただの殺人鬼であろう。
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