おねーさん、真人を覚醒さす |
ちゃぶ台に張り付いていた真人が急に立ち上がっ
て叫んだ。
「いっけねぇ、教室に筋肉忘れて来ちまった! ち
ょっと取りに行ってくる!」
「筋肉は真人を裏切ったりしないよ。ちゃんとつい
てるから」
この短い時間に、もう五回目だった。エスケープ
のいいわけのネタもそろそろつきてくるんじゃない
か、と思う。
「え、そ、そうか? ……ふぃー、危なかったぜ」
冷や汗をかきながらちゃぶ台に戻る真人。
そろそろ太陽も沈もうかという午後、僕たちはな
んと勉強していた。もちろん理由があって、僕らは
今日から、リトルバスターズに参加禁止なのだ。
「なあ理樹よう。わからねぇとこがあるんだが」
「どこ? 僕も教えられるほどわかってないけど」
「どこっつーか、全部」
発端はいつだって、恭介の一言だ。夏の野球大会に次の目標を定めた恭介は、僕らの
前に立ちはだかる敵も同時に発表した。
「成績の悪い生徒は、夏休み中補習があるらしい」
朝食にいた全員が真人を見た。
というわけで、真人はこれからの小テストと期末試験を乗り切るまで野球禁止になっ
たのだ。もちろん、真人が今のままでも十分戦力になることがわかった上での禁止令だ
けど、それよりも少し勉強したからって、補習を免れることができるか疑問だ。
「全部って、もうちょっと絞ってくれなきゃ……やっぱり来ヶ谷さんにお願いしたほう
がよかったんじゃないの?」
「そうだぞ少年。ここはおねーさんに任せるといい」
「バカ言うな。来ヶ谷に頼むなら……ってうおわっ!」
いつの間にか来ヶ谷さんが立っていた。心なしか悪い笑みを浮かべている。
「私に頼むなら、なんだ?」
「なんでもねぇよ! 練習はどうした!」
「もちろん、キミ達の勉強を手伝うために抜けてきた。練習しても、出られないのであ
ればもともこもないからな。恭介氏の指示だから心配無用だ」
「やべぇ! 筋肉が熱射病になっちまった! 救急車呼んでくれ!」
「もっとキミは自分の筋肉を信じた方がいいぞ。さてそこの問題だが」
さすが来ヶ谷さんだ。真人のいなしも冴えてる。
「……問題だが、次の小テストの範囲外だ。ていうか一年の問題じゃないか」
「そこできてないと、解けないよね? 真人ってまずそこから勉強しないと」
来ヶ谷さんはあごに手を当てて、小さくため息をついた。
「もしかしなくてもバカにしただろ」
「まあ、嘘はよくないから肯定するとしよう。だが理樹君。キミにも問題はあるぞ」
欠陥を浮き上がらせる真人を尻目に、来ヶ谷さんは僕を見つめた。
「彼には彼なりの勉強方法があるんだ」
「……え? 真人なりの?」
「そうだ。少年、18×34は?」
それを聞いたとたん、真人は身をのたうち回らせてうめき声を上げる。
「だ、ダメだよ! 真人にそんなこと言っちゃ!」
「では少年。18個の筋肉がついた少年が34人いたら合計は何個だ?」
「612個」むくり、と体を起こして真人。
「うわぁっ! ま、真人が二桁の暗算を一瞬でっ!」
「と、こういうわけだ。楽勝だな。それでは少年。この問題だが、筋肉が……」
うわぁ、史上まれにみる教育方法だ……でも、確かにこれは効果的なようで、この数時間が嘘のように真人は問題を解いていく。
「理樹君、キミはキミで安心じゃないんだ。ちゃんと勉強するんだよ」
「あの、僕も教えて欲しいんだけど」
「ん? そうか。じゃあ、二人の実力を見るためにちょっとテストでもするか」
「ほほう? いいのかい、この華麗なる筋肉が理樹を超えちゃうかもしれねぇぜ」
「私としては願ったり叶ったりだよ」
10分後、僕が3問中2問正解、真人が正解なしという結果が出た。
「……」
「あっはっは、やっぱり筋肉を分数にするのは無理だったか」
「いや笑い事じゃないから!」
「ふむ……これは絶望的だな。もう真人少年は諦めた方がいいんじゃないか」
そういいながら、でも、お腹を抱えて笑い転げる来ヶ谷さんを僕は初めて見た。
……ううん、ちょっといいもの見たかも。
説明 | ||
野球大会に出るためには、夏休みの補習を回避する必要があった! 勉強音痴の真人に、来ヶ谷がもたらした奇跡の勉強方!? (7/24)理樹の名字が間違っていたので修正しました。マジでハズい |
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