春風ヒューマニスト
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 5月。すがすがしい新緑の季節である。桜の花は葉桜になり、少しずつ気温が上がっていく。お昼時の私立城本高等学校に賑やかな声が響く。

「そこの少年少女―!!オカルト研究部に入らないか!!!」

 その賑やかさをうち破らんばかりの勢いで、少年の叫びが聞こえる。声を発したのはオカルト研究部部長・古近江 悟(こおうみ さとる)である。意志の強そうな瞳と、なかなか整った容姿。女子に人気は出そうなものである。……ぼさぼさの髪とやたら長い前髪をどうにかすれば。

 彼の隣には眼鏡をかけた少女。手にはたくさんの紙――オカルト研究部のチラシを持っている。とりわけ目立つわけでも、それといって地味な訳でもない普通の少女だ。今はあきれ顔をしてチラシを配っている。名前は新島 実々海(にいじま みみみ)。ふざけた名前がコンプレックスの、ごくごく普通の少女である。……オカルト研究部副部長なのを除けば。

 二人に近づいた生徒はいったん足を止めチラシを受け取るが、それがオカルト研究部という怪しい部活のチラシと分かるとそそくさと逃げていく。文化部というのはどうしても低く見られがちである。怪しい部ならなおさらだ。

「古近江ぃ……新入部員入らないんじゃないの?」

 新島が呟く。4月からずっと勧誘をしているが、部員が入る気配はゼロである。現在オカルト研究部員はたった二人しかいない。二人は2年生だからまだいいものの、やはり後輩がいないのはさびしい。

「何を言う!絶対俺たちを理解してくれる1年がいるはずだ!俺を信じる誰かを信じろ!」

 自信たっぷりに言い張る古近江。彼は非常にポジティブであり、マイペースだ。彼の中では新入部員が入るのは確実なようである。それならこの惨状どうにかしてよ、と新島は心の中で毒づいた。

「……あなたたち、勧誘活動は、生徒会の許可を取ってやってるの?」

 遠くから声がした。女子の声だ。二人がそのほうを向くと、確かに女子生徒が立っている。

 切れ長の目に、引き締まった体。長い髪はポニーテールにしてあり、微かに揺れている。雑誌などに載ってもおかしくないくらいの美少女である。彼女は夏山 暁音(なつやま あかね)。凄く真面目で凄く厳しい生徒会長である。まだ2年生なのに生徒会長に抜擢された才色兼備のスーパー高校生である。

「許可?俺は取ってない」

 古近江が胸を張って言う。自慢できることではない。

「じゃあ活動をやめなさい。やめないなら生徒会で問題にします」

 夏山がきっぱりと言う。彼女が言うとただの脅しではなく事実になる。彼女の厳しさは誰もが知っているのだ。

「ご、ごめんなさい!私が許可を取ってあるので!」

 新島がとっさに謝る。許可を取ったのは事実だ。これで見逃せてもらえるはずである。

「……でもね、私はオカルトなんて嫌い。胡散臭いし。この学校にもそんな部活がいるとは思えない」

 そのまま活動の続行を許してくれるかと思えば、急に愚痴りだす夏山。

「だいたいこの学校だってそんなに経費はないのよ?私立だし。あなたたちのために割くお金がもったいない。新入部員も入らないなら、存亡を会議にかける必要があるかもね」

 そこまで言いきると夏山は大きなため息をつき去ろうとする。しかし古近江がそれを許さない。

「おい、それだけ言って去ってくのかよ!生徒会長のくせに卑怯だ!」

 さすがにここまで貶されると誰でも怒る。古近江はまわりの視線が集まるのも気にせず叫ぶ。怒り心頭の彼は、思い切り夏山に宣告する。

「絶対に新入部員は入る!そして俺たちはこの学校、いやこの世界のために大いに活動してやる!」

 聞き捨てならないと思ったのか、夏山も叫ぶ。

「分かりました!さっさと新入部員を入れて、私にオカルト研究部の必要性を証明しなさい!!」

 叫びあう2人を見て、初めてこの学校に来た時のように面倒なことになったなぁと呆れる新島であった。

 

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 その後も必死に生徒を勧誘する二人であったが、まったくもって新入部員が入らない。新島としては素直に負けを認めても良かったのだが、古近江は引き下がらない。必死に1年生に声をかける。その必死さが余計1年生を遠ざけていることには気づかない。

「……一度ならず二度でも。オカルト研究部にピンチはつきものか……!?」

 古近江が呻く。彼の自信もそろそろ崩れそうである。

「そりゃ、オカルトだし……」

 新島は呆れている。最近呆れっぱなしである。

 古近江に付き合って部員の勧誘を行っているが、まったく成果が出ないのである。呆れたくもなる。

「あの生徒会長をギャフンと言わせないと気が済まない」

「本音それなの?」

 

 特に変化もないまま1週間が経った。新島の心の中ではすでに白旗が振られている。

「……新島、諦めたらそこで試合終了だ。まだ手段はある」

 古近江は相変わらず諦めるつもりがないようだ。新しい作戦を立てたようで、意気揚々とそれを話す。

「うちのクラスに生徒会の副会長がいるだろ。あいつを買収するんだ」

「悪ッ!古近江、それは悪役のすることだよ!?」

 古近江の素っ頓狂な作戦に声をあげる新島。彼女としては何事も穏便に済ませたいのだ。わざわざ生徒会側に近づくのは恐ろしい。

「大丈夫!副会長の彼は気が弱いから楽勝だ!」

「もっと悪いな!」

  彼の言う副会長――秋原 夕也(あきやま ゆうや)は確かに気が弱い。どうして生徒会に立候補したのか分からないくらいだ。クラスでは適度にクラスメイトと交流し、生徒会でも適度に活動している。誰かの盛り上げ役や補佐役が似合う少年である。

「と、言う訳で秋原君。俺たちに協力する気はないかい」

 古近江が、クラスでまったりしていた秋原に近寄る。彼は驚き、小さく声を上げる。

「こ、古近江君。協力って何?」

「ちょっとばかり夏山さんを説得してくれないかなぁ?」

 ニタニタと不気味な笑顔を浮かべながら擦り寄る古近江。今は彼がオカルトである。秋原は半泣きだ。

「ぼ、僕は無理だよ。夏山さん、すっごいオカルトとか嫌いだし……」

 思わぬ新情報に反応する新島。彼女もずずいと秋原に近寄る。

「それってどういうこと?」

 女子に近づかれることのない秋原は、どぎまぎしながら話を続ける。

「な、夏山さんの死んだおばあさん、オカルトとかすっごい嫌いだったらしいし……。神様にすがるくらいなら、自分を信じるって言ってた……」

 その情報に顔を見合わせる二人。古近江も死んだ祖父によって現在の方向性が決まっている。ベクトルは逆だが、古近江と夏山には似た部分があったのだ。

「……分かった。ありがとう秋原」

 お礼を告げ離れるオカルト研究部の二人。勝機は見えた。目指すのは、夏山のいる生徒会室だ。

 残された秋原は、何も把握できていない状態で放っておかれることになってしまったが。

 

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「失礼しまーす」

 のんきな挨拶をしながら、古近江が生徒会室へ入る。後ろに新島もついていく。

「ようや降参しにきたんです?」

 中にいた夏山は二人の姿を見て、勝ち誇ったような笑顔を浮かべる。

「いや話があるんだよ。あんたのおばあさんの話だ」

 祖母の話であることが分かり、夏山は古近江をにらみつける。

「……誰から聞いた?」

「秋原君だよ。でも彼を怒らないで。私たちが勝手に聞いたから」

 新島がフォローを入れる。それでも夏山は怒りを露わにしている。部屋に置いてある椅子にすわりこみ、静かに語り始める。

「……私の祖母は、常に自分を一番信じ、他人に頼らず生きるよう言ってた。特に神とか怪しいものは絶対信じないようにってね。個人的な欲求を生徒会に出すのは悪いことだと思ってる……。でもあなたたちを許せなかった」

 そこまで言い、夏山は改めて古近江を睨む。

「やっぱり、あなたたちを認めることはできないわ」

「……そりゃお前が何を信じるかは自由だよ。でもそんな理由で俺たちを止める権利もない」

 古近江が反論する。新島も、夏山の意見は言いがかりだと思った。しかし、それほど彼女にとっての祖母の存在の大きさも理解した。

「古近江もね、おじいさんの影響で部活してるの、夏山さんなら分かるよね。古近江の気持ち」

 新島の言葉に、夏山がはっとした顔をする。そして古近江を見つめる。

「お前も俺も、じーちゃんばーちゃんに支えてもらってるんだ。誰にも頼っちゃいけないとかそんなこと思うなよ」

 彼の一言が響いたのか、夏山はうつむき、嗚咽をもらす。そして少しだけ呟いた。

「……オカルト研究部の存亡は保留にさせて。今の私じゃ、結論出せない」

 それだけ呟くと黙り込んでしまった。古近江と新島は、それ以上この場にいる必要性が感じられないため、静かに生徒会室を出ていった。

 

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 6月。生徒会室での一件からさらに時間が経っている。

 あれからオカルト研究部は特に変化もないし、生徒会からのアプローチもない。平和そのものである。

「結局さー、新入部員来なさそうだね」

 新島が愚痴る。勧誘活動は続けているのだが、成果は全く現れない。

「何を言う。そろそろ新入部員がドドっとくるぞ。ドドっと」

 古近江は古近江で、相変わらず諦める気はないようである。まったく何も変わらないオカルト研究部である。二人は部室(という名目でもらった旧校舎のボロボロな部屋)でまったりとしていた。

「あ、あのー」

 不意に、部室のドアが開く。向こう側には小さい女子生徒が。古近江と新島は驚き、顔を見合わせた。

「な、何の用ですか?」

 新島がなるべく優しい声で話しかける。女子生徒はおどおどしながら話を続ける。

「お、お、オカルト研究部に入部しに来ました!!」

 そう叫ぶと、懐から入部届を取り出す。どうやら嘘ではないようだ。古近江と新島は喜びで立ちあがり、女子生徒へ急接近する。

「ようこそオカル研究部へ!!」

「おいでませ!」

 最初は驚いていた女子生徒だが、次第に落ち着きだし、なぜか自分の世界へ旅立ちだす。

「古近江さん……やっぱり近くで見ると素敵だわ……」

 古近江にその声は届かなかったが、新島はばっちり発言を聞いていた。どうやら彼女も個性的な人間であるようだ。

 新島は、自分の生活が再び波乱を呼ぶものだと予感した。

 

 

 オカルト研究部の受難と活躍は、まだまだこれからである。

 

説明
今年の部誌用。先行公開その2.「秋風オポチュニスト」の続編なので、先にそちらを読んでいただけると幸いです。
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